第36話 『ギュウドン』
シンと甲斐が毎週会う約束をしている公園。【大空公園】。住宅地の中にしては自然が多く、奥まで行けば表通りからは見えづらい。春先や秋などの過ごしやすい季節ではここでお昼を食べる家族連れも多い。最も、今は最悪な暑さの為人はいない。ガラガラなテーブルに1組だけが居た。
「・・・・・」
甲斐がとんでもなく不機嫌な顔で牛丼の蓋を開けた。
「・・・・・」
キツネが牛丼の箱の前でとんでもなく不機嫌な顔をしている。なお、蓋を開ける素振りはない。食べることができないからだ。
「・・・・・」
シンが呆気に取られた顔で話を聞いている。
「それでね?!最近の事はシンくんしか覚えてないのー!事務所に入って研修生だった記憶はあるんだけどまさかもう高校も卒業しててアイドルやってるってマネージャー?から言われてびっくり!だから着信履歴もあったシンくんに電話したのに着信拒否されてて本当にショックだったの!!多分私が出なかったから拗ねて着信拒否しちゃったんでしょ!!でもなんか私事件に巻き込まれてたらしいから許してよ!奇跡的に助かったらしいんだって!で、居ても立っても居られないからなんか外出て記憶に残ってたこの辺に来たの!そしたらシンくんに会えちゃったから本当に運命だよねー!!きゃー!!」
本物のみーたんだ。トレードマークだったロングヘアーがバッサリ切られてボブヘアーになっている。
「おい、シン。黙らせろ。メシが不味くなる」
「シン、みーたんどっか連れてって。僕牛丼食べられない」
「無茶言うなよ・・・」
「ねぇ!どうして牛丼三つあるの?二人しかいないのに?ここで食べてから持ち帰ると腐っちゃうでしょ?それとも二人で三つ食べるの?っていうかアナタ誰!!シンくんのなんなの?!彼女じゃないわよね?!」
「僕の牛丼だからぁあああ!!!」
「シン、お前こいつと20分くらいその辺の珈琲屋にでも行ってこいよ。牛丼は全部どうにかしておいてやるから」
「見た目に反してすごく言葉遣いが荒い子ね・・・」
「なんだ、俺のこと覚えてるのか・・・」
シンはガッカリした。
最近の記憶がないのなら絶対に自分の存在を忘れていると考えていたからだ。アイドルをやっていた記憶も、握手会の記憶もないのなら、その時に出会ったシンの存在など覚えているはずがないと考えるのが道理だ。
「こりゃ、記憶がない間だけでも罰則が発動しなけりゃいいのにな。記憶がなくても罰則が残ってるからシンの事だけ覚えてるっていう事だろ。もうちょっと融通のきく術を掛けないもんかね?このまま一生記憶が戻らないならそれに越したことはないだろうによ!!てか牛丼食うからな!!」
「甲斐くんだけずるいーーー!!!」
もう繕うのが面倒と感じたのか、甲斐が本性のままに喋った。しかしみーたんは気にしない様子。キツネが見えないため、自分の前にある牛丼を手を伸ばして寄せた。躊躇わず蓋を開けた。
「じゃあこれは私が頂きます!ちゃんとお金は払います!いっただっきまーす!わーネギいっぱい!温泉たまごも付いてるー!美味しそうー!」
「悪魔ぁぁあーーー!!退院したばっかりなのにこんなもの食べて!僕の牛丼なのにィイ!!」
先に牛丼を食べ始めた甲斐。キツネ言葉で気づいた。
「・・・刺されたにしちゃ退院するの早くねぇか?ニュースも聞かねぇ。まぁ報道したら捕まってない犯人がまたノコノコ刺しにくるかもしれねから規制をしてるかもしれねぇけどそれにしても」
「退院?まだよ?抜け出してきたんだもん?それで、とりあえずさっき髪の毛切って、その足でここに来たんだもん!だからまだちょっとお腹痛いのよね。病院のごはんは味気なくてつまらないから牛丼なんて食べれて幸せぇ〜!んーおいひぃ!!」
「僕の温玉割ったぁあーーー!!!」
「シン、お前本当に面倒な奴を助けたもんだな」
「返す言葉もございません」
・・・ーーー
公園の隅でキツネが不貞腐れている。文字通り横取りされた。焼肉でないにしても念願の牛肉を目の前で美味しそうに食べるアイドルを見て怒りを通り越して悲しくなった。
