第52話 『フウイン』
キツネは五ツ峯神社の中庭で大人しくバッタを観察している。自分がシンを脅かす存在だと知ってから風船が萎んだかの如く大人しくなってしまった。最近ではお菓子やご飯をねだる事も無くなった。
「力の封印を完全にするには、大体五年くらいかかるわ。でも、封印が始まればこれ以上体調が悪くなることはないわ」
「・・・始めた段階で体調の悪化が止まるって事ですよね。始めるまでに悪化が急加速する事は・・・」
「十分あり得るわ。まず、強運体以外の普通の施錠の力の持ち主の場合の話をするわね」
「施錠の力を持ってる以上既に”普通”じゃねぇんだよな」
「そこ、黙って」
「瀬条くん以外の施錠の力の持ち主が、瀬条くんみたく沢山力を使ったとしましょう。水の入ったビニール袋と一緒で、空いた穴から流れる水の勢いでどんどん穴が広がるのはわかるでしょ?」
「はい」
「で、勢いよく更に水もどんどん袋に入り続けたらもっと穴は広がるの。そのうち袋が全部切れちゃうの。施錠の力の使い過ぎって言うのはそう言うことなの。使ったら使った分だけ”水”と言う”施錠をする為の力”が自動で補充されるの。延々とね。だから無理矢理水を止めちゃうと、力は溢れるわ、抑えてた穴も切れ目からどんどん広がって手が付けられなくなるのよ。それで最後は袋が破綻。でも、それを言えない縛りが甲斐くんにはあってね・・・。まぁ私もできれば言わないほうが良いんだけど瀬条くんが強運体だから大丈夫でしょ」
「なんなのお前の強運体への信頼と愛情」
「で!封印に関してなんだけど」
「はい、詳しく教えてください」
「まず、さっきも言ったけど時間がかかるわ。五年ね。強運体の補正がかかっても二〜三年はかかるわね・・・。そもそも、施錠の力を貰うって事自体は簡単なのよ。醤油を水に注ぐみたいなものだから。水が瀬条くん。醤油が施錠の力。注ぐだけですぐに混ざるでしょ?」
「はい」
「でも、一度混ざった水と醤油を分けようとしたら?」
その問いにシンは考えた。一般的方法を考えたら一つの手段がすぐに浮かんだ。
「濾過・・・ですか?」
「そう、水と混ざった醤油を分けるには濾過しかないの。でも、濾過には時間が掛かる。それも膨大な時間よ」
「わかりやすいけどなんか水と醤油って・・・間抜けな表現だな」
「濾過にかかる時間・・・完全に瀬条くんの中に施錠の力だけを固めて封印して使えなくするまでの時間よ」
「五年の間、俺は普通に生活できるんですか?」
「寝たまま。昏睡状態よ」
「五年も?!」
流石のシンも驚いた。それはそうだろう。五年間も寝たままとなると、17歳の今寝ても起きた時は22歳だ。
「でも多分三年くらいで済むんじゃないかしら?それでも体が壊れるよりか二、三年長くても五年で元通りになれば良いもんでしょ?今の補充され続けてる力の分の施錠をし続けて均衡が取れれば別に今のままでも良いけど、もう施錠したくないんでしょ?だったらもう封印するしかないわ。これは、瀬条くんが自分で考えて自分で決めないとよ。私たち『施錠くんが決めた選択の手助け』しか出来ないわ」
「手助けって何すんだよ?」
「封印の為に術具を貸し出すわ」
「マジか!!」
「甲斐くんにじゃないからね!!」
国生はシンの顔をまじまじと見た。顔色、顔つき、目。見てから少し考えて口を開いた。
「今の具合からしてそうね・・・一ヶ月はギリ保たないかも。疲労感くらいなら良いけど、体が痛くなってきたらいよいよ力を受け取る体と言う器が本格的に壊れるわ。そうしたら破綻秒読み。封印を始める瞬間に体が先に破綻したら意味ないからね。もしくは割り切って毎日施錠を続けるかって事よ」
「・・・状況はわかりました」
「あとはしっかり考えてね。大事な大事な人生ですごく楽しい高校生活や、進学するなら大学生活だってかかってるんだから」
「ありがとうございます」
「はい、じゃあ甲斐くんは私と封印についての段取りね」
「てか俺も知らないのになんでお前封印とかそういうの知ってんだよ?」
「あなたが前世で 会 議 に 出 な か っ た か ら で しょ ! !」
中庭の端で静かに一人遊びをしていたキツネがシンのところまで飛んできた。
「・・・シン、ごめんね。僕、ずっと良いことしてるって信じてた」
「キツネは悪くない。俺だって施錠の力が正しいものだと思ったから軽い気持ちで引き受けたし」
「でも!なんか副作用とか何かないかって聞かれたときに僕無いって言った・・!!」
