7.我が家
「お肌のためにも野菜ダンジョンに向かおうと思っています」
夕食時、家族全員が揃った場所でスキンケアの旅に出ることを伝えた。
ビリーとお祖母様、それからお祖母様から話を聞いていたらしいお祖父様はこれといって驚いている様子はない。お父様も大変だな~と言いつつも食事の手を止めることはしない。
お母様だけが真面目な表情を浮かべている。
といっても娘の旅を心配している訳ではない。
「ダンジョンに潜るのはスライムパックを作ってからにしなさい。ビリー」
初めて聞く美容グッズに惹かれているだけ。今日の夜にでも使いたかったらしい。
お父様が材料を持っていたら分けてもらうところだが、さすがにスライムの膜なんて常備していない。頼めばすぐに用意出来るため、ストックを作る必要がない。
お母様はそれを知っているから、ビリーに明日取ってこいと言っているのだ。
「スライムくらいならいいよ。どのくらい使うの?」
「一枚あたり五体分は必要かな。十回くらい繰り返し使えるけど、ミリーシアと王妃様の分、それからお祖母様もいるでしょう?」
「もちろん」
「ひとまず一人六枚換算でよろしく」
約二ヶ月分。
野菜ダンジョンは国外にあるので遠いのだ。
馬車を使って真っ直ぐに目指しても最低十日はかかる。馬車が迂回するようなことがあればもっとかかる。行って帰るだけでも二十五日は確保した方が良い。
しかも野菜ダンジョンはやや特殊なダンジョンで、出る魔獣自体はかなり弱い。倒すか、近くに生えているものを採取することでゲットすることが出来る。
どれも新鮮で美味しい野菜なのだが、ダンジョンの外に出ると一時間程度で枯れてしまう。
まさに鮮度が命。
なので現地で食べる以外の選択肢がないのである。
この八年で何度も近くに行ったが、一度だって行けたことはない。魔王討伐の旅だから仕方ない。
ずっと行きたいと思っていた場所の一つだ。
行くなら満足するまで食べたい。
パックの補充と帰りの日を気にしながら食べたくない。
「百二十って……。多いよ」
「まぁ四人分だから」
お母様とお祖母様とミリーシアと王妃様。
一人だって削れる人はいない。
足りなくなったら困るのは家にいるビリーだ。
実際、お母様とお祖母様は「それくらいいいでしょ」と涼しげな表情だ。
「私も手伝ったほうがいい?」
「作れるのは姉さんだけだからいいよ。それよりゆっくり寝てて。寝れてないんでしょ」
「ビリー……」
なんて優しい弟なのか。
野菜とお肉がごろごろ入ったスープを啜りながら涙が溢れる。最近はとんと優しさに触れていなかったため、涙腺はゆるゆる。
おかわりをしながら、ビリーにも何かお土産を持ち帰ろうと心に決める。
お言葉に甘えて今日はもう、お風呂に入ってから寝ることにした。
これまた旅の途中で作った入浴剤を入れて、肩までドボンと浸かる。
凝りをほぐしたり疲れを取ることに特化させたもので、短時間の入浴でスッキリとする。
睡眠が取れないからこんな方法で何とかやり過ごしていたのである。
といっても宿に泊まれば毎回お風呂があるとも限らない。野営なら当然お風呂なんて入ることは出来ず、活用する機会は少なかった。
なので大量に余っている。
こういう時に使わなければもったいない。
「あーーきもぢいいい」
久々のお風呂で心も身体も解されていく。
お風呂上がりにはいつもよりも念入りに手入れする。もうつけすぎかってくらいに。
ペチペチと叩くと肌に負担がかかるとかで、手を頬に押しつける。パックがない時はいつもこうやっている。
クリームで蓋をしていると、ドアがノックされた。
はい、と短く返事をする。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
メイドのアンだ。お祖母様が嫁入りする際に一緒にこの屋敷に来た、ヴィリアーンドゥ家最古参の使用人である。
かなり高齢のはずなのだが、全く歳を感じさせない肌艶。背筋もピンと伸びている。
ハーブティーを渡す手にシワはあるものの、まだまだ若々しい。
「アンも久しぶりね」
「アンはまたお嬢様の元気なお姿が見られて嬉しゅうございます」
「やっぱりアンのハーブティーは美味しいわ」
一口飲み、ホッと息を吐く。
この味が恋しくて、何度かハーブティーを買ったこともある。だがアンのハーブティーほど美味しいと思えるものはなかった。
この美味しさはヴィリアーンドゥ家の庭師が育てたハーブと、アンの技術があってこそのものなのだ。
「今日はどんな効果のあるお茶なの?」
「よく眠れるもの、それからむくみをとる効果のあるものを調合いたしました」
「ありがとう」
用意してもらったお茶を飲んでから、ふっかふっかの布団に体を沈める。
すると自然とまぶたが降りてくる。ハーブティーの効果か、はたまた疲れているからなのか。どちらにせよ今日はよく眠れそうだ。
時計を見ないで寝るのなんて久しぶりだ。
好きなだけ眠れるってこんなにも気持ちいいものだったっけ。昼まで寝ちゃおうかな。
えへへと頬を緩めながら眠りにつくのだった。