物見遊山
一つ目の世界線での戦いを終え、二つ目の世界線に飛んだ蒼啓たち。飛ばされた場所、そこは都会のど真ん中で、沙生には覚えがあるという。自分の記憶と勘を頼りに、自分の家へと帰る沙生に、蒼啓たちは付いていく。一行が辿り着いた場所は、都内にある大きな屋敷であった。沙生は家の者に説明をして、蒼啓たちを屋敷の中へ通す。その客間にて聞いた沙生の正体は、日本を代表する財閥の一人娘であった。
「……」
数秒の沈黙、というより絶句が部屋の中に充満する。その後、
「「「「「「「はあああああああ!!!!????」」」」」」」
一同の声が揃った。
「めっちゃスゴイ人じゃん!?金持ちどころじゃないぞ!?」
「財閥……というのは江戸にあったな。確か金融や経済の要だ。沙生の父君はその長ということか」
「それならお屋敷がこんなに大きいのも納得ね」
「ふーん。なんかスゴイ人なんだな」
「なるほどな。金持ちのお嬢様じゃ、戦闘経験も無いか。さぞかしチヤホヤされて育ったんだろ」
「あ、なんか今の悪意ありますよ逸石さん」
「僕たちとは育ちが違うってことだね」
「ああ。こんなとこ、俺たち場違いすぎるだろ」
そう口々に捲し立てる仲間たちの反応に、沙生は気恥ずかしそうな顔をして、
「あんまり意識しなくていいよ。変に気遣われると居心地悪いし……」
そう弁明した。……つもりだったのだろうが、そうは言っても皆は無意識に意識してしまうわけで。
「そうは言ったって意識するよ……こんな豪華な屋敷」
「……」
そう零した蒼啓の言葉に、皆沈黙で同意した。またその皆の反応に、沙生も返す言葉がないようで、同じく口を閉ざした。
「……おい。これからどうすんだ。ここを拠点にして、どうやって研究所の支部を見つける?」
会話が続かなくなったところで、逸石が軌道修正を試みる。
「あ、それは……」
沙生が口を挟もうとするも、
「というかまずこの世界はどんな世界なんだ」
逸石の追撃。しかし説明する口実ができたと、沙生がコホンと咳払いをして話し始める。
「えっと……まずこの世界は……とりあえず、シュウさんのいた前の世界のように、人類や日本が絶滅の危機に瀕している、ということはありません。貧富の差こそあれど、皆平和に暮らしています……」
沙生が右手の人差し指を立てて、前置きから始める。そしてその沙生の“平和”という言葉に、数人がほっと安堵を漏らした。
「ただ……」
しかしその吐いた息も、沙生の次の言葉でまた口内へと戻ることになる。
「今現在、日本国は4つに分かれています」
「「「「「はっ?」」」」」
立てていた人差し指に、親指以外の三本の指を加え、“4”の手を前に突き出す沙生に、蒼啓、夜行、疾風、石華、逸石の5人は疑念を口にした。その他の仲間……ズイと行雲はきょとんとして、流は顔色一つ変えずに聞いている。
「北日本、東日本、西日本、南日本の4つです。それぞれの背後に強国がいて、植民地とは言わずとも、間接統治のような形で、各国、背後の強国と連携を取っています。ちなみに今いるここは東日本です」
沙生は突き出した4本の指を順に指折り数えて言った。
「なんでそんなことに?」
自分のいた世界からは考えられない事実に、蒼啓は思わず口を挟む。
「私が学校で習ったのは、太平洋戦争の終戦後に、戦勝国の間でゴタゴタがあって、日本国は分断されたって……もう何百年も前だから、私みたいな若い人にとっては史実でしか確認できません。生まれた時からこうだから、何も違和感はない……まあ、別の世界線に飛ばされて、シュウさんと話して、それが間違いだって気づいたんですけど……」
どうやら沙生は、自分が特殊な世界にいたことに、シュウと出会うまで気づかなかったらしい。ここにいる多くの仲間の元の世界と比べても、日本が分断されている世界など珍しい。流は何か心当たりがあるような顔をしているが、流のいた世界線は今戦国時代だから、日本が分断されたこの世界と似ているといえば似ているのだろう。
これまで静かに聞き入っていたその流が、今度は口を開いた。
「現在の日の本は4つの国に分かれていると言っていたな。……研究所の支部がこの東日本にあれば良いが、そうでなかった場合、国同士は簡単に行き来できるのか?関所などは……」
流は尤もな疑問を投げかける。流のいた世界ではどうやら、日本国内でも国境に関所があるようだ。
「国の境には入国審査局があって、そこを通らないと入国はできないんです。裏のルートもあるけど、そっちはプロじゃないと通れないかな」
最後の一文は半ば独り言のように呟いた沙生だったが、それに食いついたのはズイ。
「プロって?」
“裏のルート”というちょっとかっこいい響きにつられて、ズイは首を突っ込もうとする。
「諜報員とか……政治的な権力者とか……あとは……危険だけど、犯罪組織とか」
だんだんと尻すぼみになっていく沙生の言葉に、皆納得した。
「なるほど。でも俺たち、言っちゃえば戸籍とかないわけだし……審査通る可能性は限りなく低いっつーか、無理よな」
蒼啓の鋭い指摘に、沙生は「あ」と声を零す。
「そっか。そこから用意しなきゃか」
