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Parallel Lab  作者: 古今里
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悩める者、決断する者

ある日、自分のいた世界から、突然パラレルワールドに飛ばされてしまった、主人公・蒼啓。飛ばされた先には、人間のいない荒廃した街と、そこを徘徊する無数のロボット、そして街の中心部にそびえる研究所が広がっていた。自分が飛ばされてしまったのは、この研究所の仕業だと知った蒼啓は、同じように別の世界線から研究所のある世界線へ飛ばされてきた仲間たちと共に、研究所を打倒し、元の世界へ帰ろうと奮闘する。

 蒼啓そうけいはその日、街へは出ず、留守番を任されていた。

 ロボも入ってこない地下に留守番など必要なのかと思うが、一応アジトを留守にするのは心配、ということらしい。

 ズイは行雲こううん疾風はやてと共に街へ出て、ながれ逸石いっせきもそれぞれ。シュウは沙生さおに稽古をつけると訓練場へ行ってしまい、アジトには蒼啓一人だった。

 つまらない。

 ここには娯楽もないし、何もやることがない。蒼啓は自炊などしたことなかったから、料理は作れない。というか、下手なのである。スクールで調理実習などはあったが、蒼啓の料理下手は知れ渡っていたので、同じグループの人がやってくれていた。それでも蒼啓の成績が下がらなかったのは、座学のおかげである。普段の飯だって、スクールの食堂や購買で買った物ばかりだったため、蒼啓の料理は一向に上達しなかった。

 この機に料理をしてみようかと思い立った時もあったのだが、限りある食料を一か八かで使うのはもったいないし、皆に怒られる未来しか見えない。

 だから蒼啓は今、リビングのソファに寝転がり、天井のシミを数えるくらいしかやることがなかった。


 しばらくして、沙生がアジトに戻ってきた。

「あ、おかえり」

 沙生がドアを開けて入ってきたのを見て、蒼啓はソファに座り直して声を掛けた。

「ただいま……です。蒼啓さん」

 そう言って疲れを見せる沙生の返答に、蒼啓は引っかかるものがあった。

「沙生ってさ、多分俺と同じくらいの歳だよな?タメ口でいいよ?」

 いつまで経っても敬語の抜けない沙生に向かって、蒼啓は軽い気持ちでそう言った。

「えっ!?そ、そうですか?」

 沙生は心底吃驚したようで、あたふたと戸惑っている。

「うん。いいよ。タメ口で」

 蒼啓が念を押してそう言うと、沙生は

「あ、ありがとう。……蒼啓……」

 気恥ずかしそうに礼を述べたが、

「やっぱりダメ……慣れないです……」

 と顔を背けてしまった。

「私学校の友達にもタメ口で話したことないんです……」

 と顔を赤らめながら言う沙生の姿はなんともかわいらしくて、こっちまで赤くなってしまいそうだと蒼啓は思った。

 しかし蒼啓は沙生の言葉を聞いて、大いに疑問を抱えた。

「えっ……学校の友達とも、敬語で話してんの……?」

 蒼啓は沙生に聞き返した。

「はい……周りのみんなも敬語なので……」

 沙生がそう言うと、蒼啓は首をかしげた。敬語で話すなんて、気の置けない人ばかりじゃないってことなのかな?と思いつつ、沙生の学校生活が気になってしょうがない。でも、本人が慣れないのなら無理にタメ口で話させる必要はないのかもしれない、と蒼啓は感じた。

