第20話 『フオン』
「瀬条くん!一回部屋に戻るの?私も今部屋に一度戻るから後で一緒にまた体育館行かない?!」
「私も!」
「二人とも待って!まだボール磨き終わってないから!」
「・・・俺、頼まれたこと終わったのと取りに行かなくちゃいけない書類があるから一人で部屋に戻るね」
「あっ!待って瀬条くん!!」
太陽が沈みに掛かり、辺りが薄暗くなった頃。
初日の練習は一旦終了。夕食の時間が近づいている。頼まれた片付けまで終わったシンは自由にして良いと佐藤先輩から言われた事もあり、割り当てられた部屋・・・と言うより教室に行く。キツネの様子を見る為だ。行き掛けに、同じ臨時マネージャーの女子生徒に声を掛けられてしまった。
どう断ろうかと思ってたら、運よくその佐藤先輩が女子を止めてくれた事に心底感謝した。
「わかるけどさっ!!わかるよっ?!甲斐くんの件があったからね?!色んなところから沢山人が来るこの学校内に、もし力を持った子がいたらって思って僕の事鞄に詰めたんでしょ?!僕も察したよ!!でもね!!僕も不穏な空気を感じたの!!シンに伝えようとした瞬間に掴まれちゃって突っ込まれちゃったからぁああああ!!!」
教室や周辺に誰もいない事を確認してシンがナップザックの口を開けた。その途端これである。
「悪かったって。ほら、チョコレート」
「あぁあああぁ!!ずっと寂しかった!!何も食べれなくて!!!食べなくても問題ないんだけどっ!!」
シンから手渡されたチョコレートを受け取ってキツネが頬擦りをした。とても嬉しそうに涙を流しそうな勢いである。
「で?」
「ほぅへ?」
一瞬で包みを開けて口にチョコレートを放り込んだキツネはシンの先ほどの言葉を忘れていた。
「不穏な空気を感じたんだろ?どう言うことだ?」
「ああ!!そうそう!バスから降りたらこの周辺の空気がこうズモモモモモッ!!っていうかこうヒューーーっていうか!!おどろおどろしい感じの空気が!どよめいてる!この学校、”負の巣窟”状態だよっ!!」
「負の巣窟?」
「バチ当て様が優先して払うべき対象だよ!シンが施錠してきた個人の怒り、あれが施錠しなかったら結局爆発して、もやもやが加害者や被害者から負の感情が放出されてると、それをバチ当て様が整理するわけ!で、その負の感情が処理されないで交通整理もされないとどんどん一箇所に集まって貯まるわけ!!ココは山奥の学校でしかもすごく大きい!あと、いろんな学校が集まるんでしょ?!ここの学校の生徒の負の感情だけじゃなくて、合宿しにきた他の学校の生徒の負の感情も混じればそれはそれは莫大だよねっ?!これ、”負の巣窟”状態!!負の感情が勝手に悪さをし出す可能性高いよ!!」
「・・・説明長い」
「しょうがないじゃんっ?!?!」
キツネは自分がバスを降りた時に感じた不穏な感覚をやっとシンに伝えることができた。身の毛がよだつほどの不穏さだ。これほどまでに酷く澱んだ状態なら、どうにかして外部からバチ当てや施錠の力を持った人間がいてもおかしくない。バチ当てならまだ良いが、近くにいない方が良いと甲斐にも言われた解除の力や、もし他にも違う力を持った人間が生徒の中にいたとしたら・・・と考え出るに出れず、喋る事もできずにいたのだ。
「僕は、他の施錠や解除の力の持ち主やバチ当てを見てわからないから・・・」
「・・・そんなに問題か?甲斐と会っても特に問題もまだないし、同じ施錠の力の持ち主やバチ当てならむしろ仲良くした方が」
ーーーコンコン
「シン、いるか?」
スズが来た。キツネは念の為今度はシンの大型鞄の中に入った。シンが持っていたチョコレートの袋を直前に掴み取って。そして、シンは携帯電話を手に持って通話をしている素振りをした。会話の内容までは聞かれていないだろうが、喋っていた事は聞こえているかもしれないのでこちらも念の為だ。
「あぁ、ちょっと母さんに電話してた。入って大丈夫だよ」
「悪いな。副キャプテンがこっちに持ってきたっていう救急セットを取りに来た。全日同じ体育館だ。今持っていってずっと置いておく」
「じゃぁ俺が持って行くよ」
