第45話 『ジュツグ』
ーーガッチャーーン!!!
水の入っていたガラスのピッチャーは、妊婦によって床に叩きつけられて割れた。破片が向かいの女性にも飛ぶ。
「・・・っつ!!イタッ!!」
女性の顔をガラスが掠めた。シンと甲斐の足元にまでガラスの破片は飛んできた。
「私の心の痛みはそんなもんじゃないわよ!!」
「何言ってんのよ・・・これがマタニティーブルー?!悪いけど、騙されたのは私よ!!あとはそちらの夫婦の問題でしょ?!既婚者なんて近寄りたくもないわ!こっちから願い下げよ!!」
「今だって妊娠して大変な時にこんな事になって!なんで私が貴女と直接会って話をつけなくちゃいけないのよ!!」
「だからそれはそっちの夫婦間の問題でしょ?!私に当たらないで!!」
妊婦側がヒステリックになっている。怒りでパニックを起こしている。
「こういうの、お腹の子供に良くないって聞いたことが・・・」
店員もやって来て、店内や周囲の人間までもが妊婦と向かいの女性を見た。シンを見ているものは誰一人いない。
顔の前に手を翳した。シンがまた施錠をしようとしている事に気づいた甲斐が近くに寄り小声で言う。
「そんなにしなくていい!さっきだって施錠したばかりだ!」
「でも特に疲れたりしてるわけじゃない!大丈夫だ!」
「大丈夫じゃない!!言っただろ!施錠はし過ぎるなと!!」
あまりの甲斐の焦りようにシンも一瞬戸惑った。確かに、今まで遭遇したような、武器を持って人を傷つけようとしている場面ではない。
「今回は双方が良い大人だ。痴情のもつれに施錠は余計なお節介だ。根本的な解決にならない・・・!妊婦も腹の子供も心配なのはわかるが、向かいのネェちゃんが言った通り、これ以上は他人が関わるべき問題じゃない」
「・・・そうだな。何があってもハッキリさせて、ちゃんと償うべきだよな」
「・・・それで良い」
唱える事なくシンは手を下ろした。
帰路に着いた。
夏も終わりに近い。まだ暑さは残るし18時を過ぎても明るいが、少しずつだが確実に秋が迫ってきている。トンボの大群が飛び交う。
「悪い。やっぱり、目の前で人が喧嘩してたり怒ってて、それを止まる術を自分が持ってると思うと、使うのが最善なのかなって考えになる」
「まぁ・・・大体の人間はそう思うかもな」
「今日のは女性同士で声こそは物凄かったけど・・・まぁ水は掛けられてたけど、叩いたりとかの暴力はなかったからまだ良い。ガラスは割ったけど女性に向けて投げたわけじゃないし。最近争い事に遭遇する事が多いから、またかーなんてちょっと感覚も麻痺しながら『あぁ、施錠しなくちゃ』って感じで。甲斐と一緒にいる事も多いから、施錠しても、落ち着いた頃に甲斐が解錠してくれれば甲斐が気に掛けてるその人のその後の人生にも影響がそんなに出ないかなとか考えてさ。なんか日に日に増えてる気がするんだよな。遭遇するの」
「ね、なんか多いよね?!」
キツネが鞄から顔を出して同意した。
そもままぽつりぽつりと話すシン。
「でもなんで施錠を止めるんだ?この近辺の人ならすぐに解錠できるだろう?なら、俺と甲斐がセットで動けば問題が大事にはならないだろう?」
「問題を起こした奴からしたら根本的な解決もしないけどな」
「まぁ・・・。でも、一度でも冷静になる機会があれば全てにとって良いと思わないか?周りに被害も不快感も、本人も」
「その話はもういい、施錠を肯定するお前と、否定する俺でもう気持ちは決まってる。もう変わらない意見だ。本当は相手に強要するもんじゃない。俺は強要じゃなく、出来ればシンに考え方を変えてもらいたかっただけだ。強制じゃない」
「それで納得するのか?」
「納得するしないじゃない。納得はしない。でもお前のような意見だってある。だから施錠の力を受け取るやつが今だっているんだ」
「僕は良いと思うけどなぁー」
「お前は黙れ」
・・・ーーー
八月も最終週。酷暑は減ったものの、依然として暑いままだ。夕方だが日の入りまでやはり毎日暑さが残る。
「貴方たちの学校は9月からなのね。うちは8月の最終週から始まるのよ」
「だから制服なのか」
五ツ峰神社に三人が集まる。国生の学校は早くも二学期が開始している。シンと甲斐の学校は来週から開始する。
「うちの学校、体育祭も文化祭も学園祭も秋にやるから八月から準備に掛かるのよ」
「文化祭と学園祭って別なのか?あと一週間早く始まっただけでそんな変わるか?」
「文化祭は日毎の勉強の成果発表。学園祭はお祭りよ」
「学園祭行きたい行きたい!」
「なんかよくわからないけど行事は多いわよ。節句もしっかりやるし。まぁ慣れてるから私は良いけど。瀬条くんのところも学園祭だか文化祭があるんでしょ?」
「はい、10月の半ばです」
「それより神具と術具見せてくれよ」
「良いわよ」
「え?マジか」
先日は断られたのに今日は許可が降りた。甲斐は体制を変えてすぐに本殿に向かう。急いで入ろうとするが、一礼をして扉を開けた。そしてさらに一礼をして入る。
「・・・その辺は覚えてるのね。心が」
本殿の奥には綺麗に神具が並んでいた。神社に必要なのか、刀も置いてある。神具の周りには縄が張られていたが甲斐は安易と縄を超える。
「おい!入っちゃいけないから縄があるんだろ!」
「平気平気、俺一般人じゃねぇし。・・・この刀、絶対なんか凄い業使えるんだろ!」
甲斐がウキウキした顔で刀に手を伸ばした。
ーーバチンッ!!!
