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Parallel Lab  作者: 古今里
9/13

逸楽の戦い

パラレルワールドに飛ばされた主人公・蒼啓とその一行はついに研究所へ足を踏み入れる。研究所の中心にある、”研究中央棟”。そのさらに中心にあるセントラルラボ。ここに元の世界へ帰るための装置があると言う。一行は6組に分かれ、それぞれ担当の棟から6人の警備員を倒してセントラルラボへ向かう。時間差で警備員に接敵していく仲間たち。それぞれの戦闘スタイルを活かし、相性の良い敵と遭遇するはずが、そう簡単にはいかないらしい……。

 逸石いっせきは研究所の通路をひた走る。もうずっと同じところをグルグルしているような気さえする。研究所の無骨で冷たい壁と床はどこまでも続いていて、そう感じてしまうほどに行く先々で同じ景色が現れる。

 シュウからは、逸石のいる北西棟のセントラルラボへの連絡通路は七階にあると聞かされた。そのため、入り組んだ研究所内をひたすらに走って七階まで到達しようとしていたのだが、もう七階分の階段は上がった感触があるのに、一向に連絡通路まで辿り着けない。

「くそ……どうなってやがる」

 そう呟く逸石を、天井から見つめる顔が一つ。

「ヒャーーーー!!!」

 突如聞こえた奇声と共に、ドォンッという音が通路に響き渡る。

 逸石は声の聞こえた方を振り返る暇もなく、床を蹴ってその場から跳ね退いた。その刹那、逸石のいた床がガガガと音を立てる。跳ね退いた先で、逸石は音のした方を見る。そこには、大量の銛らしきものが刺さっていた。加えてよく見ると、銛の先端の金属部が濡れている。何か液体が塗られているようだが、状況から見て多分毒だろうと、逸石は頭の中で瞬時に処理した。

 そして、奇声がした方に迷わず拳銃を向け、二発の銃弾をお見舞いする。

 しかし放った銃弾は天井に着弾しただけで、そこには何もいなかった。というより、発砲した瞬間、何か残像のようなものが見えた。それは人間というには何か変だったような……。

「いいねえー迷いが無いねえー!」

 その声は逸石の左斜め後ろから聞こえた。振り向くとそこには、天井に張り付く黒い物体。くの字に曲がった大きな足が八本。その足の付け根には黒い装甲。そしてその中心に、逆さ向きの人間の顔がある。言わば蜘蛛のような見た目で天井に張り付く異常者へ向けて、逸石は言葉を発した。

「チッ……変な奴が出てきたな……何だお前は」

 逸石の言葉を受け、鉄の蜘蛛は笑う。

「ヒャハハ!俺様は警備員の虎視とらみ!自力の武器開発でこの研究所のトップになる男だ!!!!」

「ハッ。一介の警備員のくせしてドデカい野望持ってやがるな」

 逸石は虎視の口上を鼻で笑い、また一つ、銃弾を放つ。

 ドンッと音がしたのと同時に、虎視は八本の足を蠢かせて左にスライドして弾丸を避けた。

「チっ……ちょこまかと……」

「速いだろ?これは俺様の開発した縦横無尽装甲……“蜘蛛の先駆者〈アラーニャ・ピオネイロ〉”だ」

 苛立つ逸石を煽るように、虎視は聞いてもいない装備の解説を始める。何かを開発する者は何故こうも自慢気なのか。自分の研究に自信を持っているからだと思うが、それにしてもこの研究所の警備員はそういうヤツが多い。

「ここで延々避けてやってもいいが……それだと芸がないな……」

 虎視はニヤリと笑い天井から足を離して身を翻し、空中に躍り出た。

 逸石は着地したその瞬間を狙うべく、銃を構える。

「変形!“玉座のトロノ・フォルチェ”!」

 虎視の体を覆っていた黒い装甲と八本の足が中心に集約され、モゴモゴと蠢く。先程が蜘蛛の姿だったため、死にかけの蜘蛛がのたうち回っているようで、気色が悪い。虫嫌いなら卒倒しそうな光景だ。やがてその蠢く黒い物体は別の姿に変貌した。