零れた声に続いた沙生の言葉は、周りの人間には微かにしか聞き取れず、誰の気にも止まることはなかった。
「でも、そもそも、どうやって研究所の支部を見つけ出すの?」
そしてその代わりに、石華が根本的な問題を突きつける。一同が「うーん」と首を捻る横で、沙生はキリッと目を据えて話し出す。
「さっき、うちの財閥の私設調査員たちに連絡してほしい、って柊に言っておきました。うちの情報網を使えば、研究所の支部が日本のどこにあっても、見つかると思う」
その爆弾発言に一同はぎょっとする。……中で、行雲は首を傾げて、90度真横に倒した顔の上に?を浮かべて、
「シセツチョウサインって?」
生きてきた中で聞いたことがなかったのか、片言になりつつ沙生に尋ねた。
「うちの財閥が、国内外の経済や企業を調査するために独自に派遣してる、スパイみたいなものかな。東日本国内だけじゃなくて、他の三国にも派遣してるから、怪しい研究所があればすぐに見つかると思う」
沙生の口から続々と出てくるスケール違いの発言に、一同は驚き慣れない。
「すげえ!そんなのあんの!?」
「確かに、一国を代表する財閥の情報網なら、信用できそうだな」
「じゃあ、それが見つかるまでは、ここで待機ってこと?」
純粋に驚きの声を上げる蒼啓に、冷静に事を分析する逸石、そして無意識に分かりやすくまとめる夜行。
「しばらくはそうなりますかね。でも、ここにいても暇だろうから、外出てもいいですよ。……私は、明日から学校行きます。学校の皆、心配してるだろうから」
当面の方針を示したところで、沙生が発した何気ない言葉に、蒼啓が反応する。
「え?学校?今春休みじゃ……」
蒼啓が前の世界線へ飛ばされたのは3月の中旬。そこからは、通常であれば在校生は春休みが始まる。沙生は14歳だから、まだ学生のはず。というか今学校に行くと言ったから学生であるのは確定事項だ。ならば恐らく4月初旬であろう現在、学生は春休み中ではないのか?というのが蒼啓の想定だった。
しかし、発言の直後、蒼啓は自らの失言に気づく。そうだ。自分のいた世界の常識で考えたらダメだ、と。蒼啓の世界線の教育制度が、沙生の世界線でも通じるとは限らない。もっと考えてから発言すべきだったと、蒼啓は頭に手を当てて反省した。
しかし、蒼啓の反応も無理はない。自分の世界の常識というものは、長く生きれば生きる程、身体と脳裏に染みついて離れないものだ。一度それをインプットしてしまえば、それに沿わない別の事柄を理解するのは難しい。ましてや世界線ごとに常識の異なる蒼啓たちの置かれている現状では、余程頭が柔軟でないと、蒼啓のようになるのも必然であろう。
「やっちまった……」とばかりに下を向く蒼啓の心情を理解したのか、沙生は柔らかく説明してくれた。
「東日本では学校は9月始まりなの。あ、でも確か西日本は4月始まりだから、もしかしたら蒼啓の世界と一緒かな?」
自分の失態を誤魔化すように、蒼啓は沙生の言葉に乗っかった。
「あーそう言えば、欧米とかは9月始まりだったな。俺のいた世界でも」
「東日本は欧米がバックについてるから、文化もそっち寄りなの。9月だと留学とかがスムーズなんだって」
「ふーん。欧米の影響が濃いってわけか」
すると、話が終わったと思ったのか、逸石がまた割って入る。
「とりあえず、しばらくはここを拠点に自由にしてていいんだな?」
逸石の言葉に、沙生は「はい、大丈夫です」と言い、まとめに入ろうとしたのだが、
「じゃあ、世話になる……ついでに、この国に銃の整備ができる店はあるか?もう弾が少なくなってきたから、補充したいんだが。まあ型があるかは賭けだが」
と逸石が唐突に別の話題を振った。
逸石はどうやら、先の戦いでかなり銃と弾を消耗したらしく、沙生にそう急かすように尋ねた。銃を持っているのに、使えない状態でいるのは逸石としても落ち着かないようで、その時も、今にも銃を分解して整備を始めそうな勢いだった。
その逸石の気持ちを汲んだのか、沙生はぽんと手を叩いて、あることを提案した。
「そっか。逸石さん、武器銃ですもんね。それならうちの私設戦闘員たちのところに武器庫がありますから、そこで揃えたらいいですよ」
またしても財閥の権力を目の当たりにした一同は、またたじろいだ。八方財閥のスケールを侮っていた。私設調査員だけでなく戦闘員もいるのか……と改めて国家並のスケールを持つ八方財閥の力を感じ、図らずも脱力する。
「いいのか?財閥の私設戦闘員のところ使っても」
逸石は珍しく、申し訳なさそうに言った。
しかし沙生はそんなこと気にしてもいないように、笑顔で答える。
「私から頼みます。それに、そこらの店より武器揃ってますから」
「そうか。なら遠慮なく使わせてもらおう……恩に着る」
逸石は若干照れながら?ゴニョゴニョと礼を言った。
のだが、
「というか逸石さん、この世界の金持ってないっしょ」
というズイの空気を読まない指摘により、すぐに真顔に戻る。
「……」
「そういえば、この世界の通貨って何だ?沙生さっきドル札もってたよね?」
「うん、東日本はドルだよ」
東日本は“ドル”らしい。他の国は違うのか……?
