大人の思惑
パラレルワールドに飛ばされた主人公・蒼啓は、元の世界に戻るべく、シュウをはじめとする仲間たちと共に、世界線移動の原因となる研究所を倒すことを目標とする。その仲間を集める過程で蒼啓は草加部という中年のSF愛好家を助けたが、戦えない草加部をアジトに招くことはできず、草加部の所へ定期的に食料を運んでいた。しかし、ある時蒼啓がいつものように草加部の元へ行くと、草加部はおらず、草加部が座っていたソファに紙切れが残されているだけであった。
〈蒼啓クンへ
やっぱり私は自分の好奇心を抑えられない。
SFの世界が目の前にあるというのに、その事実を確かめようとしないのは私の信念に反する。
今までありがとう。
P.S 自分の体は自分のために使いなさい。〉
破られた手帳の一ページには、短くそう書かれていた。
どういうことだ?と蒼啓は真っ先にこのメモの意図を探った。”好奇心を抑えられない”、”事実を確かめる”という言葉は、これまでの草加部のSF愛から察するに、なんとなく理解できる。しかし研究所の危険性は蒼啓が説明した通りだ。共に研究所に行ったズイが銃で撃たれた話もした。だから、草加部には研究所に行ってはいけないと、口を酸っぱくして言ったつもりだった。それなのに……
「いくらSFが好きだからって、行くなんて……」
蒼啓は膝から崩れ落ちた。草加部の行動が理解できなくて、頭はグルグルと回るばかり。
草加部が居なくなったことに、蒼啓は悲しみというより、虚無感を覚えた。折角打開策を見つけたばかりだと言うのに。助けるべき対象が居なくなってしまった。草加部は蒼啓の葛藤など知らないと思うが、それでも自分の誠意を拒否された気がして、蒼啓はやるせない気持ちになった。
どうして居なくなってしまったのだろう。怪我をしてまで取ってきたというのに。
それに、なんだこの追伸は。これが、蒼啓が最も理解できないものだった。”自分の体は自分のために”……?どこからそんな話が出てきたんだ。怪我のことか?この怪我なら草加部に心配掛けないように誤魔化したはず……
「どういう意味だろう……?」
蒼啓はこの疑問を抱え、モヤモヤしながらアジトへ戻った。
ガチャ、とアジトの玄関の扉を開け、中に入る。蒼啓は俯いていた。草加部のメモの意図が分からなかったからだ。帰り道でも、そのことばかり考えていた。
「お帰り」
何気ない挨拶に顔を上げると、シュウがソファに座り、蒼啓の方を見つめていた。
「草加部の様子はどうだった?」
シュウはお茶の入った湯飲みを手に持ち、蒼啓の反応を伺うように、そちらに目を向けていた。
「あの……これ……」
蒼啓は歯切れ悪く、手帳の切れ端をシュウに渡した。シュウはそれを受け取り、文字を目で追った。すると、おそらく追伸のあたりを読んだ瞬間、目を丸くした。
「これが……ソファに置いてありました。あの……追伸の意味が分からなくて……」
蒼啓がおずおずとそう言うと、シュウは何か納得したように「ふーん」と声を出し、ソファの肘掛けに手をつき、頬杖をついた。
「草加部は、君に負い目を感じたんだろうね」
「え?」
負い目?なんで?と思い、蒼啓はシュウに聞き返した。蒼啓の素っ頓狂な声を聞いて、シュウはフフと口元に笑みを浮かべて話し出した。
「蒼啓、その怪我、草加部に見せた?」
「いえ、顔が腫れているのは言われましたけど、肩の傷は見られてません。肩を叩かれた時ちょっと痛かったですけど」
「それについて、理由を聞かれたりは?」
「それも、昨日ちょっと……って誤魔化しました」
シュウは何故そんな質問をするのだろう、と内心考えながら、蒼啓はシュウの問いかけに答えていく。やがてシュウは「そうか……」と改めて納得したように、メモをソファの前のテーブルに置いた。