「!」

 逸石が驚いたのは、変形した後の虎視の姿……ではなく、虎視の足下の、この研究所の通路横幅いっぱいに広がる黒い壁。この通路の横幅は3mほどか。それを一ミリの隙間もなく覆い尽くした壁が、逸石の前を阻んだ。そしてその高さも、そう簡単に超えられるようなものではない。この通路の天井は7mほどだが、現れた壁の高さは5mほどか。助走をつけても上れるような高さではないし、そもそも敵の前で充分な助走をつける隙などない。その、何をしても上れない高さの壁の上に、虎視は立っていた。

 しかし一番驚いたのは、先程の蜘蛛型の装甲と比べて、今壁として形成された装甲の質量が明らかに増えていることだった。蜘蛛型の装甲はコンパクトで、人間より二回り大きいくらいだったのが、3×5mの空間をカバーする壁の装甲は、明らかにそれ以上だ。新しく加えられたその質量は一体どこから来るのだろうと思い、逸石は眉を顰めた。

 また、変形したことで虎視の全身を初めて拝むことができた。虎視の服装はまるで警察の機動隊のような格好だった。ただ色は黒ではなく、マホガニーで、上のミリタリージャケットも下のパンツも同じ色で統一されていた。身長はそんなに高くない。ただ髪は若草色のソフトモヒカンで、まるで木に芽吹く緑の葉のような格好だった。

「行くぜ!“巨人のヒガンテ・ピストーラ”!」

 虎視の声に合わせ、逸石の目の前にある壁の中心が陥没……したと思ったら、逸石は正面からとてつもない衝撃を食らった。咄嗟に顔の前に腕を差し入れたが、上半身にかかる衝撃を殺せはせず、また足の踏ん張りも利かず、逸石は後ろに吹っ飛ばされた。

「っ!!」

 50m以上は吹っ飛んだだろうか。逸石は仰向けになって床に転がった。先程より天井が高くなった。何か別の部屋まで飛ばされたようだ。

 ツーッと顔の皮膚を何か液体が流れ落ちるのを感じる。逸石は顔に手を当て、それを確かめた。血だ。鼻からだ。衝撃を食らう瞬間、顔の前を腕で覆った時、持っていた銃が鼻の頭に当たったのは感じていた。逸石を襲った衝撃波は逸石が今まで食らったことのないほど強力なものだった。その衝撃波のパワーと、自前の銃の硬さに己の鼻が負けたのだ。

「……」

 血のついた指を眺め、逸石はぼんやりとする。血を流したのなんていつぶりだろうか。もしかしたら……あの時以来……か。

「……コウ」

 回想に身を委ねそうになったところで、ドゴンッと大きな音が逸石の意識を現実へ引き戻す。先程の壁が通路を通ってこの部屋まで来たようで、大きな音は、部屋の狭い入り口を体当たりで壊した音だった。

「ヘイヘイどうだい?“巨人の銃”のお味は?」

「……」

 逸石はジャケットの内ポケットからグレーのハンカチを取り出し、流れ出る鼻血を拭き取る。そして、起き上がって虎視の方を睨み付ける。

「ああ……久々に効いた……おかげで頭が冴えたぜ」

そう言いながら逸石は銃に新しい弾を込める。

「そうかいそうかい!他にもまだあるぞ!俺様が博士に登り詰めるための、礎となるのだ!」

 虎視はまたもや変形を始める。

 その虎視の言葉を聞きながら、すくっと立ち上がった逸石は、両手に一丁ずつ拳銃を持って臨戦態勢を取ると、こう吐き捨てた。

「フン……久々に、骨のある仕事になりそうだ」


「9998!9999!10000!ふー!目標到達!頑張ったわ!私!」

「終わった?」

「終わったみたいね」

 疾風はやて石華せきかは指立てをする人物を見守っていた。

 やがて自分を褒める声が聞こえてきて、指立てをしていた人物は立ち上がって、ドリンクを飲み始めた。

「ん?」

 四方に並べられたサボテンに目を向けてスポドリを飲んでいた人物は、やっとこちらに気づいたようで、

「あれ、あなたたち、誰?」

と、ドリンクを口から離し、きょとんとした顔で二人を見た。

 そこで初めてその人物の姿をまじまじと見たが、なんだか変なのだ。顔はパッチリ二重のレモンイエローの目に、鼻の頭にあるそばかす。髪型は黒くツヤのある髪を三つ編みのお下げにしている、可愛らしい顔だ。しかしそんな顔とはアンバランスな、鍛え抜かれた肉体。両肩にもう一つずつ頭が乗りそうなくらい幅のある肩。そしてそのボールのような肩から繋がるゴツゴツとした腕。黒いタンクトップに隠されているが、その上からでも分かる胸筋。そして、露わになっている腹筋もバッキバキに割れている。黄色に赤ラインのランニングパンツに隠された尻は小さく、しかしグレーのタイツで覆われた太ももがまた大ボリューム。成人男性でもあまり見ないであろう、おそらく2m越えの背丈。

