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Parallel Lab  作者: 古今里
19/19

各々の腹底

沙生の屋敷で、この世界の研究所の在処を探る蒼啓たち。しかし沙生の父親率いる八方財閥の情報網により、それはすぐに発見された。蒼啓たちが今いる東日本ではなく、北日本にあるらしい。そこへ行くために準備を整える一行だったが、沙生は八方家の令嬢としての立場があり、ついていくことができないと言う。蒼啓たちはそれを仕方の無いこととして受け入れたが、沙生本人は負い目がある様子。そのため、沙生はできる範囲で皆のサポートをすると提言し、皆もそれに期待する形で作戦会議は終わった。

 作戦会議から一週間経ち、再び集まった仲間たちに、沙生は入国の準備ができたと知らせた。そして、明日にでも北日本へ入国しようという話で皆まとまった。ある程度の準備はしたが、北日本にも八方財閥の懇意にしている裏の場所があるとのことで、本格的な準備は、現地へ行ってみて、内情を知った上ですればいいとのことだった。

 その話をした夜、蒼啓はなんだか眠れなくて、夜風にでも当たろうとバルコニーに出た。

 と、バルコニーの扉を開けた途端、扉の陰にいた人影に気づいて、蒼啓は肝を冷やした。

「うわっびっくりした!逸石さんか」

「あ?……蒼啓か」

 バルコニーの端で、逸石がタバコを吸っていた。春先の、まだ肌寒い風に当たりながら、八方家の美しく整えられた庭園を目下に並べ、バルコニーの柵にもたれかかる後ろ姿は、なんとも絵になる。

「逸石さん、こんなとこで何してるんですか」

 見たら分かる光景だったが、つい口をついて出てしまう。

「一服だ。お前も吸うか?」

「はは……逸石さんでも冗談言うんですね……」

 普段滅多に見ない逸石の微笑と冗談に、蒼啓は顔を引きつらせながらも愛想を言う。

「……言っちゃ悪いか」

 その蒼啓の態度に少し不満げな様子で、先程より少し低い声で威圧するように逸石は言う。

「いや、なんか逸石さんとっつきにくかったんで。意外っす」

 蒼啓は正直に答えた。今までも逸石は自分たちに一線引いていると思っていたし、それがなんだかとっつきにくかった。だから今の軽い冗談も、そんなこと言う人だったんだなあと蒼啓は胸に落ちた。

「そうか。で、お前は何してんだ?ガキはもう寝る時間だろ」

「うわ。そういうとこですよ。逸石さん」

 逸石の発言に、今度は蒼啓が苦虫を噛み潰した顔をした。

「どういうとこだ」

 逸石は何とも思っていないようで、当たり前のように聞き返した。

「俺をガキ扱いするとこ!俺の世界じゃ16歳は立派な大人ですよ!」

 蒼啓は腹に据えかねた様子で、語気を強めて物申した。蒼啓の言う通り、蒼啓の世界では16歳は大人に分類される。スクールを卒業すれば、大人の仲間入りなのだ。卒業後2年間のインターンだって、インターンとは言うけれども給料は出るし、公共機関も大人料金になる。一人前の大人として、社会に出るのだ。だから逸石の発言は、蒼啓にとって見逃せなかった。

「俺にとっちゃ16歳はまだガキだ」

 蒼啓の反駁を歯牙にもかけない逸石は、蒼啓の方を見ようともしない。

「……もう、じゃあ逸石さんにとって大人って誰なんですか」

 そこで蒼啓は少し趣向を変えて質問をした。逸石は誰を認めていて、誰を認めていないのか。仲間に向ける逸石の感情を汲み取るため、割と真面目に聞いた。

「……流と、疾風と、行雲……は歳の割にガキだな」

「行雲さんはカウントしないんですか……でもほら!歳の割に幼い人もいるなら歳の割に大人な人もいるでしょ?」

 年齢は立派な大人と言えど、行雲は確かに精神が幼い気はする。ジャングル育ちだから教育も受けていないし、野生児みたいな行動するし。行雲には行雲なりの行動理由があるのだろうが。しかしそのような、大人に見えても子どもっぽい人がいるなら、その逆もいるだろうというのが蒼啓の主張。我ながら突いたこと言ったかも、と蒼啓は心の中で自画自賛した。

