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第6話 『アイドル』



 心の施錠をかけられた当事者の男性二人は、駅に着いたら他の乗客に呼ばれた駅員さんによって連れられて行った。その瞬間に空気が柔らかくなった。その駅で降りていく乗客。まだ乗っている乗客。先ほどとは皆んなまとっている雰囲気が違う。安堵している。


「止めに入るなんてスズは男前だね。でも、危ないから誉められたもんじゃないけど」

「・・・俺より身長低かったし、体つき見て、止めるくらいならいけるかなって思った」

 

 そんなことを話しながら少しだけ空いた車内をシンは見た。

 近くにいた複数の女子中学生が数名震えてるのが目に入った。シンの学校に近い有名な女子校の生徒である。


「怖かったね」


 シンが柔らかく笑いながら言うと、顔をくしゃくしゃにしながら安堵する女生徒。また、まだ心が落ち着かないのか泣きそうになる女生徒もいた。中には慣れているわけではないだろうが、特に顔つきも変わらずにケロッとしている女生徒もいた。

「怖かったです〜!!」

「巻き込まれたどうしようかと思いましたっ・・・!!」

 シンが話しかけると堰を切ったように女生徒の感情が溢れ出した。


「お兄さん止めに入って凄かったです!!」

「格好良かったです!」

「止めに入った他の大人たちよりしっかり捕まえててすごいと思いました!!」


 スズが大人気である。


「なんでみーちゃんそんなに冷静でいられるのっ?!」

「えっ・・・ちゃんと怖かったよ・・・」

 冷静に見えた女生徒も聞かれれば怖いと答えた。まぁ、そうだろう。顔に出ないだけで怖い思いをしていないとは限らない。


 他の女生徒は髪の毛が長くいかにもお嬢様という風貌だったが、その彼女だけは髪の毛が短く他の同級生とは何か違う雰囲気だった。



「遭遇する確率は多くないが、今後も気を付けて」

「「はい!ありがとうございます!」」

「「ありがとうございました」」


 女生徒たちは次の駅で降りていった。スズが降車時に一声かけると、女生徒たちは嬉しそうに返事をして行った。

 皆がスズの言葉に喜ぶ中、髪の短い少女だけが妙に落ち着いた雰囲気だった。


「・・・珍しいな、シンが一人の女の子だけを見るんなんて。ああいう子が好みなのか?」

「違うって、なんか妙に冷静だなって。確かに騒いだりしないのはいいけど」

「シンは静かなのが好きだもんな」



 珍しくこういった話題でスズにからかわれるかと思ったが、すぐにその話しは終わった。

 むしろ



「そういえばシンは彼女はいるの?!聞かなかったけど居そうだよね?!でももし彼女がいたら今の女の子の事目で追ってたのって”浮気”になるのかな〜?その辺僕勉強してないからよくわからないんだけど?!で?!彼女は?!」


 当然だが周りに多くの人がいるので、答えることはせずに、シンは目を開いて怒りを顔だけで表現した。



「ごめんって!?」








・・・ーーー






 6月。梅雨に入った。


 五月晴れが恋しいと思うのは毎日振り続ける雨のお陰で制服が濡れるから。雨に濡れたズボンが足に張り付くがとても不快である。しかし梅雨が終われば五月晴れではなく真夏である。


「湿気がすごいねぇ〜でも、梅雨が明けたら夏でしょ?!ここ数年の気候はすごく暑いんでしょ?!温暖化で!早く秋にならないかなぁ〜?!」

「・・・施錠をしてれば温暖化が止まるとかいってなかったか?」

「いっぱいすればね!!だから怒ってる人を探しに行こうよ!」

「いや、俺は自分の周りが静かになればいいから」

「遠くの人が怒らなくなれば近くの人が怒る理由がきっと間接的に減るよ!!多分!!」



 登校時、校門から昇降口へと向かうシン。そして、シンの傘の内側の狭いところで浮きながら着いてくるキツネ。今日は雨足も強く、傘の中で小声で話している程度なら周りの人間に会話が聞かれることはないだろうとシンは話をしていた。