 鍛えているからといってここまで仕上がった身体は今までに見たことがない。アスリートでもここまでは大きくならないだろうというくらいに完璧に仕上がったその人物を見て、二人は目を疑った。

「ちょっと、聞いてるの!?」

 大きな声を上げた謎の人物だったが、すぐに「あ」と何か思い出したように黄色いランニングパンツの尻ポケットを探り、スマホのような液晶タイプの通信機を取り出した。そしてそれを何やら操作して、画面を凝視した後、顔を上げた。

 その顔は笑っていた。ニヤリ……というか、ニチャア……という音の方が相応しいような、何か企んでいるような不気味な笑みだ。

「なるほどぉ……侵入者ってことね♡」

「「!」」

 その不気味な笑みと寒気が走るような意味深な言葉に、二人は背筋を震わせた。

「いいわ。お相手したげる!私はカイイ!この東棟の警備員よ!」

 その張り上げた声の自己紹介に、二人は思わず気圧された。しかし二人はすぐに正気を取り戻し、こちらも踏ん張ると言わんばかりに高らかな声を上げた。

「俺は疾風!侵入者だ!」

「私は石華!侵入者よ!」

 同時に名乗りを上げ、構える。

「侵入者をぶちのめすなんて、久しぶり!私の鍛え上げた肉体を存分に見せてあげるわ!」

 キャッキャと一人で盛り上がりながら、ボディビル大会のようにポーズを決めるカイイ。

 そのカイイの独特の構えを受け、疾風は背中に担いでいた斧を両手に持ち、石華はパンパンと太ももを叩いて臨戦態勢。

 両者は同時に床を蹴り、両者の中心でぶつかり合った。


「うわあああああ!」

「ど、どうなってるんですか!これ!?」

 夜行やこう沙生さおの叫び声。二人の声は、部屋の上の方から聞こえてきた。

 夜行と沙生は先程まで、警備員である三文さんもんの部屋の中で、三文に促されて待機していた。三文は戦う気がなかったため、両者交戦することなく、他のメンバーがセントラルラボに到達するまで待っていることにしたはず。

 それなのに、現在の二人は何故、空中に浮いているのか。

 事の発端は三文のこの発言。

「暇だな……よし、あれやるか」

 そう言って机の引き出しからトランプを取り出す三文。

「お前ら、ポーカーは分かるか?」

 その声に反応したのは意外にも沙生。

「あ、私、分かります!」

 もうほぼ警戒せずに、手を挙げて一歩前に出る沙生。

「沙生、ポーカー分かるの?」

「はい。私、学校でボードゲーム部だから分かるんです。夜行さんは?」

「僕はトランプはババ抜きくらいしか……」

 頬を掻きながら申し訳なさそうに下を向く夜行。

「じゃあ嬢ちゃん、相手してくれや」

「はい!」

 そう言って三文と沙生がポーカーをして、夜行とその守護霊たちはそれを見守っていた。夜行は最初、ルールが全く分からなかったが、沙生のやり方を見てなんとなく察していった。

 しかし6ラウンド目にさしかかった頃、三文が突然叫んだ。

「ああああああああああーーーー!!!!!」

 何の前触れもなく耳をつんざいた三文の大声に、沙生と夜行はビクッと体を震わせ、守護霊たちは夜行の周りで警戒態勢を取った。

 顔を両手で覆って下を向き、腹の底から響くような大声を長く奏でた三文は、5秒ほど声を震わせた後に、顔を上げて「ふう」と息をついた。

 大声に驚いて固まって動けない二人をよそに、三文は真上を見上げてこう言った。

「スリルが足りん」

 その言葉に、沙生は戸惑った。

「あ……すみません。もしかして私じゃ力不足でしたか……?」

 自分相手じゃつまらないと思われてしまったのか、沙生はしょんぼりとした顔で、三文の方を見た。

「いや」

 その沙生の言葉に、三文は反論する。

「ただのポーカーじゃスリルが足りん、ってだけだ。……俺はギャンブルが好きなんだが、警備員になってからはギャンブルが禁止されて……うっうっ……ぼおおおおおおおお!!!」

