七話 陰りを帯びる
「とりあえず自己紹介しましょうよ」
女性は奏縁の方を見ながら、柔らかく言った。
「俺は櫻井奏縁です」
奏縁は少し迷いながらも、自分の名前を告げ、軽くお辞儀をした。
「私はハシモトサオリよ。改めてよろしく。堅苦しいから敬語じゃなくていいよ。多分歳も近いし」
そう名乗る女性は、その長い黒髪をたなびかせながら握手を求めた。
「先に言っておくけど、私はあなたと敵対する気はないし、まだ誰かと戦うつもりもないの。今は魔物を倒してポイントを稼いでいるだけ」
そういうと、サオリは落ち着いた声で、奏縁にこのゲームについて色々と教え始めた。
「聞かされたと思うけど、これは殺し合いのサバイバルゲームよ。クリシュネがなんでこんなゲームを開催したのかさっぱりだけど、とにかく人か魔物を殺して100ポイントを集めることで次のステージに進めるわ」
サオリは物陰から周囲を念入りに警戒しながら話をつづけた。
「ポイントの獲得数や次の魔物の出現場所なんかは口に出して聞けば、この結界が教えてくれるわ。」
サオリは空を指さして言った。いつの間にか晴天だった空は、まるで煌陽を隠すように突如現れた雲によって灰色に変わった。
「結界…ですか?」
「ええ、クリシュネ魔王の能力のひとつよ。彼女の結界には色々なルールが定められているの。その1つに、情報開示がある。結界の中の情報は全てクリシュネに共有されているし、必要最低限の情報は参加者にも共有できるようにしてくれているわ。」
そういうとサオリは空に向かって口を開いた。
「ねぇ、今の私の獲得ポイントを教えて?」
『現在のサオリ様の獲得ポイントは36ポイントです』
奏縁は脳内に直接語り掛けてくるような、勝手に情報を流し込まれるような何とも言えない気味の悪い感覚に襲われた。
「こんな感じでね。まぁ近くの人にも情報が洩れちゃうのが難点だけどね。」
「36ポイント...」
奏縁はポツリとつぶやいた。36ポイント、サオリがまだ人を殺していないというのが事実であれば、サオリは魔物をすでに12体も殺したことになる。
「魔物と言っても強さはピンキリだし、どういう判定か正確にはわからないけど協力して倒しても平等にポイントがもらえるみたいなの」
サオリは続けた。
「何人が次のステージに進めるのか、魔物はあとどれくらい残っているのか、わからないことが多すぎる。だから、ここは手を組んで効率よく一緒に魔物を倒しましょう?」
「…………よろしくお願いします」
奏縁はぎこちなく返事した。こんなにも不明点が多すぎる不誠実なゲームに、強制的に参加させられてしまった彼にとって、サオリの存在は心強かった。
しかしその顔は陰りを帯びていた。このゲームの優勝者はただ一人。いくら協力関係を結んでも、最終的に生き残れるのは一人だけ。いずれはサオリも敵となってしまう。なんなら、いつ裏切られてもおかしくはない。
もしかしたら、クリシュネのリストに載っていた小春もこのゲームに参加させられているかもしれない。参加させられていなかったとしても、いたとしても、元の世界に帰れるのは一人だけという現実は、奏縁には重すぎる精神的苦痛となった。