「わかった。まあいいよ、慣れないなら」

 少しぶっきらぼうな言い方になってしまったかな?と思いつつ、沙生を気に掛ける発言をした蒼啓は、話を別の方向へ向けることにした。

「ところで、さっきまで訓練してたんだろ?シュウさんとはどんな訓練してたの?」

「あ、はい。えーと対人戦を想定した時の、動き方を習ってました」

「それって……護身術ってことか?」

「はい。私、知り合いからよく護身術を学んでいたんですけど、まだダメダメで。それでシュウさんが、改めて稽古してくれたんですけど……」

「?」

 そこで言い淀んだ沙生に対して、蒼啓は首をかしげた。

「護身術って、いろいろありますよね?」

 沙生は至極当たり前のことを蒼啓に聞いた。蒼啓も格闘術を習っている端くれ。流派の違いなどでその技は随分と異なることを知っていた。

「そうだなー護身術にもいろいろな流派があるだろうから」

「シュウさん、私がかすかに覚えている動きから、その流派を言い当てたんです。それで、その流派の他の技を教えてくれて……」

「へえ。すごいな」

 沙生の言葉に感心した蒼啓だったが、同時に「あれ?」と思った。

「シュウさんは沙生とは別の世界から来た人なのになんで沙生が習っていた護身術の流派を知ってるんだ?」

「そうなんですよ……」

 蒼啓の疑問に沙生も同調した。

 沙生のその言葉を受け、蒼啓は一人頭をフル回転させた。

 考えられるのは二つ。シュウも沙生も、実は同じ世界から来ていた、だから沙生の護身術の流派を知っていた、ということと、沙生のいた世界とシュウのいた世界に、同じ流派が存在しているということ。このどちらかであろうと蒼啓は瞬時に考えたが、考えても答えがでるわけもなく、シュウに聞くしかないと早々に結論づけた。

「不思議ですねえ……」

 沙生は特に気にしていないのか、頬に手を添えて上を向いている。

 そこで会話が終わってしまった。

 蒼啓は会話を続けるべく、先程の会話から繋げて言葉を発した。

「護身術ってことは、やっぱ研究所では人と戦うことになるのか」

 独り言に近い言葉だったが、沙生は律儀に言葉を返してくれた。

「そうですね。研究所には警備員がいるそうなので……その人たちとの戦闘になるんでしょう」

「沙生も戦うの?」

 蒼啓は何気なく沙生に戦う意志を聞いてみた。すると、

「どうなんでしょう……?」

 なんとも覇気の無い声で、どっちつかずな言葉が返ってきた。

「護身術は習ってますけど……どちらかと言えば人を傷つけたくはないです……」

 下を向いて答える沙生の言葉に、蒼啓は少し同情してしまった。

 沙生は自分と違って日常的に人と格闘しているわけではないだろうし、何かと敵対することもなかったのだろう。普通の女の子が突然こんな世界に飛ばされて、多少戦いに慣れている自分よりも、沙生は全く以て理不尽な目に遭っていると感じた。

「うう……でも戦わないと元の世界に帰れませんもんね……」

 そう言って沙生は頭を抱えて蹲ってしまった。

 そんな沙生に蒼啓がどう接するべきか悩んでいると、

「……こんなだから……お父さんに見放されたんだ……」

 沙生がそう呟いたのを蒼啓は聞き逃さなかった。え?なんで今父親の話?と思いながらも、蒼啓は沙生を心配した。

「どういうこと?」

 蒼啓がそう尋ねると、沙生は顔を上げて、観念したようにため息をついて話し始めた。

「私、すごい優柔不断なんです……昔から、何も自分で決められなくて……」

「優柔不断」という言葉に、蒼啓は納得した。確かに沙生の今までの様子はその通りで、行動の判断を全て周りの人に任せていると蒼啓も感じていた。

「私、一人っ子だから……いつかはお父さんの後を継がなきゃいけないんですけど……こんな性格だからみんなに呆れられて……」

「なるほど……」

 その言葉から、蒼啓は沙生がその小さな身体の中に抱えていた苦悩を、少しだけだが感じることができた。沙生はきっと社長の娘か何かなのだろう。でもその跡を継げるだけの器量がないと周りに判断され、見放されてしまった……と。自分と同じくらいの年齢でそんな重圧に潰されそうになっている沙生を見て、心底可哀想に思った。

