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Parallel Lab  作者: 古今里
3/13

仲間

自分のドッペルゲンガーにより別の世界線へと飛ばされた主人公・蒼啓。元の世界に帰るためには、この世界にある、時空転移を司る研究所を襲撃し、世界線移動装置を手に入れる必要があった。研究所襲撃チームに入るため、蒼啓は実力を試される。それは、人間捕獲用ロボが徘徊するこの街で、三日間生き残ることだった。三日間のサバイバルの最中、研究所襲撃チームの一員であるシュウの言ったことが信じられなくなり、蒼啓は途中で出会ったズイと共に人がいるであろう研究所へ行く。しかし研究所で警備員と鉢合わせ、戦闘になる。戦闘の最中、様子を見に来たシュウにより助けられ、実力を認められた蒼啓は、改めてチームに迎えられる。

「というわけで、ここの人たちは信用しても大丈夫らしい」

 そう蒼啓そうけいが言うと、ズイはベッドで横たわりながら言葉を発した。

「じゃあお前がシュウさんって人から聞いた話は信じていいんだな?」

「ああ」

 蒼啓はシュウと握手を交わした後、シュウから仲間を紹介してもらう手はずだったのだが、他の仲間が夜まで帰ってこないため、他の仲間が帰ってくるまでズイの部屋にいることにしたのである。そして、先程シュウから聞いた話を、ズイに伝えているところだった。

「改めて考えると、すごい話だな……別の世界なんてもんがあるとは思わなかった……」

 ズイはひかえめな声で天井を仰ぎながら呟く。自分が元いた世界のことを考えているのか、その目はどこか遠くを見つめている。

「あのさ……ズイ!ごめん!」

 蒼啓はいきなり大きな声を上げて頭を下げた。

「え!?何が?」

「研究所に行こうって言ったこと……ズイに怪我させちゃったしさ……」

 蒼啓が申し訳なさそうに呟く。

「ああ、これ?見た目ほど重傷じゃないから大丈夫だよ」

 ズイは脇腹をさすりながら言う。

「でも……」

「大丈夫だって!俺サメに体食いちぎられそうになったことあるし。それに比べれば全然!」

「は!?」

 蒼啓は一瞬耳を疑った。サメ?サメと格闘したのか?どんな生活だ……と蒼啓は頭の中でぐるぐると考えを巡らせた。

「ズイ……聞くけど……お前、どんな世界にいたんだ?」

 蒼啓は恐る恐る聞いてみた。

「おれ?おれはな……海の上で暮らしてた」

「え?なんで?島とかじゃなくて?」

「うーんなんだっけ?親父が言ってたのは……二〇〇〇年代後半から徐々に海面が上昇して、地球の約九割が海になったんだっけ?それで、陸に住めるのは金持ちだけになって……それ以外の人間は海の上で生活するようになったんだ」

 突然始まった現実味のない話を蒼啓は茫然となって聞いていた。海面の上昇……蒼啓が元いた世界でも、その環境問題は時折ニュースで聞いていたが、それが現実になってしまった世界のことを聞くと、なんだか一気にそのニュースが現実味を増すようで、恐怖を覚えた。

「でも海で生活するのも楽じゃない。野菜は育てられないし食べられるのは魚と海藻……それを獲りに行くのにも危険が伴う。実際どれだけの人が溺れ死んだか……」

 ズイはそう言って目を伏せた。蒼啓もその凄惨な歴史に思いを馳せる。

「でもある時、海で生活していた人々の間に、異変が起こったんだ」

「異変?」

 蒼啓がズイの言葉を繰り返すと、

「これ」

 と、ズイは自らの首を指さした。蒼啓が良く見てみると首の横に何やら線のようなものが見える。その線は一本ではなくて、何本もある。

「これって……エラ?」

 蒼啓は戸惑いながらも求められた答えを言った。

「そう。それからこれも」

 そう言ってズイは手を上に掲げ、指をぐっと広げて蒼啓に見せた。蒼啓は手に近づいてみる。よく見ると、指と指の間、指の付け根の部分に、ひらひらした皮膚が見える。

「これ、水かきね」

「あ、やっぱそうなんだ」

「海で生活するのに適した体に人類は進化したらしい。おれたちの先祖は神の恵みだとか言ってたらしいけど。皮肉にも、金のない人たちだけが、その世界で最も生きやすい体を手に入れたんだ」

