第3話 『セジョウ』
「いーい?!まずは『表印』って言うの!そうすると、瞳に印が見えるようになる!視界の真ん中に印が出てくるから!あとは、手ね!手の甲でも手のひらでもどっちでもOK!手首より先は、自分の手が透けて輪郭と印しか見えなくなるから!
それで!瞳に見えてる印と、手の印を重ねて・・・その重なった印の真ん中に、対象者をロックオンする!
で!こう言うの!!『強制制御』って!そうしたらその時のその人の行き過ぎた感情を止める事ができるよ!!」
「口で説明されても試してみない事にはなぁ・・・」
シンはキツネから力を渡された。
つまり、キツネの話しを聞いて、シンはその力を受け取る事を決めたのだ。
「『表印』と『強制制御』だからね!ちゃんと覚えて!!」
「それだけ短い言葉なら言われなくても覚えるよ」
「じゃぁ、明日もしそう言う人いたら早速やろうね!僕疲れたからもう寝てもいい?」
「おう、帰っていいぞ」
「違うよ、ここに住むんだよ。力を受け取った”術者”の側にいる責任があるんだって!」
「・・・マジか」
そう言ってキツネはシンのベッドの上にジャンプした。狐というのは脚力があるのだろうか・・・と疑問に思ったシンだったがそもそも精霊だとか言ってたし常識で考えるのは辞めようと思い、深く考えずにその日は就寝した。
・・・ーーー
「おはよう〜!良い朝だよっ!起きて〜!!」
目覚まし時計をかけずとも大体同じ時間に起きるシンは、普段の起床時間よりも少し早くに聞こえてきたノイズと認識してしまうような声に少し苛立ちながらも起き上がった。
「・・・俺、まだ寝たいんだけど」
「朝のお散歩に行こうよ!もしかしたらイライラしてる人いるかもしれない!あと、僕の知ってることもうちょっとお話ししたいし!」
「行かない。後で聞く。うるさい。家族に聞こえると面倒」
「僕の声は、シンみたいに力を持ってる人とかバチ当て様しか聞こえないし見えないから大丈夫!だから学校にもついて行くよ!」
「・・・俺、力もらう前からお前の事見えてたぞ・・・学校の樹の上に居ただろ?」
寝ぼけながらもシンが疑問に思った事を聞いた。
「シンは、力を授ける予定の人だったら見えるようになってたんだと思う!」
「曖昧な答えだな」
「僕は教えて貰ってる事しかわからないからね!さ!起きようよ〜?」
枕元で元気にウキウキと体を動かしている狐の頭を掴み抑え込んでシンはまた寝た。まだ4時半だ。起きてたまるものかと二度寝を決行した。
「もう〜!本当に二度寝しちゃうし朝起きるのも遅いし!僕つまんなかったんだよ?!」
視界には若葉が生い茂る五月。
五月晴れが続いている。大型連休も終わった。朝晩はまだ少し気温が低いために木々の葉には露が乗っている。朝日に照らされて綺麗に反射する梅雨を見て心穏やかな気持ちで静かに登校したいシンの気持ちをよそにキツネはずっと喋り続けている。
「シンのお家の朝ごはんはパンなんだね!!白米に焼き鮭にだし巻き卵とお味噌汁かなって思ってた!やっぱりそういう朝ごはんのお家はもう少ないのかな?でも、スクランブルエッグと海老のサラダは凄く美味しそうだった〜!」
「・・・うるさい。静かに登校させろ。あと今は周りに人がいないから良いけど、お前の姿と声は人に見聞きできないだろうけど、お前と会話したら俺の声は他の人に聞こえる。俺ただの不審者になるからそういう時は無視するからな」
「確かにっ!!なんでさっき凄く無視するんだろうって思ってた!!そっか!一人で喋ってたらシンが変な人って思われちゃうかもしれないんだねっ?!」
「もうちょっと一般常識とかなんかそういうのを教えられてから来いよな。神様のところから来たんだったら神様ももうちょっとそこんところ気を遣ってほしいよな。本当にいるかどうか知らないけど」
「えへへ〜!・・・神様いるよっ!!力を受け取っておいて信じないの?!」
「まだ使ってもないし、信じてないって」
「じゃぁ早く使ってよー!!」
キツネと戯れている時だった。
「あ!!瀬条くん!!」
昨日、オミに絡まれていた同級生に名前を呼ばれた。そして彼は遠くから駆け寄ってきた。
「あ、昨日の虐められてた子だ!」
