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Parallel Lab  作者: 古今里
18/18

財閥の娘として

2つ目の世界線に来た蒼啓一行。そこは仲間である沙生のいた世界であり、日本という国が4カ国に分かれている世界線であった。この世界のことをよく知る沙生に先導され、沙生の実家である八方財閥の屋敷へ厄介になることにした一行は、各々、この世界の探索や、次の研究所襲撃に向け、準備を始める。

「ふんふんふ~ん」

つくもちゃん上機嫌だね」

 沙生は自分の手を引き、鼻歌を歌いながら前を行く白を見て、そう呟いた。

「だって~沙生とひっさしぶりのデートだし~沙生と行きたいとこいっぱい溜まってるし~」

「そうなの?へへ……嬉しい」

 白の言葉に沙生がはにかむ。

「でも……」

 そう言いかけて、白は足を止め、後ろへくるっと向き直り、沙生と目を合わせた。

「先に説明してよね。休んでた理由」

 口元に微笑を浮かべているが、今までの間延びした声とは一線を画す凜とした声で白は沙生に言った。声色からはほんの僅かな憂憤が見て取れる。

 いつの間にか、2人は公園の入り口まで来ていた。

「風邪っていうのは嘘でしょ?流石に3ヶ月風邪で休むのは無理があるよ」

 白は学校からも、沙生は風邪だと聞かされていた。しかし、

「私がお見舞い行っても、家の中に入れてくれなかったもんね」

白の淡々とした言葉に、沙生は黙ったまま。すると白は右手の人差し指を立てて、顔の前まで持ってきた。

「他にもおかしいこと。私のパパとママが、沙生んちから連絡受けて、裏でコソコソしてた」

 沙生はそこで初めて表情を崩した。目を見開き、動揺したように目を逸らす。

「アタシんちの裏と、沙生んちが一緒に何かやってることは分かった」

 そこまで言って、少し眉を八の字に曲げて白は「ごめん」と言った。

「沙生を困らせたくないけど、でも、言い訳させて。……不安だったの。休む前の日、アタシと遊んでたでしょ?アタシが何かしちゃったかな……とか、傷つけること言っちゃったかな……とか。それで休んでるのかなって」

 困ったような顔をして白は沙生に謝った。しかしその言葉を聞いて、沙生はすぐに弁解する。

「違うよっ!全然っ、白ちゃんは関係ない!嫌なことなんてなかったよ!私の行動の自業自得だから……」

 沙生の即座の弁解に、白は安心した様子だったが、まだ白の疑問は晴れていない。しかし、

「言っても、信じてもらえるか、分からない……」

 俯きながらそう言った沙生の手を、白は自分の手で包んだ。沙生が顔を上げると、そこにはいつもの笑顔の白がいた。

「信じるよ。沙生はこういう時冗談言わないし。幼馴染だしね」

 ぶわっと、沙生の目から涙が溢れ出す。その光景に、白はぎょっとした。

「えっちょ……っと!なんで泣くの~?」

「あ、ありがとう……白ちゃん」

 元の態度に戻った白に対し、沙生は、

「いつもの……白ちゃんの隣に戻って来れて……本当に良かった……!」

と大粒の涙を流し、しゃくり上げながら沙生は言った。

 沙生は何よりも、ひいらぎ四月朔日わたぬき、白と、自分を理解し、心配してくれる人がいたことを改めて思い出した。世界線を渡る前は、なんとなく、誰かに世話になりながらも、その人たちの心に、自分が留められているとは思っていなかった。柊も四月朔日も仕事で沙生に関わっているし、学校のクラスメイトとも敬語でしか話せない。唯一以前からタメ口で話せた幼馴染の白でさえも、ここまで言ってくれる程、他人の中に自分の存在がいるとは思っていなかった。でも、いざここに帰ってきてみると、以前より人の存在の重みが実感できた。白が自分を心から信じて心配してくれたように、自分の心もいつの間にか白の存在が大きくなっていた。そのことに気づいて、沙生は自然と涙が溢れた。

