第5話 『デンシャ』
「イダッ・・!!イダダダダダッ!!テンションと力が合ってない・・・!!」
またもシンに頭を鷲掴みにされたキツネ。シンもシンで一日に何度も説明不足で驚かされる事に少し腹を立てた。
「でも本当にシンの運動神経がよくて良かった!僕、こういう時助けられないからっ!」
「役立たずだな。お前何キャラのどういうポジションなんだよ」
「力渡すだけ!あとちょっと説明!」
「で?その解錠の力を持つ奴の説明は?」
キツネの頭を離してそのまま歩き始めた。近くに人はいない。このままキツネと話しながら帰る。
「”施錠”した感情の”解錠”だよ!!ほら!《強制制御》したお友達に見えたあの錠のマークがあるでしょ?あれは”解錠”をする”解除”の力の持ち主にも見えるから、見つけたらその都度解錠してるらしいよ!!」
それを聞いてシンは考えた。
「待てよ・・・それ、解除されるならなんでそもそも施錠の力が存在するんだ?解除されちゃうなら意味ないだろ?」
「違うよ!施錠の力がこの世に存在するためには、反対の力を持つ解錠の力も存在しないと成り立たないんだって!!プラスとマイナスとか、陰陽とかいうじゃん!二つで一つのセット的な!!?」
「つまり、詳しいことはお前もわからないって事でいいかい?」
「存在の99%が力を渡す役目だから知らされてないこともあるかもしれない!それでも説明役も兼任なんだけどねっ!」
きょるんっと効果音がつきそうな可愛らしい態度ではあるが、言っている事は中身がありませんという事と等しい。
「さっき、狙われるって言ったよな?施錠の力は《目的の相手の行き過ぎた感情を抑える事》だろ?解錠は、《その抑えられた人の感情の解除》じゃないのか?こんなに大きな木を落とすことが出来る力や術も持ってるのか?それなら施錠の力だって同じような事・・・」
「出来ない!!施錠の力は心を施錠するだけ!解錠の力は心の施錠を解錠するだけ!」
「じゃぁあの木が落ちてきたのは俺が狙われたのとは無関係じゃないか?そもそもこんなこと特別な力がないんだったら不可能だろ?」
「うん!だからあれはもし解錠の力の持ち主がシンに威嚇としてやったんだったら、解錠の力とかそう言うの全く関係なしに《ただ単純に力の持ち主の生身の体のポテンシャルが高い》って事だよ!」
「生身の人間で、姿見せずにそんな事出来る人間は存在しないぞ」
「でもそれ以外説明できない〜!やっぱり自然じゃない?」
シンは、自身が受け取った力と正反対の力の存在を知った。
・・・ーーー
「隣駅でやってる美術館?」
「あぁ、部活が休みになったんだ。どうだ?一緒に行かないか?期間限定開催だから普段は無いし。シンと一緒に行きたいって思ったんだ」
数日後の中休み。スズから今日の放課後に出かけないかとシンは誘われた。
「あぁ、いいね。俺もあの美術館ちょっと興味ある。きっかけとかなくてなかなか踏み込めなかったけど」
「じゃぁ決まりだな。ありがとうよろしく」
「こちらこそ」
次の授業の教材をロッカーまで取りにきたシン。たまたま人はいない。最近は人がいると話しかけても返事をもらえないと学習したキツネが周りを確認して喋りかけた。
「ねぇ!なんの美術館なの?!」
「彫刻だよ。世界中の立派な城の彫刻がどう言うものかってレプリカが沢山展示されてるんだ。隣町だけど案外行く機会無くてさ」
「何それ!楽しそうー!ゴージャスな建物綺麗ー!」
「だろう?」
「ねぇねぇ!!なんでシンとスズはあんなに落ち着いて喋るの?!他の同級生はもっと騒いでるし、オミくんも突然怒るじゃん!」
「知らないよ、それがわかるならこの力を貰わなかったよ」
「確かにそうかもー!!いや、ほら男子高校生って、ちょっかい出したり出されたり!『ヤーメーローよー!』っていう生き物だって勉強したから!」
「その勉強資料持ってこいよ」
全ての男子高校生がそのような元気を持っているわけではない。中には静かな人だっている。女子生徒も同じくだ。この学校の女子生徒にはいないが、他の高校にはギャルと呼ばれる女子高生が存在する。しかし、通学の際に会うことは少ないし、自身の学園にもいなければ、この近くの学校も有名なお嬢様学園の為、淑女を目にする事が多い。
「ギャル見てみたいなぁー!今度渋谷とか行こうよー!」
「・・・お前自由に飛べるんだから一人で行って見てくればいいんじゃないか?」
「冷たいっっ!!」
・・・ーーー
ーーードアが閉まります。ご注意下さい。
プシューーー・・・
