第2話 『ケモノ』
「・・・」
夜。シンは、今自分の目の前にいる生き物をじっと見ていた。
感情は焦りが含まれている。決して冷静ではない。シンの自室の窓から入って来たのは昼間に学校の外にいた猫である。
いや、猫だと思ったら少し違う。
「でね、その"バチ当て"様って言うのが数が少ないんだっ!バチ当て様も毎日忙しく負の感情の交通整理みたいな事をしているんだけど間に合わなくて!!行き場をなくした負の感情が暴れ始めちゃってて!
今日騒ぎがあったでしょ?!学校の提出物が無くなった事件!あれだってそうだよ!?負の感情が暴発したとかそんなところ!!それを抑える力を渡す為に、遣いである狐の僕が来たんだよっ!!」
自分の部屋の窓から勝手に入り込んだ
自身を狐と名乗る生き物が
喋っている。
「おいお前、ちょっと待て。勝手に人の部屋入ってきてベラベラ喋ってるけどツッコミどころしかねぇんだって」
「”バチ当て様”の所?それとも”負の感情の暴れの件?」
「違う、お前の存在だよ。なんだ狐って?狐ってもっとアレだろ?黄色っぽくてもっと目がつりあがってて寒いところにいるんだろ?東京にいるのかよ・・・あ、狐って無闇に触らない方が良いとか言うよな・・・?ちょっと部屋から出て屋根の上で話してくれないか?ほら、なんか危ない感染症とか罹っても困るから」
「モデルはフェネックって言ってた!あと狐って言っても本当の狐じゃなくて精霊だから!大丈夫だから!」
そういう狐は、一般的に狐と聞いて想像されるのとは違い、フェネックという少し小ぶりで耳が大きくつぶらな瞳が印象的な狐の一種だと言う。
「そもそもなんで喋るんだよ・・ツッコミどころが多すぎてどこから話したら良いんだか・・・」
「ええ!今まで結構な量説明したのにわからない?!」
「頭に入ってこないっつーの」
「じゃぁまた一から話すよ!」
そう言って『仕方ないなぁ』とでも言いたそうな顔をしながらその狐は喋り始めた。
「僕は神の遣いの”精霊”!モデルはフェネック!名前は無いよ!呼ばれる時は『キツネ』って呼ばれてた!君に、力を渡しに来たんだよ!」
「・・・一応まだ突っ込まずにとりあえず聞いてやる」
「んとね!その力は、『他人の行き過ぎた感情を抑える力』だよ!今日、学校で言ってたでしょ?『なんでそう、熱くなるかね』って!それって、人が怒ったり喧嘩したりするのを見るのが嫌なんでしょ?そんなすぐ怒っちゃったりする感情に蓋をする力だよ!」
あの時、学校でスズにポロっと零した言葉をこのキツネは聞いていた。
そして、その言葉にシンは関心を持った。
「へぇ、人の行き過ぎた感情に蓋をする力・・・ね。なんで?」
シンが興味を持ってくれた事でキツネは喜び、瞳を輝かせて尻尾を大きく振った。
「まず順番に説明しよう!この世界には、人が作り出した『負』の感情がある!怒り、妬み、悲しみとかね!そして!その負の感情が生まれると人に攻撃をする人がいる!」
「金持ちがいけ好かないっていじめるとかそう言うやつか?」
「それも!でね?!そうやっていじめとか起こるでしょ?でも、別にお金持ちの人が悪いことしてお金を手に入れたなら話はまた違うんだけど、資産家の所に生まれた子供は何も罪はないでしょ?それなのにいじめられるなんて変な話でしょ?!」
「でも子供はそう言うところが気に食わなくて意地悪したりするけどな」
「でもでも!!お金持ちの子は悪くないじゃん!例えばお金持ってるからって良い気になって他の人を馬鹿にしない限り!」
「はいはい、とりあえずそれで話を進めよう」
いろんなケースを想像して話しをしていたシンとキツネ。しかし、物事は全て同じケースなどない。一旦話を進めることをシンは優先した。この後さらに沢山聴かなければならないことがあるのだ。ここでつまづいてはいられない。
「そうやって、人に対して『負の感情を持って行った攻撃』に対して、その後自分に降りかかる災難とかを人はこう言うんでしょ?!”バチが当たった”って!!」
「あぁ、昔ばあちゃんが言ってたなぁ・・・」
ーーーーーバチが当たる
悪いことをすると、その報いとして神仏から罰を受ける。など、色々言われ方はある。
「・・・ちょっと待て、バチ当て様ってそのバチを当てる神様の事か?」
「違うよ!人間だよ!」
「・・・バチ当てるんだよな?人が、人に?」
「そう!選ばれた人を”バチ当て様”って言うんだ!でね!そのバチ当て様の数が少なくて!!」
シンは理解が一瞬追いつかなかった。そもそも『バチが当たる』ですら迷信的なもので確証のない事なのに、この目の前のキツネはそれが人間が行っていると言い出した。
「お前なぁ・・・」
「ちょっと聞いて!そもそもバチ当て様がね!人数が少ないの!っていうかどっちかっていうと、負の感情を持って人を攻撃する人の方が増えちゃったんだって!昔はそんなに多くなかったんだよ?!それがさ、SNSとかなんかそう言うので、
『本来繋がらなかったり、知らなくて済むはずだった赤の他人に負の感情を、ぶつけ易く・・・つまり攻撃できるようになっちゃったわけ!!っ逆を言うと、受け取りやすくなっちゃったって事』でね・・・?