 突然の自分語りから最後には大声で慟哭し始めた三文。そんな三文の様子を吃驚した顔で見つめる二人と守護霊たち。さすがに中年男性の心からの叫びを受け止める用意などできていなくて、ただひたすらに困惑するしかない。泣き上戸……なのかもしれないが、酒など飲んでいなかったはずだが……?

「やっぱアレしかねえか……」

 一通り涙を流し終えて正気に戻ったように見えたが、三文は、禁断症状が出た時のような、どこか焦点の定まらない目でふらふらと立ち上がり、部屋の壁の方に近づいていく。

「「……?」」

 沙生と夜行は顔を見合わせて、不思議そうな顔をした。

 三文が壁の平らな部分を指の腹で叩くと、壁の一部が扉のように開き、中から何かレバーのようなものが現れた。そのレバーを左手で掴み、先程の慟哭とは打って変わって、クックックと楽しそうな顔で笑ってから、沙生と夜行の方に目を向け、

「やっぱり……ギャンブルは命賭けなきゃなァ!!!」

 そう叫んで、勢いよくレバーを下げた。

 その途端、人間を地面に縛り付ける力が、無くなった。部屋の中の、壁に固定されていないもの全てが空中に身を躍らせる。もちろん沙生と夜行も。

 ここが冒頭の場面。突然重力に縛られなくなった自分の身体を、沙生と夜行は制御できなかった。ただ等速で上へ上へと上っていく自分の身体をどうするわけでもなく、ただ困惑して手足をバタバタさせるしかなかった。

「ど、どうなってる!?夜行!大丈夫か!?」

 たつが上へ飛んでいく夜行を心配して、大声を上げる。龍たち守護霊は夜行の周りさえ離れなければ空中へも行けるため、龍はぐんぐんと天井に近づいていく夜行の周りをうろうろと飛び回る。ほかの守護霊たちも同じだった。

「これは……もしかして無重力というものでは!?」

 同じように上へ上っていく沙生が、気がついたように夜行の方を向いて言った。

「え!?宇宙でもないのに!?」

 普段あまり大きな声を出さない夜行も、このあり得ない状況に名前をつけた沙生の言葉に驚いた。

 そう。この状況は、よくテレビで見る宇宙ステーションの中のような光景。宇宙飛行士が宇宙ステーションという狭い空間で自由自在に飛び回る、無重力空間のそれだ。だけどこんな光景は宇宙という特殊な空間でのみ起こるはず。二人は宇宙に来た覚えなどない。ここは重力のある、地球の、日本の、東京の、地上にある研究所の一室だ。無重力空間の宇宙とはほど遠いが……?