「草加部は君の怪我を見て、自分のせいだって思ったんだろう」
「え……なんで……?」
蒼啓が聞き返すと、シュウは立ち上がり、蒼啓の元へ歩み寄り、蒼啓の頬に手を添えた。
「君の顔の腫れ……今までの食料とは違う、豊富な食料……そして肩の痛み……草加部は、そこから、君が食料を確保するために無茶したと考えたんだろう」
上から見下ろされて、蒼啓は少し身震いがした。シュウの整った顔が、顔の真上に近づいているのに、蒼啓は硬直したが、シュウの言葉を聞いて、なんとなく全貌を掴もうとしていた。
シュウは続けて離す。
「草加部にとってみれば、蒼啓が怪我をしたのは、自分の分の食料を調達するため。そのために怪我を負ったんだとしたら、目覚めが悪いだろう。そうやって、君が自分のために身体を犠牲にしたことが、草加部にとっては負い目になった。だから、彼は立ち去ったんだろう」
シュウの言葉に、蒼啓は何も言えなかった。蒼啓としては、自分の行動に責任を持って、つまり、自分で助けた草加部に、手を差し伸べ続けようとした。その道中で怪我をしても、全ては自分が望んだことだ、自分の責任だと、そう思っていた。
しかし草加部からすれば、そうさせたのは自分だと、そう思ってしまったということだ。そこまで考えついて、蒼啓は茫然とした。自分のためにしたことが、他の人の責任だと思ってしまうことになるなんて、思いつきもしなかった。そして、そのせいで草加部が立ち去ることを選んだのにも、草加部の思いや優しさを感じて、蒼啓の目には思わず涙が溢れた。
「だからこそ、”自分の体は自分のために使いなさい“なんだろう。君は人のために無茶ができる人間だ。でも、それが結果的に他人の責任になることも、覚えておくべきだな」
蒼啓の心情を察したのか、シュウは優しい声でそう言葉を続け、蒼啓の頬に添えていた手を上に持って行き、ぐりぐりと頭を撫でた。
蒼啓は上から撫で付けられた勢いで下を向き、ボロボロと涙を零した。草加部の思い、シュウの優しさに触れて、改めて大人の偉大さが身に染みた。
それからしばらく、蒼啓はアジトに籠った。草加部のことを引きずっていたわけではないが、蒼啓はもう、誰かを助ける気になれなかった。自分が助けたことで、誰かが肩身の狭い思いをする……シュウが沙生を助けたときに言っていたことだ。シュウもそれを感じたから、俺にあんなことを言ったのかもしれない……と蒼啓はそんなことばかり考えつつ、もう自分で勝手な行動はしないと心に決めた。
現在はシュウに許しをもらい、アジトに籠り、蒼啓はできることをしていた。疾風に料理を教わったり、掃除をしたり。他のメンバーも、シュウから何か聞いたのか、蒼啓が外に出ないことに何の文句も言わなかった。若干逸石の目が冷たい気はしたが。
そんな生活を続けていたある日の夜、シュウが新たなメンバーを連れて帰ってきた。シュウが帰ってきたのは夕食の最中で、皆がリビングに集まっていた時だった。バンッと扉が乱暴に開けられ、入ってきたシュウの後ろに、人影が見えた。
「みんないるね?新しい仲間を連れてきたんだ。ほら、自己紹介」
そう言ってシュウは一歩左に動き、後ろにいた人物に会話をパスした。
「はじめまして。石華って言います。よろしくお願いします!」
ハキハキとした口調で挨拶をするその女子は、蒼啓よりは年上か、しかし二十代というほどでもなく、若さが残る感じ。というのも、膝下丈の淡いデニムに、同じデニムのシャツで、高い位置でお団子にした髪をオレンジのヘアバンドでまとめていて、カジュアルだけどきれいめな感じで、快活な印象を受ける。流や沙生とはまた違った感じの女子だ。
石華の挨拶を聞いたメンバーの反応も様々。逸石は相変わらず目つきが怖いし、流も石華のことをジロジロ見ている。疾風とズイ、沙生は笑顔で石華を迎え、夜行は不安そうな、しかし嬉しそうな顔をしている。