「も~!そんなこと言われたら、アタシも泣いちゃう……」

 段々と尻すぼみになっていく白の声と共に、白の目も潤い始めた。白はきゅーんとする胸を押さえて、笑顔で泣きながら、沙生に抱きついた。

「ちゃんと聞くから~全部聞くから~ぁ!」

 2人は泣きながら公園を進んでいき、ベンチに座ると、長い長い事情説明が始まった。


 屋敷に帰ってきた蒼啓たちは、各々夕食まで気ままに過ごしていた。ズイと行雲は広い屋敷の敷地を探検し、蒼啓は先程帰りの車内で突如ぶっ込んできた四月朔日の、

「白様は八方家とは御親戚である元総理の御孫様ですよ」

発言により、若干頭がパンクしそうになりながらも、何かすることがないか屋敷をぶらついていた。正直あまり歩き回ると迷惑かなとも思ったが、部屋にいても落ち着かない。先程まで屋敷の使用人さんたちに声を掛けて、何か手伝うことありませんかと聞き回っていたのだが、「ありません」、「客人にやらせるわけには」、「仕事取らないで下さい」と言われるばかりだったので諦めた。

 惨敗してトボトボと屋敷内を歩く蒼啓は、ちょうど玄関で、帰宅した沙生と鉢合わせた。

「あ、沙生、おかえり(ここ俺んちじゃないけど!)」

「ただいま、蒼啓、柊」

「お帰りなさいませ。お嬢様」

 いつの間に後ろにいた柊に、蒼啓はひやりとした。と言いつつもテキパキと沙生の荷物を受け取る柊の様子を見て、流石だなーとか思ったりしたのだが。

 あれ?なんか沙生……目……赤くない?と思って口を開きかけた蒼啓だったが、

「お嬢様、目が赤くなっておりますが、どうされましたか?」

と柊に先を越された。沙生を引き留めようとしたこの手をどうしてくれよう、と蒼啓は気まずさで動けなかった。

「これは……なんでもないよ」

「……そうですか」

「白さんと何かあったの?」

 沙生と柊の会話に、蒼啓も加わる。

「蒼啓様、白様にお会いしたのですか?」

「ハイ。学校帰りの沙生と偶然会って……白さんと遊ぶんだって」

「左様ですか」

 沙生が白と一緒にいた、という事実だけで、柊は何か汲み取ったのか、「それでは」と言って、沙生の荷物を片付けに行った。

 蒼啓も、沙生が目を腫らした理由を何となく察してはいたが、念のために確認することにした。

「大丈夫?沙生」

「大丈夫。嬉し涙だから」

 そう笑顔で答えた沙生に、蒼啓は「そっか」と返す。

 すると、

「あのね蒼啓」

 綻んだ顔のままの沙生の顔を見る前に「なに?」と言ってしまった蒼啓は、その次に来る言葉を全く予想できなかった。

「私、蒼啓とシュウさんの言葉で、変われた気がする」

 ここで初めて、蒼啓は沙生が敬語を使っていないことに気づいた。さっき名前を呼ばれたときも、“さん”づけしてなかったな……と振り返りつつ、沙生の言葉に疑問を返した。

「え、俺なんかしたっけ」

「私の話を聞いてくれた。それから、“周りが決めてくれなかったら、自分が決めるしかない”って。その蒼啓の言葉と、初めて自分が立たされた状況を理解したことで、決心がついたんだ。その後シュウさんに、私もちゃんと戦いたいです、って言ったら、シュウさんも、武器の扱い、教えてくれたの」