 蒼啓はその話を聞いて、壮大な生命の物語に唖然とすると共に、ズイのこれまでの行動に納得がいった。

「あー!だからお前あんなに泳ぐの早いんだな。最初になかなか浮き上がってこなかったのもそうか」

「俺は蒼啓のこと金持ちの奴だと思ってたよ。最初この世界に来たときはただ陸に来ただけだと思ったから」

 ズイは横たわったまま蒼啓の方を見て笑う。

「蒼啓のいた世界は?どんな世界だった?」

 ズイが興味津々に聞く。

「俺のいたとこは……」

 そう言いかけて、蒼啓は「あれ?」と思った。

「ズイのとこみたいに地球の九割海ってことはないよ。ちゃんと陸が残ってる」

 そう言いながらも、蒼啓は自分のいた世界の特徴を必死に探す。しかし、ズイの世界ほどインパクトのある特徴は思い出せなかった。

「うーん。特徴ないなあ」

 蒼啓が顎に手を当てながら考えていると、ガチャと入り口のドアが開く音がした。

「やあ。蒼啓、説明は終わった?」

 シュウがドアを開けて部屋に入ってくる。先程、リビングでシュウと話した後、シュウはズイにも話をしようとしたのだが、蒼啓が自分から話をすると断ったのである。それで、そろそろ話も終わっただろうと部屋を覗きに来たようである。

「はい。終わりました」

 蒼啓がそう言うと、シュウはニコリと笑顔を浮かべて、

「やあズイ。初めまして。怪我の具合はどう?」

 寝ているズイの顔をのぞき込むようにしてベッドの脇に立った。

「シュウさん。初めまして。手当してくれてありがとうございます。まだ起きるのは無理ですけど」

「そうか。まあゆっくり治せ。ここは安全だからな」

 シュウの言葉を聞いて、蒼啓はふと思った。

「そういえばここってどこなんですか?」

「ん?ここは地下だよ。街の外れの住宅街にある地下」

「よくこんな隠れ家みたいな都合のいい生活空間ありましたね」

 蒼啓が軽くツッコミを入れると、シュウは、

「ここは元の居住者が地下で生きていけるように改造した家なんだ」

 と答えた。その話はまだ続き、だんだんとこの世界の話につながっていった。

「日本の地上ではもう住める所は研究所ぐらいしか残ってないんだけど、地下なら結構住める都市があるんだ。東京もその一つでね。日本に残った人間はそうやって地下に住んでいるんだ。研究所の地下にもその都市がある」

 蒼啓とズイはシュウの話を静かに聞いていた。

「ここはその都市に入るのを拒んだ人が自力で生きていけるように作った部屋なんだろうね。結局都市へ移っていったみたいだけど。隠れ家にはちょうど良いよ」

 シュウはケラケラと笑うように口元に笑みを浮かべながら話す。

「ところで、ズイ」

 今までの笑顔とは打って変わってスッとした真顔になってシュウはズイに顔を近づけた。

「君は、研究所を倒して、元の世界に戻る気、ある?」

 そう言った途端、またニィと笑顔を浮かべてズイに詰め寄った。ズイはその妙な雰囲気に気圧されながらも、ゴクリと唾を飲み込んで口を開いた。

「はい。もちろんです」

 そのズイの返答に、シュウの顔がパッと明るくなった。

「じゃあ、君も仲間だね。改めてよろしく。ズイ」

 そう言って再び握手を求めた。ズイもその手を取り、固く握手を交わした。

「あ、そうそう。外に出ていた仲間が全員戻ったから、二人に紹介しようと思って来たんだ」

 シュウは今思い出したようにパチンと手を叩いて言った。

「あー、でもおれ、動けない……」

 ズイは申し訳なさそうに、でも寝転がりながら言う。

「じゃあズイは後日ってことで、とりあえず蒼啓だけおいで」

 いつの間にかドアの前まで移動していたシュウが蒼啓に向けて手招きする。

「じゃあズイ、あとでまた来るわ」

「おー」

 蒼啓はズイに一声かけて、シュウの元へ駆け寄る。それと同時に、シュウはリビングへつながるドアを開けた。


 リビングに広がる異様な雰囲気に、蒼啓は気圧された。リビングにはシュウと蒼啓を入れて合計七人いたが、なぜかピリピリとした雰囲気が流れていたのである。その正体は、大きなソファ二つのそれぞれ端っこに座る、二人の男女から発せられていた。

 男性の方はボリュームのある前髪に後ろはすっきりと刈り上げられた髪型をしており、白いジャケット、黒いスキニーと、一見スマートに見える格好をしているが、それらを全てかき消すほどの眼光。その目は蒼啓に向けられていた。蒼啓の姿を上から下までなめ回すように見て、その人物はため息をついた。

 一方で女性の方は……和服だ。しかしシュウさんが着ているような袴に羽織姿ではなく、これは……

「忍者?」

 蒼啓は思わず声を上げた。そう、女性の姿はまさに忍者のような出で立ちだったのである。全身黒ずくめの忍装束、首には藤納戸色ふじなんどいろの長い襟巻きをしている。その全身を埋め尽くす黒と同じく、髪も艶のある黒で、ポニーテールになっている。