それはそうと、蒼啓はある懸念を感じて、シュウに問いかけた。
「シュウさん、石華は戦えるんですか?」
逸石や流もそう思っていたようで、どうなんだ?とばかりにシュウの方へ目を向ける。
しかしシュウは胸を張り、ドンと胸を叩き、
「大丈夫だ!私が確認したから!」
と自信ありげに答える。
それを聞いて、安心したような逸石と流。しかし流は食い下がり、
「どうやって戦うんだ?」
と今度は石華自身に聞く。
「はい!私は関節技と蹴りで戦います!元の世界にいた時も、これで動物たちを追っ払ってました!」
石華は快活な声でそう宣言する。
「蹴りで岩も砕けますよ」
上げた足をパンと叩いてにこやかに石華は言う。予想外の言葉が追加でくっついてきた。その言葉に、シュウを除く全員が耳を疑った。蒼啓も、こんな可愛い女子が岩を蹴り砕くなんて、まさかそんな、と思ったが、話を盛っているわけでもなさそうだし、なによりシュウさんがニコニコして聞いてるのが不気味にすら思えてくる、とそんなことを考えながら皆、石華のことをジロジロ見てしまった。
それからその日は石華とシュウも夕食に加わり、皆で懇親を深めていった。
ある日、朝からメンバー全員がリビングに集められた。
蒼啓もシュウに起こされて、てっきり朝ご飯の時間かと思いきや、他の皆が真剣な顔をしてリビングにいるもんだから、何事かと驚いたのである。
「な、何事……?」
そう発言すると、ずらりと顔を揃えたメンバーたちの目を集めた。皆真剣な表情をしていたために蒼啓は気圧され、「朝ご飯は?」という呑気な次の言葉も喉の奥に引っ込んだ。
「蒼啓、座って」
シュウにそう言われ、その言葉通りに蒼啓はソファの端っこに腰を下ろす。ただソファは六人分しかないので、座っているのは逸石、流、沙生、蒼啓、夜行、シュウの六人。疾風、ズイ、行雲、石華はソファの近くで立っている。
「よし、全員揃ったね」
シュウがそう前置きをすると、胸元から折りたたまれた紙を取り出し、
「じゃあ、今から研究所襲撃の作戦会議をする」
今までの真剣な表情をさらに上回るような迫真の表情で、冗談も通じないような雰囲気をシュウは醸し出していた。それに気圧されて、蒼啓を含めた若い何人かはそっと唾を飲み込んだ。
シュウは取り出した紙を広げた。それにはパッと見て何か分からないような図形が描かれていた。
「これは……?」
「研究所の間取りだ」
間取り。確かにそう言われると意味不明な図形じゃなく、きちんとしたものに見えてくる。その間取り図には中央に丸い建物、その周り、地図上の方角にして、東西南北に加え北東と北西の位置にそれぞれ建物があり、合計七棟の建物が描かれている。
「これは研究所中心部にある、その名も研究中央棟だ」
そのままじゃん!とその場の誰もが思ったがそうツッコむ雰囲気ではなく、皆口を挟むことは無かった。
「この周りにも数多の研究棟があるんだが、研究中央棟は今研究所がメインで進めている研究の建物なんだ。研究所は様々な研究をしているから研究棟も多い。その中で、一番重きを置いている研究棟が、この研究中央棟なんだ」
シュウは周りの顔色を伺わずに、説明を続ける。
「世界線移動装置を持っているのは、この研究中央棟の中心の丸い建物……セントラルラボだ」
間取り図の中心を指差して、シュウは言う。心なしか、語気が強くなった気がした。
「セントラルラボは入り口が無い。周りにある六つの研究棟からしか入れないんだ。それぞれの研究棟からゲートが伸びてる。私たちはそこを経由してセントラルラボへ行かなければならない」
メンバーは皆真剣な顔で聞いているが、そのうちの何人かはどうも釈然としない顔で、シュウの説明を聞いていた。