「で?お前どうすんだよ?」
甲斐がみーたんに聞いた。
「ねぇ、本当にこの子態度悪いわね。シンくんの彼女じゃないわよね?」
「シンは俺の弟子みたいなもんだ。気にすんな。で、どうすんだよ?アイドルもう一回やんのか?辞めんのか?」
「・・・私、アイドルやってて刺されたんでしょ?だったらもう辞めようと思う」
「アイドルやっててただの不人気なだけじゃ別に刺されもしねぇよ。スキャンダルが多かったからだろ?」
「前の私がなんでそれでもアイドルになりたかったかわからない。好きな人と恋愛して、楽しい思い出作るだけで人から刺されるならアイドルなんてもうやらない」
「ホォー、病院のベットで暇だっただけ合ってちゃんと考えたんだな。感心感心」
「ねぇ、シンくんなんなのこの年寄りみたいな中学生」
「その言葉通りですよ」
みーたんはシンより年上だ。振る舞いこそたまに年下に感じることもあるが、社会人で、アイドルで、世間一般の人とは違うけど、毎日働いてお金を稼いで自立をしている。シンが言えることなど特にない。だからこそ、甲斐の言葉の方がみーたんに伝わる事があるとずっと黙っていた。
「シンくんの事しか覚えてないから来たの!ねぇ私たち付き合ってたんじゃないの?!」
「いいえ、付き合ってません」
「じゃあなんでこんなにシンくんのことばっかり気になるのよー?!」
「勘違いじゃないですか?理由もなく気になることってあると思います。でも、気になることがイコール異性として好きに直結するわけじゃないと思います」
苦し紛れだが、とにかく自分から注目を逸らしたくてなんでもいいから言う。今だって、人通りは少ないが、いつ誰が髪の毛を切ってはいるがみーたんだと気づくか、心の底では全員が少し落ち着かない。
「そっか!気になることが恋愛的な好きとは限らないのかっ!!でもじゃあなんでこんなにシンくんのこと気になるのかなぁー?うーん?」
「考えるのは家か病院にしろ。これ以上こっちに迷惑を掛けるな。一旦病院戻れ。ここで見つかってマスコミに付け回されるなんてごめんだからな」
甲斐が言い、みーたんも良い顔はしないが素直に従った。
・・・ーーー
「ねぇ、みーたんの事乗せたタクシー運転手さんがちょっと驚いてたよね!」
「気づかれてももう知らねぇよ。あのまま電車で帰るよりかはマシだろ」
鞄の中のキツネと甲斐が話す。シン達はまた牛丼屋へ向かう。シンの母の分と、ずっと期限を損ねていたキツネの分を再度買いに行く為だ。
昼時、社会人が外に昼食を食べに会社を出る。さっきよりも人が多い。禁止をされているが、今でも街中でビラ配りやティッシュ配りをしている人がいる。若い子に声をかけて回る中年の大人もいる。
そんな中、一人の学生が声をかけられている場面を一行は見た。
「ねぇねぇ!君!ちょっと良いかな?」
「・・・なんですか?」
「これさ!今学生に無料で配ってるの!使ってみて感想をネットからでいいから欲しいんだよねー!人気の大手の会社の新商品なんだ!」
「良いっすけど・・・なんすかコレ?」
「男子学生向けの制汗スプレーとシート!人気の香りで新発売なんだ!女子ウケするように開発したからさ!」
「・・・あの、女なんですけど」
「え?」
「女なんですけど」
大人から男子学生用の試供品を受け取った学生はなんと女子学生だった。制服を着ているが下はスカートではなくスラックスだ。
「ごめっ?!スラックスだから男の子だって思っちゃって・・!本当ごめん!髪も短かったし!!」
「スラックス履いてて髪の毛が短かったら全員男なんですか?」
「ごめん!そういうわけじゃないんだけど・・!」
大人がタジタジである。この時代、性別の問題はかなりデリケート、センシティブだ。シンは、『最近こういう学生増えたよな』と感じていたぐらいだった。しかし、甲斐の様子がおかしい。スタスタと歩いて女子学生と男性の元に向かった。
「そういうの、良くないと思います」
いきなり話しかけた。




