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Parallel Lab  作者: 古今里
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幽霊騒動

ドッペルゲンガーにより別の世界線へ飛ばされた主人公・蒼啓。蒼啓は元の世界線へ戻るべく、世界線移動の術を持つ研究所と敵対する、シュウたち対研究所のメンバーと行動を共にする。蒼啓と同じタイミングで仲間になったズイは、蒼啓と一緒に研究所に行った折、怪我を負ったが、それも回復し、そのうち蒼啓と二人で街に繰り出すこととなる。

 数日後、蒼啓そうけいは回復したズイと共に、街へ繰り出していた。街へ来たと言っても、ただ歩きにきたわけではない。その理由は、ちゃんとある。蒼啓は先程、シュウに言われたことを思い出していた。


「これから二人には、街で捜索を行ってもらう」

 リビングのソファに座り、その後ろに立つ蒼啓とズイを振り返りながらシュウは言う。蒼啓とズイがこのアジトに来てから二週間が経とうとしていた。ズイの怪我もほぼ治り、動いても支障のない体になっていた。ズイが回復する間、蒼啓は何をしていたかと言うと、みんなの分の食事を作るのに、疾風に料理を教えてもらっていたり、また時には逸石と共に街へ出たりして、街での動き方を教えてもらっていた。街での動き方というのは、主にロボの振り切り方だった。逸石が言うには、ロボと戦っていては、体がいくつあっても足りないということで、どうすればロボを躱す、または振り切ることができるかを主に教えてもらっていた。それから、ロボがあまり来ない場所、休憩スペースとして使える場所なども教えてもらった。

 一足先に街での動き方を知った蒼啓が、まだ何も知らないズイとペアを組んで、街で捜索をしろとシュウは言っているのである。

「捜索って、何をですか?」

 ズイが至極当然な疑問を投げかける。それに対してシュウは、前を向いたまま、二人の方を見もせずに答える。

「仲間だよ。この世界には君たちと同じように飛ばされてきた人がいるって話はしたろ?その人たちを見つけて、仲間にするんだ」

「なるほど!人に会ったら片っ端から勧誘すればいいってことですか!」

 ズイは大きな声でそう言って、勝手に納得したらしい。けれども蒼啓は、あることを疑問に思って、シュウに聞こうと思ったのだが、その前に、ズイの言葉を聞いたシュウが言葉を返した。

「いや、誰でもいいってわけじゃない。戦える人を仲間にして欲しいんだ」

「戦える人?それはどうやって判断するんですか?」

 今度は蒼啓が聞き返す。

「君たちが相手をしてもいいし、ロボに対処できるか試してみてもいい。戦えない人がいては研究所の襲撃計画で足手まといになるし、危険でもある。だから仲間にするのは戦える人だけにして欲しい」

 なるほど、至極もっともな意見である。しかし……

「戦えない人はどうするんですか?」

 蒼啓は尋ねた。しかし、もう答えは分かっていた。このアジトも決して広いわけではない。食料だって無限じゃない。シュウが研究所から盗んできているものだと疾風はやてに教えられた。シュウは慈善活動をしているわけではない。衣食住を提供する代わりに戦力を差し出す。まだ戦力を発揮する場は設けられていないが、そういう、いわば契約で今の自分たちの関係は成り立っていると蒼啓は思っていた。だからこそ、戦えない人まで養う気はシュウにはないのだろう。そこまで分かっていて、蒼啓はシュウに尋ねた。

「戦えない奴は連れて来るな」

 それまでの穏やかな物腰とは打って変わって、厳しい口調でシュウはそう言い放った。シュウはなおも二人の方を見ない。

 予想していた答えが返ってきたが、蒼啓は納得できなかった。

「それは……見捨てろということですか?」

 蒼啓はシュウにそう聞き返す。ズイは「え……」と吐息をこぼした。ズイはその言葉を予想していなかったようだ。

「そうだ」

 シュウはそれでも二人の方を向かずに話す。そう言ったシュウの声には抑揚がなく、感情が見えない。

「俺たちが見捨てたら、その人たちはどうなります?」

 蒼啓のその声は少し怒気をはらんでいた。全員を助けることができないと分かっていても、納得できなかった。

「研究所に連れてかれるね」

 シュウは興味なさそうにそう言って茶をすする。

「研究所に連れてかれたらどうなるんですか?」

 今度はズイがそう聞いた。ズイのそれは純粋な疑問であった。

「そうだね……研究材料として、遺伝子をコピーされてから処分される……かな」

「処分……って……?」

 ズイは再び純粋な気持ちで聞き返す。しかしさっきとは違い、その声には戸惑いが浮かんでいた。

「殺されるってこと」

 シュウは少し間を置いて、それでも興味なさげに答える。

 蒼啓はその言葉をなんとなく予想していた。研究材料として遺伝子をコピーされた後は、すんなり元の世界に戻されるわけではない。この世界の、いや、この複数存在する世界の構造を知ってしまった人が、元の世界でそのことを言いふらしたらどうなるか。きっと研究所の行いが明るみに出て、研究所としてはやりにくくなるだろう。そんなリスクを冒してまで、わざわざ元の世界に返す必要はない。口封じすればいいということであろう。