 だが……

「……それはそう見えるだけだ。実際に生きた年月が変わることはない。人間はその生きた歳月だけ経験を積むし、それが前借りされることはない」

と、逸石は遠くを見つめてそう断言した。その時の逸石は明確に誰かを思い浮かべてそう言っているようだったが、蒼啓には分からない。

「だから俺たちは経験の浅いガキだって?そういうことですか?」

 蒼啓はもう利かん気になってそう吐き捨てた。どうしても自分を認めようとしない逸石に対し、半ば自棄になっていた。

 だがその言葉に返ってきたのは、逸石の嘆くような短い言葉だった。

「……お前と同い年の奴が、昔仕事をしくじった」

「え?」

「だから、俺は……ガキは信用しねえんだ」

 逸石はタバコの火を消してバルコニーから去った。その背中はやるせなさに満ちていた。






 次の日、夢名と政を連れ、蒼啓たちは八方家の屋敷を出発した。柊と四月朔日わたぬき、そして沙生がそれを見送ってくれた。

「皆様お気をつけてエエエエ!!!!」

 ……ハンカチ片手に涙する四月朔日は相変わらずオンとオフが激しかったが。

 一行は観光客に扮して公共交通機関を使い、その日のうちに、北日本の入り口となる入国審査局へ到着した。偽造パスポートが果たして通るのか。八方家のスケールを肌で感じた身としては、そう簡単に見破られることはないと信じたいが、如何せん悪いことをしているという気分は否めず。内心ハラハラしつつ表には出ないようにして、蒼啓たちは審査を受けた。

 結果はなんとも呆気なく、するりとゲートを通された。これは八方財閥の作ったパスポートがすごいのか……北日本の審査がざるなのか……。

 今一行がいるのは、「北日本中央空港」のある、旭川市。北日本の内陸部にある都市だ。通常入国審査局は国境などにあるものだが、空港がある故に、ここにも入国審査局が設置されている。蒼啓たちは飛行機で北日本へ来たため、まずこの空港に寄り、そこに併設された審査局で審査を受けたのだった。

 こうして北日本に足を踏み入れた一行だったのだが……。実際に来てみると、国を跨いだことは跨いだが、思ったほど別の国に来たという感じはせず、東日本とそう変わらない景色が広がっていた。当たり前だが、空港のある北日本という国の有数の都市であるため、栄えている。ただ若干、日本人ではない、外国人っぽい顔つきの人が多いような……?

 八方財閥情報部に寄れば、怪しい研究所は小樽市にあるとのこと。今いるところからはなかなか遠いため、電車や車を乗り継ぐことになった……のだが、

「夢名さんと政さんはどうしてそんなに仲が悪いんですか?」

という唐突なる蒼啓の質問。そう聞くのも無理はない。だって先導する夢名と政は、歩いている間も小突き合い、口論を欠かさず、何かにつけてお互いに突っかかる。その様子を見ていたら、誰だってそう思う。案の定2人は速攻ぐるりと顔を向け、お互いを指差した。