 携帯電話でニュースや天気予報を見る。例年の梅雨明けまではあと二週間ほどある。まだこの鬱陶しさは続くのかとシンは考え、他のニュースを見た。


「”人気の本格歌唱派アイドルグループの握手会込みのコンサートツアー本日からスタート!”・・・あ!これ!朝テレビでもやってたね!シン好きなの?!」

「いや、俺は別に。曲は聞くけど追っかけとかファンじゃないし。これを好きなのは俺じゃなくて」

「ーーーシン!!!シンっ!!!」

 後ろから声をかけられた。

 顔を見てなくてもわかった。この学校で体の前に南京錠のマークが付いているのはシンが唯一心を施錠した彼だけだからだ。



「オミ。おはよう」

「シン!!明日!明日の土曜日お前空いてるかっ?!」

 水屋(みずや) 慶臣(よしおみ)ことオミが物凄い気迫でシンに迫ってきた。とても焦っている。


「・・・空いてな」

「嘘だろ!一瞬考えただろ!!付き合え!!」

「何にだよ・・・」

「アイドルのコーンサートだよ!」

「いやいや、興味ないか」

「嘘つくなよ」


 オミがシンの手首を掴んだ。携帯電話を持っている方の手だ。


「わざわざ登校中にこんな記事見てるんだからお前だって少しは興味あるってことだろう・・・!一緒に行くぞ!姉貴が絶対に代わりに行ってこいってウルセェんだよっ!ほらこれだっ!!」


「・・・あー!!シンっ!このチケット!!」


 そういってシンに見せたのは、シンが今し方キツネと話をしていたアイドルグループの握手会付きのコンサートチケットがくしゃくしゃに握られていた。










「あぁ、オミの姉貴はそのグループ好きだったな。男女グループだろ?」

「どうやら急に行けなくなったみたいなんだ。それで、空席なんて作ってしまったらファンの恥だとかなんだとか言ってるらしくてね」


 シンは教室に入ってオミとのやりとりを早速スズに話した。

 小学校の時から一緒のシン、スズ、オミは、互いの家族構成も知っている。オミに姉がいることもだ。そして、スズもその姉がアイドルを好きなことを知っていた。喧嘩もするが、仲も良いのである。喧嘩するほど・・・という言葉の通りだ。


「で、明日行くのか?」

「明日は空いたけど断ろうとしたんだ。面倒なことに巻き込まれたくないって一瞬の迷いの隙を感じ取られて強制連行となりました」

「まぁ、人気のアイドルだし行ってみれば?賑やかな場所が苦手なシンからしたら結構堪えるかもしれないけどまぁ人生何事も経験だよ」

「いいよなぁ、スズは苦手なものが少なくて」


 チャイムが鳴り、担任が教室に来る。席を立っていた生徒がノロノロと自席に向かい腰掛ける。全員座ればホームルームが始まる。

 外は湿度がひどく、空は厚い雨雲に覆われていて灰色をしている。

 ただでさえ苦手な場所に明日行かなければならないのに加えて、どんよりとした気候も加わり、シンの気持ちはさらに沈む一方である。

 クラスメイトが椅子を引いて座る音が教室に響く。その後にかき消される事をわかっていてシンが口を開いた。



「他のやつを誘えば良いものを・・・」

「ねっ!でもオミはシンの事大好きなんだね!」

「どうだか、腐れ縁だよ」

 珍しく教室にいるのに声をかけてもらえた事が嬉しかったキツネはシンの周りをくるくると空中浮遊をした。


 ちなみに、キツネがシンにくっついて学校に来るようになってから、シンの周りを浮いているキツネを見るような素振りをする人はいない。街中でもいない。つまり、自分の生活圏内にバチ当て様や施錠・解錠の力を持っている人間はいないという事だ。

 

 「(今のところ、力を持ったけど何もなく平和だな・・・)」



「ーーー起立っ!礼っ!」



 号令が掛かる。



「あれだね、最近周囲で何もないね!騒ぎとか怒る人だとか!でも、嵐の前の静けさだったりしてね!!」



 シンは不吉なことを言ったキツネを、号令に従って頭を下げたまま顔を横に向けて睨みつけた。



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