 女性は蒼啓の言葉にふっと笑い、じっと蒼啓を見据えた。

「初々しい反応だな。忍は珍しいか?少年」

 想像よりも低い声でそう言ったその女性も、蒼啓を眺め回し、なんとも言えない表情を浮かべた。

「蒼啓、紹介するよ。そこに座ってるのが忍のながれ

 忍者の女性は流と言うらしい。流は軽く蒼啓に会釈した。

「で、こっちに座ってるのが逸石(いっせき)

 先程ため息をついた男性は、逸石と言うらしい。逸石は蒼啓を睨んで口を開いた。

「なんだガキじゃねえか。シュウさん、ホントにコイツ戦えんのか?」

 蒼啓を指さしながら不服そうにそう漏らす逸石。どうやら逸石は、蒼啓が学生服なのを見て、学生=ガキだと判断したらしい。

「三日間街で生き残ったよ?それに、研究所に自ら繰り出すという破天荒さもある!」

 シュウが蒼啓の背中をバシッと叩いて高らかに笑う。その瞬間、流と逸石はどよめいた。

「は!?研究所に行ったのか!?」

「ええ、まあ……」

 蒼啓は戸惑いながらも答える。

「警備員の一人とも交戦したみたいだし、実力はあるよ」

 シュウが情報を付け加える。

「まあ心配なら後で手合わせでも何でもしたらいい。トレーニングにもなるしね」

 シュウがそう言うと逸石と流は大人しくなったが、まだ納得いっていない様子だった。

 ところで先程から、逸石の向かいに座り、そわそわしている人物が蒼啓はとても気になっていた。見たところ男性のようだ。しかし蒼啓から見るとその人物は後ろ姿しか映らないので、長い髪を後ろで三つ編みにしているその姿は、女性的でもあった。服装は黒のタンクトップ……?いや、元々袖のあった服が破れてタンクトップのようになっている。下は……ちょうど流と同じような服だが、色はカーキである。その服装とゴツゴツした肩周りから、男性であると分かるが、首から上だけを見たら女性かと思ってしまうくらいに、三つ編みにされた長い緑がかった黒髪は、美しかった。

 その人物はチラチラとシュウと蒼啓の方を振り返りながら、そわそわしていた。そして、シュウがついにその人物の名を呼ぶ。

「そして、逸石の向かいに座ってるのが、行雲こううん

 行雲と呼ばれた人物は、その名を呼ばれた瞬間に。バッと立ち上がり、蒼啓たちの方に振り返った。

「よろしくな!えっと……」

 行雲は勢いよく蒼啓に詰め寄り、握手を求めた。その勢いに半ばのけぞるようになりながらも、蒼啓は名を名乗った。

「蒼啓です」

「そっか!よろしく!蒼啓!」

 行雲は快活な笑顔で明るく挨拶した。

「(ま、眩しい……)」

 行雲の背後から後光が差すような行雲の笑顔には、蒼啓も目を細めた。

 行雲と蒼啓が固い握手を交わす中、シュウが続きを話そうと口を開いた。

「それから、疾風はやてと、沙生さおと、私。これで全員だ」

「え?」

 疾風、沙生、自分と、順番にシュウが指を指して名を呼んでいった。が、そのメンバーの予想外の少なさに蒼啓は驚きを隠せなかった。

「これだけ……ですか?」

 蒼啓は思わずそう呟いた。だって研究所という大きな組織を相手にするのだから、三十人……とまでは行かないまでも、最低十人はいるのだと思っていた。

「少ないだろ?まだ集めている最中だからね」

 蒼啓の言葉に、シュウは反論する。

「でも少数精鋭が良いと思ってるんだ。あまり多すぎてもね」

 シュウは蒼啓の方を振り返って、こう続ける。

「だからこそ、一人一人は強くあって欲しいんだよ」

 そう話すシュウの瞳には何かまばゆい輝きが宿っていて、蒼啓や他の仲間に期待している様子が見て取れる。その妙な輝きに気圧されて、蒼啓は何も言えなくなってしまった。

「なら、早速見せてもらおうじゃねえか」

 逸石が待ってましたと言わんばかりにそう呟く。

「研究所を守る警備員と交戦したっていうソイツの実力を」

 逸石は挑発的な態度で蒼啓を見据える。

「私も拝見させてもらおう」

 流が逸石の意見に賛同するように言う。

「じゃあおれも!蒼啓と戦いたい!」

 行雲もつられて手を挙げる。

「疾風と沙生は?」

 行雲は振り返って疾風と沙生の方を見る。

「俺はズイの分の料理作らないといけないから」

「私は、ええと……どうしようかな……」

「沙生はズイの様子を見ていてくれ」

 迷う沙生に向かってシュウが役割を与えると、沙生はほっとした顔で「はい」と答える。シュウは、

「私はまた外に出るから。四人で親睦を深めてきてくれ」

 冗談っぽくそう言うと、玄関に続くドアを開けて外へ出て行った。

「よし!じゃあ行くぞ!蒼啓!」

 行雲ががしっと蒼啓の首根っこを掴んで、先程シュウが出て行ったドアとは別のドアに向かって、駆け出していく。

「ぐえっ。ちょっ、俺自分で歩けますって!」

 蒼啓の言葉も聞かず、行雲は「ハッハッハー!」と笑いながら長い廊下を走っていく。その後ろを、「やれやれ」といった様子で逸石と流がついていく。蒼啓は行雲に引きずられながら、逸石と流はそんな蒼啓を見つめながら、長い訓練場までの廊下の奥へ消えていった。


