4.今までの報告と今後の予定
けれどミリーシアはそうでない。
勇者が目の前にいたら叩き倒してしまいそうなほど、怒りをあらわにしている。
「これが落ち着いていられますか! 今までの行動も目に余るというのに……許せません。今すぐ勇者の資格を剥奪してやりましょう」
「勇者パーティへの信用度はかなり下がっているし、私の顔も身分も知られていない。明かせばそんなものすぐに吹き飛ぶから」
むしろ聖女を追放したと騒いでもらった方が店のためだ。会計担当の聖女がいないと分かれば店側だって何かしら対策を取ることだろう。入店拒否をする店も出てくるかもしれない。
店だって慈善事業ではないのだ。
金を払わない者は客ではない。魔王討伐をしないで遊びほうけている男は勇者ですらない。
魔王を討伐するより先に無銭飲食で捕まった時は腹を抱えて笑ってやろう。
「さすがはお姉様。お強いですわ」
「それに、魔王討伐するかもしれないから泳がせておいて。手を出しちゃだめだからね」
「なぜ今更?」
ミリーシアはこてんと首を傾げる。可愛い。
彼女を魔の手から守ることが私の役目だとさえ思う。
といっても中身は見た目ほど可愛くはないのだけれど。
彼女が許せないと怒りをあらわにしている姿を見た時点で何かしらの制裁を加えているはずなのだ。
敵と認識した相手を潰すためなら容赦はしない。それがミリーシアである。
彼女は私の祖父の血を引いていないはずなのだが、思考回路が祖父とよく似ている。
逞しく育ったものだ。だからといって勇者にやるつもりなどないが。
「その辺のことを報告したいのだけど、陛下のお時間は取れるかしら」
「もちろんですわ。お姉様が帰ってくると父上も楽しみにしておられます。どうぞこちらへ」
「ありがとう」
ミリーシアに案内してもらい、王の間へと入る。
「フィリス、この度は災難だったな」
「いえ。今回のことで勇者も本気で魔王討伐に向かったようですから、結果的に良かったのではないかと考えております」
「それはまことか! して、フィリスは一体何をしたのだ?」
「一年以内に魔王討伐を成功させなければ冒涜罪に処すと伝えました。ついでに雷魔法でお仕置きを少々」
昨日の出来事を簡単に報告する。もちろんやつれている発言についてもバッチリと。国王陛下はあきれた声を出した。
「そうか、今の若者は姉上のことをよく知らんからな……。知っていたらとてもそんなことを言えるはずがない。勇者との結婚に爵位と金だけでは飽き足らず、城から近い屋敷までもぎ取ったのだぞ……」
祖母のことがよほど怖かったらしい。
父の功績を認め、爵位を継続させるように圧力をかけたことは聞いていたが、そんなことまでしていたのか。
幼い頃から新しく建てた屋敷にしてはやけに王城に近い場所なとは思っていたが。さすが祖母だ。肝が据わっている。常人とはかけ離れたメンタルを持っている。
私もあそこまで豪胆にはなれない。まぁ大抵の相手に萎縮はせず、口も出すけれど。
「それで陛下、いえ、大叔父様にご相談なのですけど。今までの行動を鑑みて、勇者とのミリーシアとの結婚の件はなかったことに、騎士と魔法使いは王宮仕えを辞めさせていただけませんか。それから不敬罪も加えていただきたいなと」
「うむ。フィリスは孫のようなものだ。暴言は見過ごせまい。愛する我が娘をあんな男の妻になどしたくないしな。奴らの罪を裁く際にはフィリスを呼ぼう」
途中「放置すれば姉上が怖い」とこぼしたのはスルーした。
まだ二十代前半の私がやつれているというのなら、六十過ぎの祖母は自分は何なのだと詰め寄りそうだ。
私も勇者の発言を許すつもりはないが、祖母の耳に入れるつもりはない。
「それは大叔父様にお任せします。私はまた王都を離れますので」
「どこかに行くのか?」
「スキンケアとヘアケアの旅に! 見てください、このガサガサの肌! バサバサの髪!」
王座に続く階段をどしどしと上り、陛下の前に頬と髪を突き出す。
この八年で各地を訪れたことと、魔王討伐の旅が長期化したことで、乾燥が大変なことになっているのだ。
特に顔。ブリザードの中を歩くと痛いのなんのって。
王都にいる頃はスキンケアなんてまるで興味がなかった。
侍女に任せておけば良かった。栄養バランスも人任せ。
たまにミリーシアから押しつけられる化粧水を塗ればピチピチのお肌を手に入れられた。
なのに今は乾燥もひどいし、吹き出物もよく出来る。生活リズムが狂いまくり、ストレスも多い生活を送っていたのだから仕方のないこと。
奴らが夜遊びをするから睡眠は足りないし、食生活も野菜が不足しがちである。
スキンケアの大事さを嫌というほど理解させられた。だが仕方ないの一言で片付けられるはずがない。
旅の合間を縫って各地で化粧品を集めたが肌状態が悪すぎて効果は少ない。
肌に合わないのではないかと思って鑑定したこともある。
結果、肌の乾燥が進みすぎて焼け石に水状態であることが発覚しただけだった。素材さえあれば錬金術でどうにか出来ないかとも考えた。
だが私は薬学が苦手だった。
そして化粧水・薬用クリーム・リップは薬学ジャンルだったらしい。見事に失敗した。髪の傷みも同様である。
普通の化粧水とクリームでは間に合わないと分かっていても塗るしかない。
塗る度にヒリヒリする肌にこれでもかと高級化粧水を塗り込んだ。だがそれでもまだまだ追いつかず……。
旅先では野菜が取れるはずがない。エネルギーと保存性が重視される。
そのせいで今の私の顔面は大惨事である。
「そ、そうか? フィリスは綺麗だと思うが」
あまりの勢いに陛下はビクビクとしている。ちゃんと見ていない。
だがミリーシアは気づいていたようだ。大きく頷いて同意してくれる。
「お姉様は素敵だけれど、そこまで進むと城の侍女でも元に戻すのは難しいと思います」
「でしょう? だからケアしてこようと思って」
旅の道中、戻ったらケアの旅に出ることばかり考えていた。
そうでないと八年も続けられない。
実行に移すことは出来なかったが、様々な情報を得ることが出来た。
眉唾ものの情報も多いけれど、行ってみなければ分からない。特にエルフ秘伝の薬用クリームと精霊族の花エッセンスは、存在するのであれば喉から手が出るほどの一品だ。欲しすぎ肩まで出ちゃうかもしれない。
未発見の野菜もあるという、野菜ダンジョンも気になる。
綺麗な肌を手に入れるためには睡眠・食事・運動・ケア・ストレスの排除が重要なのだ。