5.はじめまして?
「フィリスが国に残ってくれれば国防は安泰なのだがな」
「そこはお祖父様に任せます! お祖母様とお母様にスキンケア用品を送ると約束すれば喜んで引き受けてくれることでしょう」
「私も欲しいわ」
「もちろんミリーシアと王妃様の分も送るわ」
ちなみに王妃様は現在妊娠中。
ミリーシアがスキンケアに詳しいのは王妃様の教育の賜である。そして陛下は子供達同様、王妃様のことも溺愛している。
「王妃の分ももらえるのであれば引き留めることは出来まい。気をつけていってくるのだぞ」
報告書と帳簿を託して王の間を去る。向かう先は家である。
王の間へと向かう途中にミリーシアに聞いた話では、パーティを外されたことはすでに両親の耳にも入っているらしい。
祖母が烈火の如く怒っていないといいのだが……。
「ただいま帰りました」
八年ぶりに屋敷の門をくぐる。
度々王都に帰ってきていたのだが、三馬鹿の監視で忙しく、家でゆっくりする時間などなかった。
あくまで聖女なのでろくに戦闘も出来ていない。
特に剣術は腕が鈍っていないか少し心配だ。
彼らに合わせた生活をしていたせいで各地の美味しそうなものもほとんど食べていない。野菜ダンジョンも気になるが、ご当地グルメも食べたい。
加えて有名人の孫ということで顔はフードで隠していた。気配察知は出来るが視界が狭くて慣れるまで時間がかかった。綺麗な景色の場所にも行ったのに、ろくに楽しめていない。
振り返るとストレスの原因が多すぎる。
これでは肌が荒れて吹き出物もできて髪が痛む訳だ。
腰まで伸びた髪を手入れするのは大変だ。いっそ短く切っちゃおうかな。
髪をいじりながら髪型を考えていると、二階からお祖母様の声がする。
「フィリスちゃん、ずいぶん帰りが遅かったわね」
「先にお城に寄って報告をしてきたんです」
「やぁねぇ。私が言っているのは魔王討伐の方よ。あんなお遊び、八年も真面目に付き合うことなかったのに。その我慢強さは父親譲りかしらね」
祖母はしみじみと呟く。
今回の聖女役が祖母なら、二年と経たずに三馬鹿を魔物の巣窟に投げ込んでいただろう。
役に立たないと思ったら仲間と呼んでいた相手だろうと容赦なく切り捨てる。それが祖母である。祖父も母もだいたい似たようなものだ。
父は超がつくほどのお人好しなので、私の遺伝子にもその優しさが組み込まれているのだろう。まぁ父も父で錬金術関連になると人が変わるのだが。
「まぁいいわ。ご飯の時にでも今後について聞かせてちょうだい」
「はい」
すでに祖母は私の考えなどお見通しのようだ。
部屋へと戻る足取りが非常に軽やかである。
八年前は私が継ぐ予定だった家督だが、すでに弟に託すことにしてある。
理由は言わずもがな魔王討伐が長期化したから。
婿に入ってくれるような人を探すことなんて出来なかった。
なので恋人がいる弟に託してしまおうと、五年前に決めたのだ。
だから私が生きて帰ってくれば、旅に出ようとも構わない。
死んだり心配かけたりしたら怒られるけど。遅いと言いに来たのは祖母なりの心配なのだ。
「おじょおおおおおお」
祖母が去った方角から白い塊が走ってくる。
耳が生えているから獣人?
かなり小さい。子どもだ。獣人なんてかなり珍しいのに、いつのまに……。
そんなことを考えているうちに、それは私の胸にダイブしてきた。
「わっ」
「おかえりなさい! ずっとおうちで良い子に待ってたの! ほめてほめて」
「誰?」
その言葉で彼女の表情は喜びから絶望へと変わる。
悪いことをしたような気持ちになるが、まるで見覚えがない。
誰か使用人の子どもかな? 獣人はいないが、養子ならありえるし……。
頑張って記憶を遡るが、やはり覚えがない。
腕を組んで考えていると、弟が息を切らしてやって来た。
謎の獣人を追って来たらしい。はぁはぁと荒れる息を整えてから、彼女の正体を教えてくれた。
「スピカだよ。弱ってて犬型になってただけで獣人だったんだ」
「スピカって子犬の?」
「そう、そのスピカ」
スピカは八年と少し前に私が拾って来た子犬だ。
その後すぐに勇者パーティの聖女として召集されてしまった。弟に世話を託し、泣く泣く離れた訳である。
あの子もこんなに真っ白な毛をしていた。
「スピカ。犬になってあげて」
「せっかくお嬢とお話しできるようになったのに……」
「スピカだって分かってもらったらすぐ戻ればいいでしょ」
「そっか。ビリー、頭いい!」
謎の獣人はぱあああっと花開くように笑った。
そしてその場でクルクルと回り始めた。すると徐々に彼女の体は小さくなり、姿を変えていく。クルクルクルクル回り続けて、止まった時には一匹の犬に変わっていた。
記憶の中のスピカと大きさこそ違うが、もっふもふな白い毛は確かにスピカのものだ。
「本当にスピカなのね……。ごめんね、すぐに気づかなくて」
謝ってから頭を撫でる。彼女は私の手に頬をすりすりと擦り付けてくれる。
この温もりが懐かしい。