第34話 『ブチョウ』
「人生って難しいね?」
まだ陽が真上に登り切っていない。つまり昼前だ。今日は昼ごはんを甲斐にねだられる事はなく、あの後少し話をして解散となった。甲斐に『頭を冷やせ』と言われたのだ。
人間でもない精霊のキツネに言われた。人生が難しいと。難しいのかなんなのか、シンは考えながら歩いて家に向かっていた。
結局、電車での出来事の真相はわからない。優先席に座っていた男性が使っていた携帯電話が電波を発してる状態だったのか、発していない状態だったのか。そう、わからないのにおじいさんは思い込みで怒って体を悪くしてしまったのだ。
男性が一言そう言えば済む話だったのかもしれない。おじいさんがいる時だけは携帯電話をしまっておけば良かったのかもしれない。そうも考えた。
『《データ通信はオフだから電波は出てないです》なんて事をじいさんに言って理解できると思ってんのかよ?それを仕事にしてた位に詳しいじいさんじゃねぇとそんなことわかんねぇだろうが。それに、どうしてもメモしておきたいことが頭に浮かんだら打ちたくなるだろ。電波が出てねぇ状態なら問題ないんだから、例えば浮かんだ一文を書き留めておきたいって思って何が悪い?そいつなんも悪くねぇだろ?』
ぐうの音も出ないとはこう言うことかとシンは思った。甲斐のいう通りだ。男性の携帯電話が電波を発しているか定かではない。電波は目に見えない。そう、この件に関しては誰も悪くない、思い込みで怒ってしまったおじいさんが自業自得で済まされてしまうのである。
「シン!今日から新しいホットスナックがあっちのコンビニで発売だよ!確か・・・『夏だけど食べたくなるチキン!やわらかクールチキン』だよ!!・・・シン?」
鞄の中からキツネがシンに話しかけるも、シンは自分の”思い込み”について考えるばかりだった。
・・・ーーー
「結局僕のこと一晩中無視するし、クールチキン買ってもらえなかった・・・あと、今日鞄に詰められたは良いけどどこに行くのか聞いてないし」
ブツブツと鞄の中で文句を言うキツネ。
朝、普段よりも少し早くに起きて携帯電話を見たら珍しくスズからメッセージが入っていた。内容は、部活で急遽練習試合が組めたが相手の学校の部員が多いから手伝いにきてもらえないかという打診だった。この間の合宿と違い参加校は一校。それならばと気を紛らわせるのにちょうどいいと考えたシンは承諾の返事をした。
結局考えても、全ての人間が気持ちよく生きれる方法など見つからないのだと不貞寝をしたシン。そんなもの自分がわかるなら年長者は既にわかっているだろう。この年齢のしかも未成年で働いた経験もない自分が考えることなど浅はかなのだと考えれば考えるほどに気分は落ち込む一途をたどる。
「シン!おはよう。今日は助かる」
学校の門に近づいた頃、スズが後ろからきてシンに話かけた。人と話をすれば一人で考え込まなくて良い事にシンは安堵した。
「スズ、おはよう」
「どうした?体調悪かったか?」
「いや、ちょっと考え事してて気分が落ち込んでただけだ。スズには悪いけど、今回の部活の手伝いの話は気分転換にちょうど良かったんだ」
「じゃぁ、WIN-WINってやつだな」
シンは正直に自分の気分が落ち込んでいたので気を紛らわせるために部活に参加したことをスズに明かした。スズもシンがそんなことを言うのが珍しく、しかし頼ってもらったような気がして快く承諾をした。これがスズではなく他の部員なら不快に取られてしまうんだろうなと考え、シンは昔からの付き合いのスズに感謝する。
「ありがとう。助かったよ」
「・・・シンがそこまで考えるのも珍しいな」
「あぁ、ちょっとね。見えない事とか、自分の思い込みで決めつけて言葉を言うこととか、なんかよくわからなくなってな」
「あまり考え過ぎない方が良い。見えないものっていうのは結局は”わからないもの”だ。わからないものをずっと考えるのは疲れる。マネージャー業務に夢中になれば気も少しは晴れるかもしれない。一旦忘れてみればいい」
「そうするよ。ありがとう」
「なんか穏やかだよねー、この二人ー」
キツネがか鞄の揺れに心地良くなってうとうとしながら言った。
・・・ーーー
「あーーー!!今日も居たーー!!久しぶりー!ってほどでもないかも!!」
「あぁ、籠にぶつからなかった彼だね」
「お前の覚え方どうなってんだよ」
体育館の近くまで来たら聞き覚えのある声が聞こえた。
「・・・スズ、今回の練習試合の相手校って・・・」
「あぁ、白羽高校だ」
シンが夏休み前の合宿で会った、白羽高校の女子マネージャー、部長、副部長だ。