「……なら無理か。いや、換金すればあるいは……」
逸石が思いついたように呟くが、
「円でもデザインが違えば偽札扱いですよ」
という石華の指摘に我に返り、また「無理か……」と諦めたように呟く。
「なにか必要なものあるならお金渡しますから……」
沙生のフォローによってこの会話は終わった。
「とりあえず皆さん、服ボロボロでしょうし、部屋と一緒に、着替え用意しますね。あとご飯と、お風呂も!」
そう言って沙生は、いつ呼んだのか、「失礼致します」と言って客間に入ってきた、先程打ち泣いていた四月朔日と共に、男女一人一人それぞれ服のサイズを聞いて回った。
そして、部屋が用意できたと呼びに来たまた別の執事に従い、それぞれ解散したのであった。
用意された部屋は思っていたよりも、品のある良い意味で質素な、だけど綺麗に整えられた部屋だった。
と言っても、この八方家の屋敷自体、そこまで装飾ゴテゴテのいかにも金持ちのお屋敷という感じは、通ってきたロビーや廊下、客間からもしなかったのだけれど。財閥のお屋敷と言うからには、もっとなんかこう……金色の額縁に入った絵画とか、高そうな彫刻とか壺とかで飾り立てられた目に眩しい空間だろうと思っていたが、八方家はそうでもなく……むしろ上品さと高級感はあるものの、どこかリラックスできるような目に優しい色合いだった。ピカピカに磨かれつつも年期を感じる焦茶の柱にフローリング、その上に敷かれた紫檀色のカーペット。廊下も室内もこんな感じで、壁は綺麗な白。これもバッチリ磨かれて透明感を感じる程。シンプルで洗練された空間だからこそ、そこに加わる装飾や家具の格式高さが目立つというか。
そんなわけで蒼啓は最初、部屋に入った瞬間に、高級感のあるビジネスホテルみたいだな、と思った。清潔感を感じる白いベッドは、正直疲れているし、今にでも飛び込みたい気分だったが、そんな無作法なことはさせない、と言わんばかりの部屋の雰囲気に、ぐっと堪えてゆっくり腰を下ろした。
「ふうー」
この世界に来てから初めて一人になって、安堵と疲れがどっと出た。ベッドに腰を下ろしたら、張り詰めていた(という程でもないが)少しの感情がサアッと溶ける気がして、そのまま背中からベッドに倒れ込んだ。
「沙生んち……すげえな」
ぼそっと呟くと、急激に我に返ってきた。
そうだよな?こんな状況、おかしいよな?沙生の態度とか仕草からはいいとこのお嬢様的な雰囲気あったけど、まさかここまでのお嬢様だとは思わなかった……執事とか使用人もいっぱいいるみたいだし、それに命令する沙生自身の影響力も計り知れないし……。そもそも東日本一の財閥っていうのがヤバイ。なんだよ国一番の財閥って。スケールでかすぎだろ。……でもこんなお嬢様なら、沙生は別の世界線に飛ばされた時、すごく不安だっただろうな……頼るものなくて、シュウさんが助けてくれたのもほっとしたんだろうな……。それはそうとこれってかなりチャンスなんじゃないか?沙生が財閥の情報網使って研究所調べてくれるって言ってるし、研究所の場所さえ分かればかなり労力省けるな。正直日本全国どこにあるか分からない研究所を虱潰しに調べるのは骨が折れるし。沙生が仲間で良かった。でもただここに置いて貰うのも気が引けるし、何か役に立てることしないとな……。
蒼啓が一人で頭をグルグルさせていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「ハイッ」
完全に虚を突かれたので、反射的に起き上がり、小走りでドアに向かい、ドアを開けると、
「蒼啓様、お食事の準備ができました」
と、柊とは違う、別の女性執事が夕飯を呼びに来たらしい。
「あ、やった!行きます!」
そう言った途端に、また腹の虫が鳴く。恥ずかしさに少し俯くと、「こちらです」と、女性執事は気を遣って、笑わずにいてくれた。
夕飯は実に美味だった……。
なんていうの?最高級フレンチみたいな感じではないけど、高級感のある家庭料理みたいな……ともかく庶民派の舌にも合う料理だった。丁度この屋敷みたいに、ある程度の品格を保ったお店の料理、みたいな……高級料理とかって少ない量をちまちま食べるから、すぐに満腹感を得たい人には向かないんじゃないかとか思ってたけど、そこは沙生が計らってくれたようで。希望者は大盛りにしてくれた。
初めて食べるメニューばかりだったけど、兎も角お腹いっぱいになれて良かった、と蒼啓は部屋に戻ってきた。すると部屋のベッドの上に寝間着らしき服と、明日用の新しい服があった。もちろん下着も。
そういえばさっき沙生にお風呂は9時から入れると言われたな……とふと思い出して、時計を見る。時計の針は9時23分を指していた。お、入れるじゃん、それなら遠慮なく……と蒼啓は下着と寝間着、タオルを持って部屋を出た。