 しかしだからといって……

「じゃあ俺たちは戦えない人を見殺しにするってことですか」

 今度は蒼啓の声に確実な怒気が乗っていた。だからといって救える人を救わないで見殺しにするのは気分が悪い。それに、自分が助かって他の人が死ぬというのは納得がいかない。この世界に飛ばされて、右も左も分からない。蒼啓だって同じ状況に立たされたのに。蒼啓は、自分と同じ状況の人が平等に助けられないのはおかしいだろうと、そう言いたいのであった。

「……」

 そんな蒼啓の思惑を感じ取ってか、シュウはやっと二人の方を向き、言葉を返した。

「私が沙生さおを拾ってきたとき、逸石いっせきたちに怒られたんだ」

「え……?」

 突然始まった脈略のない話に、蒼啓とズイは戸惑った。沙生?突然沙生の話になった……どういうことだ?と、頭を回転させて理解しようと試みる。

「沙生は『戦えない人』だった。護身術をかじったことはあるみたいだったけど、実戦で使えるほどじゃない。実際、ロボ相手には通用しなかった」

 シュウは伏し目がちになってそう答えた。その目からは、後悔しているような、何かを憐れんでいるような気配が感じ取れた。

 蒼啓はそのシュウの言葉を聞きながら、「確かに」と思っていた。蒼啓が見た限り沙生は普通の華奢な女の子、という印象であった。戦闘経験があるようには見えない。

「そんな沙生を、私は助けたんだ。ロボに追われているところを見つけたから。その時の私は、何でもかんでも手を差し伸べればいいと思ってた。……昔みたいに」

 シュウの最後の言葉は消え入りそうな呟きで、蒼啓は聞き取れたものの、意味を理解できなかった。

「昔って?」

「……こっちの話さ」

 そこまで言って、シュウはふっと笑って続けた。

「でもアジトに連れ帰ったら、逸石に怒られてね。『戦えない奴を連れてきてどうするんだ、足手まといになるだけだ』って」

「ああ、逸石さんなら言いそうだな」と蒼啓は思った。あの人は他人に厳しいところがあると蒼啓は感じていたし、逸石の意見ももっともである。

ながれや疾風は何も言わなかったけど、同じ意見だったんだろうね。結果、沙生に肩身が狭い思いをさせてしまった」

 シュウは悲しそうに笑いながら、そう呟く。

「それから私は、戦えそうな人だけを助けるようになった。もう沙生みたいに肩身の狭い思いをする人を増やさないようにね」

 どうやらシュウも最初は全員を助けようとしたらしい。だが、仲間たちに反対されて、それ以降はやめた。そこまで知って、蒼啓は何も言えなくなってしまった。


「まあシュウさんの言い分も分かるんだけどさ……」

 倒したロボを尻に敷いて蒼啓は呟く。

 今蒼啓はズイと共に、街に繰り出していた。今はもう夕方……というより夜に近いが、そうなるまで蒼啓たちは街で人を探し続けていた。シュウに言われた仲間集め。それを遂行しようとしていたのだ。しかし……

「正直、まだ納得できてねえ……」

「何がだ?」

 数歩先で残りのロボを始末していたズイが、不思議そうに蒼啓の側へ寄ってきた。

「シュウさんの話さ、分かるっちゃ分かるんだけど、でも助けられる人を助けないのはおかしいだろ」

 蒼啓はぶつくさと不満を垂れる。

「そうか?おれはその通りだと思ったけどなあ」

「え」

 ズイの予想外の返答に、蒼啓は固まった。てっきりズイは自分と同意見だろうと盲目的に思っていたからである。

「おれは、助けられる人は限られてると思う」

 ズイは続けて言う。

「だって資源は無限じゃないんだろ?全員を救うなんて、無理だと思うな」

「だからって目の前の助けられる人を見殺しにするのか?それって人としてどうなんだよ……」

「……おれは、他人と仲間だったら、仲間を取るよ。おれのいた世界も、ここみたいに資源が少なかったから、シュウさんの言うこと良く分かる。誰にでも手を差し伸べるっていうのは、余裕のある人がやっていいことなんだ。おれたちはできない」

 ズイは真剣な声色でそう蒼啓に言葉を返す。ズイのバックボーンを察して、蒼啓は口を噤んだが、それでも正直納得しきれていなかった。

「……」

「もう帰ろっか」

 ズイが気を利かせたのか、そう提案してきた。そう提案するズイの顔は神妙で、蒼啓の説得を諦めたような顔だった。

「うん、帰ろう」

「……あああああ」

「?」

 蒼啓が言葉を返した途端に、何か人の唸り声のようなものが聞こえた。

「なんだ?」

「え?」

「なんか……今声聞こえなかった?」

「ああ……あああああ」

 またもや蒼啓は声を聞いた。さきほどよりもはっきりと。

「……!ほら!聞こえた!」

「え?聞こえないけど……」

 ズイは聞こえていないようだ。耳に手をあてて聞き耳を立てているが、その声は不規則で、なかなか聞こえない。

「人がいるのかもしれない!探しに行こう!」

 蒼啓はさっきまで話していたことそっちのけで、助けに行こうとしていた。

「あ、ああ」

 ズイもそれにつられて、とりあえず様子を見ようと蒼啓に付いていった。

「うう……ああ……ああああああ」

「こっちから聞こえるな」

 二人はさっきまでいた路地から表に回り、あるビルの一階ロビーへとやってきた。開いている自動ドアの中へ入り、声の出所を探す。

「あ、確かに聞こえる」

 ここまできてようやくズイも声を聞くことができた。

「うあ……ああああ」

 泣いているような、叫んでいるような、不思議な唸り声は、もうはっきりと二人の耳に届いていた。カツン、カツンと何かを固いものにぶつけているような音と共に、発せられているようである。

