第4話 『カイジョウ』
「だからさっきから言ってんだろ・・・?!俺は昨日放課後すぐに帰ったんだ!16時以降は学校にいねぇ!!俺じゃねぇんだよ!!」
「でも見たって生徒が居たんだ。金髪の君が17時過ぎに第三体育館に入って行ったって!!」
「はぁ?!ソイツ誰だよ?!何年何組だよ?!ふざけんじゃねぇっ・・・!」
オミと言い争いをしていたのは生徒会長だ。
どうやら昨日の放課後、学校の体育館で何かがあったらしい。そしてその何かの犯人がオミだと言う噂が流れてきたのだろう。
「テメェも、ただの噂で人を犯人扱いしやがって・・・っ!良い加減に・・・っ!!」
オミが生徒会長の胸ぐらを掴もうとした。シンが術をかけたのはその時だった。
「・・・・・っ!俺はやってねぇんだ。お前とっ捕まえてぶん殴ったら今度はそれが問題になる。俺はやってねぇからなっ!金髪だったら俺だと思い込んでるやつが勝手に言った事だろっ!とにかく俺じゃない!!他にも金髪いるんだからそっちも当たれよっ!!!」
そう言い、上級生である生徒会長に敬語も使わずに横柄な態度を取りながらも、結局手は出さずにそのまま校舎へと歩き始めた。
術は成功した。
気づいたら瞳印は見えなくなっており、手も透けずに、今まで見てきた”自分の手”に戻っていた。
「わぁっ!!シンっ!!やったね!出来たね!成功だよ!!まぁ、ちゃんと印に頭部を収めて唱えれば失敗なんかしないからねっ!初術成功だよっ!」
人に見えないからとキツネがシンの近くでふわふわと浮いたままくるくると回っている。
しかし、興奮と不安が冷めない内に、シンは新しい事態に直面した。
背を向けて歩いているオミの後ろ姿・・・背中に印がついたのだ。南京錠のマークだ。
気になるが、今は他の同級生もいる。
「(あの印はなんだ・・・?)」
説明受けてないと少し焦りながらシンは隣の同級生に告げた。
「ごめん、俺、教員室寄って行くから」
「水屋くんどうしたんでしょうね・・・あッ!はい!わかりました!じゃぁここで!」
少し背の低い童顔の同級生は、手を振りながらにこりと笑った。シンはその顔を見て、自分の態度に焦りが表面に出ておらず問題はなかったと安堵して小走りで校舎へと入った。
「キツネ!オミの体の前に鍵のマークが写ってたがなんだあれは!」
校舎に入り、まず人が通らない場所へと行き、シンは問いかけた。
「あれは、”この人、感情を制御されてるよ!”って印!!大丈夫!これもバチ当て様とシンと同じ力を持ってる人しか見れないから!」
「・・・てか、俺の他にも心を制御する力を持った奴がいるのかよ・・・」
「そう!!行き過ぎた心の感情を制御!!つまり《施錠》するって事!!同じ音だし、瀬条 心にピッタリだね!!」
「駄洒落言ってんじゃねぇよ、そう言う大事なことは先に言っておけ、びっくりしただろうが」
キツネの頭を鷲掴みしてシンは静かに少し怒る。
「イタタタタタ?!?!態度と力が合ってないよっ?!!」
「シン、おはよう」
教室に入るとおにぎりを食べていたスズが声をかけてくれた。部活をしているスズは朝練が終わった後だろうにとても爽やかだ。そして落ち着いている。誰が見ても好青年だと言うだろう。
「スズ、おはよう。今日も爽やかだな」
「あぁ、制汗スプレーを新しい香りにしたからかな」
「そう言うことじゃないよ」
「窓から見てたんだけど、朝からオミがまた騒いでたな」
スズの方から切り出してきた。先ほどの校門での騒ぎだ。
「あぁ、全くあいつ朝から本当に元気だよな」
「昨日、部活中の時点でなんか騒ぎになってたよ。何が起こったのかは知らないけど。水屋、水屋って名前呼ばれてたから多分なんか犯人にされたたんだろうな。でも、昨日オミは早く帰ってたから多分人違いだろう」
「・・・そうか、アイツも災難だな。いや、日頃の行いかな」
「でも、絶対にやってもいないことで犯人扱いされたアイツがよく、胸ぐらを掴もうとした寸前で止まったよな。まるで誰かに止められたかの様に」
心臓がドクンとした。
シンは驚いた。何故、『まるで誰かに止められたかの様に』なんていう言葉が出たのだろうか。自分が術をかけた所でも見られてたのだろうか。いや、術をかけると言っても瞳の前に手を翳しただけだ。誰がどう見たって事情を知っている人間以外が見てもなんとも思わないだろう。