風呂は、どこかの温泉かと見紛うばかりの広さを持つ大浴場だった。というのも、ここは使用人たちの使う風呂らしい。
沙生や沙生の父は自分の部屋に風呂が付いているために滅多に大浴場は使わないらしい。しかし蒼啓たちの部屋には風呂は付いていないので、大浴場を借りることになった。
柊たち執事や、他の使用人はいつもこの時間以後に風呂に入るらしい。そのため、客人である蒼啓たちと一緒に入るわけにはいかないと、使用人たちのスケジュールをずらそうとしたらしいが、それは蒼啓たちが止めた。流石に飯と風呂、寝床に服まで借りているのに、これ以上配慮してもらうのは申し訳ない。一応沙生の恩人として、客人として、屋敷に置いて貰うことになったが、そこまでしてもらう程偉いつもりはないし、むしろ部外者の自分たちが、この屋敷の人たちの日常を狂わせてしまうのは気が引ける。
蒼啓以外の皆もそう思ったようで、使用人たちと一緒の時間に入ることを皆で決めた。柊も渋々といった感じだったが、了承してくれた。
そんな訳で、蒼啓は今、大浴場の大きな湯船に浸かっている。今は幸い誰もいない。こんな広い風呂に浸かったのは何年ぶりか。いつだったか、まだスクールに入学する前に行った家族旅行の温泉宿が脳裏に映り、感慨に耽る。温泉で泳いで注意されたなあ……としみじみ思い出しているとなんだか涙腺に来た。現在の自分がとんでもない状況だからか、家族と平和に暮らしていたあの頃との落差になんだか哀しくなってくる……はずなのに、湯に浸かることで得られる充足は同じで。形容し難い感情がモゴモゴと心で暴れている。
そんなことを考えて、気を紛らわすために泳ごうか、いやでも人様の家の風呂で泳ぐのは行儀が悪いどころじゃない、やめよう、と自問自答していると、ピチャ、と水滴を足で踏む音が背後から聞こえた。
「?」
誰か来たのかと思って振り返るとそこには黒髪の美青年がいた。
「あ、えっと確か、四月朔日さん?」
そう。先程、沙生の帰還に大いに感泣していた執事の四月朔日さんだ。あのインパクトはどう考えても忘れられない。
風呂場に入ってきた四月朔日さんは、やっぱり顔だけ見れば、線の細い儚げ美青年という感じなのに、残念な部分を真っ先に見てしまったからか、どうにもその印象が拭えない。
「あーえっと、蒼啓、様でしたっけ?」
四月朔日は少し敬語が抜けた感じで、話しかけてきた。
柊さんにいいと言われた手前、いつも通りに風呂に入りに来たのだろうが、そりゃいきなり知らん人、しかも客人とされている人と全裸で鉢合わせたら気まずいよな……もう仕事オフモードだったっぽいし……と蒼啓はすぐに四月朔日の心情を察して、
「あ、お気になさらず……」
と遠慮がちにそう言った。本来ならこっちが遠慮しなければならない立場なのだから、一応言っておかないと、と思った蒼啓は、続けて四月朔日に返答する。
「すみません。こんな立派なお風呂借りちゃって……しかも使用人さんたちの使うとこで……」
「いやいや!お客様にこんなとこ使わせてこちらこそすみません!」
「いやでも使用人さんたちの一息つける場所でしょうお風呂は!借りちゃってホントすみません!しかも俺客人の体だし」
「あ、やっぱそうですよね!俺後にします!ごゆっくり!」
「いやいやいや!待って!申し訳ないですから!」
蒼啓の謝罪と四月朔日の謝罪とが入り乱れ、このまま謝罪のキャッチボールになるかと思いきや、四月朔日が風呂を出て行こうとしたため、蒼啓は慌てて四月朔日のタオルを引っ張って止めた。
その後なんとか説得して、一緒に風呂に浸かった。風呂に浸かりながら、なんとなく話をしたが、流石に忙しい使用人の束の間の休息を奪うわけにはいかないし、俺年下だし、と思って、そんなに畏まらないで良いですよと蒼啓は言った。すると四月朔日は意外とすぐにそれを受け入れ、敬語は取れないにしろ、少し砕けた話し方になった。
「柊さんから蒼啓くんたちの事情聞いたんですけど、あの話ってマジなんですか?」
四月朔日は、しばらく話してから、核心に迫る質問をしてきた。
どうやら四月朔日は、こんな儚げ深窓の坊ちゃん(執事なので坊ちゃんではないが)みたいな顔して、割と俗っぽいらしい。会話の端々からは、普通の若者という雰囲気が出ているし。仕事モードとオフが結構違う人だな、と蒼啓は思った。……まあ最初に随喜の涙を流していたのは素なのだろうけど。
「マジですよ。俺もこことは違う世界線から来ました」
四月朔日の言う“あの話”とは、世界線移動の話だろうと予想した蒼啓はすんなりと答える。
「他の世界線って、どんなですか?」
興味ありげに蒼啓の顔を覗き込む四月朔日の様子に、やっぱミーハーっぽいな、と蒼啓は改めて感じる。まあ自分も人のこと言えないけど。
「俺がいた世界は……ここみたいに、日本が4つに分かれてないですよ。北海道から沖縄まで、全部まとめて日本です」
「へえー!」