「どこだろう?」

「あ、あそこ!」

 ロビーの受付の机の影に隠れて、その人は床に蹲っていた。

「あ、あの」

 見たところ蹲っているその人は、女性のようだ。スーツを身にまとっているが、長い髪のせいで顔が見えない。女性の周りにはなぜかナイフが散らばっていて、女性はそのうちの一つを何度も床に突き刺して、カツンと音を鳴らしていた。

「大丈夫ですか?」

 二人はそろそろと近づいて女性の様子を確かめる。怪我はしていないようだが、なかなか二人の声に応えてはくれない。

「う……ああ」

 やっと女性が二人の方を向いた。

 と同時に、

「ぎゃああああああああああ」

 蒼啓とズイは叫びながら飛び退いて女性から距離を取った。

 というのも、女性の顔が、とてつもない顔だったからである。眼窩は落ちくぼみ、目は猫のようにギラギラと光り、頬は痩せこけ、唇は乾燥していて、まさにホラー映像でよく見る顔だった。

 ロビーの入り口まで後退した二人は、お互いにすがりつきながら振り返る。

「あああーああああああああ!」

 女性が唸ると同時に、女性の周りに散らばっていたナイフが次々と浮き始める。

「え?」

 その刹那、蒼啓の頬をシュッと何かがかすめていった。蒼啓の横を通り過ぎたそれは後ろの柱にカツンと当たり、床に落ちた。

 蒼啓が恐る恐る振り向くと、蒼啓の頬をかすめたナイフがまだ床で踊っていた。蒼啓はまた恐る恐る顔を女性の方へ引き戻すと先程とはまた別の恐怖が上乗せされ、ぞわぞわと背筋が震える。オカルト苦手な蒼啓にとって、目の前の女性の存在は信じたくないものであった。しかし、頬をつねってみてもこれは夢ではない。

 人が怖いものに出会った時、取る行動は二つである。立ち向かうか、逃げるか。蒼啓は幼い頃から道場で何かに立ち向かう精神は鍛えていたが、オカルトに関してはめっぽう弱かった。

「あああああああー!!!」

 女性の背後で浮遊するナイフがこちらへ飛んでくる前に、蒼啓はズイを引っ張ってビルから転がり出た。そのまま、脇目も振らず駆け出し、ビル街を抜け、アジトへの道のりを戻る。またその間も、「ぎゃあああ」とか「ひいいいあああ」とか叫んで、ドップラー効果をまき散らしながら脱兎だっとの如くアジトまで駆け抜けた。

 バン!と玄関のドアを開け、アジトの中へ転がり込む。アジトのリビングでは、シュウが湯飲みを片手にくつろいでいた。ドアにぶつかり、転がり込んできた二人を見て、シュウは怪訝な顔を浮かべる。

 シュウが「どうした?」と聞く前に、二人はありのまま起ったことをまくし立てた。ビルの中でホラーな女の人に会ったこと、その女の人に攻撃されたことを話したが、二人の説明は滅茶苦茶で、聞き取れたものではなかった。しかしシュウは持ち前の読解力でなんとか状況を把握したらしく、次の日、シュウも同行してそのビルに行くことを約束したのであった。


 幽霊は夜にしか出ないのか?

 しかし蒼啓とズイが例の女の人に会ったのは夕方、夜に近い時間帯であった。逢魔時おうまがときとはよく言ったものだ。

 ひとまずシュウと二人は夜までアジトで待機、昨日二人が遭遇した時間帯になってから行動を開始した。

 件のビルにやって来た三人は、ひとまず入り口からビル内の様子を窺う。

「……」

「……いる?」

「……いや、いない」

 蒼啓とズイは怯えつつも、シュウの後ろから体を乗り出してキョロキョロと辺りを見回す。

「ね、女の人がいたのはどこ?」

 シュウは冷静に、かつ先を急ぐような物言いで、自分の後ろに隠れている二人に尋ねる。

「えっと……そこの、カウンターの陰です」

「ふうん……」

 シュウは尻込みする二人をよそにスタスタとカウンター近くまで歩いて行く。

 そして、何のためらいもなくカウンターの中を覗き込む。無論、そこには何もいなかった。

「うーん。今日は出ないのかな……それとも、このビルのどこかに?」

 シュウはしばし考え込む素振りを見せた後、「手分けして探そう」と二人に持ちかける。

 だが……

「いやいやいや!無理っす!」

「一人で探索はムリっ!怖い!」

 二人してシュウに泣きついた。オカルト苦手な蒼啓はともかく、ズイまでも。

 そんなこんなで、三人でビルを探索することとなったのだが、ビルの入り口でうろうろしていたせいか、偶然外を通りかかったロボに見つかってしまった。

「ピィー!ニンゲン発見。標的は三体。応援ヲ要請しま……」

 外にいたロボがそう言い終わらない内に、シュウがロボを細切れにしてしまった。持っていた刀で。

「「え?」」

 蒼啓とズイは一瞬の瞬きの内に起きた出来事に、困惑した。シュウの足下には、ネジやごく小さな鉄板などの鉄くずが散らばっていた。拳以上の大きさのものはなく、それほどに細かく切断されたのだと知ることができた。

