2.子守からの解放
八年という時間を考えると成長度合いはかなり低い。
早くこの男を引きずり下ろしてしまえば良かった。蔑みの目を向ける。すると勇者は唇を噛んだ。
「ろくに神聖魔法も使えない聖女風情が偉そうに……」
「下半身ゆるゆるでどこで引っ掛けてきたのか分からない女を聖女としてパーティに入れる方がどうかしてると思いますけど?」
「彼女を愚弄するつもりか!」
「教会に聖女として認められていない人間が聖女と名乗るのは大罪です」
聖女権限で近くの役場に突きつけることも出来る。
だが私はまだ彼女の口から『聖女』という言葉を聞いていない。勇者が勝手に言っているだけだ。
だから今なら戻れる。
勇者側の人間だと認識する前に帰って。そんな願いを込めて、勇者と共にいる女性を見る。
「どうなんですか?」
「わ、私はただの村娘で……勇者様には一緒に旅をしないかと声をかけられたんです!」
「では勇者が勝手にあなたのことを聖女と呼んでいたと」
「間違いありません!」
彼女は激しく首を縦に振る。
賢い子ではないのだろうが、危機察知能力はあるようで何よりである。
肌艶からしてまだ若いのだ。
この先、女好き勇者よりもずっと良い男と出会えるはずだ。税金を使って遊びほうけている三馬鹿以下の男なんているはずがない。
今度は勇者側の証言を取らなければ。面倒だが、証言の有無は大事だ。
「勇者も彼女の言葉に嘘はないと言えますか?」
「後で行けばいいだけだろう! 神聖魔法は使えるんだから聖女になれるはずだ」
「神聖魔法が使えるだけで聖女になれるはずないでしょう。聖女に選ばれる者は神に選ばれた者のみです」
「は?」
目を丸くして驚く勇者。本当に知らなかったらしい。
聖女という存在は国によって認識が異なる。
今まで訪れた国では、確かに神聖魔法が使えるだけで聖女と呼ばれる場所もあった。
だが私達の出身国ではその才能を神に認められた者のみが聖女と名乗ることが出来る。
神聖魔法が使えるかどうかはさほど重要ではない。
言い換えれば、いくら神聖魔法が使いこなせても神に認められなければ国内で聖女を名乗ることは出来ない。
名乗れば即、大罪人として強制労働を課せられる。
彼女もそれを思い出したからすぐに引いたのだろう。
勇者が馬鹿を言い出したのが国内で本当に良かった。
国外の場合、色々と手続きが面倒くさいのだ。これで迷わず監視役からの宣告が出来る。
「勇者、アンディー=アンヴィール。冒涜罪で捕縛されるか、一ヶ月以内に魔王を倒すか選びなさい」
「待て、フィリスは神に認められたというのか? あれっぽっちの魔法で?」
「認められる力が神聖魔法である必要はありません。それよりさっさと選んでください。国に報告しなければなりませんから。あ、彼女は解放してくださいね。一般人を巻き込むわけにはいきませんので。さぁ帰りなさい」
「はい、失礼します!」
「あっ、おい!」
新しい聖女改め村娘はその場から立ち去った。
勇者の手だけがむなしく伸びている。
階段を駆け下りる音もバッチリと聞こえた。逃げ足の速い子で良かった。
あれでは騎士と魔法使いが追いかけたところで捕まえることは出来ないだろう。
もっとも奴らが部屋から出てくる気配はまるでないが。
二人のことだから聞き耳を立てていると思ったが、先に祝杯でもあげていたのだろうか。
まぁいい。そんなことよりも目の前の勇者だ。一般人も解放出来たことだし、勇者には自らの意思で進む道を選んでもらうことにしよう。
「魔王を倒すのなら勇者と騎士、魔法使いの三人でどうぞ。冒涜罪なら罰せられるのは勇者一人。といっても八年も国の税金を使っておいて成果なしに帰ってきた者が歓迎されるとは思いませんけど」
「ぐっ……行くよ、行けばいいんだろう!」
今更魔王討伐を成功させたとしても、八年間無駄に税金を使っていたのは報告済み。
今回の冒涜罪だってちゃんと報告するつもりだ。
冒涜罪には問えずとも、姫様との結婚の約束取り消しと報酬として用意していた額を大幅に減らすことくらいはできるはずだ。
奴らが無駄遣いしていた分はきっちりと帳簿につけてある。
第一、国に何人隠し子がいるかも分からない男を王家になんて入れられない。
それに勇者はともかく、残りの二人は大事なところを見落としているのだ。
勇者を立てるためにそこそこの強さの者を用意したが、オツムも若干足りなかったようだ。
私のことを教会から用意された普通の聖女だと本気で思っている。
今はその考えすらすっぽりと頭から抜け落ちているのだろう。完全に厄介ものとしか見ていない。
どうせなら三人ともそれを適応してしまおうか。
三人とも嫌いだし。よく八年も我慢していたものだ。