「迷ったら、いつも周りの人に決めてもらうの?」

「はい……」

「じゃあ周りも決めてくれなかったら?」

「え……」

 考えたこともなかったのか、沙生はそこで言葉に詰まる。

 蒼啓は頭の後ろで腕を組みながら天井を仰いで、わざと沙生の方を向かずに話し続けた。

「周りが決めてくれなかったら、自分で決めるしかないじゃん。……悩むのも良いけどさ、いざってときはやっぱ自分で決めないと満足しないと思うよ。……俺もさ、スクールの六回生の時、文系と理系決めなきゃいけなくて、すごい迷ったんだけど、親には好きなようにしたらいいって言われてさ……俺はどっちの勉強も好きだったし、将来も決めてなかったから、とりあえず理系にしたんだ。でもそれでクラス変わって仲良くなった奴もいるし、文系だったら出会わなかった奴もいるだろうし、今の状態に満足してた。俺の場合は二択だったけど、多分、人生にはいろいろ選択する場面があって、その数だけ未来があるんだと思う。だからどれ選んでも、後悔しないように、自分で選ぶべきだと思う。人に決めてもらったら、その人のせいに出来ちゃうしね。それはなんか嫌じゃない?」

 蒼啓が一頻り話し終えると、沙生はぽかんとしていた。その顔を見て、蒼啓は自分が長々と語っていたことに気がついた。

「うわ!ごめん!長々と勝手に……!」

「あ、いや」

「うわ……なんか説教みたいになっちゃった……ごめん」

 蒼啓は今更恥ずかしくなって、顔を腕で隠した。

 沙生はその横顔を見ながら、少し前のことを思い出していた。


「沙生は周りに甘えすぎなんじゃない?」

「え」

 それはシュウが護身術の稽古をつけてくれた時のこと。稽古の間の休憩時間に水を飲んでいた沙生に向かって、シュウが発した言葉だった。

「沙生は何でもかんでも悩むだろ?そしてその都度周りに決めてもらってる。でもそれって、周りがそれだけ沙生の世話をしてくれているってことだよ」

 シュウの言葉に、沙生は言い返せなかった。

「それは一見恵まれた環境と言えるかもしれない。でも、それって甘えに繋がると思うんだよね……甘えられる人がいるのはいいことだけど、それが常日頃ずっとってことになると、危険だよ。甘やかされて育った人間は思考を放棄するようになる。今の沙生のようにね」

 沙生は周りの人間に自分が見放されているから、甘やかされているなどとは一ミリも考えたことがなかった。

 例えば、二択を迫られて、沙生がどちらにするか悩んでいると、大抵の人は「じゃあこっちにすれば?」とため息交じりに言ってくれる。沙生はそれに従い、自分で決断することは無かった。仲の良い友達ですら、沙生が悩んでいると「また始まった」とばかりに笑い合い、でも結局は友達が決めてくれるのである。見放されていると言うか、呆れられていると言うか。でも最終的にはみんな、沙生の世話を焼いてくれているのだ。

 沙生はどれに気づき、今まで自分がどれだけ甘やかされてきたかを知ることになった。と同時に、恥ずかしくも感じた。今まで自分は周りに見放されていると思っていたことを、だ。自分で早々に諦めていたことを、自分の周りはずっと世話してくれていたのだ。それに気づけなかった自分を沙生は恥じた。

「まあでもすぐに改善するのは難しいよね。でも……」

 シュウは沙生の顔をのぞき込むように腰を曲げ、沙生と目線を合わせた。

「ここでの経験は良いリハビリになるんじゃないかな」


 シュウの言ったその言葉の意味は、沙生にはその時まだ分からなかった。しかし、蒼啓の話を聞いて、思った。研究所の警備員と戦うか戦わないかは、沙生が自分自身で決めなければならないことだと。今まで甘やかされてきた自分が、確実に一歩踏み出さなければならない時は、もう目前に迫っていると。

「確かに……決めなきゃいけないのかもしれません……」

 沙生はボソッとそう漏らした。

「シュウさんにも、似たようなこと言われたんです。私のこの性格について……」

「あ、そうなの?」

 蒼啓は目を丸くしたが、やがて「あ」と何かに気づいたような様子で沙生の方を見た。

「?」

「シュウさんは、沙生が決断するのを待ってるんじゃないかな……」

「え?」

「シュウさん、言ってたんだ。沙生は『戦えない人』だから、肩身が狭い思いをさせてるって。護身術教えてもらってるって言ってたけど、護身術じゃあ警備員は倒せない……護身術ってのは自分の身を守るための手段だから」