「内部まで細かく刻んでやったから、仲間は呼べない。安心して探索をしようか」

 あくまでも冷静に、何事もなかったかのように語るシュウの背中を見つめる蒼啓の目には、明らかな困惑と、ひそかな尊敬の念が込められていた。相手が動く前に対処する、睦月越宝流むつきえっぽうりゅうの武術を極める蒼啓にとって、師範に何度も言われてきた当たり前のことであったが、それをさも当然のように体現するシュウの姿は、蒼啓の目に、武術を極めた者の姿として映った。それも蒼啓の理想に限りなく近く。

 刀と拳、同じ武道でも扱う武器が違う。それでも、同じ武道を極める者として限りない尊敬が、蒼啓の心に一瞬のうちに生まれたのだった。

「す、すっげー!シュウさん!なんか居合とかできるんですか!?」

「まあ訓練を受けてたからね」

 そう言われて蒼啓は「訓練?」と思わず聞き返した。しかし独り言と思われたようで、その答えが返ってくることなく、シュウはズイを連れてビルの奥へと進んでいく。蒼啓はシュウから離れないようついていきながら、先程のシュウの発言を反芻はんすうしていた。

「(訓練?ってことは自衛隊にでもいたのかな……いや、シュウさんのいた世界ではもしかしたら軍があったのかも……でも今時剣術を実用的に教える軍なんてあるのか?さっきの居合は昔テレビで見たようなものと同じだったし……あくまで武道としてのものじゃないのか?)」

「そこの男」

 蒼啓は後ろから投げかけられたその声に、今まで回転していた頭を止めて振り返る。シュウとズイも、その声が聞こえたようで、蒼啓と同じタイミングで振り返った。

 振り返った先には、シュウとはまた違った印象の和服。薄墨色の着流しに、紫紺しこんの帯。おっと、服に目を取られていたが、よく見たら頭はちょんまげだ。切れ長の目とキリッと引かれた口元。いかにも凜々しく、侍です、といった感じの服装だが、その予想通り、腰には刀を差している。

「えっちょっ侍!?」

「すげえ!ホンモンだ!」

 蒼啓とズイは教科書でしか見たことないような侍の姿に、鼻息を荒くした。ズイはそもそも日本史を知っているのか疑わしいが、侍にテンション上がっているということは、江戸時代の風俗くらいは知っているのだろう。蒼啓は無論、スクールで日本史の授業を取っていたため、より目の前に具現化された江戸時代に興奮した。

「蒼啓、ズイ」

 興奮している二人を呼び止め、シュウは目の前の侍を指さした。詳細に言うと、侍の足下を。

「?」

 シュウの示した先を蒼啓とズイは視線で辿る。蒼啓とズイの目に映る侍の着物が、侍の足下にいくにつれ、薄くなっていた。

「え……」

 侍の足下、そこには、在るべきものが無かった。蒼啓とズイはそこに在るべきものが無いとわかった途端、

「ゆ、ゆ」

「……ゆうれい?」

 二人とも、同時に顔からサッと血の気が引いて、一目散にシュウの後ろに隠れた。

「シュウさん!これです!昨日のとは違うけど幽霊です!」

「早く逃げましょう!呪われますよ!?」

 シュウの両側から二人がシュウの羽織の裾を引っ張って、後退しようと懇願する。

 二人が必死の形相で引っ張るのを、シュウは驚きの体幹でびくともしない。それどころか、顔色一つ変えずに目の前に現れた幽霊の侍に向けて、淡々と言葉を掛けた。

「君は幽霊なの?」

「無論。拙者ある方の守護霊で、守衛門もりえもんと申す」

 侍は腕を組み、仁王立ちで(足はないのだが)、シュウに正々堂々名乗りを上げた。

 続けて、守衛門は三人をまじまじと見つめ、こう言い放った。

「おぬしら、先刻妙な絡繰りを倒しておったな。実は拙者たちもあの妙な絡繰りに付きまとわれており、困っているのだ」

「拙者『たち』?」

 シュウは守衛門の言葉が引っかかったようで、怪訝な顔をした。

「拙者には連れがいるのでござる」

「ああ、守護霊って言ってたね。守るべき人が、いるのかな?」

 シュウがなんともなく幽霊と会話しているのを見て、蒼啓とズイもだんだんと慣れてきた。最初こそ怖がっていたものの、守衛門という侍がこちらに危害を加える様子はないのを感じ始め、徐々に警戒心と恐怖心が解けていった。