 沙生は紅葉を散らした顔で、胸に手を当て、しっとりと話す。

「蒼啓が言ってくれたから、戦う決心がついたし、助けてくれたシュウさんにも、示すことができたと思う」

 沙生は目を閉じ、何度も頭の中で、蒼啓の言葉とシュウの言葉を繰り返す。

「そして、私が決心したから、夜行を助けられた」

 あの時、夜行は沙生を庇って一発撃たれてしまったけれど、沙生の機転により、それ以上の被害はなかった。

「私の決めた結果が、良い方に行くところが見えたから、自信を持てるようになったんだ」

 蒼啓は夜行と沙生の戦闘を知らない。だが、沙生の言い方から、蒼啓は自分の言葉が沙生の心にとって清新の一打となったことを嬉しく思えたようだ。

「改めて、ありがとう蒼啓」

 そう言って沙生は蒼啓の顔をしかと見た。ほのかに頬を染めながら笑顔で言う沙生に、蒼啓は温かな気持ちが芽生え、

「それなら、良かった」

と言葉を返した。

「……シュウさんにも、お礼言いたかったな」

 沙生が目を伏せて呟いたのを見て、蒼啓は

「そうだな……あの人には、俺も感謝しかない」

と、同意すると共に、そのことなら大丈夫だろう、と何となくそう感じた。


 次の日、沙生は学校が休みで、皆に話したいことがある、と、仲間たちを招集した。

 朝食を終えた午前10時前。前回沙生の屋敷に来た直後に通された客間と違い、3つの大きなソファがローテーブルを囲む、リビングルームのような場所に、仲間たちがポツポツと集まり始めている。蒼啓は2番目だった。最初にいたのは夜行。

「おはよう。蒼啓たち、昨日外行ったんでしょ?どうだった?」

 先に来ていた夜行が、入ってきた蒼啓に、挨拶と共に話しかけた。夜行の後ろには、いつも通り、4人と1匹の守護霊が憑いている。

「おはよー夜行。そうだなあ……俺のいた世界と風景は似てたかな。都内の感じは。地名とか電車とかも、聞いたことある名前だったし」

「へえ……じゃあ蒼啓も、この世界出身だったり?」

「いや、それはないと思う。日本が4カ国に分かれてるなんてことはないからさ」

「そっか……僕も昨日行けば良かったかな?確認のために」

「沙生の話と、世界の特徴が違うんなら、別世界なのは確定だけどな。でも、夜行は怪我してるんだから、治るまでは無闇に動かない方がいいでしょ」

「もう随分よくなったよ。動くくらいは、大丈夫」

 と話していると、行雲が部屋に入ってきた。

「おはよ!!!!!蒼啓!夜行!龍!鬼婆!伊藤!守衛門!凪!」

 メガホンで叫んでいるのかと思うくらいの声量を、行雲は地声で出す。本人はそれが普通のようで、「挨拶は元気よく」のお手本のような人である。

「「おはよーございます」」

 それに次いで石華、疾風、ズイと、順々に来て、あとは逸石と流、沙生のみとなった。

 のだが、沙生は兎も角、流と逸石は、昨日遅くまで武器の整備をしていたそうな。だから寝不足かもしれない。それに2人は昨日の食事の時も、姿を現さなかった。

 それで、今日は流石に沙生が招集を掛けたので、四月朔日さんと柊さんが呼びに行ってくれた。

 のだが、

「もう皆集まってるのか。遅くなってすまない」

と言いながら部屋に入ってきた流の姿に、一同は釘付けになった。

「「「「「ぶッほッッ!!!!」」」」」

目に飛び込んできたあまりの衝撃に、行雲以外の皆は思わず片手で口を塞いで目を背ける。

「?」

 流は皆のその言動が理解できないようだった。

 ちょっとやめてほしい。いきなりぶっ込んでくるのを。

 流の服装に問題がある。今までは忍装束だったから分からなかったが、今現在の流の服装は、白Tシャツとデニム。ただその、Tシャツが、そこに2つバレーボールでも入ってるのかというぐらいにパツパツなのだ。普段の服の中にこれがどう収まっていたというのか。全く誰だ流にこんな服を着せたのは。