「……」

「沙生が戦うかを迷ってるから、護身術しか教えてくれないのかも……」

 蒼啓のその言葉を聞いて、沙生はまた自分が甘やかされていることに気づいた。逸石も流も疾風も行雲も蒼啓もズイも夜行も、もちろんシュウも、みんな戦う気でいて、日々腕を磨いているのに、自分だけ戦う意志を持たずに、けれどもみんなと同じところにいる……心底恥ずかしくなった。

「沙生は元の世界に戻りたいんだよね?」

 蒼啓が改めて聞くと、沙生は

「勿論です……って、こう言うならやっぱり、戦うべきですよね」

 と返した。今度は拳をギュッと握りしめ、蒼啓の目をまっすぐに見据えて。

「私……もう一度、シュウさんと話し合ってみます」

 沙生の小さな変化に気づいた蒼啓は笑って、

「うん。そしたらシュウさんも、別のこと、教えてくれるかもしれない」

と言葉を返した。


 また別の日、蒼啓は一人で街に出ていた。今日は疾風とズイが留守番、沙生はシュウに稽古をつけてもらっていて、逸石と流と蒼啓はそれぞれ街で捜索、ということになっていた。留守番が二人いるのは、疾風とズイでアジト内の掃除をするかららしい。

 この頃ともなれば、蒼啓は最早街での歩き方をマスターしていて、ロボに遭っても即座に対応できていた。

 しかし肝心の「戦える人間」は一向に見つからず、それどころか蒼啓はまだこの世界線に飛ばされてきた人に出会うことはなかった。おそらく蒼啓たちのように、ポータブルクリスタルに遭遇する確率は極めて低いのであろう。蒼啓だって、今まで元の世界線で過ごしていた時、ポータブルクリスタルと呼ばれるあの水晶玉を、見たことも聞いたこともなかった。この世界の研究所で作られたそれが、どのくらい他の世界線に流通しているのかは分からない。だが、大々的に為されるものではないのは明らかである。きっと裏のルートか何かで、ひそかに蒔かれているのだろうと蒼啓は考えていた。

 考えていたと言えば、蒼啓は、あの日見た自分のドッペルゲンガーについて、幾度も思考を巡らせていた。それというのも、あれはドッペルゲンガーなどではなく、別の世界線に生きる自分自身だったのではないか、ということだ。最初こそ都市伝説の類いと思っていたが、この世界に来て、別の世界線が存在することを鑑みれば、あれはもう一人の自分であったと考える方が納得がいく。それに、ポータブルクリスタルを持っていたということは、今蒼啓がいる世界線の、しかも研究所に関わりのある人間だったのではないかとも考えられる。この世界の自分は一対何を目的としていたのだろうか。そう考えずにはいられない。

 それともう一つ、気になっていたことがあった。アジトのメンバーにこの世界に来た経緯を聞いてみたが、誰一人、蒼啓のような体験をした人がいないのである。要するに、蒼啓は別の世界線の自分おそらくによってこの世界に飛ばされたが、そんな状況で飛ばされたという人は、蒼啓以外にいなかった。他の人たちはみな、道ばたに落ちていたポータブルクリスタルを拾って割ったとかで、誰かに手渡されたなどという話は、全く聞かなかった。

 これが何を意味するか。つまり、蒼啓だけは何かしら違う目的でこの世界線に送り込まれたということだ(その目的は蒼啓が知る由もないのだが)。アジトの皆は研究所の研究のため、無作為に選び出されてこの世界にやってきたと考える一方で、蒼啓だけは、別の世界線の自分に送り出される形で、この世界線にやってきた。そこが自分と皆の違いであり、と同時に、自分には何かすべきことがあるのではないかという不安に、蒼啓は駆られるのであった。

「助けてくれー」

 そんなことをグルグル考えながら街で散策していると、どこからか人の声が聞こえた。

「誰かー!」

 もう一度聞こえた。その声に、蒼啓は思わず口角が上がった。やっと人に出会える。そう思って、駆け出した足が、徐々にスピードを失っていく。

「(もしその人が『戦えない人』だったら……俺はその人を見殺しにしなきゃいけないのか……)」

 そう考えると、足取りがだんだんと重くなっていく。

「(いやいや、でもまずは助けなきゃ!)」

 そう思い直して声の元へ向かう。

 街の中心部から外れた住宅街。その住宅の一つから、男性が出てくるのが見えた。ロボに追われて。男性は逃げている最中に小石に躓いて、転んだ。そしてロボから逃げるように尻餅をつきながらも後ろへ後退する。