 訓練場まではかなり距離があるらしく、長い通路を、蒼啓は行雲に引きずられながら移動していた。行雲の後ろ(というか蒼啓の正面には)逸石と流が無言で歩いている。蒼啓はふと気になって行雲に聞いてみた。

「行雲さんはどんな世界から来たんですか?」

 蒼啓は単純に興味があった。自分がいた世界以外に、どんな世界が存在しているのか。そして、もしかすると自分と同じ世界から来た人もいるかもしれないと。

 行雲は前を向いたまま答えた。

「俺は自分のいた世界がどんな世界だったか分からない」

「え?」

 想定外の返答に、蒼啓は困惑した。

「俺にとって世界は、自分が住んでるジャングルだけだったからな」

「え?行雲さんジャングル育ちなんですか?」

「ああ。物心ついた頃からジャングルにいて、動物たちと暮らしてた」

「え!?それ日本の話ですか?」

 蒼啓は思わず聞き返してしまった。だって蒼啓の知る日本はジャングルなどと呼べる環境はどこにも残っておらず、どこも開発が行われており、建物ばかりである。だから、ジャングルなどはテレビで、しかも外国の未開拓地などでしか見たことがないし、到底日本のことだとは思えない。

「日本だよ。たぶん。だって俺日本語しゃべってるもん」

 行雲は蒼啓の方を振り返ってそう言った。確かに、行雲は日本語をしゃべっている。しかし……

「行雲さん、ずっとジャングルで動物たちと暮らしていたのに言葉話せるんですね」

 蒼啓は言いようによってはかなり失礼な質問をした。しかし、行雲はそれを感じもせず、こう答える。

「たぶん誰かに習ったんだと思うんだけど……思い出せないんだよなあ」

 行雲は人差し指で頭をトントンと叩きながらそう呟く。

「人間は2~3人しか会ったことないんだけど、その頃にはもう話せてたんだよなあ」

 行雲はぶつぶつと独り言を言いながら考え込む。何やら小難しい気分にさせてしまったようだ。蒼啓は気持ちを切り替え、後ろを歩いている二人にも話しかけてみることにした。

「逸石さんと流さんは?どんな世界から来たんですか?」

 蒼啓は真正面にいる二人に問いかける。すると、

「「言わない」」

 二人同時に、ぴしゃりと言い放った。

「えー?」

 二人の声がぴったり揃ったことに蒼啓は目を丸くして小さく呟いた。二人は声が揃ったことに対して顔を見合わせ、苦い顔をしている。その様子を見ていた行雲が口を開く。

「流、なんで教えないの?俺には教えてくれたじゃん!」

「「えっ」」

 蒼啓と流の声が重なる。

「流、俺が聞いた時はすんなり教えてくれたのにな」

 行雲は後ろを振り向いて蒼啓にそう言いかける。

「だってお前は……なんか……うん」

 流が目を泳がせ、しどろもどろになりながら言い訳をするが、急に何か納得したように「うん」と言った。

「まあ教わってもさっぱり分からなかったけどな!」

 行雲はハッハッハと笑って、なおも蒼啓を引きずり続ける。

「行雲さん!流さんの世界はどんな世界だったんですか!?」

 蒼啓はもう流からは情報を引き出せないと思ったのか、流の了解も取らず行雲に聞いた。行雲も行雲で、流の了解を取らずに話し出す。

「流の世界はなー、なんかさこく?が続いてる世界らしいぞ。シュウさんがそう言ってた」

「鎖国?」

 行雲の言葉を瞬時に頭で変換して想像する蒼啓に対し、もうどうにでもなれといった様子で話を聞いていた流が観念して口を開く。

「江戸幕府の名残もあるが、江戸時代が終わって第二次戦国時代に突入したから、外国は戦に巻き込まれないようあまり近寄ってこなくなったんだ。まあ国によっては外国と貿易しているところもあるがな」