「驚いたろ?この部屋は特殊でな。俺の趣味なんだが」

 三文の声が部屋に響く。三文は下げたレバーをまだ掴んでいる。しかしその手を壁に固定することで、三文の身体は浮かず、その場に留まり続けていた。

 三文は吸っていたタバコを机にある灰皿に押しつけ、火を消した。

「よっこいせ」

 そして机に備え付けてある大きな引き出しから、何やら大きな箱を取り出してその中身を空中にぶちまけた。その中身は無重力に従って、部屋に縦横無尽に広がっていく。

「「……?」」

 沙生と夜行は既に天井近くまで浮かんでいた。そして、下からだんだんと上がってくるその物体を、目を凝らして見た。

 黒っぽい物体。丸い形をしている。いや、丸みを帯びてはいるが、完全な球ではなく、楕円のようなシルエット。そしてその楕円の上に、出っ張った部分がある。これは……

「手榴弾!?」

 沙生が大きな声を上げた。その声に吃驚して、夜行も顔を強張らせた。だんだんと近づいてくる数多の手榴弾を観察し、沙生はさらなる声を上げる。

「ピンが抜かれてます!危ない!」

 その沙生の言葉に、夜行は思わず身を守ろうと顔の前で腕を構え、目を瞑った。

 夜行の目の前にやって来た一つの手榴弾は、夜行の腕に当たった。

「……!」

 しかしその手榴弾は爆発するでもなく、ただただ夜行に当たって運動を停止し、その場に留まるだけだった。

「「……?」」

 沙生も夜行も、爆発すると思って思わず目を瞑っていたが、しばらく何の音もしないことに疑問を覚え、やがて恐る恐る目を開けた。

 夜行は構えた腕の隙間から目の前の手榴弾を見た。そして腕を下げると、その腕を伸ばし、手榴弾をつんつんと指先でつついた。

「爆発……しない?」

 夜行は震える声でそう言った。沙生と守護霊たちも、その様子を見て困惑しているように見える。

 また、その様子を見守る者がもう一人。部屋の下の方にいる、三文だ。

「ハハハ。運が良かったなァ、坊主。それはアタリだ。火薬が入ってねえ」

 三文はケラケラと笑ってそう言った。三文のその態度に、沙生は我に返り、眉間に皺を寄せて声を荒げた。

「なんなんですか三文さん!どういうつもりなんですか!?危ないでしょう!?」

 普段温厚な沙生が怒っているのを見て、夜行たちはぎょっとした。まあ夜行もあまり感情が高ぶることがない性格だが、同じような性格の沙生が、ここまで怒っていることに吃驚した。しかし、沙生が怒るのも分かる、とすぐに考え直し、夜行も沙生に追随する。

「アタリ……って、ハズレだったらどうなってたんですか!?」

「オイふざけんなよオッサン!!!夜行を危険な目に遭わせやがって!」

「この小さき物……焙烙火矢の類いか!?それを無抵抗の童に向けるなど沙汰の限りでござる!」

 夜行と龍、守衛門もりえもんが順番に吠える。

「やめときな二人とも。どうせ聞こえないんだよ」

 鬼婆おにばばは冷静で、龍と守衛門をたしなめる。しかし鬼婆も怒ってはいるようで、こめかみに青筋が立っている。

 案の定三文は夜行の言葉にだけ答える。

「ハズレはハズレさ。爆発するよ。……ギャンブルが好きだっていったろ?爆発するのか、しないのか……そのスリルを味わいながらゲームを進めるんだ」

「ゲーム……?」

 三文の言葉に眉を顰める沙生。夜行は何が何だか分からないといった様子で、目を泳がせている。

「この手榴弾は俺特製だ。既にピンが抜かれているが、爆発しないようになっている。この手榴弾のトリガーは、“接触”だ。それもほんの少しの」

 その説明を聞いて、沙生は先程の現象に合点がいった。ピンが抜かれているのに、爆発しなかった手榴弾……夜行に当たった手榴弾が爆発しなかったのは、衝撃が足りなかったからではなく、本当にアタリだったから。そんなごくわずかな接触で、手榴弾が爆発してしまう……そう考えると、身震いがした。