「あと……沙生が東日本はアメリカとかに支えられてるって言ってましたけど、それも同じですね。ただし俺の世界では日本全土、ですけど。何百年前に沖縄が占領下にあったのもそうですし、あとは……横須賀とかに米軍基地があったり」
「そこは東日本と同じなんですね」
四月朔日はふむふむと相槌を打って、蒼啓の話に耳を傾けている。
「でもそこまで文化は欧米に近くないというか……俺の行ってたスクール……学校も、4月始まりですし。沙生の学校は9月始まりなんですよね?」
「あーそうですね。こっちは明治時代には9月始まりで、そこから日本独自に4月始まりになって、でも結局戦争後に9月始まりに戻ったんですよね。確か」
「沙生の学校も校舎とかカリキュラムとか、アメリカ寄りなんですか?」
ここで蒼啓はふいに思った疑問を聞いてみる。蒼啓の通っていたスクールも、ある程度グローバルに対応していたが、沙生の学校はどうだろう?もっとアメリカ現地に近い教育方針なのかな?と思い、比較してみたくなった。
「うーん。女子校なんで俺は入れないし、よく知らないですけど、意外と日本の良いとこも残してる感じですよ」
「え、女子校って、女子しかいないって言うことですか!?」
“ジョシコウ”という馴染みのない言葉を、予測から“女子校”とすぐさま変換して驚く蒼啓。
「そうですよ。生徒も先生も用務員も、全員女性で、男子禁制です」
驚く程徹底したこの世界の教育方針に、蒼啓はあんぐりとした。え、女子しかいない学校なんて存在するの?しかも沙生の側付きの四月朔日さんですら入れないなんて。どんな厳重警備だよ、一体どんなところなんだ……あれ、じゃあもしかして……
「女子校があるなら、男子校もあるんですか?」
と蒼啓が尋ねると、
「ありますねー。俺通ってました。男だらけでむさ苦しいとこですよ」
返ってきた答えに、蒼啓は呆れ返ってしまった。男だけなんて、普段のノリは過ごしやすそうではあるが、異性との交流がないなんてつまらなさそうだ。
「俺のいた世界では、男女平等が叫ばれてから随分経っていて……教育機関のスクールは完全に男女平等なんですよ。風呂とかトイレとか最低限の配慮はありますけど。男女各限定の学校なんて聞いたことないです」
スクールは、その通り、毎年入学者数に多少の違いはあるものの、男女ほぼ同じくらいの人数が一緒の空間で生活、学習している。それは蒼啓のいたスクールだけでなく、全都道府県のスクール全てがそうだ。それこそ、男女平等の完成形だろうと、蒼啓は思っていた。
「こっちでも、女子校だけあったら男女差別ですけど、男子校も同じようにあるんで。それも一応男女平等と言えるんじゃないですかね」
四月朔日の言葉も一理あると思ったが、やはり自分の常識にないものは驚いてしまうし、違和感を持ってしまう。
「欧米寄りなのに、男女別々に囲うんですね……」
「日本の良いとこも、少しは残ってるってことです」
そこまで話して、そろそろのぼせそうだと二人は風呂を出た。
次の日、沙生は宣言通り、朝早く学校へ行った。
蒼啓たちはというと、四月朔日が都内を案内してくれるとのことで。希望者を募った結果、蒼啓、ズイ、行雲が行くことになった。
逸石は昨日言っていたように、沙生に紹介してもらった私設戦闘員に、訓練場や武器庫を案内してもらうらしい。そこで銃の整備をするとか。疾風と流も、部屋で自前の武器のメンテナンスをすると言う。石華は足が痛んできたから部屋で休むと言っていたっけ。二の腕に怪我をしていた夜行も、沙生の計らいで医者にかかることができると言っていた。
蒼啓も正直、戦いの後で歩き回って疲れているが、昨晩は10時間ぐらい寝たので、これ以上寝る気は無い。しかし屋敷にいても暇だし、折角昨日仲良くなった四月朔日さんが誘ってくれたんだし、と。体力の有り余るズイと行雲も付いてきたが。
玄関から出て、黒塗りの大きな高級リムジンを見たズイと行雲は、テンションが上がった。しかし2人は高級リムジンに興奮したのではなく、車に乗れるということに感動したらしい。ジャングル育ちの行雲は勿論車など見たこともないし、ズイは金持ちが住む陸地でしか見たことがないらしく、昨日この世界を歩いていた時も、2人は車を珍しそうに見ていた。それに乗れるとあっては、わくわくが勝つようだ。
一方蒼啓は蒼啓で、真っ当に高級リムジンに恐れ戦いていた。え……これ、乗るの?と言わんばかりに口をパクパク動かしながら呆然とした。四月朔日さんに「さあ、どうぞどうぞ」と促され、車の中に入ったが、座席はフカフカのツヤツヤ、車内も足を伸ばせる程広く、目に優しいライトや冷蔵庫まで完備されている。車内の光景に、すっごい場違い感……と蒼啓が萎縮する横で、他の二人はわいわい言いながら車内のあちこちを触り、眺めている。そんな二人の様子を見て蒼啓はハラハラしたが、最後に乗ってきた四月朔日が「大丈夫ですよ」とアイコンタクトしてきた。