 突然流れ込んできた情報に、蒼啓は目を白黒させながらそれを飲み込もうとする。

「えっ?えっ?江戸幕府が終わってまた戦国時代になったんですか?なんで……?それに、江戸時代が終わったら明治時代じゃないんですか?」

「明治?なんだそれは」

 流は蒼啓の言葉に首をかしげる。

「シュウさんもメイジ?とかなんとか言ってたなー!」

 行雲は呑気に独り言を言う。その間も、蒼啓は頭の整理が追いつかないでいた。

「えっと、江戸時代に鎖国政策が行われて、その名残で戦国時代になった今も鎖国状態が続いている……?」

 蒼啓はぶつぶつと独り言を言いながら頭を整理する。やがて、情報の整理がついたのか、バッと顔を上げて流に向けて言葉を発した。

「流さん、ありがとうございます。教えてくれて」

 流の目をじっと見据えて、蒼啓は心からの感謝を述べた。ただ情報を知ることができただけであるが、蒼啓は今まで自分が狭い世界で生きていたかを改めて思い知らされたのである。これはズイのいた世界を教えてもらった時にも思ったことだが、同じ時間軸に存在する別の世界……という不思議な現象を知ることで、自分の見ている世界が少し広がったような気がしたのだ。

 そんな蒼啓の真正面から、心からの言葉に対して、流は少し照れながら後ろを向いて言った。

「別に……お前も、言わないと意地でも聞いてきそうだから……」

 蒼啓はやはりもっと様々な世界を知りたいと思った。だからこそ、逸石にも再び同じ質問を問うた。

「一方で逸石さんはどんな世界にいたんですか?」

「だから言わねえって」

 すぐさま逸石がそう返す。

「逸石のは俺も知らないなあ」

「私も知らんな」

 流と行雲は今まで聞いたことがなかったようで、まるで今初めてそのことに気づいたかのように呟いた。

「……知って何の得がある」

 逸石は少し間を置いて蒼啓に問いかけた。

「え?」

「俺のいた世界なんか知ってもお前には何の得もないだろ」

「ありますよ!」

 蒼啓はすかさず声を上げた。

「俺のいた世界と比べて、どんな世界があるのか興味ありますし、それによって自分の想像力も広がります!」

 それに……と蒼啓は言葉を続ける。

「目的を同じくする仲間なんですから、仲間のことは知っておきたいじゃないですか」

 その「仲間」という言葉に反応したように、逸石は蒼啓をキッと睨んだ。

「俺たちは一時的に手を組んだだけだ。軽々しく仲間なんて、言うモンじゃねえよ」

 急激にその場の空気が冷たくなったような気さえした。逸石のその言葉は冷たく、蒼啓たちの顔を凍り付かせるものであったが、そこにはどこか悲哀の表情が浮かんでいた。

「……?」

「あ、着いたぞ」

 その場に流れる空気を無視して、行雲が口を開いた。


 訓練場は縦横三十メートル、高さも十メートルはありそうな広い空間だった。

「すっげ……こんな広い空間なんのために……」

「さあな。スポーツでもやるために確保したんじゃねえか?」

「金持ってたんですね……ここ作った人」

「ようし!まずは俺からだな!蒼啓!準備はいいか!?」

 そう言って行雲が戦闘の構えを取る。行雲の構えは独特で、蒼啓が知る限りの格闘技で、その構えを取るものは無かった。体勢を低く保ち、足を前後に広げ、腕は胸の辺りで大きく広げている。例えるならそう、アリクイの威嚇ポーズのような。

 考えてみれば、行雲はジャングルで生活しているのだから、型にはまった格闘技の構えなど、取れるはずがない。手を大きく広げているのも、ジャングルを生き抜くための何か大切な秘訣なのかもしれないと蒼啓は思った。

「はい。大丈夫です!」

 蒼啓は息を大きく吐きながら、片手を前に突き出し、足を大きく開いて構えの体勢を取った。

 二人の間に静かな緊張が流れる。逸石と流も、二人を見定めるような視線を向けている。その場の空気が、ひりついた。

 次の瞬間、二人は同時に地面を蹴り、丁度二人の間の距離真ん中辺りでぶつかった。蒼啓は構えの際に突き出していた方の手を引き戻し、充分に振りかぶってためを作り、二人がぶつかる寸前で行雲の頬目掛けて突き出した。一方行雲はというと、蒼啓とぶつかる一歩手前で前に出た片足を軸に体を三百六十度回し、勢いをつけて回し蹴りを繰り出した。蒼啓の顎に。その速さたるや、電光石火の如し。蒼啓は咄嗟にもう片方の腕でガードしたが、行雲の蹴りの重みは蒼啓の想像を遙かに超えていた。なんとか顎にクリーンヒットしないよう、腕に力を入れたが、その甲斐なく蒼啓は衝撃で横に吹っ飛ばされた。咄嗟に受け身を取り、二、三度地面にバウンドして背中から着地する。

「(いきなり顎狙ってくるなんて……)」

 蒼啓は行雲の躊躇のなさに身震いした。確かにジャングルで生活しているならいつでも危険と隣合わせであるから、相手を初手で再起不能にするためには、それが手っ取り早いのかもしれない。そう自分を納得させながら、蒼啓は徐々に立ち上がる。顎に直接当たらなかったとはいえ、頭を揺らされたダメージはあった。そのせいか、着地後、すぐには立てなかった。

