【閑話】色魔には淫魔を
「デバフハブもなければ、バッファーバッファローもないなんて! 品揃えが悪い店だ!」
「すみません。そんな商品は見たことも聞いたこともないもので」
「ポーションの質も悪い」
「ぼったくりもいいところだ」
「うちは適正価格だと思いますが……」
「もうこんな店二度と来るか!」
勇者一行はそう吐き捨てて店を出る。
だがこれが初めての店ではなかった。フィリスを宿に残してから何店も回っているが、どこも似たような反応なのだ。
初めは品揃えが悪いだけかと思っていたが、名前さえ知らないとは……。
勇者を舐めているのではないか。苛立ちと共にフィリスの言葉が思い浮かぶ。
「俺は勇者だ。代わりなんていない」
唇を噛み、魔法使いと騎士を引き連れずんずんと進む。
全ては自分を見下したような目で見る聖女を見返してやるため。
「二度も俺を拒絶した女を許してなるものか」
その言葉に魔法使いと騎士はぎょっとした目を向ける。
なにせ自分達もまた似たような経験をしてきたのだから。
彼らがフィリスを嫌う理由は年ではない。
何度も夜の誘いを断られたからである。
ちなみに勇者の回数はサバを読んでおり、二度どころの騒ぎではない。
手で払われ、枕を投げつけられ、足蹴りにされ……もっともっといろんなことをされた。
少し顔がいいからって調子に乗っている。そう本気で思っていた。
だがフィリスにはそんな記憶なんてない。
あったら速攻で勇者達を縛り上げて国に突き出している。
では三人を拒んだのは一体誰なのか。
真相を知っている者は今、この瞬間も画面越しに三馬鹿達を眺めていた。
彼らがいるのは魔界。
四人共に立派な角と羽がある。彼らは魔人。中でも真ん中の男は魔王と呼ばれる存在だった。
「お前達、よくやった。褒美をやろう」
「おバカだけど、夜の方は上手くなったのよ」
「そうそう、私達を満足させられるくらいにはなったよね」
「おかげでこの八年食べ物には困らなかったし」
魔王を囲むのは三人のサキュバス。
サキュバスとは女性の姿をした淫魔で、主に男の夢の中に入り込んでは相手を誘惑する。そして彼女達は少し前まで勇者パーティの男性達についていた。
それはもう一日中。
夢の外であろうと仕事とあれば飛んでいった。
今は魔王への報告のため、一時的に魔王城に帰還しているのである。
魔王はずっとこの画面を通して勇者パーティを見てきたので、報告することなんてそんなに多くはない。
けれど大きな仕事の一区切りだから、とやってきたのである。
それにおねだりすることもある。
「ねぇねぇ魔王様、この子達をサキュバスの村に連れて行ってもいい?」
「サリィあったまいい~」
「人間達も迷惑しているみたいだし、いなくなってもいいんでしょ?」
「聖女さんにばれないようにちょっとずつ吸い上げる必要もないし」
「殺しちゃっても構わないし」
「やっだ、殺しちゃだめよ。殺したらご飯がなくなるじゃない」
「せっかく美味しくなったのに」
「それもそうね。でも村にいる子達が我慢出来るかしら」
勇者達の話はサキュバスの村でも話題になっているらしい。
人間達が厄介に思う彼らの性欲の強さも、サキュバスにとってはごちそうでしかない。
自分達にもおこぼれが来ないかと期待しているものもいるという。
三姉妹もそうだが、サキュバスはよく働いてくれる。
冒険者達をほどよく弱体化させるのに淫魔達ほど優れた魔人はいないのだ。
「困ったら俺の作ったポーションを使えば良い」
「いいの?」
「錬金術の習得までにかなりの量が出来たからな。余らせても仕方ないだろう。倉庫にある分は全部持って行って良いぞ」
「魔王様ふとっぱら~」
「勇者達の処理は頼んだ。俺は聖女の元へ行く」
「ようやくね」
「いきなり攫っちゃだめよ」
「距離感間違えたら勇者達みたいになっちゃうんだから」
「分かっている。俺はそんなミスはしない。彼女とは対等な恋人になりたい」
魔王・グレンはぐっと拳を固める。彼はフィリスに惚れていた。
きっかけは魔王になる前のこと。
人間界を見に行った際、とある少女を見つけた。
魔物達をばっさばっさと切り捨てる強さと、心底楽しそうな表情に胸が射貫かれたのだ。
あの子と結婚したい。
その一心で魔王になった。
魔王とはつまり、魔界一強いものに与えられる称号である。強い彼女の隣に立つのならこのくらい強くなければと。
また魔人にフィリスを探らせた。
彼女は錬金術が得意らしいと聞いたのでグレンも錬金術を習得した。なにせ魔人と人間。出会うきっかけなんて作ろうと思わなければなかなかないのである。
そして錬金術を極めたら錬金術師として人間の姿になる。そこから距離を詰めていき、いずれはフィリスにプロポーズをして……。
そんなことを考えていた時に、勇者パーティが結成された。その中にフィリスがいた。
勇者パーティの最終目的地は魔王の元。
つまりフィリスが自分の元へと来てくれるのである。
彼女に自分の力を見せられる!
グレンは大喜びで魔法の腕を磨いた。それはもう熱心に。
歴代魔王が集めたという魔導書を読みあさり、二年もせずに、数秒あれば勇者とその他二人を灰にするくらいの力も手に入れた。禁書にまで手を伸ばした。
けれど勇者達はなかなか魔王城には来ない。来る様子すらない。
そればかりか気づけば三人揃って女好きになっていた。
このままでは聖女の貞操が心配だ。
そこで魔王はサキュバスのサリィ・キャサリン・スーザンを派遣した。サキュバス村の中でも特に人間を好む姉妹である。喜んで引き受けてくれた。
この時はまさか八年も続くなんて思ってもみなかった。
グレンがサキュバス達に「聖女を奴らから離れさせろ。勇者達には何をしてもいい」と指示を出さなければ、十年かかっても魔王城に来ることはなかったかもしれない。
あの日、新たな聖女としてフィリスに紹介されたのはサキュバスのサリィである。
そして彼女が無事に離脱出来るよう、キャサリンとスーザンは魔法使いと騎士の足止めをしていた。
今までは聖女の鑑定を恐れて、ちょこちょこと精力と魔力を吸い取っていた三人だが、この時ばかりは大量に吸い上げた。
勇者の担当だったサリィだけが楽しむことが出来なかったのだが、それもフィリスに存在を感知されないため。普段良い物を吸っている分我慢した。
だから魔法使いと騎士はもう、旅に出た時くらいの力しか残っていない。
魔力と共に今までの経験値も全て吸い上げられてしまったのである。
もちろん彼らは知るよしもない。少し身体が重いなと思う程度だ。
それが八年も楽しく遊んでいた代償である。
彼女達はせっかく手に入れた食事を国に返してやるつもりなんてない。
低級魔獣で適度にレベルアップさせてはサキュバスの村に連れて行き、弱くなったら魔獣の前に放り出すを繰り返して楽しむのである。
魔王の錬金術の腕はかなりのものだ。
彼が作ったポーションがあれば死んでしまう心配もない。
「早く来てくれないかしら。私、おなか空いちゃった」
サキュバス三姉妹は画面を眺めながら舌なめずりをする。
夢で何度も交わった女性達がサキュバスだなんて知らない勇者達が、自らの足で色魔の巣窟に来るまであと××日。