「「コイツが気に食わないんだ」」

「息ぴったりじゃんか」

 疾風のツッコミに、2人はさらに猛り立つ。

「「コイツのこういうところが嫌いなんだ!」」

 また揃った。

「こういうところって?」

「「私の/俺の真似してくるところ!」」

 流の質問にも、口裏合わせているのかというぐらいに息ピッタリ返す。

「またかぶった。ははは」

 ズイは呑気に笑っている。ここまでの被りようはもう仕込みじゃないかって程に思えてくる。が、本人たちは言葉が被る度に、あからさまに機嫌を損ねていく。

「ハアー。コイツとは保育園から一緒だが……その頃から全く相成れねえ」

「腐れ縁は離れずって言うけど、まさかこの歳まで一緒にいるとは思わなかった」

「それはこっちの台詞だ!鈍間のろま女!」

「お前だって鈍間だろうが!ハッ!鈍間と言えば……そうだ!幼稚園の時……お前の片付けが遅かったせいで私まで先生に怒られた!」

「それはお前が片付ける箱間違えたからだろうが!その尻拭いをしてやったんだ俺は!」

「はあ!?言い訳すんな!」

 ついにギャースカ言い合うだけでなく、手を出し始めた2人に、皆呆れ返ってしまった。しかしそのまま2人は猛り立ちながらも、きちんと先導して進んでいく。そうこうする内に長距離を移動し、ひとまず小樽市に近い、札幌市に到着した。すると2人はそこから電車に乗るでもなく、市内のある飲食店の入ったビルに入っていった。「ご飯でも食べるのか?」と蒼啓たちは若干戸惑いながらもついていく。そして、2階にある小料理屋の暖簾のれんを潜り、「いらっしゃいませ」と寄ってきた店員に人数を告げる。

「三日前に“斗宿ひきつぼし”の座敷を予約しました。“はちや”です」

「はい。承っております。こちらへどうぞ」

 露ほども笑顔を崩さない店員さんに連れられ、一行は奥から2番目のお座敷に通された。

「お茶をお持ち致します。少々お待ち下さい」

 そう言って店員は襖を閉めた。

 さて、と夢名は何やら携帯端末を見ながら、座敷の中を見渡し始めた。今いる座敷は10畳程の比較的広い部屋で、大きめの座卓が2つ。そこに並べられている座布団も人数と同じ10枚。入ってきた襖と反対側の壁には、窓がない。ビルの一室だからか、余計に閉鎖的な空間に感じる。しかし和室なだけあって、床の間や違棚ちがいだなには掛け軸や皿が飾られていて、雰囲気はある。

「ここか?」

 夢名は北側の床の間に飾られている掛け軸をめくり、その裏の、何の変哲もない床壁をグッと押し込んだ。するとガコンッとどこかで音が鳴り、その出所へ目を向けると、南側の一番端の畳がわずかに浮いていた。今度は政がその畳を持ち上げ、畳の下が露わになる。

「ここだな」

 畳の下には階段があった。ここは二階だが、一階を通り過ぎ、地下まで続いているようだった。

「ここが北日本拠点の入り口だ」

 夢名が、何も分かっていない蒼啓たちにそう説明すると、携帯端末を懐に仕舞って、「ついてきて」と真っ先に降りていった。理解した蒼啓たちは2人に続いて、階段を降り、進んでいく。地下の道は思っていた程暗くなく、小綺麗な通路だった。行ってみれば病院の廊下のような……清潔感のある通路。そしてそれが何度も折れ曲がり、分岐していた。

「こっちか?」

「いやこっちだろ」

「うるさい口出すな」

「テメエコラ間違ってんだよボケ端末よこせ」

 相変わらず口汚く罵り合う夢名と政に辟易しながらも、2人についていくしかない。2人とも北日本に来るのは初めてだと言っていたから、端末の地図とにらめっこしながら進んでいるのだろうが、そんなふうに口論する姿は、全く信頼できないというか、頼りにならないというか……。まあ喧嘩する程仲が良いとは思うけれど。

 そんなことを繰り返す内に、廊下の突き当たりに辿り着き、そこにあったドアを開ける……前に、ドアの横にあった電子盤に、何やら番号を打っている。そうするとドアノブ付きのドアが横にスライドした。そのデザインで引き戸なのかと皆少し驚いたが、なにはともあれ、目的の部屋へ辿り着いた。