「うむ。おぬしら、どうやら敵ではないようでござるな……拙者の主が、上にいるのだが、少し会ってはくれぬか」

「その人は、生きてる人なんですか?」

 蒼啓はやっと口を開いた。しかしまだシュウの後ろに隠れたままで。

「うむ。生きている人間でござる。このような見知らぬ場所で、かなりまいっているのでござる。あまり心労をかけたくはないのでござるが……」

 その言葉に、蒼啓はほっと胸を撫で下ろした。幽霊に会うなんて一日一度で充分だ、これ以上吃驚びっくりしたくない、ということなのであろう。

「わかった。じゃあ、案内してくれ」

 シュウがそう言って、守衛門の申し出を承諾した。


 四人はビルの階段を音を鳴らしながら登っていく。コツン、コツンと音が鳴るのだが、先頭を行く守衛門の足音だけは聞こえない。足を上げている動作はあるのだが、いかんせん音がしない。本来なら固いコンクリートの床と、守衛門が履いているはずの下駄の歯がぶつかれば、カランと小気味よい音が鳴るはずなのに、それが聞こえないというのはなんとももどかしい。

 やがて四人は七階までやってきて、あるドアの前に辿り着いた。中からは人の気配がして、話し声も聞こえた。

 守衛門は三人をドアの前で待機させると、ドアをすり抜けて中へ入っていった。

 が、刀だけは、ドアにぶつかりカランと音を立てて落ちた。

「?」

「おお、それは蒼啓殿が持っていてくだされ」

 ドアの向こうから守衛門の声が聞こえ、その声に従い蒼啓は刀を拾う。

 なにやら中から話し声が聞こえる。守衛門の声と、若い、男の子の声。それに、また別の男の声と、しゃがれた老婆のような声。

「(中に何人かいるのか?)」

 しばらくすると、ドアがガチャリと音を立てて、開かれた。ドアが開いてすぐに、ドアを開けたらしき男の子はそそくさとドアから離れ、部屋の奥にあるデスクの方へ駆け寄っていった。

 デスクの周りには剃り込みの入った坊主頭の少年、山姥やまんばのような出で立ちの老婆、守衛門、そしてドアを開けた制服姿の少年が陣取っていた。

 開け放たれたドアから、まずシュウが中に入る。次いで蒼啓、ズイがシュウの背中に隠れて入室する。

 そして、部屋に入って中にいる人間の姿を見た途端、蒼啓とズイは悲鳴を上げた。

「「うわあああああああ!!!」

 ドアを開けた男の子以外、他の人物たちには、守衛門と同じく足が無かったのだ。それが何を意味するか。

 またもや幽霊と相まみえた二人は、回れ右をして部屋から出て行こうとする。その二人の首根っこをガッと掴んで、軽々と持ち上げ、正面を向かせたのはシュウ。

「幽霊ってだけで怖がるんじゃないよ。まずはちゃんと向き合いな」

 そう言って無理矢理二人にデスクの方を向かせる。

 蒼啓はとにかく山姥のような出で立ちの老婆が怖すぎて、一刻も早く逃げ出したい気持ちだったのだが、シュウに首根っこを押さえられていて逃げることができない。ズイも全く同じようで、今にも逃げだそうと必死だ。

「おい……守衛門さん。こいつらなのか?役に立ちそうな奴ら、って」

 坊主頭の少年が戸惑い気味にそう問いかける。

「真ん中の人以外あんまり頼りにならなそうだけどねえ」

 続いて老婆がため息と共にそう呟く。怖い顔をして、意外と穏健派なのかもしれない。

「それでも初めて生きている人間に出会えた。これだけでも相当な収穫ではござらんか?」

「まあ、そうだな。おい、アンタ。聞きたいことがいくつかある」

 そう言って坊主の少年はシュウに言葉を投げ掛けた。見た目のヤンキーっぽさは裏切らず、明らかに年上のシュウに対してもタメ口をきいた。

「私からも聞きたいことがたくさんあるよ」

 シュウは坊主の少年のタメ口など気にも掛けない様子で、かすかに微笑みながらそう返した。

「まあ……先にそっちの話を聞こうか」

 シュウはそれまで掴んでいた二人の首根っこをようやく放して、腕を組んだ。

「まず、ここはどこなんだい?私たちには見覚えの無い場所なんだ」

 今度は坊主の少年ではなく、老婆が尋ねた。

「ああ、話そう。よく聞いてくれ」

 シュウは蒼啓にした話と同じ話を四人に説明し始めた。


「つまりぃ?オレたちは別の世界に来ちまった……?元の世界に戻るには研究所ってとこに行く必要があるって?」

 イラついた様子で貧乏ゆすりをしながら、坊主頭の少年はシュウの説明を繰り返した。

「って意味分かんねーよ!」

「たっちゃん、落ち着いて、確かに理解しがたいけど……」

 激昂した坊主の少年を、人間の少年がなだめる。「たっちゃん」というのは彼のあだ名だろうか?二人は随分親しげな様子だ。ヤンキーのような坊主頭の彼と裏腹に、四人の中で唯一の人間である少年は大人しそうな雰囲気だ。一見仲良くならなそうな二人だが、二人の様子からは何か強い絆を感じさせる。

「拙者にも理解しがたい話でござるな……江戸にはそのような概念は無かった。いくら今の世の技術が発展していると言っても信じがたい話でござる」

 見た目通り守衛門は江戸時代の侍らしい。何故現代にいるのかは謎だが。それは守護霊となっている彼らの話を聞いてみないと分からない。それを聞いてみようと今度はシュウが質問を投げる。