「(危な……思わず口に出るとこだった、つーか出てた。変な声出たわ)」

「(いつもの服装はどうしたんだ洗濯中かなら仕方無いけどそれにしたってもう少しあっただろ他の服とかッ)」

「(普段とのギャップが酷すぎる)」

「(そうか和装ってあまり体型目立たないから……)」

「(同じ女性として見てみてもこれは詐欺だわ)」

 各々モノローグを必死に抑えて震えながら、それでも5人はチラチラと流の姿を見る。行雲は全く興味がないようで、部屋の中の装飾を見て遊んでいる。壁掛けの大きな鹿の剥製を見て「お前強そうだな!」とか言ってるが正直それどころじゃない。

 流は誰とも目が合わない&誰も喋らないのを怪訝に思っているのか、

「おいどうした、皆」

と扉の前で首を傾げている。

「すみませんお待たせしました」

と、沙生が入ってくるや否や、石華が韋駄天のような速さで沙生に近づき、そのまま沙生を部屋の隅に引っ張っていって、耳打ちした。

「ちょっと沙生!流さんなんでこの服なの!?」

「え?えーと、いろんな服見て貰ったけど、動きやすいのが良いって言うから……うちには着物以外和服ないし……なんか変?」

「それでももうちょっと、ゆったりしたものとか……体型隠せるようなものがあるでしょう!?」

「シンプルな方が、流さんスタイル良いから似合うかなって」

「スタイルは抜群だけども!!男子の視線がッ!!」

 沙生と石華は部屋の隅で、こちらに背を向けて小声でこそこそ話している。何を話しているかは先程声が出そうになった一同にとっては一目瞭然だが、当の流は「???」を頭に浮かべている。

「流さん、ちょっと……こっち来て貰えます?」

 石華と、石華に説得された沙生が部屋の扉を開け、流に向かって手招きした。

「なんだ?」

 何も知らずに流は廊下に出て行く。

「皆ちょっと待っててね」

 石華が貼り付けた笑みにドスの利いた声でそう告げたが、その言葉は残された男性陣の頭により「お前ら今見たこと忘れろよ」と変換された。


「悪い、寝坊した……ん?お前らだけか?」

 最後に遅れてきた逸石が、男衆だけしかいない集合場所を見て放った、第一声だった。

「ええちょっと……」

「女子たちは用意があるみたいで……」

 何故か顔を背けながらそう言う蒼啓と疾風を不思議に思いながらも、逸石は興味なしといった様子で「そうか」と呟き、ソファに腰を下ろした。

 因みに逸石は、黒Tシャツに黒のスキニーという格好だ。如何せん普段の姿と変わらないように見えるのは、ジャケットを脱いだ状態がこれと同じだからだろう。逸石のジャケットはどうやら並大抵のものよりは良品質のようで、洗濯だけでなくクリーニングもして、時間が掛かっている、とのことだった。

 逸石のジャケットと同様か、それ以上か。流の忍装束はきっと洗濯に時間がかかるのだろう。使用人たちはもしかしたら洗濯の仕方が湧かなかったのかもしれない。普段扱い慣れない和服だし、従来の洗剤を使って良いのか、生地の素材も分からないだろうから大変だ。まあだから流はあんな格好する羽目になったのだろうけど。

 その他の皆も、TシャツとかYシャツとか、動きやすいものを好んで着用した。ちなみに下はというとズイは短パン、疾風はカーゴパンツ。蒼啓と夜行はスラックスだ。先程出て行った女子たちは、流は言わずもがな。石華は青いラップスカートに白ブラウスで、いつもヘアバンドで上げている髪は下ろしていた。沙生は自前の私服で、膝丈の紺に白いレースの付け襟が付いた長袖ワンピースを着ていた。