「俺とお前達……お互いにコレを使って、相手に手榴弾を当てるゲームだ」

 三文が“コレ”と言って取り出したのは、何やら細い筒のような道具。

「「?」」

 突如登場した、あまり武器には見えない得体の知れない道具を見て、夜行たちは眉を顰める。

「この手榴弾は限りなく軽量化してある。そして、この筒は空気を押し出せる。これを使えば対象は風に乗ってゆっくり移動を始めるんだ」

 そう言って三文は一番手近に浮いていた手榴弾に筒を向けて、側面にあるボタンを押した。すると、その手榴弾は風に乗って沙生の元へ。

「!」

 だんだんと沙生に近づいていく手榴弾。しかし沙生はどうすることもできない。

「っ!」

 手榴弾が沙生の目前にまで迫り、沙生がショートパンツのポケットに手を入れたところで、ピタッと、それまで等速直線運動をしていた手榴弾が止まった。

「……?」

 沙生は何が起こったのか分からず、その瞬間目を見開いた。三文も同じく、何が起こったのか理解できず、遥か上に止まっている手榴弾と沙生を、目を細めて観察する。

「やっぱりなぁー」

 沙生と夜行にだけ聞こえたその声は、何かに対して確信を持った声色だった。その声の主は……龍。

「へっ!やっぱりこのゲーム、俺たちがいれば勝てるぜ!」

 龍がそう言うと、沙生の目の前で停止した手榴弾が、ギュンと来た道を逆戻りした。それも、超スピードで。

「左様。拙者たちにかかれば、このようなもの……夜行殿と沙生殿には近づけぬ!」

 守衛門もそう言うと、また夜行と沙生の周りにあった手榴弾一つが、ギュンと勢いよく三文の元へ向かっていく。

「無重力と霊体のあたしたちの相性は抜群だね」

 鬼婆も二人に同調し、同じように手榴弾を三文の元へ飛ばす。これは……

「ポルターガイスト!」

「何ィ!?」

 沙生がハッとしたように大きな声を上げ、三文は面食らって叫ぶ。その瞬間、三文の体に三つの手榴弾がぶつかる。

 ドカンッと大きな音がして、三文の足と胴体に当たった手榴弾がそれなりの衝撃と煙をまき散らす。

 ……そうだ。守護霊たちは手を触れずに物を動かすことができる。この手榴弾も例外ではないんだ。

「すごいです!皆!」

 沙生が歓喜の声を上げる。するとその言葉に夜行が答えた。

「たっちゃんたちは基本一度に一つしか浮かせられないんだ。伊藤さんは別だけど……でも三人もいれば、三つ同時に動かせる……!」

 夜行は小さくガッツポーズして守護霊の三人に言い放つ。

「たっちゃん!守衛門さん!鬼婆!僕たちを守って!」

 自分たちを心から信頼してくれる夜行のその言葉に、

「おう!」

「承知!」

「はいよ」

 三人は守護霊としての役目を全うすべく、夜行の言葉に応えた。


「「“気まぐれな彗星カプリース・コメット”!!」」

 蒼啓そうけい行雲こううんと対峙するソカとムエンが、声を揃えて叫んで、大鎌を大きく振りかぶって同時に薙ぎ払う。そしてその薙ぎ払う瞬間に、二人は手元のボタンをカチッと押し込む。すると、大鎌の刃の部分が外れ、弧を描いて離れた所にいる蒼啓と行雲の方へ勢いよく飛んでいく。

「っ!」

 まるでブーメランのように予測不能な動きをする二つの刃をすんでのところで躱し、「刃の無い今がチャンスだ」とばかりに、蒼啓と行雲はそれぞれソカとムエンの間合いに潜り込む。

 蒼啓はソカに。行雲はムエンに。走ってきた勢いを殺さずに、左右それぞれの脇腹目掛けて、二人は中段蹴りを繰り出す。と、その刹那、ソカとムエンは大鎌の柄で受け止めようと動くのが見えた。しかし蒼啓と行雲の蹴りは重い。細い柄など、簡単に叩き割ることができるだろうと思い、細い柄が真っ二つに折れるのを期待した。

 ガキッと大きな音が鳴り、蒼啓と行雲の骨が軋む。

「いっ!?」

「くっそ!」

 二人は勢いよく飛び退いて足を上げ、手でさする。なんだ今の感触は……?木じゃないのか?

「アハハ!折れると思った!?」

 ソカが意地の悪い笑みを浮かべ、高らかに笑う。蒼啓は悔しさと痛みで目を細めながらソカを睨み付け、行雲はもう痛みが引いたのか、涼しい顔で毅然とムエンを見つめる。

「木じゃなくてざぁんねぇ~ん!」

「この柄には鉄が仕込まれてる……そう簡単には折れないよ……」

 挑発的な声で蒼啓を小馬鹿にするソカと、簡単に秘密を漏らすムエン。さすがの蒼啓でも、鉄は折れない。精々変形させるくらいだ。ましてや今の攻撃では、木だと思って無意識に力をセーブした。そんな状態の攻撃では、変形させることすらできないだろう。

 というか柄が鉄なら、刃も合わせて全身に鉄が仕込まれている、しかも自分の身長より大きな鎌を、こんなに自在に振り回せるソカとムエンがおかしい。二人とも蒼啓と同じくらいの年齢で、身体もまだ生長途中という感じだし。何よりあの細腕で大鎌が持ち上げられているのが不思議だ。何か蒼啓たちの知らない技術が、あの鎌には仕込まれているのだろうか。