キツネの声は他の人には聞こえないとは言え、やはり本人を目の前にして蔑むような言葉が聞こえる事に良い気がしなかったシン。自分の肩の横あたりで浮いているキツネを睨んだ。
「大丈夫だって!聞こえてないよ!」
問題はそこではないのだがシンの意図はこのキツネには通じない。仕方ないと思うしかないとシンは諦めた。そして、そのまま見え始めた門へと歩きながら話しを切り出した。
「おはよう。昨日はオミに責められて災難だったな」
「・・・あ、でも・・。水屋くんの言いたい事もわかるから・・・。仕方ないなって思うし・・でも!結局また再提出だけで済んで減点とかされなかったから良かった・・・!それに、瀬条くんが言ってくれたように、予め課題の再提出の可能性があるってみんなに声かけてたからその時には誰も何も言わずにスムーズにやってくれたし・・・本当に、ありがとうございました!!」
「別に俺は何かしたわけじゃ・・・まぁ、オミとスズを収めただけだし。それいつものことだし。日課というか俺の役目っぽい扱いだし」
「でも本当にありがとう!」
昨日の怯えた顔とは違い、今は嬉しそうで晴れやかな顔をしている。シンも、人が怒ったり悲しい顔をしているより笑ったり嬉しそうな顔をしている方が自身の気分も良いので、まぁ良いかと心穏やかになった
のも束の間。
「だから!!何遍も言わすなっつーんだよ!!!」
せっかく良い気持ちだった所に怒号が聞こえた。しかも聞き覚えがある声だ。
「ひぇえっ・・!水屋くんが校門で怒鳴ってる・・!」
「朝から元気だなおい・・・」
「あの人怒ってない時間無いのかなっ?!」
三者三様の意見を述べた。
昨日、廊下で同級生を騒がせたオミが本日は校門でまた騒ぎを起こしている。何をどうやったら毎日毎日こんなに怒れるのだろうかとシンは呆れた。
「おい・・・まだ朝だぞ。何がどう起こってあんなに人に喰ってかかれるんだよ・・・」
「水屋くんのその、元気の有り余りは凄いですね・・・」
「無駄なエネルギーの放出作業かっての・・・」
そんな会話をしていたらキツネがハッとしてシンに話しかけた。
「シン!!今だよ!今こそ力を使う場面だよ!あれ以上怒らせたら喧嘩が始まるかもしれない!」
キツネはキャイキャイと言うが、同級生の他にもちらほらと他の生徒も登校している。喋りながらも歩いている訳で、つまりもう校門に近い。向かいの道路からも生徒が登校している為、シンは他の人の視界に入っているのだ。
「こんな人が多い所で無理だろ?」
小声でキツネに話しかけた。
「大丈夫だよ!!別に大きい声出さないと術が効かない訳じゃ無いし!そもそも瞳印も手印も手が透き通るのも他の人には見えないから!」
まだ行ったことないシンは疑ってキツネを見る。しかし、小声で良いのなら試してみても良いかもしれない。
「ほらほら!なんかヒートアップしてるよ!」
キツネの言葉に覚悟を決めてやってみる。
「《表印・・・》
ぅおわっ・・・?!」
シンの視界に、”赤い色の星の記号”とその星を囲う”丸”が映し出されて驚いた。
「瀬条くんどうしたのっ?!」
突然のシンの驚きに、隣にいた同級生が驚いた。しかし、シンはもっと驚いている。しかし、それを気付かれたくはなかったシンは平静を装う。
「いや・・っちょっと目にゴミが入ったみたいで・・大丈夫」
そう言って瞬きを数回繰り返した。
「シン!両目に瞳印が見えるとややこしいから片目を閉じるといいよ!あと手!手!他の人には透けて見えてないから安心してね!」
キツネに返事をせずに言われた通りにした。まずは片目を閉じた。そして自身の手を見る。両手とも手首より先は指の輪郭だけしか見えない。透明で背景である地面が透けて見える。そして、瞳と同じ印が手に有る。
実に奇妙だ。
「ほら!瞳印と手印を重ねて!どっちの瞳と手の組み合わせでも良いから!瞳印と手印を重ねて、その丸の中にお友達の顔を入れて・・・まぁ頭部が入れば良いから!出来たっ?!ほらそしたらあの言葉だよ?!せぇーーのっ!!」
「《強制制御》・・・」
その瞬間、シンが瞼を開けていた右目の視界は真っ黒になった。まるで漫画やアニメの描写の様、オミが雷に打たれたかのごとく、青白く光り
【ガシャンッ!!!!!】
大きな音が響き渡った。