第31話 『ゾクホウ』
女性店員は奪った刃物を男性店員に向けてしまった。
周りの従業員やまだ見ていた客は驚きどよめいた。他の従業員ですら悲鳴を上げている。
「アババババババ!!まずいって!!」
「あーーーーー。嬢ちゃん終わったな」
「《表印》っ」
シンが唱えて《印》を出した。合宿の時から金色の瞳印と手印のままだ。シンが唱えた事で、甲斐はシンを見た。初めてみる金色の瞳印と手印に緊迫した場面にも関わらず珍しそうな表情を浮かべた。
「ホォーー。本当に金色とはどういうこっちゃ」
「《強制制御》」
蒼白い雷が2本落ちた。今回も同時に二人を施錠した。
【ガシャンッ!!!!!】
「・・・なるほど、そうきたか」
鳴り響いた二つ分の施錠に甲斐は目を見張った。
シンは座ったまま渦中の二人を施錠し、そのまま行く末を見ている。二人の怒りが一瞬で収まった為に変な間が流れている。女性が刃物を持っていた手がわずかに下がった。その瞬間を、向かいで突きつけられていた男性は見逃さなかった。すぐさま手を叩いて刃物を床に落としたのである。
「辞めなさい。君のこの先の人生を賭けてまで続ける職場じゃない。君には君にふさわしい場所がある」
「誰のせいで・・・っ!!」
男性店員の方は落ち着いているが、女性アルバイトの方は思ったよりまだ昂っている。
「・・・施錠が効いてない?」
シンが疑問に思った。
「施錠はちゃんと効いてるさ。今の騒動に対してはな。だからあの嬢ちゃんが今の件以外にも普段からなんか抱えてるんだろ?他にも怒ること、気に入らないこといっぱいあんだよ。普段から怒り狂ってたってことだわ」
「でも、本当に刺す気だったなら倒れなくてよかったね!みーたんの握手会の時の人は施錠したら倒れちゃったからさ!」
甲斐とキツネがのんびりと話を始めた。店内はまだそんな雰囲気では全くないのだが、施錠をした以上はこれより大事にならないとわかっている甲斐とキツネはベラベラと喋りだす。
カウンターの奥では、刃物を回収する他の従業員、男性店員に取り押さえられる女性アルバイト、他の従業員の指示で裏方に下がる他の女性従業員。
「あん時は中年のオッサンだろ?中年がそこまで興奮してる状態をいきなり抑えられたらそうなるかもな。施錠関係なしに食生活も運動習慣もなさそうな奴だったからほっといてもそうなりそうだったけどな」
「あ!確かにちょっと心配になる感じのぽっちゃり体型だった!」
「はっきりデブって言えよこの高感度上げ特化専門マシンが」
「マシン?!僕、機械じゃなくて精霊だから!!」
「まぁ、とりあえずあの店長が”君には君にふさわしい場所がある”つってたから今回は警察に通報もしないで不問にして自主退職してもらう方針だろうな。まぁ店長が寛大で良か」
「警察だ・・・」
「「はぁ?」」
いつの間にか外を見ていたシン。そのシンの目線を追った甲斐とキツネ。その先には警察官が来ていた。シンと甲斐が店内を見回す。店内には携帯電話のカメラをカウンターに向けて動画撮影をしているもの、電話しているもの、画面をタップして何か文字を打っている人が多く居た。
通報にしてはあまりにも駆けつけが早い。ネットに拡散されて場所も特定されている。現場ももうネット上に流れている。この時点で彼女を含むこの店舗や顔が出てしまった従業員はもう働けないかもしれない。
「刃物人に向けちゃったもんね・・・甲斐くんも終わりだって言ったもんね・・・」
「・・・っ!言ったけどヨォっ!!」
「いや、甲斐。キツネのいう通りだ。昔ならまだしも今のこのご時世じゃもうどうにもならない。どうにかしてあげたくても」
「・・・だから俺は今の情報社会が嫌いなんだよっ」