「うぉおおっ?!イッテェェエ!!」
「甲斐どうした?!刀は無事か?!」
「なんで俺の心配をしねぇんだ?!」
刀を守るように青白い光がバリアを張っている。
「虫除けの術よ」
「なんだよ虫除けって?!」
「触っちゃダメなものに保護の術をかけたの。一般人は触れるわ。むしろ”力の持ち主”は触れないようにしてるの」
「なんだよ!なんか試したりできねぇじゃねぇか!!」
「そう言うことしそうだから術かけたのよ!!」
「甲斐くん読まれてるー!!」
「テメ!!」
「あと・・・うっかり瀬条くんが触れないように。瀬条くんはあまりにも特別すぎる存在だから、触っただけで術具が暴走なんてしたら大問題だわ。私が問題扱いされるわ」
それを聞いてシンは少し興味を持った。
「じゃあ、俺が触っても弾かれるって事ですか?」
「そうよ、でもちょっと痛いから触らない方がいいわ」
「ちょっとどころじゃねぇぞ」
「でも痛いだけで迷惑をかけるわけじゃないですよね?」
「そうだけど・・・ってちょっと?!瀬条くん?!」
シンは引き寄せられるように立ち上がって本殿へ向かう。直前で一瞬ハッとした。礼をすることを思い出した。甲斐と同じように行ってから中へ入る。吸い込まれるように術具の刀の前に行った。
躊躇いもなく刀に手を伸ばした。その隣で甲斐が気づいて声をかけた。
「おい、シンせめてゆっくり触れよ、それだったら喰らうダメージも少しか」
ヴォンーーーーーー・・・ッ
甲斐の目の前からシンが消えた。周りに風が吹いたように感じた。
「違うっこれは!!シン!!」
風が吹いたのではなく、シンが勢いよく吹っ飛ばされたのだ。閉まっていた本殿の木扉と共にシンが吹っ飛ばされたのだ。
ドカンッ!!!!!
ズシャァーーーーー!!!!!
「「シン!!!」」
「瀬条くんっ!!!!!」
外に放り出されたシンにキツネが猛スピードでシンのところまで飛んで行く。
「シン大丈夫!!??頭は打った?!」
「・・・っつ!!大丈夫だ・・・」
「お前なんて術かけてんだよ?!」
「言ったでしょう?!瀬条くんに関しては何が起こるか分からないって!ひどい跳ね飛ばされ方だったけど、逆に神具と術具に触ってたらとんでもないことになってたかも知れないわよ?!」
「・・・確かに。おい!シン!大丈夫か?!」
甲斐と国生が駆け寄ってシンを起こす。外に放られて転がっていたが清掃も行き届き小石も無いため、外傷は数カ所を擦りむいただけで済んでいる。
「頭は打ってない。宙に舞ったような感じだからちょっと感覚の処理が追いつかなかっただけだ・・・!それに、自業自得だから気にしないで下さい・・・」
「ええーーっ?!こんだけ飛んでって擦りむいただけ?!」
「「流石”強運体”だな・・・」」
身長の低い甲斐と、キツネが引っ張って本殿に戻るシン。その後ろ姿を国生が見て呟いた。
「思った以上に力の通りが大きくなってるわ・・・」