 しかし、蒼啓は振りかぶった行雲に当たる前に蹴りを受けたため、行雲には一発も攻撃を入れられていない。このままでは、逸石さんや流さんに実力を示すことができない。そう思った蒼啓は背中の痛みとくらくらする頭を押さえながら、なんとか立ち上がる。

 蒼啓が立ち上がって前を向くと、目の前に拳が迫っていた。それが行雲のものだと思った瞬間には、既に降雨の拳が蒼啓の顔にめり込んでいた。

 行雲は拳がうまく入ったと思ったのか、勝負あったとばかりにニッと笑った。しかしその顔はすぐに崩れることになる。行雲の顎に、蒼啓の下からのアッパーが直撃した。

「がっ」

 行雲は油断していた。いつも動物たちと戦っている時ならば、初手の蹴りに加え、その隙につけ込む正拳突きをかますことで大抵の敵は撃退できていた。普段人間とは戦わない行雲だからこそ、蒼啓の意地とも言える耐久性を予測することができなかった。

 蒼啓はここでメンバーに認められなければ、追い出される可能性もあると考えていたため、ここで意地を見せるほかなかった。蒼啓は顔面に行雲の拳が当たると思った瞬間に、首に力を込め、後ろに吹っ飛ばされないよう顔面で拳を受け止めた。そして、前を向いている行雲の視界の端から、たたき上げるようにアッパーを繰り出したのであった。

 行雲は殴られた反動で上を向きながらも、再びニッと笑って大きくバク転をしながら蒼啓から距離を取った。

「やるじゃん」

「そう簡単には……やられませんよ」

 そう言う蒼啓の鼻からツーッと血が垂れる。その血をぐいっと親指でぬぐってまだまだこれからだと言わんばかりに笑う蒼啓。

 行雲も、それに応えるようにニッと笑う。

 今度は行雲だけが地面を蹴った。行雲は再び蹴りを入れるつもりなのか、蒼啓の三メートルほど手前で踏み切って、空中で体を横回転させて足を振るった。今度は蒼啓の脇腹を狙って。

 一方で蒼啓はと言うと、その場で構えを取ったまま、動かなかった。

「?」

 行雲は動かない蒼啓を見て、怪訝な顔をしながらも、蒼啓の腹目掛けて足を蹴り降ろした。

 と、行雲の視界から蒼啓が消えた。いや、消えたのではない。蒼啓は体を思い切り前に倒し、行雲の蹴りを避けた。行雲の足が空を切る。

睦月越宝流むつきえっぽうりゅう……天泣てんきゅう

 ダダダダダッとためにためた拳を、足を振るった行雲の脇腹に高速で叩き込む。行雲の脇腹が、蒼啓の拳により沈み込み、えぐられる。肉が離れるくらいの威力を受けた行雲は、苦痛に顔をゆがめた。

「ぐっ」

 行雲はガードが間に合わず、斜め上に吹っ飛んだ。しかしそのまま倒れ込むことはなく、くるりんと体を翻して見事に着地する。脇腹を押さえながら、予想外のダメージに苦悩の表情を浮かべた行雲は、それでもニッと笑って蒼啓の方を見る。

「(「天泣」でも倒れないなんて……かなり頑丈だな、行雲さん)」

 一方で蒼啓も行雲の予想外の頑丈さに驚愕しながら行雲を見つめる。お互いに睨み合いながら隙を伺う。

「もういい」

 と、逸石が待ったをかけた。

「「え?」」

 蒼啓と行雲は同時に逸石の方へ向く。

「そいつを相手にここまで善戦するとはな。お前の実力は分かった」

 逸石は満足した、というより、興味を無くしたようにそう言った。

「だが」

 そう逸石が続けようとした途端、流が口を挟む。

「素手の行雲相手に対処できている……が、武器への対処はどうかな」

 今まで壁に寄りかかり、座って観戦していた流が立ち上がり、長い首巻きをひるがえしながら蒼啓と行雲の間に割って入ってくる。

「今度は私が相手だ、少年」

 懐から苦無を取り出し、両手に持って構える。いかにも忍者らしい出で立ちだ。

「じゃあ流!バトンターッチ!」

 行雲はそう言って流と片手でハイタッチした。流はぎこちなく行雲のハイタッチを受け取る。

「連戦でキツいようなら休憩するか?」

 苦無の具合を確認しつつ、流は蒼啓に問いかける。ナメているわけではないつもりだが、蒼啓は挑発と受けとったようだ。少し顔をしかめて、蒼啓は強気に答える。

「必要ありません。このままで平気です」

 鼻血が垂れそうになるが我慢する。先程流は武器への対処と言ったが、睦月越宝流でももちろん武器への対処は学ぶ。もちろん蒼啓も刃物やスタンガン、バットなどへの対処を十年以上学び、体にすり込んでいる。睦月越宝流は護身術ではなく、江戸時代に刀を持つ侍たちに対抗できるよう、訓練を始めた道場が起源であるため、その技は全て攻撃性が高い。だからこそ、武器を持つ相手にもこの武術は有効である。