「ほらぁ、油断したぁ」

 痛みに耐えながら考え事をしていた蒼啓のみぞおちに、鎌の柄の先端がめり込む。

「ぐっっッッ!」

 口から涎を吐く。と同時に蒼啓は後ろに吹っ飛ばされる。女の子のパワーじゃないほど強烈な突きに、蒼啓は苦痛に藻掻いて床に倒れた。

「蒼啓!」

「……よそ見」

 ほんの一瞬吹っ飛ばされた蒼啓に気を取られた行雲が、今度はムエンの餌食になる。鎌の柄で思い切り側頭部を強打され、グルンと視界が揺れる。

「!」

 そして背後から、まだ飛んでいた鎌の刃が行雲を襲う。行雲は咄嗟に刃が風を切る音を聞き、回避しようと試みたが、揺れた視界の中では正常に体を動かすことができず、右の二の腕をざっくりといかれた。なんとか致命傷にはならなかったものの、利き腕を負傷したのだ。

 行雲は足を踏ん張り、右腕を庇う。しかし行雲の顔は、晴れやかなものだった。蒼啓とは違って。

 蒼啓は自分を叱りつけた。自分と同じくらいの女の子相手だから、本気で戦ってはダメだなと、甘い考えを持っていた自分を。いくら自分たちが正しいからといって、正当防衛と称して徹底的にボコボコにするのは良くないだろうと、自分の実力を買いかぶって手加減しようと。実際にそう頭で考えていたわけではないが、自分が無意識にそう思っていたのを反省し、起き上がる。

「そろそろ持ってくる?姉さん」

 起き上がった蒼啓を横目に、ムエンが突然ソカに向かって切り出した。

「あ?ああ、アレか。そうだな……持ってくるか」

 ソカとムエンは以心伝心といった様子で、曖昧な言葉の応酬で通じ合っている。会話の意味が一つも分からなくて、蒼啓と行雲は困惑するばかり。しかし聞き取れたことから察するに、何かまた別の戦力を投入するつもりか。蒼啓と行雲は身構えた。

「オイ!入れ!」

 ソカが何やら耳を押さえて命令する。通信機か?

 その声と共に、壁の上の方でガチャリと音がした。その音の方を見上げる前に、ドスンッという音と共に、蒼啓たちとソカたちの間に砂埃が舞い、その中に人影が見えた。二人はすぐに、この壁の無数扉のどこからか、何かが落ちてきたのだと理解したが、それが人影だと分かると、緊張の糸が張り詰めた。

 だんだんと砂埃が散って、落ちてきた人の全貌が見えてくる。

「「え」」

 蒼啓と行雲はは同時に懐疑の声を上げる。思ったより小柄だ。蒼啓と同じくらい。てっきり新戦力の人間だと思っていたから、ゴツい男が来るのかと思っていた。……いや、そういう偏見はこの世界では通用しない。ソカとムエンが若くして実力を持っている以上、そういうステレオタイプな強い人間像はむしろこの世界にはいないのかも。

 足下からだんだんと全貌が現れる。足は……裸足だ。そして程よく鍛え上げられたふくらはぎ。そして膝下から上半身までを覆う、健康診断などでよく見る、白い検査着のような服。胸ポケットにはプレートが付いている。「mod:10558」と書かれた。そして肝心の顔は、まだ16歳ほどの、成長途中の精悍な顔。瞳は黒く、髪も短くカットされた黒い髪。どこにでもいる、一人の少年のような出で立ち。

「え……っ……?」

 乱入者の全貌が見えたところで、蒼啓はもう一度、声を漏らした。今度は、喉の奥から絞り出すような微かな声で。

 蒼啓の頬を汗が流れ落ちる。その蒼啓の態度に行雲は少し疑問を感じ、蒼啓の方を見る。

 蒼啓は今見えている光景が飲み込めなくて、思考停止していた。こっちを見つめる行雲の不安そうな顔も見ることはできず、ただ一点、乱入の顔を見つめてはゴクリと唾を飲み込む。

「いっ……て、つ……?」

 辛うじて絞り出したその声はその空間に響き渡った。

 蒼啓の視線の先には、仮面のような無表情を貼り付けた親友、一徹いってつの顔があった。

※一部ルビが文字数制限により付けられなかった箇所があります。

※2025/07/29 加筆・修正しました。

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