「じゃあこっちの番ね。君たちはどんな世界から来たの?」

 そこまで言って、人間の少年に目を合わせた。

「君に守護霊が四人も憑いているのも何か関係あるのかな?」

「「四人?」」

 シュウの言葉に蒼啓とズイは疑問符を浮かべた。

「四人って……?」

 蒼啓がデスクの周りにいる人たちを指さして、一人、二人、と数えていく。大人しそうな少年は人間だから数には入らないとして、守衛門さんと、山姥と、たっちゃん(仮)と……

「?」

 改めて数えてみても、守護霊は三人しかいない。

「どういうこと?シュウさん、守護霊は三人しかいませんよ?」

 蒼啓はシュウに尋ねる。しかしその声に対し、シュウが言葉を返すことはなく、代わりにシュウは蒼啓の背後、入ってきたドア側にある部屋の隅に視線を送った。

 蒼啓がその視線を辿り、部屋の隅を見ると、そこには……

「うぎ!?」

 忘れもしない、昨日見たままの、あのスーツの女性幽霊が蹲っていた。

「なに蒼け……うわっ!?」

 蒼啓の声に反応したズイも、振り返って悲鳴を上げた。

「あれ!あの人ですよ!?昨日見た幽霊!俺ら、攻撃されたんですって!」

 二人してシュウの後ろに避難して、シュウの背後から声を出す。シュウの陰に隠れるようにしてチラチラと様子を窺ってみると、昨日のように、女性の周りにはナイフが落ちていた。しかしそのナイフは昨日のように飛んでくることはなく、スーツの女性はへたりと座り込んでブツブツ何かを呟いているだけだった。

「あ、伊藤さんはいつもこんな感じなんで」

 スーツの女性は伊藤さんと言うらしい。人間の少年はそう言って恐怖に戦く蒼啓とズイを宥める。

「伊藤さんと言うのか、彼女も守護霊なんだね?」

 シュウは二人を背後に抱えたまま、冷静に少年と会話をする。

「はい。あ、まだ名前、言ってなかったですね……えっと、僕は夜行やこうって言います。こっちは幼馴染のたっちゃん」

たつだ」

 たっちゃんと呼ばれた坊主頭の少年は、名前を訂正して本名を名乗る。たっちゃんとは渾名あだなだろうか。渾名で呼んでいる夜行も、それを許している龍も、二人の友好度がよく分かる関係だ。

「それで、向こうにいるのが伊藤さんで、こっちにいるのがおばあちゃん」

 山姥のようなおばあさんは、「鬼婆おにばばとでも呼びな」と言ってさっさと会話から外れてしまった。

「で、侍の守衛門さん」

「よろしくお願い申す」

 そういって守衛門は深々とお辞儀をする。蒼啓とズイは、背後の伊藤さんが気になりながらも、つられてお辞儀を返す。

「あと、今は散歩に行ってていないんだけど……昔飼ってたハムスターのなぎちゃんも守護霊……なんだ」

 ハムスターの守護霊、そんなのもいるのか、と蒼啓は思いつつ、なんとか現状を理解しようと、夜行に質問を投げかけた。

「あのさ、守護霊ってどういうこと?五人もいるなんて……」

 蒼啓は何気ない疑問を口にしただけであったが、その言葉に、夜行はびくりと肩をふるわせ、隣にいた龍はギロリと蒼啓を睨んだ。

「五人いるから、何だってんだよ」

 静かな声で威圧するように蒼啓を睨み付ける龍。蒼啓は自分の発言がどういう意味を持っているか理解していなかった。でも、龍を始め、鬼婆や守衛門までも蒼啓に対し、かすかな怒気を向けている。そのかすかな気配を感じ取って、蒼啓は体が固まった。

「いや、珍しいなーって……いや、ていうか幽霊と話せるっていうのが不思議で……」

 三人の怒気に晒されながら、言い訳がましく蒼啓は話す。三人が何に怒っているのか、夜行の何を刺激してしまったのかが分からず、目を泳がせるだけだった。

 そこに助け舟を出したのは、シュウだった。

「この世界、それから蒼啓の世界には、幽霊はそうそういるもんじゃないんだよ。見える人にしか見えない」

「「「「え?」」」」

 シュウの言葉に、デスクの周りに集まる四人は驚いた。

「幽霊……いないんですか?見える人もいないって……?」

 夜行のこの言葉に、シュウは何か考え込む素振りを見せた。蒼啓とズイは理解が追いつかず、混乱して何も言えない。その間に何か結論を出したようで、続きの言葉を紡ぎ始めた。

「憶測だけど、夜行。君たちがいた世界は、幽霊が一般的に存在している世界なんだろう。またそれに応じて幽霊が見える人も一般的なのかも……どう?」

「あ……それもそうかも……僕たちがいた世界では、幽霊は身近にいるし、幽霊見えない人ってめったに見なかったし……」

 夜行は戸惑いつつもぽつりぽつりと話し始める。シュウの憶測は当たったようだ。

 シュウの世界でも、蒼啓の世界でも、幽霊はめったに見ることがない。見えるという人もあまりいない。というか、それが信じられていない。だからこそ、めったに見えない「怖いモノ」として、人々の間で真偽が噂されているのであろう。