今までは、物理的にその人の周りでしか起きなかったことが!見えない電波?!?データ?!で、めちゃくちゃ遠くにいる人にも負の感情の攻撃ができるようになっちゃった訳だからそれはバチ当て様のお仕事は格段に増えちゃった訳です!!」
現代の注視される事柄の一つである、インターネットなどを介してよく目にする『誹謗中傷』の事を言っているのだろうとシンは思った。
「神様が目に見えないネットの世界にまで介入してくるのか」
「回線は目に見えなくても、文字には表されてるし、そもそも負の感情はダダ漏れだって言ってたよ」
可愛い顔をしながら現代社会の事をつらつらと話すキツネ。何かアンバランスな感覚だとシンは思った。
「で!そのバチ当て様の代わりじゃないんだけど!
事が起こってその対処をしなければならないバチ当て様!バチを当てるのに忙しいんだ!ちょっとした事から大きな事まであるからね?!その、負の感情の処理・・・浄化というか消化をしないと、世界には負の感情が沢山沢山溜まってっちゃうんだ!!それが悪さをするんだよ!」
「例えば?」
「今、世界で問題視されてるものは全部!その負の感情のせいだよ!!温暖化とかそういうの!あとはその国でどんな負の感情が多いかにもよるけど、ここ日本だと少子化とか精神疾患とか行き過ぎた個人の主張だとかが問題でしょ?それも負の感情の積もった影響なんだって!」
急に、社会問題に突っ込んできた事にシンは信憑性が下がった。
「それがなんで今の社会問題に繋がるんだよ、なんか無理やり結びつけてるだろ?」
「だって!神様が言ってたんだもん!本当なんだってば!だから、この問題が解決するように手伝ってよ!!」
「何をどうやって?」
「事が起こってからしか対処できないバチ当て様と反対の力!!事が起こらないようにするんだ!それがさっきも言った、『行き過ぎた感情に蓋をする力』だよ!!怒るのは体にもよくないからさ!周りに怒る人少ない方が良いでしょ?!行き過ぎた感情がなければ喧嘩もいざこざも起きないし!そういうの望んでたんでしょ?!」
「・・・」
シンは考えた。
今日の学校での件もそうだ。オミとスズはよく喧嘩をする。しかも、自分たちの事ではなく他人の為にだ。人を思いやる事自体は良いことだとは思うが、自分の為でもない事にそこまで怒り狂う事でもないだろうと常日頃からシンは思っていた。
自身の親族にも、良く怒っている人がいた。いつもイライラしていた。そして、その人は体を壊した。怒りの感情なんてずっと持っていて良いことはないのである。
メディアで報道される事件だってそうだ。『むしゃくしゃしてやった』『腹が立った』そんな事ばかりだ。それが少なくなれば平和になるんじゃないか?無差別の事件も減れば、当然被害者も減る。罪なき人が痛い思いをしたり、悲しい思いをすることはないのだ。
「・・・もうちょっと詳しく」
シンの心が傾いた。