 男性陣が終始無言で、気まずい思いをしていると、ノックがあり、四月朔日が部屋に入ってきた。

「お茶をお持ち致しました」

と言って、四月朔日が紅茶を淹れている間も、逸石以外は部屋のインテリアに忙しなく目を向け、どうにも落ち着かない。

「お部屋の外に待機しておりますので、何かあればお呼び下さい」

 四月朔日が退出するために開けた扉から、今度は沙生たちが現れた。どうやら着替えが済んだらしい。

「お待たせしました……」

 ばつが悪そうに入ってきた沙生と石華。そしてその後ろに続いて現れた流。

 これは……まあ、さっきより大分マシというか……。Yシャツの上に薄手のニットカーディガンを着ている。Yシャツだけだったら強調されたかもしれないが、そこに大きめのカーディガンを羽織り、前を閉めることで、服の上から見える凹凸が軽減されている。沙生と石華が苦戦した結果、これだったら大丈夫だろうとなったらしい。

 兎にも角にも、先程のダイナマイトのような破壊力はなく、目のやり場に困ることもない。これで解決だ。

 流と石華がソファに座ったのを確認して、沙生と、忍のようにいつの間にか部屋に入ってきていた柊が、ソファに座る皆を見渡せる所に立った。そして、沙生が口を開いた。

「それじゃあ……作戦会議しましょうか」


 沙生の話はというと、「研究所の支部らしきものが見つかった」という嬉しい報告であった。こんな短期間でそれを調べ上げてしまう沙生の力、ひいては八方財閥の情報網に、皆軽く恐怖すら覚えたが、蒼啓たちにとってはありがたい話であることには変わりない。

 ただ、その研究所らしきものは、東日本ではなく、北日本にあると言う。

「北日本か……それじゃあ入国審査局を通らないとダメなのかしら?」

 石華がそう沙生に問うと、

「そうなりますね……でも既に皆さんの戸籍は作ってあるので、心配ないと思います」

と沙生はさらっと爆弾発言をした。

「「「「「「「は?」」」」」」」

 同時に口から溢れ出た。は……え……今、なんて?誰もがそう思った。

「戸籍……偽造したってことか?」

いち早く平静を取り戻した流が尋ねる。

「ハイ!短い間でも、戸籍情報はあった方が都合がいいですから」

胸の前でサムズアップして、朗笑する沙生。「財閥情報部お墨付きの代物ですから大丈夫ですよ!」と言って、皆を安心させようとするが、蒼啓たちは呆然とするしかなかった。皆“戸籍偽造”という犯罪臭しかしないワードを思い浮かべ、大船に乗ったつもりでいてね!と笑顔を向ける沙生にむしろ怖気立った。沙生が敵じゃなくて良かった……と思ったのは二度目だ。

 加えて柊が、持っていた荷物から複数の手帳のようなものを出して、丁寧な所作でローテーブルに置いた。

「これは皆様のバスポートです。そしてこちらが身分証明書」

 柊はさらに、免許証のようなカードも出した。

「私たち忍も、身分を偽ることはあるが……こんなにも早く情報を作ってしまうとは」

 流は、自分の本職である忍顔負けの情報操作っぷりに、最早感心した。

「皆様のこの世界での存在を証明するものです。忘れず保管なさって下さい」

「特にズイと行雲さんは、気をつけて下さい。しっかり持っててね」

「「分かった!!!」」

 ズイと行雲の元気な返事。それでも心配だ。だって2人野生児だし。

「戸籍情報はきちんとした作りにはなっています。でもたぶん……一般的な国際基準程度の審査で、それ以上厳正に審査されることはないと思います」

 沙生の言葉に、逸石が何か疑問を感じたようで、

「別々の国が仕切る国の境なんだろ?審査は厳しいんじゃないのか?」

と問いかけた。

「確かに背後にいる強国は違いますが、北日本なら大丈夫だと思います。東日本と北日本はお互いに友好国ですから」

 また新たな情報。4カ国に分かれた日本の国の中では、北日本と東日本は友好的な関係らしい。政治面でも経済面でも文化面でも、互いに譲歩し合って安泰だから、審査局自体はすんなり通れるだろうと沙生は言った。ただ……