「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」


 そこに居たのは、黒髪の美青年……数日前に屋敷で見送ってくれた、あの四月朔日だった。

「四月朔日……さん?」

 思わず蒼啓が呼ぶと、目の前の青年は、

「はい。四月朔日です。ようこそ皆様。北日本へ」

と爽やか笑顔で言ってのけたので、蒼啓たちは唖然とした。えっいつここに来たんだどうやって来たんだ俺たちより後に出発したなら後から来るはずそれか何かもっと速い手段があったのか。

「おいあんま困らせんなよ。お嬢の恩人なんだからな」

 と政が窘めると、綺麗な営業スマイルを崩してふふっと顔を綻ばせ、蒼啓たちに向き直った。

「いやあ東日本で弟がお世話になったと聞きましてね。ちょっと、意地悪したくなったんですよ」

 目の前の四月朔日(?)は悪戯っぽい笑みを浮かべて、そう告げた。

「「「「「「弟!?」」」」」」

 流と逸石以外は心底驚いた顔をして、声が揃ってしまった。その頓狂声に満足げな様子でふうーと息をついて、四月朔日(?)は喋り始める。

「私は四月朔日谺こだま。屋敷に仕えているのは弟の四月朔日紲きずなです。弟は東日本で沙生お嬢様の付き人をしていますが、私は財閥情報部の一員として、北日本で働いております」

 これまた弟と瓜二つの営業スマイルできっぱりと言ってのけた谺に、皆、そっくりだなと思いつつも、双子かそっかーと納得した。逸石と流は、谺を見た瞬間になんとなく察していたようで、説明を受けて納得しつつも、無表情を貫いた。

「確かにアンタの弟には会ったが、世話になったのはこっちだからな。いろいろ手配してもらったし……今度はこっちで兄貴の世話になるなんてな」

「フフフ、本当にこの仕事をしていると、世間は狭いなと何度も思いますよ。……さあこちらへどうぞ」

 逸石の発言にまたふふっと笑みを浮かべ、一行を案内するべく谺は隣の部屋に続くドアに手を掛けた。





 北日本の拠点は、前の世界線でシュウが案内してくれたアジトと同じような作りで。地下空間だからか、窓などはなく、それでも太陽光に近い照明により、自然の明るさを彷彿とさせる空間だった。簡素な生活空間は勿論のこと、それに加えて武器庫や簡易訓練場、モニタールーム、資料室など、財閥の情報部が利用するだけあって、秘匿性の高い空間に、財閥情報部の全てが詰め込まれたような場所であった。

 残念ながら、というか当然ながら、モニタールームや資料室は入らせて貰えなかったが、武器庫や訓練場は自由に使って良いと、谺は説明してくれた。また、

「皆さんがここへ来るまでに、研究所の情報はまとめておきました」

と言って、タブレット型の端末を渡してくれた。その中に、研究所の見取り図や研究内容など、情報部の調べ上げられる限りの情報がまとめられているらしい。

 その情報によると、この世界の研究所は、表向きは、「生物の進化を研究する」研究所だと。しかしその裏では、前の研究所の我田と同じく「人間の改造」をしているらしい……?実際に改造された人間を見ることはできなかったが、研究所の中にデータとしては残っていたため、そう判断したそうだ。また、沙生から聞いたポータブルクリスタルと似通った特徴のものを見つけたことで、この世界にもそれらがばら撒かれていること、世界線を移動する術を研究所が持っていることも、確認できたのとのこと。つまり蒼啓たちの目的となる、研究所の支部であることは間違いない。

 それから、研究所の警備員の情報。前の世界線と違って、今回の世界線の研究所には明確な敵がいる。他の国だ。シュウのいた世界線では、研究所は人間の住めなくなった地上に唯一残り、外国とも連携を取って、人類のための研究をしていた。そこにはシュウをはじめとする複雑な内情があったが、常に外からの敵襲に怯えている様子は無かった。だが、この、沙生のいる世界の研究所は、情報の通り北日本にあり、東日本や西日本、南日本とは別の国の機関として存在している。実際東日本の人間である八方財閥情報部の人が、潜入して情報を得たように、常に研究所は閉鎖的なのだ。北日本の組織として、秘密を守りながら運営されている。だからこそ、外からの敵襲にも備えているだろう。案の定、研究所には多くの警備員と、それをまとめる4人の長がいるらしい。……四天王みたいなものだろうか?その四天王の名前と顔を覚えておこうと、皆端末を食い入るように見つめた。