車を走らせ、中心地へ向かう。と言っても四月朔日は運転手ではない。運転手は50代くらいのダンディなおじさんだった。四月朔日は蒼啓の隣に座り、3人の話し相手になってくれるようだ。
屋敷の敷地を出るために1㎞ほど走ると、蒼啓のいた世界でも見たような都心の景色が見えてきた。車は入り組んだ東京の街をすいすいと進み、その度に通った場所の説明を、四月朔日がしてくれる。
「次は千代田区永田町。国の政治の中心地ですね。あれは国会が行われる国会議事堂です」
「国の政治?偉い人たちの集まるところか!?」
「すげー変な形の建物!どうやって作ったんだ!?」
ズイと行雲は、昨日見た沙生の屋敷とも違う、見たことのない形の大きな建物に、有頂天になっている。
「俺の知ってる国会議事堂と似てますね」
「えっ?マジですか!?」
蒼啓の零した言葉に四月朔日が素っ頓狂な声を上げた。
「似てるってか、同じ……かな?」
蒼啓がそう付け加えると、四月朔日は勿論、ズイと行雲も魂消たようで、口を噤んだ。
「永田町にあるってのも同じだし、外観もほぼ同じ。中は……あっちが衆議院、反対が参議院。ですよね?」
蒼啓が自分の世界線で、小さい頃社会科見学に行ったことを思い出しながら、四月朔日に聞いてみる。
「え、当たりです。蒼啓様の世界にも、同じものがあるなんて……どういうことなんですかね」
四月朔日は戸惑いつつも、そう答え合わせをしてくれた。
「じゃあ蒼啓の世界線と沙生たちの世界線は、似てるってことか?」
行雲が真っ当な疑問を投げかける。ズイも同じ気持ちのようで、コクコクと頷いている。
「今走ってきた感じ、街並みは確かに似てるんだよなあ……」
蒼啓の言う通り、確かに蒼啓の世界線とこの沙生の世界線は、至る所が似ていた。東京都心は区画整理され、○○区と名が付けられているのも、永田町に国会議事堂があるのも、“○○線”という電車の路線が入り乱れているのも。
でも、それでも、蒼啓が自分のいた世界とは違うと言い切れるのは、現在の国の状況。蒼啓のいた世界線では日本は百年以上前の太平洋戦争後、連合国の組織、GHQにより統治され、民主化され……。紆余曲折あったものの、今では北海道から沖縄まで、完全に日本の領土だ。4カ国に分裂しているなんてことには、なっていないし、蒼啓の知る歴史の中でも聞いたことがない。
そうだ歴史と言えば……と、蒼啓はふと考えついたことを四月朔日に聞いてみる。
「この世界の歴史では……戦後処理で“財閥解体”とか、無かったんですか?」
その言葉に、四月朔日は「ああー」と何か思い出したように呟いた。
「えーと確か、戦前までは結構あったんですよね、財閥。三井とか住友とか三菱とか。でも蒼啓くんの言う通り、確かに一度は解体されましたよ。でも、21世紀にまた法律とか変わった……んだったかな?新興財閥ってのができて。八方財閥もその頃に台頭してきた新興財閥だったはずです」
四月朔日はあまり歴史に詳しくないらしく、自信なさげにそう解説した。だが自分の仕える家の歴史を知っていないというのはまずくないか。それでいいのか四月朔日。
ズイと行雲は難しい話がよく分からないようで、「ザイバツカイタイ……」、「シンコウザイバツ……?」と唱えて、2人して目を回している。そのうちプシューと頭から湯気を出した。こんがらがってショートしたようだ。
「ははあ……成程。歴史も違うとなれば、どうやら俺の世界とここは、ただ似ているだけみたいですね」
蒼啓は感心したように息を吐き、自分の中でそう結論づけた。四月朔日も、これ以上深入りする程興味は無いようで、そこでこの話題は終わった。
その後はズイや行雲が気になった店で昼食を食べたり、車を降りて少しだけ歩いてみたりと、観光気分で満喫した。……全部四月朔日さんがお金出してくれたけど。どうしようもないことだけど本当に申し訳ない……蒼啓はギリリと歯を食いしばってその罪悪感を背負った。
そうしてもうそろそろ夕方、という時間帯になり、「帰りましょうか」と四月朔日が号令を掛けた時、車内の窓から見知った顔が見えた。
「あ、あれ、沙生じゃね?」
それにいち早く気づいたのはズイ。ズイの声に反応して、蒼啓と行雲と四月朔日も窓の外を見た。一応窓は、中からは外が見え、外からは中が見えないようになっている。
「おーい!沙生―!」
と呼ぶ前に、運転手のおじさんが気を利かせて窓を開けてくれた。その御陰でズイの声は通り、歩道をしゃなりしゃなりと歩く沙生の元へ届いたようだ。
沙生は降って湧いた自分を呼ぶ声に、キョロキョロと少し辺りを見回したがすぐに此方に気づいて、走り寄ってきた。
「蒼啓、ズイ、行雲さん。どうしてここに?」
沙生は蒼啓たちが出掛ける旨を知らなかったようで、学校帰りという日常に突如現れた仲間の姿に一驚する。