「皆は六つの組に分かれて、それぞれ六つの研究棟に入り、それぞれの警備員と対峙することになる。警備員は六人で、それに対してこちらは基本二人組で当たってもらうけど……」
「俺は一人でいい。いや、むしろ一人で行かせてくれ」
シュウの説明に逸石が口を挟む。確かに逸石さんは誰かと行動を共にするタイプじゃないしな……と蒼啓は思って、特に文句も言わなかった。シュウも他のメンバーもそう思ったようで、
「そうだね。じゃあ逸石は一人で。逸石なら大丈夫だろう」
と、さらりと逸石の意見を認めた。そこにはシュウから逸石への信頼、いや、信用が見て取れた。
「流は一人じゃなくていい?」
シュウは逸石に向いていた目を今度は流に向け、確認するように流に言葉を掛けた。
「私はどちらでも良い。一人でも戦えることは戦えるが、もう一人居た方が、それを囮にして隙を突くことができるからな」
流はそう言っていたが、仲間のもう一人を堂々と囮と呼ぶなんて失礼じゃないか?と思いつつも、忍者だからそういう戦い方もあるか、と思い直して、蒼啓は勝手に納得した。
「そっか、了解」
シュウは流の言葉も笑顔で受け入れ、また話を戻した。
「こちらのペースで襲撃するとはいえ、ホームは研究所側だからね。二対一の状況を作り出せれば、少しは優勢になるだろう。ただ……」
そこまで話して、シュウは顎に拳を当て、悩むそぶりを見せた。
「ただ……なんです?」
蒼啓がそう聞き返すと、シュウは
「警備員は六人なんだが、予期せぬ兵力があるんだ」
と、言い切った。
「予期せぬ兵力?」
今度はズイがシュウの言葉をそっくりそのままオウム返しをした。メンバーの中で数人がズイと同じような顔をしている。
ズイの言葉を受け、シュウはふっと息を吐き、一息置いてから話し始めた。どうやら話が変わるらしい。
「研究所は人間を改造する研究のために、別の世界線の人を集めていると話したよね?」
シュウは皆に確認するように言った。蒼啓を含めたメンバーは皆、その話を知っていた。しかしその返事を聞く気は無かったのか、間を置かずに説明を続ける。
「その研究の過程で生まれた改造人間が、研究所内にはうようよいるんだ」
ああ、そうか。確かにその研究を進めているなら、既に人間を改造して試しているだろうな、と蒼啓を含むメンバーの一部は納得した。
「その中には、戦闘に特化した改造人間もいる。つまりだ。今回の襲撃に対応すべく、改造人間が投入されるかもしれない」
メンバーは皆、シュウの言葉に、ゴクリと唾を飲み込んだ。シュウの話が本当なら、こちらの劣勢は確実。なぜなら、改造人間のスペックは普通の人間よりも遥かに高いだろうし、それに今までに研究所が捕まえた人間の数や、現在の状況を踏まえて言えば、改造人間の総数は計り知れない。警備員六名を、ここに居る十人で倒せば良いだけの話では無くなる。改造人間が波のように押し寄せてきたなら、形勢は一気に不利になるだろう。
そう考えた蒼啓たちの心配を、シュウは次の言葉でかっさらってみせた。
「だけど大丈夫。改造人間の相手は私がする」
シュウの目に決意が光る。しかしその言葉を聞いた蒼啓は少しほっとすると同時に、疑問も湧いた。
「改造人間の相手をシュウさん一人で?大丈夫なんですか?」
最もな疑問だが、シュウの強さを知るメンバーは特に心配していない様子だった。不安を抱えていたのは、最近入った蒼啓、ズイ、夜行、石華の四人。その四人が顔に不安を浮かべる中、他のメンバーは顔色を変えなかった。それはシュウの強さを知る故だろうか。
「改造人間がまとめて格納されている倉庫があるんだ。そこへ私が行き、足止めをする。皆が戦っている場所に改造人間が行かないようにする」
一箇所にいるなら相手もしやすいだろうけど……と思いつつ、でもやっぱり、
「改造人間は何人いるか分からないんですよね?下手すれば百人とか……」