 そうして情報の共有が終わる頃には、もう夕方だった。地下だから太陽の傾きは分からないが、時計を見ると午後5時半前。夕食はまだらしいので、皆自由時間ということになった。

 蒼啓は、この世界に来てからしばらく稽古をしていないことを思い出して、体を動かそうと簡易訓練場へと赴いた。

 するとそこには夜行とその守護霊たちがいて、特に守衛門が真剣な表情で素振りをしていた。

「夜行。ここに居たのか」

「あ、蒼啓。うん、守衛門さんが稽古したいって言うからさ」

 訓練場へ入ってきた蒼啓にそう言うと、すぐに守衛門へ目を戻す。

 守衛門は素振りをしていると言うより、舞っている、という言い方が相応しい動きをしていた。

「守衛門さんって、侍なんだよね?」

 蒼啓は素直に思ったことを口にした。侍の剣技というと、もっとこう、ズバッとメリハリのついた太刀筋を思い浮かべるのだが、目の前の守衛門の動きは、緩急こそあるものの、なんだか演舞のような雰囲気があったのだ。

「うん。江戸時代の侍だよ。自分でそう言ってた。……いつも稽古する時は、この動きからやるみたいだよ」

 夜行はいつも守衛門の訓練を見ているのか、ごく普通の光景だと、そう言った。

 守衛門は他の守護霊と同じく、ポルターガイストで刀を振るっている。だが本人としても、身体に染みついた動きがあるようで、ただ突っ立って刀を動かすのではなく、きちんと姿勢を正して刀を握り、構えを取る。霊体の守衛門が実体のある刀を握ることはできないが、握る動作をした方がしっくりくるし、動きや技も出しやすいらしい。

「カッコいい技だなー」

「ねー」

 蒼啓と夜行が守衛門の動きを眺めながら褒めると、会話が聞こえていたようで。守衛門が刀を納め、照れた様子で蒼啓たちの方を向いた。

「今拙者の行っていた技は、長月流“月魄げっぱく俳優わぎおぎ”という技でござる」

「わぎおぎ?」

 照れ隠しのように出てきた守衛門の説明を、うまく頭の中で変換できなくて、蒼啓は?を浮かべる。

「“俳優”って書いて、“わぎおぎ”って読むんだって。古語で、神様や人を招く芸って意味らしいよ」

 夜行は昔から守衛門本人から教わった知識を蒼啓にも聞かせる。

「左様。これは“演術えんじゅつ”という人に見せる技でござる。と、いうのもこの技には“長月流ながつきりゅう”の他の技の基礎や所作が散りばめられておる」

「ん?」

「これを門下生は最初に会得し、他の門下生の前で披露する……そうして一角ひとかどの門下生として認められるのでござる。そして長年稽古に励む門下生も、この技は基礎を確かめる上で大切な技と心得、稽古の初めに行うのでござる」

 守衛門の説明の途中で、蒼啓は声を漏らしたが、守衛門には聞こえなかったようで、そのまま説明を続けた。

「蒼啓、どうかした?」

 しかし隣に座る夜行には聞こえていたようで、何が引っかかったのか、と夜行は蒼啓に聞こうとした。

「“長月流”っていうのが、守衛門さんの剣術の流派なんですか?」

 蒼啓は先程説明の中で耳にした“長月流”という名前に反応した。

「左様。長月流は戦国時代に端を発するが……奕世伝来えきせいでんらいと言うだけあって、平和の続く時代でも、戦禍の絶えない時代にあっても、常に適応し、発展してきた流派なのでござる。……蒼啓殿も聞き覚えがあるのでござるか?」