15時過ぎ。午後の授業も1時間少ない今日、シンとスズは電車に乗って隣町の美術館に向かっていた。
「僕は浮いてるからいいけど・・・みんな凄いよね。都心に向かう電車って毎朝こんなんなんでしょ?窒息しちゃうよね・・・」
キツネがぽそっと呟いた。
そう、満員電車である。この時間は普段ならまだ空いている時間だ。部活動をしていない学生や、主婦の方、そして、帰宅ではなく仕事の間の移動で乗る社会人の方。しかし今日は違った。近くの路線で事故があり、シンの乗る電話が振替輸送を始めたのだ。三駅の乗車だったのだが、一駅区間が少々長い。
「すみません、これ、引っかかってます」
「これ、どけてもらえませんか?」
密度が高く、そして、本来ならば他の路線にて目的地に到着していたであろう人もいる。つまり遅れにより苛立ちが生じているのであった。もちろんその気持ちはわかるし致し方ないことなのだが、シンは、多くの人間が同じ場所で同じように苛立っているこの状態にとてもストレスを感じた。
「(俺は社会人でもバイトをしているわけでもないから、確かに学校に遅刻するかもくらいのストレスしか感じた事はない。だから気持ちがわからないのは当然だが、それにしてもそんなに苛立つことなのだろうか)」
大事な商談が。
相手からの印象が。
社会人として時間に遅れることが。
ケースによると思うとシンは考える。
「(あ、でも窓口とか問い合わせ電話は一秒でも過ぎたら取り次いでもらえないからなぁ。でも、それはそれで仕方ないだろうし・・・)」
そんな事を考えていた時だった。
「いてぇなっ?!テメェ何回やるんだよ?!わざとやってんのか?!」
走行中の満員電車に怒号が響いた。
寿司詰めされた電車内では横の人と体が嫌でも接触をする。そして、手荷物などが人にぶつかる。電車が揺れた拍子に足を踏んでしまうことだってあるだろう。気を付けていても上げていた腕の肘がぶつかり続けてしまったりなど乗車率が高い電車ではよくあること。
シンとスズの割と近い場所で何かあったようだ。シンは声の方向を見たが人が多くてイマイチ場所が断定できなかった。隣のスズはシンよ身長が高く、スズの目線を追って行き、そして初めて人を三人分ほど挟んだ先で起きていることがわかった。
「あぁ?!なんの話だよ、知るかよこんなに混んでんだ仕方ないだろ?!」
雲行きが怪しい。どうやら男性同士のようだ。
「テメェがやってきたんだろなんだよその態度はよっ?!」
どうやら”何かをされた”と感じた男性の方が先に手を出したようだ。一人の男性を突き飛ばした。
満員電車とは不思議なもので、どうやったってもじゅのれないだろうとパンパンに人が入っているあの空間でさえ、このような事態が起きると人は恐怖心が芽生え逃げたく、とばっちりを避けたくて気持ち少し詰める。
男性二名の当事者の周りに空間ができるのだ。
「こっちどうぞ」
そして、スズはその男性たちの隣にいた女性に自分の場所を譲った。たったの人一人分だが、女性を男性たちから遠ざけたのだ。そしてその瞬間に、突き飛ばされた男性が体勢を整えた。突き飛ばされた男性の顔つきが変わった。その瞬間、その男性が突き飛ばした男性に殴りかかったのである。
「ふざけんなっ!!!」
電車内で掴み合いが始まった。
スズを含めて周りの男性の数人が止めたり抑えに入る。シンは、聞いたことや映像で見たことはあっても成人男性の口ではない喧嘩を見るのは初めてだった。
普段の生活で味わう驚き、ドキドキとは違い、頭のてっぺんから血の気か下がるような感覚。また、緊張や恐怖からか、若干の手の痺れに似た感覚を覚えた。走行中の電車内での喧嘩など逃げられない場所でこういう騒動が起きるとこんなにも不快感なのか。しかし、それは自分だけではなく、周りの人間もそう思うだろうと考えた。
「シン!!シン!!これは”施錠”した方が良くないっ!?」
キツネに話しかけられてハッとした。そうだ、もう怒りは爆発してしまっているが、こういう状況にこそ使うべきだろう。しかしこの場合はどちらにだろう。
キツネに目配せをして自分の近くに寄らせる。そして小声で話した。
「いっぺんにできるのか?」
「ううん!1回につき一人!だから、2回やって!!」
自分がこんな大勢の前で術を使うことに一瞬躊躇いがあったが、そもそも喧嘩の中心しか見ていなく、恐怖心が優っているだろうから誰にも気にされないだろうと考えた。
小声でも出来ることは先日実証済みだ。
連れであるスズも、大人たちに混ざって喧嘩を止めに入っている。
『表印・・・』
その言葉で瞳印と手印が表れて、一人ずつ心に施錠をした。