部長の前後で、金色の施錠の印と解読不能な文字の輪が廻っている。そう、彼はこの近辺の学校ではない。都心の学校だ。甲斐に会うこともなければ、他の解錠の力の持ち主にも遭遇していないと言うことだ。
「あ!鈴くんだよ!こんにちは!よろしくお願いします!鈴くんはお肉は何肉が好きでたくさん食べますか?!」
「お前唐突なんだよ・・・」
「よろしくお願いします。俺は、牛肉が好きです。次は羊が好きです」
「羊ーーーーー!!!!ね!今日終わったらみんなで羊食べようよ!!」
「どこで食うんだよ!!」
白羽高校のマネージャーはとにかく明るくて元気である。
「あ!ねぇ、この間結局聞かなかったけど名前なんて言うの?」
明るいまま、シンに聞いた。
「あ、俺、瀬条 心って言います」
「瀬条くんね!!私は榊 美子って言います!体育館の案内とかよろしくね!」
白羽高校は、天王子学園に来たことはない。大体の顔馴染みの学校とは合宿が行われた鷹泉館学園でしか会わない。初めてこの学園にきた彼らに、臨時とはいえ何か聞かれたらシンが答えるのである。
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
シンは気が紛れそうだと少し安堵した。
・・・ーーー
「いやー!!鈴くんやっぱり凄いね!鈴くんのスパイク強烈!床に当たった衝撃でボールが破裂するんじゃないかっておもっちゃった!」
「ありゃ自主練の筋トレをだいぶやってねぇとあの筋肉はつかねぇだろ?なぁ、飯食いながら話さねぇか?」
夕方。練習試合も終わり、生徒が帰る。
白羽高校は、朝は部員と教員が揃って学校からバスで天王子学園まで来たが帰りは各自で帰る。学校の近くに住んでいる者はバスで学校まで帰るが、それでは遠回りや時間が掛かるものは電車で帰る。なんとなくで白羽高校の3人とシンとスズは一緒に駅へと向かう。
「それ良いかもー!ねぇ?!二人はどう?!あ、なんか気まずいならそっちの部長呼んでも良いからさ?!」
「気まずいなら断らせろよ!来るのは強制かよ?!」
「だってこんなチャンス中々ないよ?!合宿だとなんか他の学校もみんな鈴くん狙ってるから近寄り難いんだってば!」
「わかったからちゃんと前見て歩け、人も車も多いんだよ危ねえだろ」
マネージャーの天真爛漫な姿が一瞬キツネと被って見えたシン。そうだ、と鞄の中にずっと入れっぱなしのキツネ
の存在を思い出した。
「(でも、寝てたし。大丈夫かな)」
そう思い今度はスズを見た。スズは行ってもよさそうな顔をしていると思ったシンは首を縦に降った。
「俺いいや、ちょっと最近調子がイマイチでね。まぁ受験勉強も並行してやってるからってのもあるんだろうけど。早く帰って寝るわ」
白羽高校の部長がご飯を断った。
「えーー!!いままでそんなことなかったのにー!」
「明日雪でも降るか?」
「夏なのに降るわけないじゃんー、お前の方が頭おかしいよー」
「十分元気みてぇだなっ!!」
「本当に雪降るかもだよー!!うわっとと・・・ごめんねっ?!大丈夫?!」
「だから言ったろ?!おい、悪かったな。嬢ちゃん大丈夫か?」
白羽高校のマネージャー、榊 美子がフラついて他の歩行者にぶつかった。相手は同じ女学生だが榊の方が少しばかり身長が大きい。相手の女学生を副部長が心配した。
「あ、大丈夫です」
シンは心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
ぶつかった女学生というのは、甲斐だった。
「うわぁー!超可愛い!!あ!この制服知ってる!有名なお嬢様学校だよね!一姫女学院の子だー!」
「お前はもうちょっとちゃんと謝れ」
「本当に大丈夫ですから・・・」
突然の甲斐の登場に加え、見慣れないしおらしさに頭が混乱するシン。特にここで声を掛けてくるわけでもないとすると本当に偶然なのだろうと思い、自分からも声を掛けることは辞めた。しかし、目線は飛んできた。何が言いたいのかシンには伝わる。
部長の金色の施錠だ。
「部長が来ないんじゃ私たちも帰るー?えー?!でもこんなチャンス滅多にないのにー!?」
「二人で一緒に行って貰えば良いじゃないか。俺は帰るけど代わりにためになる話を沢山聞いてよ」
「まぁ、お前がそういうなら・・・本当大丈夫か?お前がこういう時に来ないのなんて気持ち悪いぞ?」
一行は駅へ向かい、向かいから来た甲斐は後方へ。シンは気になって後ろを振り返ると甲斐がシンを見ている。いや、シンではなく、部長を見ている事に気づいた。そして、両手を自身の前に持ってきた。
「(・・・もしかしてっ?!)」
シンが更に気づいた。
甲斐は、今から部長の施錠を解錠する事に。