「待てええええええええええ!!!!!」

 その、ロボと男性の距離が一定以上離れた時、蒼啓は走り込んだ助走のスピードを拳に乗せ、ロボにその拳を振りかざした。

 目で男性の姿を捉えてから、蒼啓がロボに攻撃を加えるまで、時間があった。五十メートル以上離れた位置から男性を視認していたため、そこに辿り着くまでの距離、ロボが男性に手を上げないよう、声を出してロボの意識をこちらへ向けた。

 蒼啓の放った拳はロボの頭部(と思わしき場所)を貫通し、再起不能にした。

 男性に怪我が無いか確認するため、男性の方を向いた。

「大丈夫ですか?」

 そう言って手を差し伸べると同時に、蒼啓は男性の姿をまじまじと見た。

「はは……ありがとう」

 そう言って蒼啓の手を取り立ち上がる男性は、いかにもな中年男性で、ふくよかな体つきが特徴的だった。ロボから逃げている姿を見た時も思ったが、体が重いのか足はあまり速くなかった。ちょっと走っただけで汗を掻いたのか、ハンカチを手に額を拭いている。

 戦いとは無縁そうな男性の体つきを見て、蒼啓は絶望しかけたが、その判断は後に回すとして、まずは仲間を呼ばれる可能性を考慮して、男性を連れてこの場所から離れようと思い、

「とりあえず、ここから離れましょう」

と言って、街の中心部、ビル街の方へ向かった。


「いやー助かったよ。ありがとう」

 蒼啓はあるビルの7階、かつて住居として使われていた部屋に、男性を連れてきた。

「ここならロボが来ることもないと思います」

「本当かい!?良かった……」

 男性は心底安心したようで、そこにあったソファに深く腰を下ろした。おそらく運動不足の男性にとっては、七階まで上がる階段もかなりキツかっただろうと思い、蒼啓は男性の息が整うのを待った。

 ソファに座ってふうふうと息をする男性は、「あ」と思い出したように蒼啓の方へ目を向けた。

「助けてくれて、どうも、ありがとう……ところで……君は誰なんだい?それに……ここはどこなんだ?」

 改めて自分の置かれている状況に気づいたのか、蒼啓に質問をする。

「俺は蒼啓って言います。あなたと同じように、突然この世界に飛ばされてきました」

「この世界に飛ばされた……?」

 蒼啓の言葉に対し、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる男性を見て、まあ当然かと蒼啓は思いながら、かつてシュウが説明してくれたように、男性に詳細を伝えることにした。


「やったああああああああああああ!!!!!」

 この男性の名は草加部くさかべと言うらしい。草加部は蒼啓から説明を受けて、しばらく下を向いていたが、突然キッと前を睨み付け、声高らかに叫んだ。

 その腹から響くような声色の叫び声に、蒼啓は吃驚して「うおっ」と声が出てしまった。

 なんで叫んだんだ?と思いながら草加部の次のアクションを待っていると、草加部はまた下を向いて、プルプルと震えだした。

「?」

「ううう~」

「え?泣いてる?」

 蒼啓が顔を覗き込むと、草加部は涙を流していた。部屋の絨毯じゅうたんに涙がぽつぽつとこぼれ落ち、シミを作っていく。なんで?と思いながらも蒼啓はかける言葉が見つからなかった。

「この廃刊の危機に……まさか私自身が遭遇するとは……!!……っ!これこそ科学の結晶!!」

「??」

 ハイカン?