人に見えないからと今もふよふよと自分の隣を飛んでいるキツネをシンは横目で盗み見た。
キツネは吹っ飛ぶんじゃないかと思うくらいに、思いっきり顔を左右に振った。この距離でバレるはずがない、とでも言いたそうな振る舞いだった。
「・・・思い白い表現だな、まぁ俺もあそこでオミが踏みとどまった事にびっくりした」
嘘ではない。自分の術が本当に効いた事に驚いたのは事実である。
「あそこで生徒会長を掴んで殴ったらもう停学だろうからな。何かに守ってもらったというか、助けられたな、オミ」
「・・・それだと良いな」
「(俺は何かを・・・オミを守ったのだろうか・・・)」
人の行き過ぎた感情に対して良くない印象を持っていた自分のエゴが始まりで受け取ったこの力。それが、他人の為になっているのならwin-winというやつなのではないだろうか。
「(怒りや負の感情は、その本人を蝕む。そして周囲の人へも悪影響だ。だったら、そんな感情無いに越したことはないだろう)」
シンは幾多の考えと感情が交錯しながらも、スズの言葉で自分の行いと考えを肯定した。
・・・ーーー
「あ!そうそう!オミくんにした”施錠”だけど、あれはあくまで”犯人にされた”っていう感情にだけ蓋をしただけだから、他の理由で喧嘩とかあったらまたオミくんはいつも通りに怒ると思うよっ!」
「・・・それはつまり、例えるならスポーツ大会で相手が不正をしたことをオミが気付いて口論になったらアイツはまた激怒する可能性があるって事か?」
「そう!そうそう!それそれ!」
「お前、話して無いことあり過ぎだろ!」
「だって話すこと沢山あるんだもん!直面した時にその都度説明すれば良いかなって!」
「・・・取り返しがつかないことだったらどうすんだよ」
放課後の学校からの帰り道。
シンの通う学校は山の中にある。周りは自然だらけだ。
春には鳥の囀りが、夏には蝉が鳴く。秋には紅葉の並木がきれいに色を変え、冬には木々に積もる雪景色がきれいに映える。
そう、樹が多いのだ。
「なかなかないよっ!そんなこと!」
メキ・・・
「術の目的しか聞かなかった俺も悪いけど、もっとこう影響とか反動とかあるだろう。副作用的な・・・オミの施錠マークの件もそうだし。まさか寿命を引き換えにとか無いだろうな?」
メキメキッ・・・
「そうかなぁ・・・?でも一度感情に施錠したらあとは解除しない限りはそのままだから楽で良いと思うけどなぁ?寿命と引き換えになんてそんな事ないよ!ほら!僕が渡した”力”が基本だから!だから使い続ければ良いだけ!」
ミシッ・・・ミシ・・・
「・・・?なんだこの音・・・?は?解除?解除できるのか?」
パキッ
「うん!解錠の力で解除されちゃう事もあるんだ!」
「・・・されちゃ・・・ッツ!!!!」
ズドォォォォオオオンッーーーーー!!!!!
通学路にある一本の紅葉の太い木の枝が落ちてきた。
「ーーーっあっっぶねっ・・・!!!」
シンの斜め後ろから落ちてきた太い枝。
音に反応して、校庭の少し離れた場所にいた部活動の指導中の体育教員が寄ってきた。
「大丈夫か?!すごい音して・・・!!その木が落ちてきたのかっ?!」
「あっ・・・はい、でも避けられたんで大丈夫です」
「本当に大丈夫か?!今先生がそっちに行くから!怪我が無いならそのまま帰って良いぞ!」
「はい、じゃぁ、先生さようなら・・・」
そう言って教員はシンのいる場所にくる為に門へと回った。
「シン!!反射神経も運動神経も良いね!!僕もびっくりしたのに!!やっぱりデータ通りだねっ?!」
キツネがなんか言っているが無視をして落ちてきた木の枝をしゃがみ込んで見る。長さ3メートルはあるその直径が太い枝をまじまじを見た。
腐食もしてない、何か刃物で切り損なったものが今になって落ちてきたわけでもない。ただ、綺麗に裂けて折れている。
「不審な所が一切ない。自然だけど、自然じゃ無い感じ」
「木の話?じゃぁ、故意って事だね!?まぁ狙われる事もあるだろうからね、施錠の力は!」
「・・・は?」
「さっきも言った、解錠の力の持ち主に!!」
初めて聞かされた言葉にシンは全身の筋肉が少し硬直した感覚を覚えた。