 守衛門は稽古を中断し、フワフワと蒼啓の元へ飛んできた。守衛門としても、別の世界線で、自分の所属する流派が残っているのかどうか、興味があるらしい。

「“長月流”……確かに、武術習ってる人なら、誰でも聞いたことありますよ。俺のいた世界でも」

「何と……!」

「それホント?」

 守衛門と夜行は心底驚いたようだ。

「はい。実戦剣術という、真剣で稽古する、現代では珍しい流派として、武道の界隈では知られてますね。銃刀法にも引っかからない特別な真剣を使っていて……俺の習った睦月越宝流むつきえっぽうりゅうはスポーツですけど、長月流は極める武道って感じですかね」

 まあ一応睦月越宝流も元は武道なのだが……如何せん時代の流れによって、全国大会といった大きな大会が開かれ、技を競い合う場が生まれてしまったために、スポーツ色が濃くなってしまった……と、蒼啓は道場の師範から聞いていた。

「成程……蒼啓殿の世界では武道として残っているのでござるか……」

「え?……その言い方だと、夜行の世界には残ってない……のか?」

 蒼啓は、悲哀の籠った表情でそう呟く守衛門に違和感を覚え、生まれた疑問を即座に口にする。すると夜行が困ったような顔で、

「残念ながらそうなんだ……守衛門さんの言う江戸時代に道場のあった場所には、実際見に行ったけどもう何もなかったし、ネットで検索掛けてみても、数百年前の情報しか出てこないの。だから……」

「現代では既に廃れてしまった……ということでござろう」

 夜行が言葉に詰まった場面で、その言葉を引き継ぐように話した守衛門の顔は、悔しそうな、哀しそうな……形容し難い表情だった。

 自分の修行していた武道の流派が、未来ではなくなってしまっているなんて、そりゃあショックだろう。守衛門がどれだけその道場に思い入れがあるかは知らないが、それでも自分と関わりのあるものが廃れてしまうのは心苦しい。蒼啓だってもし睦月越宝流が未来にはなくなっていたら……悲しいと思う。