「一対多にしても極端過ぎますよ」
「シュウさんにばかりそんな負担をかけるわけには……」
と、不安がっていたメンバーは口々に言い始める。
「いや、千人以上はいる。だが倉庫から出さないよう研究所のシステムを利用して足止めするから、大丈夫だ」
シュウがそう説明しても、四人の不安は解消されなかった。それどころか、蒼啓は常々感じていた疑問がまた浮上してきたようで、露骨に眉を顰めた。
「あの!」
蒼啓は先程よりも大きな声で、しかも語気を強めてシュウに向かって声を上げた。
「何?」
シュウは蒼啓の目をじっと見て、わずかな笑みを浮かべていた。その顔がなんだか腹立たしくて、蒼啓は余計に力を入れて次の言葉を発した。
「前々から思ってましたけど、シュウさん、なんでそんなに研究所のこと知ってるんですか?潜入して調べたにしても情報が細かすぎるし。しかも、さっき研究所のシステムを利用するみたいなこと言ってましたよね?なんで研究所のシステムを使えるんですか?」
蒼啓のその言葉に、不安を抱えた他の三人も同調した。
「確かに、他の世界線から来たにしては、この世界の内情に詳しすぎるよな」
「それだけ長い間、この世界にいるってことですか?研究所を調べ尽くして……」
「この世界の最先端の技術が集まる研究所のシステムなんて、素人が見たって分からないでしょう。なのに利用できると断言するなんて……」
口々に疑問を唱える四人を、シュウはごくうっすらと笑みを浮かべて見つめていた。その顔を見て、蒼啓は確信した。
「シュウさん、俺たちに何か、隠し事がありますよね?」
その言葉に、他の三人はハッとした様子で、シュウの方を見つめた。蒼啓も、シュウの目から目線を外さず、
「シュウさん、教えてください。あなたは、何者なんですか?」
そうきっぱりと言い切った。
するとシュウは、ふう、と息をついて、
「隠してたわけじゃない。言うタイミングが無かっただけ」
そう前置きをすると、その後若干伏し目がちになって、話し始めた。
「私は……別の世界線から来た人間じゃない。元々この世界の人間だ。それに、研究所にいた」
その言葉を聞き、蒼啓たちは納得した。確かに、今までのシュウの言動からして考えられるとしたらその可能性しかない。シュウの言葉が腑に落ちて、まず一つ、疑問が解消された。
「私は物心ついた時から研究所にいてな。ある博士に仕えていたんだが、その博士が、ある時、亡くなったんだ……」
突然の鋭い言葉に、蒼啓たちは息を飲んだ。人の死に関わる話だとは思っていなくて、予想外のパンチを食らったように、蒼啓の次の言葉が喉でつかえた。
「私はその博士に育てられていたから、博士がいなくなって、どうでも良くなって、私は研究所を出たんだ」
シュウは蒼啓たちの反応を他所に話し続ける。
「それまでは研究所で缶詰状態だったから、私は自由に生きたくて、外の世界に出たんだ。けど……すぐに異変に気づいた」
「異変……?」
そう漏らした蒼啓に、シュウは悲しそうな笑みを浮かべて答えた。
「もうこの世界の人間は研究所かその地下にしかいないはずなのに、荒廃した街で、身元不明の人間が彷徨くようになったんだ」
そう答えたシュウの言葉に、蒼啓たちは思い当たる節があった。四人は「あ」と思いついたような顔をしたが、四人の反応をいちいち確認せず、シュウは話し続ける。
「勿論君たちのことだ。それに、その人たちを回収するロボも街を徘徊するようになって、私は状況を把握するために、一度研究所へ戻った」
「研究所では、私のお世話になっていた博士の後を継いだ人間が、研究を進めていた。そいつは別の世界線から人間を強制転移させ、その人間たちを材料に、人間を改造していた」
「私は元々研究所に居たが、正直言って、研究所が目指すこの世界の人間の未来などどうでも良かった。興味が無かった」