「ただ、研究所の支部は、国によって隠されているのか、それとも国にすら見つかっていないのか、分からないんです」

と沙生は付け加えた。

 研究所という、別の世界線から来た組織が、北日本という国と結託しているのか否か。

 八方財閥の情報部の報告に拠れば、尻尾を掴むきっかけとなったのは、北日本の経済界の大物らしい。八方財閥とも懇意にしている人らしいが、その人の交友関係に怪しい科学者がいて……それに繋がる人間を辿っていった結果、怪しい研究所に辿り着いたとのことだった。つまり、その大物に守られている(と考えて良い)研究所の情報は、どこまで知れ渡っているのかが肝だ。その大物が完全に囲って国の捜査から守っているのか。はたまた国も研究所を承知して、北日本全体で守っているのか。それは現在調査中とのことだった。

 そこまで話して、沙生はふう、と息をつき、柊から渡された紅茶を飲んだ。

「皆様には申し訳ありませんが……」

 紅茶を飲む沙生の横で、柊が口を開く。

「今回の研究所には、お嬢様を皆様と一緒に行かせる訳にはいきません」

 毅然と言い放つ柊の言葉に、全身が強張った。

 しかし、確かにそうだろう。考えてみれば、沙生はお嬢様だし、前回の世界線で戦ったのは仕方が無かったにしろ、危険な所には行かせられないだろう。もう沙生は自分の世界に戻ってこられたわけだし、これ以上戦う理由はない。

「まあ、そうだろうな」

 逸石が柊の肩を持つ。

「財閥の大事な一人娘をむざむざ危険に晒すような真似は、あんたらは許さないだろうな」

 逸石の投げやりな言葉に、柊は「ええ」と被せて続けた。

「それにお嬢様は八方財閥の令嬢として顔が知られています。そんな方が、外国の秘された場所にいては大事おおごとです」

「……確かに」

 夜行が納得したように俯く。

「……ごめんなさい。皆。私も皆の手助けしたいんだけど……」

 沙生は謝った。謝ったが、沙生はきっと、自分の立場を自覚している。八方財閥の娘として、次期当主としての立場をわきまえているから、柊の言い分も分かる。そして自分もそうする他ないと、分かっている。だから、

「皆にはついて行けない……」

俯き申し訳なさそうにする沙生は、「でも」と顔を上げ、続けた。

「皆のために、ここで私にもできることをするから!」

 眦を決したようにそう言い切った。沙生の表情は、自信というより決意に満ちていて、蒼啓が初めて会った時の沙生とは全くの別人に見えた。

「沙生にはもう充分、助けられたよ。戦いの途中にも、僕を助けてくれたしね」

 夜行がそう言うと、皆もそれに続いた。

「そうだな……今もこうして雨風を凌げているだけでも、有難い」

と流。

「飯にもありつけて!」

と行雲。

「武器の整備も、できたしな」

と逸石。

「服もお風呂も用意してくれた」

と石華。

「研究所もこんな早く見つかったし」

「平和ボケしないうちに、また戦えそうだしな」

とズイ、疾風も続く。

「俺たちは、沙生が仲間で良かったよ」

 蒼啓がそう締めくくった。沙生が仲間だったからこそ、前の世界ほどの危険もなく、今過ごすことができている。屋根のある場所で寝ることができ、普通の食事を摂ることができる。当たり前の生活、というものの価値を、やはり皆感じていたようだ。自分の世界線以外で、そんな当たり前を手に入れることができるのは、幸運なことだ。