 よく聞き取れず、今度は蒼啓が頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、草加部が突然蒼啓の方へ目をやり、蒼啓の手を握って握手してきた。

「いやあ、ありがとう!説明してくれて!蒼啓クン!こんな状況に巡り会えたのは初めてだ!私の人生で最大最高のサプライズだ!」

「え、ちょちょちょ、待ってください」

 蒼啓の右手を両手で握りながら、ぶんぶんと上下に振る草加部。その異様なハイテンションに蒼啓は付いて行けず、困惑するばかりだった。

 すると、一頻り興奮し終えたのか、蒼啓の困惑する顔を見て我に返ったのか、草加部は「あ」と声を漏らし蒼啓の手を離した。

「ごめんごめん。意味が分からないよね。……ふう。すっかり興奮しちゃったよ」

 と言いながら、また腰のポケットから紺のハンカチを取り出し、額の汗を拭く。

 蒼啓としては、草加部は別の世界線に飛ばされたというこの状況を心から喜んでるように見えた。しかしそれは草加部がこの状況を即座に理解し、事実として飲み込んだことを意味しており、それは蒼啓の想像をはるかに上回る理解力だった。パラレルワールドなんて話をされたら、困惑するのがまず疑うのが普通の反応だろう。しかし草加部はそんな疑いを見せることなく、この状況に歓喜しているようにさえ見える。何故だろうかと蒼啓は考えた。

「あの……信じるんですか。俺の話……」

 蒼啓は恐る恐る聞いてみた。と言っても、この疑問を解消するには聞くしかないのだが。しかし草加部のこの異様な反応に、蒼啓は疑問を抱えずには居られなかった。

 そんな蒼啓の様子を察することもなく、草加部は満面の笑みでこう答えた。

「もちろん!君の話はSF好きにとっては垂涎ものだよ!」

 その草加部の言葉に、蒼啓は「SF?」と聞き返した。

 すると草加部は思い出したように「あ」と声を上げ、何やら腰のポケットをゴソゴソと手で漁った。

「失礼。私、こういう者です」

 草加部は今までのハイテンションを抑えて、取引先に言う決まり文句のようにこう言い、蒼啓に紙切れを渡した。

「これは……」

 蒼啓はその紙切れを受け取った。それは草加部の名刺で、そこに書いてあった文字を、蒼啓は声に出して読む。

「月刊SFラボ……編集者、草加部真実くさかべまこと……」

 蒼啓はそれを見て、草加部の言動に納得した。SF雑誌の編集者……それがこの草加部の仕事なのだろう。

「SFじゃなくてミステリーが好きそうな名前だろ?よろしく、蒼啓クン」

「あ、はい!よろしくお願いします」

 少し冗談めかしてそう言う草加部に対し、蒼啓は途切れ途切れに挨拶をした。

「えっと、SF雑誌の編集者……なんですか?……だからパラレルワールドの話の時やけに真剣な顔だったんすね……」

「うん。君の話は私にとって耳馴染みのある話だったからね。つい真剣になっちゃったよ!」

 草加部はハッハッハと笑いながら、蒼啓の肩を叩く。

「ここが夢にまで見たSFの世界か~。私は今世紀の大発見をしている!くう~!ワクワクするね!」

「はは……!それは……良かったっすね」

 また興奮がぶり返してきた様子の草加部。

 しかし、草加部はふっと笑顔を無くし、今度は少し寂しそうな顔になって蒼啓にこう言った。

「でも、君の言う、研究所を倒すってのには、私は協力できなさそうだ」

「……」

 それは蒼啓も考えていた。パッと見た感じ草加部は運動不足の冴えないサラリーマンという格好で、ここまでに歩き、階段を上った感じから見ても体力があるようには見えない。万一格闘技などをかじった経験があったとしても、この身体ではそれを活かすことはできないだろう。

「私は戦うことはできないし……さっき襲われた下っ端のロボットにさえあの様じゃあねえ」

 草加部は困り顔で淡々と述べる。

「でも……」

 蒼啓はそこまで言って口を噤んだ。「でも」、アジトに行かないと衣食住は無い。つまりこの世界で生きていくことができない。

 蒼啓はそれだけは言いたくなかった。だから、

「大丈夫です。なんとかします!」

 そう言って無理に笑顔を作った。

 この人もこの世界の、研究所の理不尽に晒されている。自分と同じだ。ならば俺が助けられたように、この人も助けられる権利があるはずだ。

 シュウさんがしてくれたように、俺も、人を助ける。蒼啓はそう自分に宣言した。

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