客からしたらそれはそれで恐怖だろう。店内で店員が言い合いしているだけでも不穏なのに、成人男性に力敵わないからと言って女性とはいえ刃物を人に向けたのだ。この状況で人に向けた時点で殺傷する意思があると思われて仕方ない。”刺すつもりはなかった”という言葉をよくニュースでも聞くが、気がなかったとはいえ向けられた方からしたら恐怖や脅迫状態である。
自動ドアから二人の警察官が入ってきた。店の真ん中に座っていた女子学生が席を立った。
「パパッ!!あの女の店員さんが包丁を向かいの男の人に向けたの!!」
どうやら父親が近くの交番に勤める警察官だったようだ。娘が勤務中の父に電話をして呼んだらしい。それは確かに到着が早いはずだ。女性アルバイトは一旦警察の世話になることが確定した。もちろん店長である男性もであるが。店は営業停止となる。
・・・ーーー
「あーあ、便利っちゃ便利だけどこういう使い方なら携帯電話は無くした方が良いな?!電話の機能だけで良いだろ?!それだったらもっと小さくて良いし・・・失くしそうだけど。あ、じゃぁやっぱり時計型ので良いじゃん。失くさねぇし!・・・でもずっとアレ付けてんのも嫌だなぁ。いいよ、今のサイズで電話だけできれば問題ねぇって。あと天気予報くらい見れれば十分だろ。写真も動画も不要だ。良い使い方だけできりゃ良いけどよ、結局こうやって使われるんだよなー。良いことも悪いことも理表裏一体っつーのはこういうことかね?今の若いもんは全くなんかありゃすぐに写真や動画を撮りやが」
「甲斐くんずっとお説教モードだね」
「ウルセェぞキツネ最後まで言わせろ」
ハンバーガーを食べた帰り道。あの後すぐには解放されなかったが思ったよりは早かった。店内にいた成人は少し残されていたが、シンと甲斐は学生だ。特に甲斐は見た目は女子中学生の為、ある程度の質問に答えたら優先的に帰してもらえた。シンと甲斐は横に並んで歩いている。シンの鞄から顔だけ出してキツネは甲斐と話していた。
「あのなぁ、シン。さっきのは刃物を向ける行為自体は良いとは言えねぇけど、どっちが悪いわけでもなきゃ正解もないんだよ。刃物沙汰さえなけりゃあのまま言い合いさせててよかったんだよ。人間なんてそんなもんだ。双方主張がある。納得いったり妥協できないから言い合いしてるんだ。心が納得しないからな。それを、施錠で無理やりその感情を抑えてみろ。自分の心なのに自分で自分がわからなくなったら不具合を起こすんだ」
「・・・不具合ってなんだ?」
「体を悪くするんだよ。お前が前に言ってた”怒ると体に良くない”も一理ある。しかし、強制的に心を操作されるのも体に良くないからな。覚えておけ。だから、なるべく施錠をかけるな。お前のためにも」
「・・・どう言う事だ?怒らなくなるんだから良いだろう?」
突然甲斐が話し始めた話題についていけず、詳細を聞こうとしたが甲斐は携帯電話を取り出して時間を見た。
「悪りぃが、夏休みの間は稽古の時間が変わってるんだ。今日は昼過ぎからあってな。この話の続きはまた来週だ」
「あー!またそうやって良いところで!!なんか漫画の良いところで次巻に行くやつ!!本当勿体ぶるよね!!」
「キツネお前のその口捻り切って・・・っと。シンにとって良いのか悪いのかわからんが緊急速報だぞ」
「?」
「あの刺されたアイドルの続報だ。あとは自分で読みな。じゃあな」
そう言う甲斐の顔からは何も読み取れない。良いのか悪いのかわからないと言われると、意識が戻ったと言うことだろうか。すぐに自分の端末で見ればわかることなのだろうが、シンは見ようとしない。
「みーたんの件!!シン!携帯見ようよ!!」
「・・・いや、良い。帰ってからにしよう」
「えええーーーーーー?!なんで?!」
「どんな情報かわからないんだ。こういう所より、部屋で落ち着いて見たい」
「ボク・・・ちょっと飛んで他の人の携帯見てこようかな・・・」
「見ても良いけど、その結果を俺には言うなよ」
「出来ないのでカバンの中で静かにしてますっ!!」