「まだ戦いは終わってないから、沙生が助けてくれるなら、心強いよ」

 そう言われて沙生は嬉しそうにはにかんだ。

「うん。私、頑張ります!」

 そうして部屋全体が暖和な空気に包まれたところで、

「では、皆様に1つ、ご報告がございます」

という柊の鶴の一声で、皆引き戻された。

「研究所に行けないお嬢様の代わりに、財閥の私設戦闘員から、臨時の作戦部隊を派遣致します」

 思ってもみない提案……というか決定事項に、一同は目を丸くした。

「北日本の研究所への侵入……少数精鋭での作戦かと存じますので、2人程派遣致します。その2人は、もうすぐここへ来ると思いますが……」

と柊が言い終わらないうちに、ドアがノックされた。

「柊さん、2人が到着しました」

四月朔日の声が扉越しに聞こえて、「入りなさい」と柊がゴーサインを出した。

「お待たせしました。柊さん」

「なんか緊急の連絡っすか?柊さん」

 現れた2人は、全身真っ黒の戦闘服……銃火器を装備していそうな分厚い服を着込んでいた。1人は男、1人は女。男の方は白群びゃくぐんの髪に黒い瞳で、女の方はショートボブの髪だが、前半分がパールホワイト、後ろ半分が黒という特徴的な色合いだ。それに赤紫の眼鏡に黒い瞳。2人とも若く見える。

 柊が紹介してくれた。男の方は「まさ」、女の方は「夢名ゆめな」という名前で、2人とも21歳。財閥の私設戦闘員で、部隊の隊長を務める程には優秀だと。戦闘服を見るに、訓練中に呼びだしたのだろうか?