「でも、何で俺の世界では残ってて、夜行の世界ではなくなったんでしょうね?」

 真っ先に思いつく疑問点。蒼啓の言葉には、皆首を捻るばかりだった。

「おっすー……って皆何してんの」

 そこへ疾風とズイがやって来たのだが、2人は蒼啓たちが、訓練場の端っこで鍛錬もせずに首を捻っているのを不思議に思ったようだ。

「うーん、世界線の違いに改めて疑問を感じているというか……」

「考えれば考えるほど、深みに嵌まってく気がする……」

「拙者の頭では、想像力の天井を感じてしまうでござる」

 と苦慮している3人をよく分からずに見ている疾風とズイは、どうやら鍛錬に来たようだった。

「考えてもわかんないなら、体動かそうぜ!守衛門さん!相手してくれ!」

 重苦しい空気を払いのけるように、ズイが声を張り上げる。

「考えてもわかんないのは、きっと今じゃないってことだろ!今は明日のために、鍛錬しようぜ!」

その明るい笑顔に、少し気が軽くなったようで、守衛門はズイに連れられるまま、鍛錬へと戻っていった。

「まっ確かに、俺らの目的は元の世界に戻ることだし、考えてもしょーがねーよな」

 疾風もさほど蒼啓たちのような疑問は持ち合わせていないようで、軽妙な考えで物事を判断するらしい。

 と、思ったのだが、

「俺はさっさと帰って、見つけなきゃなんねーんだ」

 ほんの僅か深刻そうな顔つきで、ぼそりと呟いた疾風の小さな言葉を、蒼啓と夜行は聞き逃さなかった。

「……元の世界で、やることがあるんですか?」

 そう返した夜行。疾風は聞かれたことに少し頭を掻きながら、少しして口を開いた。

「妹がな、いなくなっちまってさ」

 あまりに重い衝撃の告白に、口を噤む蒼啓と夜行。疾風は哀愁を仄めかしながら、ぽつりぽつり続ける。

「数年前に、学校の行事で出掛けた後、事件……というより災害か。それに巻き込まれちまってよ」

「災害……?」

「それ以来、帰ってこねーんだ。……なんでだろうな。同じ学校の子は、何事もなく帰ってきた子が多いのに。……妹だけは、7年経った今も、帰ってこない」

 そう言って唇を噛む疾風。しかし蒼啓と夜行は、それを聞いて、瞬時に悲しい結末を予想してしまっていた。疾風は、きっと、悔しさのあまり受け入れられないのだ。妹さんが亡くなったことを。妹さんはきっと災害に遭って無くなったのだろう。数年も行方不明になっていたら、誰しもそう考えてしまう。疾風はきっと、妹はどこかで生きていると信じたいのだろう。

 でも……。

 蒼啓と夜行は、疾風がそれを受け入れられないのも無理はないと思いつつも、疾風の世界の無常観に心を痛めた。

「妹さんの、手がかりも何もないんですか?」

 蒼啓は、疾風に現実を突きつけることも、不容易に気持ちで励ますこともできなかった。自分は疾風の世界のことを何も知らないし、そんな状態で無責任なことはできない。無責任の結末を、シュウに言われた言葉が頭を掠め、そう思った。から、疾風の心を刺激しない程度に、何か解決策を見出そうとした。

「学校の行事で行った場所の付近は、何度も探した。……でも、地形が変わってて、余さず探せているかは分かんねーんだ」

「地形が変わる程の災害って……それ、大変なことじゃないですか……被害とか」

 次々に出てくる疾風の世界の情報に、蒼啓と夜行は驚愕しっぱなしだった。

 だが、

「いや、人的被害はそんな無かったらしいんだ。物的被害はあったけど」

さらに出てきた情報に、思わず2人は「えっ?」と素っ頓狂な声を上げる。

「人が死んだって報告は、あまり見かけなかったんだよな。あっても怪我した、ってくらいで」

「地形が変わる程の災害なのに、そんなこと、あり得るんですか?」

 蒼啓が即座に聞き返すと、

「インフラの崩壊で発生当時はパニックだったけど、復旧後に調べてみたら直接的な死者はいなかったらしい」

と疾風が、淡々と答えた。

 その災害とやらの全貌が全く理解不能だが、どうやら疾風が妹の生存に希望を見出している理由はここにあるらしい。災害での直接的な死者は確認されていないこと、インフラも既に復旧し、情報には信憑性があること。蒼啓と夜行はむしろ、地形が変わるが死者の出ない災害って一体何なんだ……?という疑問が生まれたが、疾風の考えも確かに納得できるかも、と思い始めていた。死者が出ていないなら、妹さんも生きている可能性はある。そして、地形が変わって戻って来れなくなったのかもしれないということも。そういう淡い期待が、蒼啓と夜行にも芽生え始めていた。

「だから妹もきっとどこかで生きてるんだって、俺は、そう信じてる。だから、早く帰って探さなきゃならねーんだ」

 真っ直ぐに前を向き、希望に満ちた目で疾風は言い切った。

 皆自分のやるべきことがある。蒼啓だってそうだ。自分のドッペルゲンガー……もとい別の世界の自分に、聞きたいことがある。何故蒼啓の前に現れたのか。何故世界線移動をさせたのか。そして、蒼啓に何をして欲しかったのか……。先程感じた複数の世界線を繋ぐ疑問。それには辿り着くために、早く自分の世界へ戻りたいと、強く感じた。















 同時刻、日本のとある場所。

 私室の入り口付近に設置された鏡に映る男。ウィンドウペーンのスーツに身を包み、白と黒が交互に重なる髪を後ろへ撫で付け、自分の京紫の瞳を見つめた男は、「ヨシ」と振り返り、鏡の反対側に控えていたもう1人の男に対し、こう言った。

「ほな、行こか」

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