「だが、他の世界線に迷惑をかける現在の研究所の方針は……腹立たしく思ってな。何も分からず改造される人間も可哀想だ。だから……元々そいつも嫌いだったし、研究を滅茶苦茶にしてやろうって、そう思ったのさ」
そこまで説明して、シュウはふうっと息をついた。最後の言葉は半笑いで、それも自虐的な笑いを浮かべ、シュウはそう吐き捨てた。
蒼啓は初めてシュウの人間らしい部分を見た気がした。今までシュウはいつも薄ら笑いを浮かべ、あまり感情を見せることは無かったが、今、言葉を吐き捨てたシュウの様子からは、怒りや虚しさが感じられて、普段のシュウと見違えるような雰囲気を纏っていた。
「だから……俺たちに協力して、研究所を潰そうと?」
最後まで聞き届けた蒼啓は、シュウにそう問うた。他の三人も、そう確認したかったようで、蒼啓の方をちらっと見てからまた、シュウの言葉を待つように、そちらに向き直った。
「……そう」
シュウは伏し目がちだった目をゆっくりと閉じ、またゆっくり開いてメンバーの方を向いた。
「研究所によって連れてこられた人間に、研究所を潰されたら自業自得だと思ってね」
今度は先程の笑いとは打って変わって、イタズラっぽい笑みを浮かべた。その子どもっぽい表情は、今までのシュウからは考えられないほど若々しく見えた。シュウの年齢は知らないが、見た目から察するに二十代後半くらいだろうと皆思っていた。しかしその笑顔は無邪気な子どものようで、これまでの凜々しく大人びた雰囲気のシュウとは一線を画す印象であった。
するとそれまで黙っていた逸石が、シュウの話が一段落したと判断したのか、口を挟んだ。
「俺たちとしても、研究所を潰せるのは好都合。元の世界に戻れる上に、研究所の連中に一泡吹かせることができる」
淡々と話す逸石に便乗するように、黙っていた他のメンバーも口々に話し始めた。
「ああ、元の世界に戻るついでに、はた迷惑な研究所に灸を据えてやらねば……と、私たちもそう思ったわけだ」
と流。
「確かに研究所が生んだ副産物である俺たちに、研究所が潰されたら……考えるだけで面白い自業自得だしな」
と疾風。
「俺も同じ。面白いことならやりたいだろ?」
と行雲。
「それに、研究所を止めれば、もう私たちみたいな被害者は出ないはずですしね」
と沙生。
皆思い思いの考えを持っているとはいえ、シュウと目的が一致したからこうしてシュウの元へ集まってきたのだ。
「私は現在の研究所を潰し、昔の研究所を取り戻したいんだ。もう博士はいないけど、だからといって今の博士に尻尾触れるほど利口じゃないんでね。それに私は元からあいつが嫌いだ。ブッ潰してやりたい」
シュウの口調が荒くなってきた。もしかして、こっちが素なのか?と四人は思ったが、今はそんなことよりも、情報を整理することに気を集中させたい。
蒼啓たち、まだこのアジトに来て日が浅いメンバーは、その、自分たちとシュウとの目的の違いを目の当たりにし、また一つ、疑問が解消された。何故逸石たちが、シュウを全面的に信じているのかを。平たく言えば、利害が一致したというワケだ。この、知らない世界で利害が一致する相手というのは、下手な集まりよりも遥かに結びつきが強い。頼れるものが自分たち以外にいない環境では、内向きの絆が強くなる。それを知ってか知らずか、シュウはこんなに仲間を集めることができたのであろう。
「ま、私の動機はそういうこと。だから研究所のことも、知ってるってワケ」
これで説明は終わり、と言わんばかりにパンと柏手を打って、蒼啓の方を見るシュウ。
「なるほど……」
そう言って蒼啓はまた情報を一から整理するため、顎に手を当て、俯いた。