「なるほど……そういう世界もあるのか……俺のいた世界だと確かに幽霊なんて信じる人と信じない人がいたし……」

「ね、ね、幽霊が身近にいるってことは、幽霊は怖いものじゃないってことなの?」

 蒼啓はまた新たな世界の可能性に思いを馳せ、納得していた。一方でズイは夜行に素朴な疑問をぶつける。

「んー……どう……かな?ほとんどの幽霊はこっちに危害を加えることはないけど、たまに伊藤さんみたいな怨念を持った幽霊もいるんだ。そういう霊は、怖いものとされてる……はず」

「あ、やっぱ伊藤さんはイレギュラーなんだ」

「うん……伊藤さんみたいな霊は、めったにいないかな……」

 夜行の性格なのか、怯えを含んだ声でぽつりぽつりと話す様子は、なんとももどかしい。人によってはこのおどおどした態度はイライラするかもしれないが、それを許さない、というように守護霊たちが蒼啓たちを睨む。夜行の守護霊たちは、名前ばかりでなく、本当に夜行を守っているようだ。夜行のことを悪く言うのは許さない、とばかりに、厳しい視線を蒼啓たちにぶつけて来る。

「話を戻そうか」

 シュウは相変わらず冷静沈着で、少しも顔に感情を出さない。常にうっすら微笑んでいるが、実際に楽しく思っているのかは表情からは読み取れない。

「私たちは研究所を襲撃して、元の世界に戻ることを目標としている……んだけど、戦力がいるんだ。君は戦える?」

 夜行の体つきからして夜行自身は戦えそうにない。華奢で線も細い。見たところブレザーの制服姿で何か戦えそうなものは持っていない。

「戦い……」

 夜行は深く考え込んで、困ったように眉を顰めた。

「おい、夜行に危ないことさせんな」

 龍は睨みを利かせてシュウに向かって凄んだ。180cm越えのシュウに向かって物怖じもせずに凄めるのは、幽霊だからだろうか。幽霊ならば、危害を加えられることもなく、怪我もしない。幽霊には怖いものはないのだろうか。

「戦えない?」

 龍の睨みなんて気にも掛けない様子で、シュウは聞き返す。心なしか、目を厳しく細め、少し圧をかけている。シュウにしてみれば、戦えない人は必要ない。だから、戦えないと分かればすぐにでも切り捨てる気なのか。

「僕は……た、戦えません……格闘技なんて習ってないし……守衛門さんみたいに武器も扱えない……」

「そう」

 シュウはスッと目を細め、諦めたように組んでいた腕を下ろした。

「……帰るよ。蒼啓、ズイ」

「え!?ちょっと!?」

 きびすを返してドアの方へ歩いて行ったシュウに、蒼啓は素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。ズイは、気まずそうな顔をしてシュウの後ろを着いていった。

 ここでシュウに着いていくということは、ズイもシュウの意見に賛同している、ということであろう。シュウの意見とは、「戦えない人はメンバーに入れない」ということである。それを瞬時に判断し、シュウは夜行たちを切り捨てることにした。