「四月朔日さんがこの辺案内してくれたんだー」
窓に手を掛け、ズイが楽しそうに話す。
「え?四月朔日が?」
沙生が意外そうに呟くと、四月朔日はいつの間にやらドアを開けて外に出ていたようで、沙生にぺこりとお辞儀をした。沙生は四月朔日をちらっと見て、片手を控えめに上げて制す。
「四月朔日がその都度説明してくれて!!面白かったぜ!!」
ズイが顔を出した窓より一つ後ろの窓から、行雲が首を出して言った。しかし、
「四月朔日休日なのに案内してあげたの?」
沙生の言葉に蒼啓・ズイ・行雲は「え」と同時に声が出た。
「私としても皆さんとお話したかったので。それに、皆さんこの世界に早く慣れた方がよろしいかと思い」
四月朔日は即座にそう返した。流石は仕事モード。仕えている主人の前では、先程の、蒼啓たちと話していた時の話し方よりも一段階畏まっている。客人である蒼啓たちにも同じように接しないと執事としては失格かもしれないが、昨日蒼啓が遠慮したからいいのだ。
それよりも……
「休日だったんですか!?言ってくださいよ!!悪いじゃないですか!!」
蒼啓がニッコリ笑う四月朔日に詰め寄る。
「いえいえ本当に、私が望んでやったことですから。楽しんで頂けたようで、良かったです」
四月朔日の笑顔は崩れず、沙生の前だからか、蒼啓に対しても仕事モードだ。
「珍しいね。四月朔日がそんなことするなんて。何かあった?」
蒼啓たちよりもずっと四月朔日との付き合いの長い沙生は、何か含みのある言葉で、悪戯っぽく笑った。
「……」
その沙生の様子を、四月朔日はじっと見つめて、
「……お嬢様の方こそ、何かあったようですが?以前はそのようなお顔、しませんでしたからね。それに私たちに対しても敬語でしたし」
質問を返すように、真剣な顔で四月朔日は言う。
そう言えば沙生は学校の友達にも敬語だって言ってたな……と蒼啓は沙生との会話を思い出した。お嬢様なのに使用人に対して敬語だったのか……元々は。
「……いろいろあったんだよ」
四月朔日の質問に答えることなく、控えめに呟く沙生。どうやら話したくないようだ。もしかしたら蒼啓と話してたことかもしれない。そう思った蒼啓は、話を逸らすことにした。
「ところで沙生は学校終わったの?帰る途中?」
ズイの窓の隣、一つ前の窓を開けて貰い、蒼啓はそこから顔を出して沙生に話しかける。リムジンの3つの窓、前から蒼啓、ズイ、行雲と、縦列でそれぞれが顔を出す異様な光景だが、沙生は何も意に介さず、むしろ話題を変えてくれた蒼啓に「ありがとう」と目を合わせた。
「うん。帰りの途中……なんだけど……あれ?」
沙生は何かに気づいたようで、辺りを見渡す。
と同時に、
「さ~お~!待ってよ~」
間延びした、でも比較的大きな通る声が、歩道の奥から聞こえた。
声の主を探すと、背の高い女子高生が此方に向かって走ってくる。沙生の友達……だろうけど、沙生とは制服違うっぽいから、別の高校の子かな?と蒼啓は推測する。
「あ、白ちゃん、ごめんね」
白と呼ばれた女子高生は、沙生の隣まで追いつくと、腰に両手を添えて頬を膨らませる。
「も~先行かないでよ。ここの信号長いんだからさ~」
どうやら白は横断歩道に足止めされていたようだ。沙生が蒼啓たちに気づいて先に渡ってしまったから、白は置いて行かれたらしい。
「ごめんなさい。白ちゃん」
「まあい~よ!」
カラッとした笑顔ですぐに沙生を許した白は、目元のパッチリしたスクールメイクに、茶髪と金髪のメッシュでカールの掛かったロングヘアーで、耳にはピアスをしていた。話し方と言い、格好と言い、なんだか定期的に流行る“ギャル”の典型みたいな人だなと、蒼啓は感じた。
「あ~四月朔日さんだ。おひさ~」
白は人好きのする顔で四月朔日に微笑みかける。
「白様。お久し振りでございます」
四月朔日も、沙生の友達に対してだからか、仕事モードを崩さない。
「なんでここにいるの~?沙生のお迎えじゃないよね?連絡したし」
白は四月朔日に聞いているのか、沙生に聞いているのか分からない塩梅で、2人の顔を交互に見ながら言った。その様子はなんだが緩やかで、白のつかめない感じがひしひしと伝わってくるようだった。
「お嬢様の客人をもてなしていたのです」
白に対抗するように、ニッコリと此方も人好きそうな笑顔を浮かべて(多分営業スマイル)、四月朔日は蒼啓たちの方へ目を遣った。
「沙生の、お客さん?」
そう言って白は初めて、リムジンの窓から顔を出す蒼啓たち3人に目を向けた。蜂蜜色の瞳が、3人の目を覗いた。
途端に
「エー!!!!???沙生のお客さんってどういうことよーーー!!!こんな男の子3人も!!!!!????今までのパーティでも見たことないよ!!!???アタシの知らない子っ!!!!誰なのよーーーー!!!!!」