「そうか。では、始めよう」

 流は蒼啓の側から一歩、二歩、三歩……と距離を取ると、くるっと蒼啓の方へ向き直った。苦無くないを両手に持ち、蒼啓の目をまっすぐに見据えた流の目には、光が宿っていなかった。

「……」

 次の瞬間、蒼啓の視界から流の姿が消えた。

「!?」

 蒼啓は目をギョロギョロと動かし、流の姿を探す。やはり視認できる範囲に流はいない。となると……

「(後ろか!)」

 と同時に蒼啓はぐりんと後ろを振り向く。

「!」

 目の前に、棒手裏剣の先端が迫っていた。蒼啓は瞬時に首を横に振り、飛んできた棒手裏剣を避ける。飛んできた棒手裏剣の避けても、流の姿は見つからなかった。

「さすがに忍者なだけありますね……」

 蒼啓は冷や汗をかきながらそう呟く。

 睦月越宝流の基本は、気配を読むことである。それを、「気取り《けどり》」と言う。相手の気配を読み、次に何をするかを予測、それに応じてこちらの出す手を決めるのである。相手の気配、つまり動きを見る前に、気配で次の動きを見極めるのである。それが睦月越宝流の基本。だからこそ蒼啓は、この手合わせにおいてもそれを実行していたのだが、流の気配は簡単には読めないし、流の姿はなおも見つからない。忍者と言うからには気配を消す訓練をしているのだろうと蒼啓は思っていたが、実際に手合わせしてみると分かる。ここまで気配を消せるものなのかと。

「忍は気配を消さねば仕事ができん」

 流はそんな蒼啓の気持ちを察したのか、そう蒼啓の背後で答えた。ちょうど蒼啓と背中合わせになる形で、流は立っていた。

 蒼啓は素早く振り返り、手刀を流の頭上に振り下ろした。

 しかしその手はむなしく空を切り、もちろん流は目の前にいない。すると、突如蒼啓の背後から気配がした。再び蒼啓の後ろから手裏剣の雨が降りかかる。

 今度は蒼啓、余裕を持って振り返り、飛んでくる手裏剣を捌く。かつて研究所で銃弾を弾いたように、棒手裏剣の切っ先を目の前まで引きつけて、側面から垂直に叩き、軌道をそらす。その手裏剣の雨に混ざり、苦無を持った流が突撃してきた。蒼啓は腕をクロスさせ、苦無を持つ流の手首を受け止める。そのまま、下になっている方の腕で流の手首を掴もうと試みるが、その前に流が飛び退いた。

「まあ、飛び道具にも対処できてるな」

「そりゃまあ、蒼啓は警備員の銃弾をも跳ね退けたからね」

 急にどこからか声がして、四人はびくっと体を跳ねさせた。その声は、蒼啓のすぐ背後で聞こえた。ギギギギと段階的に蒼啓が振り向くと、そこには見覚えのある弁柄色べんがらいろがあった。

「シュウさん……外行ってたんじゃ……」

 流が心底驚いたように呟く。

「用事が早く終わったから、こっち来たんだ」

 シュウは蒼啓の肩に手を置いてニッコリと微笑む。

「(ていうか流さんはともかくシュウさんも背後取るのやめてくれないかな……)」

 格闘技を学んでいる身としては、人に背後をとられるのは良い気分ではない。流は手合わせの最中しつこく背後を取ってきたが、それはまあいい。忍者は不意を突くことが戦闘の基本であろうし、戦闘中の動きに文句をつける筋合いはない。だが、戦闘以外の場面で背後を取られるのは面白くない。自分の実力不足だと思いながらも、そう考えずにはいられない蒼啓だった。

