九話 初戦闘
「魔物がいたわ!しかも結構弱そう!ゴブリンみたい!」
前方で走るサオリの声が響いた。奏縁は炎を出すため右手にエネルギーを集めていた。
いきなりの実戦でかなりの緊張が走っていたが、やるしかないという覚悟を奏縁は冷静にも持ち合わせていた。
「さぁ実践ね、あなたの火力を見せて!」
サオリは奏縁を先に行かせた。奏縁の前方には二匹の魔物がいる。全長1m程の人型の魔物。体はゴーヤのような色と見た目の皮膚に、手には歪な棍棒を持っている。まさにゴブリンと呼ぶにふさわしい風貌だ。
魔王城に来る途中で色々な種族の姿を見てきた奏縁にとってゴブリンはそこまで驚くような生物ではなかった。
奏縁は右手をゴブリンに向ける。少しの罪悪感が心をよぎる。
相手は人じゃないし、これは殺るか殺られるかの戦いだ。そう自分に言い聞かせ続ける。
手にエネルギーが集まっていく感覚を覚えた。
「く、くらえ!!」
奏縁の叫びとともに、今までで一番大きな炎が彼の右手から放たれた。その火力にサオリは驚きの目を向けていたが、奏縁はゴブリン達が焼かれる様子から目をそらした。
「奏縁!前!」
サオリの急かす声に反応して奏縁はゴブリン達に目線を向けた。
「ウガアアア」
驚いたことに焼かれたはずのゴブリン達が何事もなかったかのように雄たけびを上げていた。
「効いてない!?どうして!?」
奏縁は驚愕した。ゴブリン達は気性を荒げ奏縁に向かってくる。
「奏縁しゃがんで!」
サオリの声に奏縁はしゃがんだ。
途端サオリが飛ばした風の斬撃が二匹のゴブリンを真っ二つに切り裂いた。
『魔物を2匹殺害。6ポイント獲得』
サオリと奏縁の脳内に響き渡ったポイント獲得の通知。しかし奏縁はその通知よりも、鼻腔をつく不快な獣の匂いと、地面に流れる緑色の液体、そして亡骸となったゴブリン達に酷い嫌悪感を覚えた。
「奏縁、大丈夫?」
サオリは心配そうに歩み寄る。奏縁は無言のまま立ち尽くしていた。自分の奇跡が通用しなかったこと、目の前で起きたグロテスクな現実、戦闘で役に立てなかった無念。ぐちゃぐちゃになったこれらの感情を上手く処理することができず、何も言えなかったのだ。
「今までで一番の火力だったのに、まるで効いていなかった...」
少ししてようやく口を開いた奏縁だったが、その語尾は震えていた。
「うーん、効いていなかったというより、当たっていなかったようにも見えたわ」
サオリは奏縁の肩を優しくさすりながら、そういった。
「炎は当たっているというより、透過しているようだった。まるでライトでゴブリン達を照らしていたかのような感じ。」
サオリの説明に、奏縁は深く考え込んだ。まだ自分の炎が思い通りにいかないことに対する悔しさと無力感が混ざり合っていたが、サオリの優しさに心を落ち着かせていた。
「でも…俺の奇跡は役に立たなかった…」
奏縁はうつむいている。
サオリは少し考え込んでから、そっと問いかけた。「ねぇ、奏縁。奇跡を使うとき、何を考えていたの?」
「え?」
奏縁は戸惑いながら顔を上げる。
「奇跡を使う時、何をイメージしていたのかってこと。たとえば、相手をどんな風に燃やすとか、どれくらいの火力を出そうとか、そういうこと」
奏縁は少し考えてから答えた。
「…炎を出そうと思って、力を込めて、それだけだったかもしれない」
サオリは頷きながら話を続けた。
「それじゃ、もしかしたら炎が目標に届くイメージがまだ足りなかったのかもね。ただ炎を出すだけじゃなく、その炎がどう動くか、どう当たるかまで想像しないといけないんじゃないかな」
奏縁はその言葉にハッとし、再び手のひらを見つめた。
「イメージ…か」
「そうよ。奇跡ってただの力じゃなくて、自分の意志や感情が強く反映されるものだから、ただ力任せに使うだけじゃダメなのよ。もっと自分の炎に命を吹き込むようなイメージを持つことが大切なんだと思う。私が言ってる事はかなり曖昧で難しいと思うけど」
サオリの言葉に励まされた奏縁は、もう一度試してみる決意を固めた。その様子にサオリは笑顔で頷き、周囲を見回した。
「次の魔物を探してみようか。今度はちゃんとイメージして、あなたの奇跡を見せて」
奏縁は深呼吸し、心を落ち着けた。そして、炎をただ出すだけでなく、その炎がどのように相手に届くか、その瞬間を鮮明に思い描きながら、再び手のひらに力を込めた。
しかし、炎を思い描くほど、燃やす相手の苦しそうな悲鳴や爛れる肉体も鮮明にイメージしてしまう。
生物を焼き殺すことを強いられているこの状況は、つい最近までただの一般人だった奏縁にとっては苦痛以外にほかない。奏縁の奇跡が上手く発動しないのも、気が乗らないのも無理は無い。
しかし、奏縁は「今度こそ…」と誓い、次の戦いに臨むため気持ちを切り替えた。全ては小春に会うため。妹と共に、また平凡な日常に戻るため。なんとしてでも、現代世界に2人で帰る。無理ならその障壁は取り払う。例えそれがこの世界の全てを敵に回すことになっても。
既に覚悟は決まっている。
自分の炎が、確実に相手に届くその瞬間を信じて。