第30話 『セッキョウ』
「仕事の範疇は範疇でも、ストレスは溜まるに決まってる。度合いが違うし何度も同じ事言っても間違えたり出来ないのは男性店員の負担になる。男性店員はマニュアルに沿って彼女に仕事をさせる義務があるのに彼女が悪気もなく義務を怠るんだ。悪気がないほど最悪なことはないだろ」
「悪気がないってわかってるのに腹が立つのか?」
「悪気がないから余計に腹が立つんだよ。悪意もないから反省してるかどうかもわからない。それでいて同じ過ちを繰り返すんだ。んでもって毎度毎度尻拭いをしてんだよ。仕事も進まねぇし客に怒られたり詫びたりするし、しなくて良いことたくさんして腹が立つわけだわ」
「でもだからって」
「それが積み重なると、ストレスになる。体に異常もきたす。冷静な判断ができなくなる。感情が昂る。また同じことが起こるかもしれないと予期不安起こるようになって不安は頭から離れない。ずっと体が緊張してこわばる。だから彼女を辞めさせたいのに何故かこれだけ怒られても彼女は辞めない。男性側からしたらもう悪の根源なんだよ、あのバイトの嬢ちゃんが」
「大人がバイトに・・・子供にそんなに腹立てるか?」
「”子供相手に大人気ない”なんて言葉あるが、そんなことはない。人の心の状態によって、子供が言った心無い言葉が信じられないほど突き刺さることがあるんだ・・・まぁ、心無い言葉が突き刺さるほどの精神状態だから仕方ないが。だから、あの男性のその精神状態を作ったのが嬢ちゃんだとして、それなのに嬢ちゃんはまだ男性に追い打ちをかけ続けてるんだ」
「悪気ないのに?」
「だから悪気がねぇ方が余計に腹たつんだって。悪気ない人間を責めるのは辛いもんだと思うぜ」
「なんか、甲斐くんの話聞くと、どっちもどっちかなって気がしてきた」
今まで黙っていたキツネが喋った。
「あ?キツネのクセに物分かり良いじゃねぇか?」
甲斐は言いながらまたポテトを一本口に運んで咀嚼してから炭酸飲料を一口飲んだ。
「辞めさせなくたって・・・」
「嬢ちゃんがいるだけで、嬢ちゃんの存在があの男性の精神を狂わせてるとしてもか?なんでここまで言われて辞めないのか俺にはわからねぇけど、嬢ちゃんはまた別のバイトを探しゃ良いだろ」
「それなら男性側もそうだろう?」
「成人男性がサクッと仕事を辞めて次の職場を探すっているのは中々ハードルが高い。もし家庭持ちだとしたらそんな簡単に辞められねぇだろうがよ?もし子供が3人もいたりしたら大変だ。物価高だし余計にな」
「彼女だってトラウマになって次働けなくなったらどうする?」
「さっきもその話ししたけど、嬢ちゃんは女だ。嫁に行って旦那の稼ぎで食えばいい。見てみろよ、嬢ちゃんのつけてる髪飾りや時計。ありゃブランドもんだ。ちなみにちょっと年上の彼氏が買ってくれました!っつー金額じゃねぇ。ハイブランドもハイブランドだ。家が金持ちなんだよ。働かなくたって学費も住むところも食費も何もかも全部大丈夫なんだよ・・・なんで同じお嬢様がこんなところでバイトしてんだ?!バーガー食えてんだ?!なんか腹たってきた!!」
「甲斐くん、話ズレてる!!」
「・・・たまにいるんだよな。悪いことしてないのに何故か人から嫌われちゃう人」
「それだよ!!!多分あの嬢ちゃんそれもあんだよ!!!」
怒鳴るほどの大きな声は聞こえなくてもまだ男性店員がアルバイトに話している様子は続いている。客も慣れてきたのか自分達の会話を再開し出す人が増えてきた。
「これだけ怒られて辞めさせたいのがわかってて何故続けるんだろう」
シンがボソッと言っただけの言葉は何故か甲斐に火をつけた。
「例えばな?あの嬢ちゃんがどうしてもファストフードで働くのが夢だったとしよう。んで、ちょっと働くんじゃなくて長く働いてバリバリに活躍して人から重宝されてなんでもできるそう・・・”できるオンナ”になりたかったとしよう。それを出来ないなんて最初から否定する訳じゃねぇ。でもよ、ものには順序ってもんがあんだよ。こんな駅の店なんて混み合うに決まってんだろ?もっと過疎地の店で慣れてからこういうデカイ店で働けきゃいいんだよ。