 柊は、蒼啓たちの事情を知らない2人に、蒼啓たちと話を交えながら説明を始める。

「遠征……北に行くのは初めてだな……」

 説明を聞いた夢名は訝しげに呟く。そしてその様子を小馬鹿にしたように睨め付ける政。

「ハッ、ビビってるお前なんかにゃ務まんねえよ」

「なっ!ビビってなんかない!」

 政の嘲弄に、夢名はむきになって反論する。会話で分かる。この2人は仲が悪いらしい。なのに何故2人セットで呼んだのか……。

「なあ俺に指揮権くれよお嬢。ビビってるコイツなんかより俺の方が立派に……」

 政はかなり沙生に対して気安い態度だ。沙生はそういうのを気にするタイプじゃなさそうだが、柊は気にするようで。

「残念ですが」

 案の定、柊はそれを叱責するように政の言葉を遮る。

「今回はあなたたち2人の任務です」

「「……はあ!?」」

 淡々と告げる柊の言葉に、2人は声を揃えて仰天した。

「いやいやコイツと2人なんてありえないし!第一コイツは絶対私の足を引っ張る!私より実力ない奴なんかと組みたくもない!私の隊の中から他の人選ばせて!」

「コイツと遠征なんてありえねえ!俺の行動に合わせられねえ奴とは組めねえし第一コイツは俺より実力で劣る!そんな奴と組んでも邪魔なだけだ!俺の隊の中から選ばせろ!」

「(すごい……理由が全く一緒……)」

 息の合った台詞を同時に喚き散らした夢名と政。もう逆に仲が良いんじゃないかと蒼啓たちは思った。2人はその勢いそのままに、蒼啓たちそっちのけで言い争いを始める。

 その様子を見た柊はため息をつき、お互いに激昂する2人に近づいた。近づいても気づかない2人の横で、柊は構えをとる。

卯月流うづきりゅう……蛇腹じゃばら!」

「!」

 柊が繰り出した蹴りが、2人の間に割り込む。ちょうど向かい合わせになっていた2人の顔の、鼻先を掠める鋭い一撃。

「一旦冷静に。2人とも。何も貴方たちだけで行けと言っているのではありません。ここにいるお嬢様の友人たちを護衛するという任務です」

 空を切り裂いた右足を戻し、改めて丁寧に説明をする柊。

「はあ?護衛?」

「潜入して諜報活動ではないのか」

 説明をまだ聞き終わっていないにも関わらず、夢名と政は口を挟む。

「まあ一部そんなところもある、といったところでしょうか。正確には、北日本にある研究所へ赴き、そこまでこの方々を護衛する、という任務です」

「さっきから護衛、護衛と言ってるが」

と、厳格な柊の態度に怖めず臆せず、逸石が話を遮って話し出した。

「俺たちは研究所を倒しに行くんだ。そのための戦力が欲しいのであって、守ってもらいたいわけじゃない。護衛されるほど弱いつもりもないしな」

 そうすげなく吐き捨てるように言った逸石に対し、ズイがソファから立ち上がり、窘める。

「ちょっと逸石さん!せっかく仲間を増やせるのにその言い方!」

「私も同感だ」

 今度は流が逸石に追随する。

「いやいや、流さんまで……」

「研究所の連中の強さも未知数だ。それに対抗できる実力が無ければ困る」

 財閥直属の私設戦闘員の隊長という肩書きを軽んじるような流の発言に、政が分かりやすく反応する。

「なんだと?」

 政は鶏冠にきたような態度で流の方を睨むが、流が口を開く前に、その横の人物が動いた。

「俺もそう思うな」

「ちょっと、蒼啓まで……」

 逸石、流に続き、蒼啓までもが一連の話に加わる。普段穏健な蒼啓が口を出したことに、ズイは驚くと共に呆れ返った。

 しかし、

「研究所の技術は俺たちの考えの範疇を超えてくる。この世界でどんな研究が行われているかもわからないんだ。護衛だけじゃなくて、戦力として俺たちと一緒に来て欲しい」

 意を決してそう答えた蒼啓に、仲間たちは皆、うんうんと頷いた。止めようとしていたズイも、蒼啓の考えには頷けるようで、もう何も言わなかった。

「……そうでしたか。申し訳ありません。訂正致します。夢名、政。この方々と共に研究所を破壊するのが任務内容です。よろしいですね」

 柊は蒼啓の言葉を聞き、夢名と政に改めて命令し直した。

「「……」」

 2人はやはり、コンビで派遣されることが気にくわないのか、柊の命令の後も、お互いに睨み付け合って返事をしなかった。

「2人とも、これは命令です。仲良しこよししろと言っているわけではありませんが、この任務には協力が欠かせないでしょう。これを機に普通に接せるようになりなさい」

 柊がその炯眼けいがんをもって念を押したことで、やっと2人は

「「……了解」」

と、渋々ながら受け止めたようだった。


「柊……と言ったか」

 作戦会議を終えて、皆解散した直後、廊下を歩く柊に、流が話しかけた。今この場にいるのは2人だけ。廊下の窓から入り込む光が、森厳な雰囲気を際立たせる。

「はい。なんでしょうか」

 流の言葉に柊は振り返り、流と目を合わせた。

「一つ聞きたいことがある。先程の技は、どこで学んだものだ?」

 流は何かを探るように、柊に問いかける。そう。先程夢名と政の喧嘩を止めた時の、あの技。皆は気づかなかったようだが、流にはあることが引っかかった。

「そのようなことを聞いてどうするのですか?」

 質問の意図が分からない柊は、素直に聞き返した。

「いや、ただ引っかかっただけだ。貴方の流派の名が」

 先程の柊の一撃を思い出しながら、低い声で聞いていく。

「はあ。私がお世話になった流派は卯月流花残派はなのこりは……ですが」

 “卯月流”……と言う言葉に、流はピクリと眉を動かした。

「卯月流……そこは格闘の流派なのか?」

「はい。卯月流は2つの流派に分かれておりまして。花残派は体術、清和派せいわはは剣術を極める流派でございます。私は花残派で修行致しました」

と柊は胸に手を当てて答える。

「……」

 流はしばらく考え込んでいた。

「(ではあの人も卯月流の……?いや、あの人は体術だけじゃなかったな……それに……水無月流みなづきりゅうのことも知っていた……“卯月”と“水無月”……)」

「あの、何か?」

「いや、感謝する」

 未だ解していない柊は戸惑ったようだったが、流が謝礼を述べると、気にせず去って行った。

「(私のいた世界でも卯月流は耳にしたことがある……帰ったら調べてみるか)」

 一人で決意を固め、柊と反対方向に向き直り、流も部屋へ戻ったのであった。

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