「それで……蒼啓の実力はどうだい?逸石、流」

「「……」」

 逸石と流は口をつぐむ。蒼啓は逸石と流のお眼鏡にかなう実力が示せたかハラハラしていたが、やがて、

「まあ、ある程度の戦闘力があることはわかった」

「シュウさんが言うなら銃弾も弾けるのは本当なんだろうな。それなら俺が確認するまでもねえ……」

 逸石と流は渋々そう言った。流は素直に蒼啓の実力を認めたようだが、逸石は一度実力を疑った手前、蒼啓を認めるのが癪なのか、苦い顔をしている。

「蒼啓はなにか格闘技とかやってたのか?」

 蒼啓と手合わせした流は、蒼啓の戦い方を見て何かを感じたのか、蒼啓にそう問いかけた。

「俺は睦月越宝流っていう流派で習いました。結構なんでもアリな格闘技の流派です」

「フフッ」

「睦月……睦月越宝流?」

 シュウは何故かそっぽを向いて笑う。流はなにやら考え込んで、ぶつぶつ言っている。

「「「?」」」

 蒼啓、逸石、行雲はそれぞれ何がなんだか分からず、頭にハテナを浮かべた。

「(えっ……シュウさん笑った?なんで笑った?俺変なこと言ったかな)」

「(睦月……流?流には何か覚えがあるのか?)」

「(戦い方に形式なんかあるんだな。他の世界は不思議だなあ)」

 そんな風にそれぞれ考えながら、皆でアジトへの道のりを帰って行くのであった。


「結構人数集まってきたね。あと何人かで計画を実行できそうだ」

 シュウはソファに腰掛け、足を組みながら目の前にいるメンバーに向かって呟いた。シュウの前にいるのは蒼啓とズイを除いた五人、行雲、逸石、疾風、流、沙生である。蒼啓はズイの様子を見ると言ってズイの部屋に入っていった。その後で、リビングに集まって作戦会議をしているところだった。

「蒼啓の実力は分かったが……もう一人……ズイの実力はどうなんだ?」

 流は心配そうにシュウに尋ねる。逸石も疾風も沙生も、同じ心配をしていたようで、流と同じようにシュウの方を見る。

「ズイの実力は私も見ていないからなあ……なんとも言えんね」

「ただズイは蒼啓と一緒に研究所に行ったんだろ?あの崖を上って。ってことはあの崖を上れるくらいの身体能力はあるってことじゃないか?」

 シュウの返答に行雲が疑問を投げかける。蒼啓とズイがここに至るまでの経緯は、シュウから全員に聞かされていた。蒼啓はこの世界に来たばかりだということ、ズイと出会い、一緒に研究所に行ったこと、研究所で警備員と鉢合わせたことなど、一通りのことは蒼啓から聞き出していた。

「ズイはどれくらいこの街にいたんだろうな。それによっちゃロボと渡り合えるかどうかも分かる。あとでズイに聞いてみよう」

 疾風はそう言ってこの会話を打ち切った。

「ところで……作戦は……」

 沙生が不安そうにシュウに問いかけた。

「考えてはいるよ。でもまだ人数が足りない……かな」

 シュウは顎に手を当て、思案する。

「警備員は六人だよな?一対一なら既に足りてるんじゃ」

 逸石が尋ねる。逸石は自分の腕に自信があるのか、一対一で充分だと思っているようだった。

「一対一ならね。でも相手は自分たちのフィールドで戦うんだよ?どう考えても不利だ。そのハンデは埋めなきゃならない」

 シュウは冷静に前を見据えて答える。それも作戦の内なのか。だが作戦の詳細はまだ誰にも伝えられていなかった。この五人に伝えられていたのは、何故研究所と戦うのか、それだけである。

「私の目的と、君たちの目的は一致している」

 シュウは改めてそう宣言した。

「改めて、期待しているよ、皆」

 そう言ってシュウはニッコリと笑いかける。

「もちろんです。シュウさんには助けられましたから」

「ええ、衣食住の確保ができたのは、シュウさんのおかげです」

 疾風と沙生は元気よくそう答えている。本当にシュウに感謝しているようだ。二人の目は覚悟を決めたようにギラギラと輝いていた。

 一方で流は凜として落ち着き払っている。苦無の手入れをしながら、

「作戦が確定したら言ってください。それまでは各自引き続き捜索でいいんですよね?」

 そうシュウに問いかけた。

「計画を実行する時は、みんなとお別れする時なんだな……なんかさみしいな……」

 行雲はガラにもなく寂しそうな声色で呟く。いつも元気で快活とした態度の行雲だが、元の世界で人間とあまり関わってこなかった行雲にとって、ここでの交流は貴重で楽しいものだった。計画の終わりが縁の切れ目。元の世界に戻れば、もう皆には会えなくなるのだ。短い間でも、ここで仲間たちと過ごした時間は行雲にとってかけがえのないものになっていた。だからこそ、行雲は、元の世界に戻りたい気持ちもありつつ、ここで皆と交流していたいという気持ちもあるのだった。

 そんな四人の様子を、冷ややかな視線で見つめる目があった。逸石である。

「(シュウさんには恩はある……だが)」

 逸石は何故四人が盲目的にシュウを信じるのか少しだけ、少しだけだが疑問に思っていた。分かる。シュウには何故か人を安心させるオーラがあるのは。それは強さゆえなのか、本人の持つ天性の才能か。確かにそういう雰囲気があるのは認める。だがそれと同時にあの笑顔には胡散臭さも感じるのである。

 逸石は一つ息を吐くと、改めて皆の方へ向き直った。

「俺たちは元の世界に戻るためにできることをするだけだ」

 それがシュウの計画の内だったとしても。この計画には、乗らなければならないのだ。

 そんな逸石の思惑に気づいていたのか、シュウは、

「皆が元の世界に戻れるように、私も尽力するよ」

 再びニコリと微笑んで答える。

「一刻も早く、研究所を取り戻さなきゃね」

 その笑顔は、逸石には薄気味悪さを感じさせた。

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