シュウさんは元々研究所の人で、お世話になった博士の死の機に研究所を離れていたが、俺たちのような別の世界線から飛ばされてきた人たちを見て、他の世界線に迷惑を掛ける研究所の今の研究に腹を立てた。そしてその研究を滅茶苦茶にし、本来の研究所を取り戻すのがシュウさんの目的……そして、俺たちはそれに協力すれば元の世界に帰ることが出来る……と言ったところか。蒼啓はそこまで考えて、顔を上げた。
「分かりました。……でも結局、俺たちがやることは変わらないんですよね?警備員を倒して、セントラルラボへ到達すること。そこに、装置があるんですよね?」
「え?あ、ああ」
蒼啓の今までの説明をガン無視した言葉に、シュウは戸惑いながらも頷いた。
「なら俺たちは、シュウさん、あなたに従うだけです。正直言って、あなたが元研究所の人間だってことは、驚きこそすれ意外だとは思いませんでしたし」
蒼啓は思ったままの感情をシュウにぶつける。すると、他の三人も蒼啓の後を追って声を上げた。
「ああ。むしろ納得。それに研究所をよく知る人がいるってのは、有利に働くよな。心強いぜ」
とズイ。
「ちょっと騙された気もするけど、まあ、確かにズイの言う通りだね」
と夜行。
「私は来たばっかだから良く分からないけど……目的が一緒なら、一緒に動くべきよね」
と石華。
各々思うことはありつつも、最終的にはシュウに従うという方向で収まった。四人は隠し事されていたことより、納得のできる説明で疑問が解消されたことに気を置いていた。だから騙されていたことに憤るよりも、納得のいく説明をされたことに満足していた。納得のできる説明を受けたことで、シュウの人間性を確認できたし、それによりシュウに従うべきだという結論に導かれた。
蒼啓は改めて、自分の意志を示した。
「あなたの目的と俺たちの目的は隣合わせです。共に行動するだけの理由が、ある」
蒼啓はシュウの目をしかと見つめ、宣言した。
「俺は、俺たちは、あなたを信じます。……あなたに付いていきます」
その言葉に、シュウは俯く。そして一息置いた後、顔を上げ、満面の笑みで、
「ありがとう、皆」
そう礼を述べ、メンバーと一人一人目を合わせた。
そして
「皆、期待してるよ」
全員に届く優しい声で、メンバーを鼓舞した。
「と、いうワケで」
その日の夕方、夕日に照らされた街のあるビルの一室で、シュウはある人物と会っていた。二人は机を囲んで向かい合うように座っていた。
「こっちの作戦はこんな感じかな~」
朝メンバーに向けた真摯な笑顔ではなく、ヘラヘラとした笑いを顔に貼り付け、シュウは頬杖をつく。
「全部で十人か……少なくないか?」
シュウの向かいに座る謎の人物は、タバコを噴かしながらシュウの説明を聞き、それに文句をつける。
「精鋭だからな。お前も戦うんだから、気合い入れろ」
そう言ってシュウは二枚の写真を指で飛ばし、向かいに座る人物に渡す。謎の人物は飛んできたそれをキャッチし、被写体の顔が写る面を表に向けた。
「相手はコイツらか……フッ……少しは楽しめそうだ」
謎の人物はタバコの灰を指で叩いて机の上に落とし、楽しそうに写真を眺めた。
「久々にヒリついた勝負ができるかもな。好きだろ?」
「ああ」
謎の人物は大きくタバコを吸い、そして大きく煙を吐き出す。そして、写真をまたシュウに返そうと机の真ん中まで持ち上げた。シュウはそれを受け取るべく、掌を上に向け、机の中央へ伸ばす。
謎の人物は写真をシュウの手の上に乗せた。そして、その上から吸っていたタバコを押しつけた。そのままぐりぐりと写真にタバコを押しつけ、火を消す。シュウは火の消えたタバコと写真を、一緒くたにして手を握り、その握った拳を回転させて、謎の人物の方へ向ける。
「では明日、作戦決行だ」
「ああ」
「全ては」
そこまで言って、二人は拳を合わせた。
「「研究所のために」」