「・・・使い続ければいい。そう言ってたな」
【『そうかなぁ・・・?でも一度感情に施錠したらあとは解除しない限りはそのままだから楽で良いと思うけどなぁ?寿命と引き換えになんてそんな事ないよ!ほら!僕が渡した”力”が基本だから!だから使い続ければ良いだけ!』】
出会って最初の頃、キツネは確かにそう言っていた。
「あれは、操作されたキツネの記憶の中でも残っていた知識をつなぎ合わせて俺に言ってくれたんだろうな。それを聞いて疑問に思わなかった俺だって十分悪い。間抜けだ」
「そんなことないよぉ〜・・・」
「確かにうまい具合に使い続けてれば良かったのかもな。甲斐が施錠をし過ぎるなって言うのはそう言うことだったのかって今になってわかった」
「バチ当て様の言う通り、割り切って力を使い続けるのも手だよ?シンは強運体だって言うんだから、きっと施錠された人達もきっとそのほうが先々良いのかも知れないよ!?」
「どうだろう。・・・きっと、甲斐が言ってたように自然のままにが一番良いんだろうな」
「だって・・・封印しちゃったらシン・・・!文化祭も、修学旅行も!体育祭も!目が覚めたらスズもオミもみんな卒業しちゃってる・・・!大学だって!!全部っ・・!全部っ・・!」
キツネが大粒の涙をボロボロと溢した。
「気にするな。きっと、どうにかなるさ」
キツネにと言うより、自分に言い聞かすようにシンは言った。
・・・ーーー
「五ツ峯って、腕のいい術具師が居なかったか?」
「・・・それがあなたに散々扱き使われたご先祖様よ」
「だったら!孫のお前も術具作れるんだろ?!」
「今から作り始めたって瀬条くんにプラスになる何かを作れるわけじゃない。術具は作るのに時間が掛かるの」
「ッチ!!」
「はいはい、説明始めるわよ」
本殿の中に入った甲斐と国生。並んでいる術具から国生が一つ手に取った。
「鏡?刀じゃなくてか?」
「刀は貴方が触りたいだけでしょ?ちなみにこの鏡しか術の解除してないから他の術具に触るとまた痛い思いするわよ」
「抜かりねぇなぁ・・・」
「この鏡は神鏡。それも一番に位が高くて物凄い力を宿しているものだから【真・神鏡】が正式名称。鏡だから映った者が掛けた力を跳ね返すのよ。それも、どんなに強力な力も、どんな術者にもね」
「それをどうしろってんだ」
「瀬条くんが、この鏡に映った自分に施錠するの。そうすると施錠の力が封印されるように私が前もって術をかけておくから」
「その術は跳ね返さ」
「れないわよ!!話進めるわよ!!」
「瀬条くんが力を封印すると決めた場合、シチュエーションを決めて、安全を確保した上で行うわ。私はこの後予め術をかけておくから、封印するその時、私か甲斐くんで神鏡を瀬条くんに向けて、映った自分を施錠してもらうの。封印が始まった瞬間、その場でもう眠っちゃうからね」
「シンの家にこっそり入るのが良いか。窓から侵入して封印して、俺たちはまた窓から帰ると」
「それが良いわね・・・それにしても、まさかこんなに早く事が起こるとはね」
「俺はシンに力を使い過ぎるなとだけしか言えなかった。こんなに問題が起こるとは思ってなかったからな。全くしてやられた。悪神の思惑がなんなのか全くわからない」
「キツネを通して操作されてたなんてね。確かに本当にちょっとだけどこの辺のバチ当ての指示書が減ったなとは思ったのよ。でもそれは総代が物凄い数を捌いてるのかと思ってたから。ほら、私は学校が港区だから、港区の指示書が多くてね」
「・・・港区の指示書って、なんか恐ろしいことやってそうだなお前」
「何よ、人を犯罪者みたいに!」
「大して変わらねぇだろ!」
・・・ーーー
甲斐と国生が術具の話を終えてシンのところに戻った。キツネは相変わらず話さずにいる。国生がシンの顔を見て、心が決まったように感じた。封印をするのか、それとも使い続ける方を選ぶのか。キツネが泣きながらシンに話していた。
「シンが眠っちゃうのは・・・!寂しいけどっ!でもっ!シンが決めたことだから・・・!僕は、シンが居なくなっちゃう方が!嫌だか・・らっ!!」
「キツネはどうするんだ?元いたところに帰るのか?」
「わかんっ・・ない・・!」
「国生さんにお世話になるように頼もうか?」
「寝てる・・間!!ずっとシンと一緒に・・いる!!!」
「もしかして気持ちは決まったかしら?」
「はい、封印します」
シンの目の奥に、硬い意志と寂しさがあるように国生には見えた。