「夜行たち、ここに置いてくってことですか!?」

「そうだけど?」

 シュウはさも当然かのように答える。その間髪入れずに答えるさまに、蒼啓は口を噤んだ。

 と、その隙に守衛門が口を挟む。

「夜行殿は戦えんが、拙者たちは戦えるでござる」

「「「え?」」」

 守衛門の言葉に、三人は足を止めて振り返った。

「どうやって?」

 シュウは純粋に、疑問に思って聞き返す。

「このように」

 守衛門がそう言うと、蒼啓の持っていた刀がふわりと浮いて、守衛門の方へ飛んでいった。

「え」

 刀は守衛門の腰の近くで留まり、ひとりでに刀身が鞘から抜かれ、守衛門の前で構えられた。

「これは……」

 シュウは少し驚いた様子で顎に指を添えた。

「ポルターガイストってやつ?」

 代わりに蒼啓が答える。

「うむ。実際、これであの絡繰り共を蹴散らしてやったのでござる」

「なるほど……刀だけ本物ってわけか。戦えるのはあなただけ?」

「いや、伊藤殿はナイフで、鬼婆殿は包丁で、龍殿はバットなるもので戦えるでござる」

 守衛門のその言葉を聞くと、シュウは先程とは打って変わって、不敵な笑みを浮かべる。

「そうやって戦えない夜行を皆で守っている、ということか……」

「戦えるなら、いいんじゃないっすか?」

「そうだね。あとは……」

 シュウとズイは二人で何やら話し合っている。蒼啓は置いてけぼりだ。

「夜行、元の世界に戻る気、ある?」

 シュウのその言葉に、蒼啓は「何を今更」と思った。誰だって帰りたいに決まっている。こんなロボだらけの危険地帯で神経をすり減らす生活など、誰だって嫌に決まっている。

 だから、夜行が次に発する言葉は、イエス以外あり得ないと思っていた。しかしそれは間違いだったと蒼啓は知る。

「……元の世界には、帰りたくありません」

「「え」」

 蒼啓とズイは素っ頓狂な声を上げる。シュウは黙って夜行の言葉を待っている。

「元の世界なんて……元の世界に戻ったって、何もいいことなんかない……」

 夜行は拳を握りしめ、決意を固めたように顔を上げた。

「僕っ……!元の世界じゃなく、別の世界に行きたいですっ……!」

 その言葉に、誰もが目を丸くした。予想外の言葉だった。

「クリスタルがあれば別の世界に行けるんですよね!?なら僕は自分が生きやすい世界を自分で選びますっ!」

「夜行……お前……」

 龍が心底吃驚したような顔で、夜行を見つめる。

「確かに、クリスタルを使えば別の世界に行くことが出来る。でも、夜行は本当にそれでいいのかい?元の世界に、本当に何も未練はない?」

 シュウが諭すような口調で優しく夜行に語りかける。

 しかし、それでも夜行の決意は変わらないようで、

「ありません。僕にとってあそこは地獄です」

 夜行の目は以前光を失わないまま、まっすぐにシュウを見つめる。その目を見て、シュウは諦めたようにはあ、と息をついた。

「私としては、全員元の世界へ帰ることを目指しているんだけど……まあ、いいか。……気が変わるかもしれないし」

 最後の言葉は独り言だったのか、隣にいた蒼啓でも聞き取れないような声だった。

 それまでの神妙な顔から一転、パッと笑顔を作ったシュウは、

「よし!じゃあこれから一緒に戦う仲間として迎えよう!よろしくね!夜行たち!」

 そう言って夜行に握手を求める。満面の笑みで。

 その笑みに圧倒されながらも、夜行は手を握り返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 蒼啓も続いて握手を求めた。

「俺、蒼啓ってんだ。よろしくな」

「う、うん。よろしく」

「おれはズイ!よろしく!」

「よろしく。……もう幽霊怖くない?」

 夜行なりにそこが気になったようで、おずおずと聞いてきた。

「あ、ああ。害はないって分かったしな」

「伊藤さんは……夜に見たらビビるけど」

 蒼啓とズイはたじろぎながらもそう返答し、皆に笑顔を向けた。その笑顔に夜行たちも安心したようで、笑顔を返してくれた。


「というわけで、仲間になった!夜行とその守護霊の龍、伊藤さん、鬼婆、守衛門、凪ちゃん、だ!」

「よろしくお願いします……」

 シュウの紹介と、夜行の挨拶を聞いたアジトの仲間たちは、困惑していた。

「えっと……」

「……?」

「……説明が、足りない」

「??」

「シュウさん、説明が全く分からん、守護霊がなんだって?」

 各々個性ある態度で困惑しながらも、逸石はやっとの思いで振り絞った言葉をシュウに掛ける。その言葉に対し、シュウは再び話を噛み砕いて説明する。

「だから、夜行には五人の守護霊が憑いているんだ」

「いや……どこに?」

 逸石の言葉に、蒼啓や夜行は耳を疑った。

「え!?逸石さん、見えないんですか!?」

「見えん」

 夜行は信じられないといった顔で絶句している。

 その間も、夜行の守護霊たちは物珍しそうに逸石の周りをぐるぐる回っている。

「ホントに見えてねえのか」

 龍が心底驚いたようにそう呟く。

「拙者たちが見えない人間など、初めて見るでござる」

 守衛門も驚いたようで、興味津々に逸石を観察している。

「今、守護霊達しゃべってるんだけど、それも聞こえないの?」

 シュウが逸石に問いかけてみても、逸石は首を振る。

「全く何も聞こえない。気配も感じない」

 逸石の周りで、逸石が気づかないのをいいことに変顔していた龍を見て、蒼啓は笑ってしまった。

「ふーん。逸石は霊感ないってことかな?」

「あ、俺も見えない。全然」

 シュウが結論を出した直後に別の申告者も現れた。行雲こううんだ。

「え?行雲さんも!?」

 蒼啓が驚いて声を上げる。

 それまで逸石の周りをうろうろしていた守護霊たちは、行雲のもとへ飛んで行く。

「あ、でもなんか気配はする。今俺の周りにいる?」

「います。三人」

「ああ。確かに、なんか三つの気配が動いてるのは分かる」

「近づくと分かるのかな?」

「ほかのみんなは見える?」

 蒼啓はほかにも見えない人がいるか聞いてみた。しかし、見えていないのは逸石と行雲だけで、疾風、沙生、流は見えているようである。

「じゃあ見える人のために一人一人自己紹介お願い」

 シュウがそう促すと、龍たちは順番に話し始めた。

「俺は龍。夜行の幼馴染だ」

「あたしのことは鬼婆とでも呼んどくれ」

「伊藤……です」

「守衛門と申す。長月流剣術を極めている」

 各々の自己紹介が終わると、今度はアジト内のメンバーが自己紹介をする。

 自己紹介が終わると、やがてみんなは解散し、それぞれ寝る部屋に戻っていった。夜行は蒼啓やズイと相部屋になったらしい。

 全員がリビングから離れ、別の部屋へ移っていった。一人を覗いて。

 リビングに一人残った人物はソファに座り、足を組んだ。やがてか細くもほどよく筋肉のついた腕を持ち上げ、顎に手を当てた。口元は長い襟巻きに隠され、どんな表情をしているのか分からない。

長月流ながつきりゅう……?」

 先程守衛門が口にした「長月流」の言葉に、流は何か引っかかったようで、一人、リビングに残って考え込んでいた。

 間接照明がぼんやり光るリビングは、流のその一言以後、静寂に包まれた。

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