歓喜と驚愕と困惑と不信とそしてちょっぴりの嫉妬がこんがらがった声で叫んだ白は、沙生に後ろから抱きつき、そのまま沙生を羽交い締めで宙ぶらりんにして猛スピードでグルグルとその場で回転した。工事用ドリルか?というくらいには回転していたし、何気に軸のブレない白はすごい。
蒼啓とズイは突如目の前で行われる竜巻にぽかんと口を半開きにした。行雲はというと、目を輝かせながら沙生と白を見ている。四月朔日は「やれやれ」と言った様子で肩を竦めた。これは沙生と白の日常茶飯事のようで、呆気にとられて動けない蒼啓とズイも含め、誰も止めようとしなかった。
「白ちゃん落ち着いてよー!」
沙生も沙生で、焦ることもなく、むしろ喋る余裕があるのか。白ハリケーンの中から声が聞こえる。
……しばらくして感情が収まったのか、白は沙生を下ろした。
「で、ホントのとこ、どうなの?沙生。風邪で寝込んでる間に知り合ったなんてことないよね~?」
それまで荒ぶっていた態度は何処へやら。白はぷんすこ怒った様子で沙生に詰め寄った。
沙生は多分、学校を休んでいた時の理由を、風邪で寝込んでいたことにしたのだろう。でもその理由だと、確かに病み上がり直後に家の者に見たことない客を預けているのは確かにおかしいだろう。いつ知り合ったんだってことになるし。でも沙生みたいなお嬢様の交友関係まで白さんは把握してるって言うのか……?余程仲良しなのか??と勘ぐりながら、蒼啓は言い訳を探す。
「え、えーと」
沙生も困っている。風邪と言った手前、蒼啓たちの存在を誤魔化す上手い方法を考えつかない。そもそもこんなところで蒼啓たちに会うのは沙生としても想定外だっただろうし、ましてやそこを友達に見られるなんてことは。
「あ、あとで、……教える」
沙生は眉を八の字にして困った顔でそう答えた。
「ふ~ん。分かったよう」
沙生の言葉を聞いて、何故か白は引き下がる。が、
「でも、自己紹介はしなきゃね!3人とも、アタシは千石白って言いま~す。沙生とは幼馴染だよ」
と、蒼啓たちにゆる~く自己紹介する白は、やはりつかめない。しかしこれ以上は探ってこない雰囲気だったため、蒼啓たちも続いて自己紹介した。
「俺は蒼啓。沙生とは同い年で、友達だよ」
「おれはズイ!おれも沙生の友達!」
「俺は行雲ってんだ。沙生は大事な仲間だぜ!」
白は最後の、行雲が発した“仲間”という言い方に少し「ん?」となったが、もう沙生から説明されるまでは何も言わないと決めたのか、「よろしく~」と流した。
「千石さんは、」
「白でいいよ~」
「……白さんは、沙生と待ち合わせしてたの?学校違うよね?」
「え?同じだよ~同じガッコ!」
白の返答に「そうなの?」となる蒼啓。蒼啓はてっきり制服が違うから、違う学校で、放課後に待ち合わせして遊ぶんだと推測していたが、どうやら違うらしい。
沙生の制服は、ビショップ・スリーブの長袖で、センターにフリルの着いた白ブラウスに、赤いリボンタイ、無地のグレーのスカートは膝丈で、プリーツは入っているが少しタイト気味。白のアンクルソックスに黒ローファーという、育ちの良さの滲み出る、THEお嬢様学校の制服。
それに対して白は、シャツの袖を捲り、その上にアイボリーホワイトのニットベスト、大きな赤いリボン。スカートは沙生と同じグレーだが、丈はかなり折っているのか、膝上どころではない。マイクロミニに近い。足下は何度も復刻流行している白のルーズソックスに黒ローファー、背負ったスクールバックに大量のキーホルダーの、典型的ギャルファッション。
言われてみれば、所々同じアイテムを使っているような……?
「アタシたちの学校はね~国立なんだけど、校則ゆるめでさ~。特に制服はカスタマイズ結構あって。皆好きなの選んでおしゃれするんだ~」
蒼啓の憶測を読んだように、白は制服のことを話してくれた。読まれた蒼啓は自分の短慮に少し恥ずかしくなって、「そうなんだ」しか言えなかった。
「ちなみにアタシは沙生とは學年違うけど、いっしょの部活だよ~」
「えっ」
ヤバ、じゃあ年上じゃん。タメ口利いちゃったよ……と蒼啓が謝ろうとすると、その前に白が、
「ヤバ!もう4時半過ぎてるじゃん~」
とポケットから出した端末を見て、焦った様子。
「どっか行くのか?」
謝る機会を逃した蒼啓ではなく、行雲が口を挟む。
「今日は久々の沙生とのデートなのに~!!時間なくなっちゃうじゃん~」
と言って沙生の手を取り、歩き出す。
「じゃあね~みんな~沙生借りてくね~」
そう言って此方を振り返り、笑顔を向ける白。手を引かれ歩いている沙生も振り返り、
「ごめんなさい皆!お夕食までには帰るから!」
と言って、2人は目抜き通りの雑踏に紛れていった。
その光景を3人は手を振って見送り、四月朔日も小さく「行ってらっしゃいませ」とお辞儀した。
あれ?そう言えば、沙生いつから敬語無くなったっけ?と、蒼啓は心の中で首を傾げていた。