鞄に入っているキツネは周りの光景はもう見れないが、会話の流れと音で、自分の近くに置かれた救急箱を持って行ったのがわかった。そして、扉の閉まる音、遠ざかる足音と声で、シンがスズと共にもう近くにいない事がわかった。といっても、自身の声は力を持つものにしか聞こえないのでこの場で自分だけが喋っていても問題はないのだがなんとなく息を殺して潜んでいた。そして、また一人の空間になり、安堵のため息をついた。
「っふーーー・・・。まぁ、施錠の力の持ち主同士なら仲良く出来るかもしれないけど・・・バチ当てからはあまり好かれてないからなぁ・・・『施錠の力』」
・・・ーーー
「合宿に男の子のマネージャー着たの初めて!」
「あ!でも大会でなら見たことあるわ!」
「あー、あそこでしょ?めっちゃ強いところ。東京徳瑛高校!!」
夕食。何故か他校の女子マネージャーを目の前にして食事をしているシン。特に”自校のみでまとまって食事をする”という決まりがある訳ではないのだが、初対面なのに普通に話しかけられる経験があまりないシンは驚いている。更にいうと、シンが座っているテーブルから自校の女子マネージャーたちが見える。そして、彼女たちが自分の方を見ているのは気のせいではないだろうと感じた。居心地が悪い。隣にスズが居ることだけが安心材料だった。
「マネージャー業務初めてなんでしょ?!なんか卒なくこなしてる感じだった!」
ショートカットの女性マネージャーが話しかけてきた。似た髪型の甲斐とは全然違う。甲斐は中身はおじさんだ。違くて当たり前だと会話を全く違うことを考えていたら返答が一瞬遅れた。
「コイツは、俺の試合を小学校から観に来てたから、選手にドリンクやタオルを渡すタイミングはなんとなくわかってるんです。だからそう見えたんだと思います」
「なるほどねー!それにしても今年の天王子の一年生は本当にいい感じだね!来年が楽しみだね!あー、私もスズくんと同じ年だったらなぁー!今年で最後なのつまんないなー!」
同い年かと思ったら先輩だったのか、と思った。緊張も何もなく積極的に話しかけてくるし、シンの学校の臨時じゃない正マネージャーですら遠巻きに見るだけだった。助けて欲しいと思ったが年上相手じゃ無理だろうとシンは静かな食事を諦めた。
シンは廊下を少しだけ速く歩く。
外は蝉の声が響く。山奥と言うだけあり夜は涼しい。ここ最近では感じたことのないヒヤっとした空気に少し身震いしそうになる。寒いがこの冷たい感じは最近では中々味わえないのでとても貴重だ。
食事が終わってこの後は入浴と軽いミーティングと就寝だ。やっとゆっくりできる。あれからまたキツネをカバンの中に突っ込んだままだから一人で先に戻って少し解放してやろうかと思いきや、また女子に声を掛けられた。その時だった。
「またあいつ女子に声掛けられてんのかよ。マジで何しに来たんだよ」
野次が聞こえてきた。
シンはマネージャー業務をしっかり行っている。そして、今日はミスや人に迷惑をかけることもしていない。女子に話掛けられる回数や時間が少し長いだけである。これは完全に妬みだ。秩序を乱すほどではないが、確かに女子からの接触が多かったのは確かだ。それに、先ほど他校のマネージャーが言っていたが、今回の合宿で少なくともバレー部のマネージャーで男子はいない。特に目立つのだろう。
合宿に来る前のオミからの言葉を思い出す。そう、オミの心配が早くも現実となりつつあるのだ。ここにはみーたんから逃げるために来たが、マネージャー業は自分に一切向かなくても頑張ろうと、足を引っ張ったり迷惑をかけないようにしようと思っており、実際褒められる行動をしたシンからしたら今の言葉は気分が悪い。しかし相手の生徒は生徒で気分悪く気持ちのやりどころがないんだなとも考えていた。
「(負の感情を生まれないようにするのは難しいものだな)」
とシンの心に諦めが浮かんだその時だった。
「あの、ちょっと時間もらえますか?」
顔も名前も知らない女子マネージャーに突然声を掛けられて、キツネを気遣って単独行動をした事を後悔した。