そしたら焦る頻度だって減るだろうよ。それを、夢の最終目的地に最初から行こうとするから全然うまくいかねぇの。ものには順序がありますって教わるだろ?嬢ちゃんだってゆっくりやってきゃ難なくできるかもしれねのに。たった一ヶ月か二ヶ月だけだってゆっくりやれれば人間全然違うんだ。その少しを怠るからこうなるんだよ」
「でも、最初から飲み込みが早くてできる人だっているだろ?」
シンが意見を述べた。1を説明して10を知る人間のことを指している。
「そんな奴ぁ少ねぇんだよ!!そもそもそいつらだって全部わかってる訳じゃねぇんだ。ある程度わかった状態でさらに”自分で考えながら”働いてるんだ。絶対に失敗しない奴なんていない。失敗の度合いは人によって違うけどな。Aさんからしたら大成功なことでもBさんからしたらちょっと失敗したなって事がある。自分がどこに基準を置くかの話だがな。そうやって、人の言ってることを汲み取ろうとしながら生きる奴と、すぐに頭がパンクして言われたことが出来ないやつを一緒にするな。ちなみに後者の方が圧倒的に世の中溢れてる。つまり、後者がこの世界の《一般人》枠なんだよ!!なぁ?わかるか?!」
「言いたい事は、なんとなく・・・」
とりあえず甲斐の顔の凄みの圧に押されてどっちともつかない返事を返すシン。
「まあ、あくまで俺の考えだけどな。はい、『それでもアナタは怒鳴られている彼女が可哀想だと思いますか?』ってわけだよ」
「ごめん、俺が悪かった。静かに食べてくれ」
甲斐は少しハッとしてからバツが悪そうに言われた通り静かにポテトを食べ始めた。
「悪かったよ、ジジイの説教でよ」
これでこの場は収まると誰もが思った。
「なんで社員なのに優しく教えることができないんですか?!教育も仕事ですよね?!なんで私がこんなに怒られなくちゃいけないんですか!!」
ずっと黙って怒られていた女性アルバイトが遂に言葉を発した。しかも大声だ。男性店員よりもっと大声である。
「うわっ、ヒステリー系のお嬢様かよ。上手くいかないとすぐわがままだ。これだからお嬢様って生き物はっ・・!!」
甲斐がまたすぐに反応した。シンも再び見る。女性側は怒りを抑え切れない。発狂に近くなっている。周りの店員も流石に良くないと思い集まってきた。しかし女性の暴言は止まらない。そしてその言葉に男性店員も一度収まりかけた怒りが再熱した。
「お前がいるだけで店の利益も下がりゃ雰囲気も悪いんだよ!!」
「私一人で利益が下がるような店ならそれは私が悪いんじゃなくて店長のあなたがダメだからじゃないですか?!みんな失敗するのになんで私の失敗だけが店の利益に直結するんですか?!経営方針や計画がおかしいんじゃないですか?!濡れ衣です!責任転嫁です!!無責任です!!」
「だからお前みたいなの雇いたくなかったんだよ!!たった一件分の廃棄ロスだって出したくねぇんだよ!!それを何件も出してんだ!!ガキが経営に口出してくんじゃねぇよ!!知ったような口聞くな!!」
「実績や実務がなくたってちゃんと勉強してます!!新人育成のマニュアルも店舗内の計画も甘いからこういうことになるんじゃないですか?!」
「やったこともねぇガキが調子乗ってんじゃねぇよ!!!」
いよいよ危ない。そもそもこの怒鳴り合いが店のレジカウンターで行われており客に聞こえている時点でアウトである。いよいよ危ないというのは双方怒りで我を見失っているからだ。
「ダメだ、危ない」
シンは体を渦中の二人に向けた。
「・・・しなくていいと思うけどな。お前がそんなに他人の為に頑張る必要はない」
「そんな事ないよ!シンが施錠して!その人も!負の感情も生まれなくて悪さもしない、地球も助かる!そしたら結局は巡り巡ってシンにとってもいい事だよ!!」
「ウルセェテメェは黙って食ってろ」
「もー!甲斐くんてばー!もぐもぐ・・・」
「君は他で働いた方が良い、もう頼むから辞めてくれ!!」
「何よ!!偉そうにして腹が立つのよ・・・!!!」
次の瞬間、シンと甲斐は目を疑った。
カウンターの後ろにいた作業中の他の店員の刃物を彼女が奪ったからである。




