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1.クビ宣言?

  私ーーフィリス=ヴィリアーンドゥは今日も今日とて帳簿をつけていた。旅に出てからの習慣で、すっかりと計算も速くなっていた。本日分の計算を終えたところに、とある男がやってきた。ノックされたと思えばいきなりドアが開けられる。


「フィリス、お前はクビだ。今日から彼女に勇者パーティの聖女として働いてもらう」


 開口早々、こんな非常識な言葉を吐いたのは勇者である。ちなみに約束なんてしていない。


 女性の部屋をいきなり訪れ、勝手にドアを開け、一方的にそう言い放った。

 意味が分からない。それに部屋のドアはさほど広くないので、肝心の『彼女』とやらの顔がよく見えない。


 声もかなり大きいので、他の宿泊客にも迷惑がかかっていることだろう。

 勇者パーティのゴシップなんて珍しくもないが、聖女が加わるのは珍しい。今まで新聞の一面を飾ったゴシップは全て私以外のメンバーのものである。自分がゴシップの一部にされることにため息がこぼれた。


 中身を見られては不味い帳簿ノートを閉じ、勇者の前へと向かう。

 これが終わったらお風呂に入って寝ようと思っていたのに……。全くデリカシーのない男だ。


 ようやく顔が見えた女の子の顔はピッチピチのつっやつやで、若々しさが滲み出ている。



 この八年で乾燥肌に悩むようになった私への当てつけか? という言葉を飲み込む。

 喉元どころか唇に貼り付いていたそれをよく飲み込んだものだ。頑張ったなと自画自賛する。


 勇者は私の葛藤を大人しく聞いてくれているのだと勘違いしたらしい。普段からうざったいくらいのどや顔を五割増しにして、ふっと鼻で笑う。


「教会の聖女で一番魔力があるからと言われたが、神聖魔法は彼女の方が強い。彼女の方が若いし……最近のお前はやつれている。勇者パーティの聖女でありながら花がない!」


 神聖魔法については魔王討伐の旅に出る前、教会から事前に説明されているはず。今更知らなかったなんて言葉は通らない。

 だからこれはあくまで理由付けにすぎない。勇者の目的は若くて可愛い女の子を侍らせること。


 少し前から「魔王討伐の旅が長期化した結果、一般人の女の子が引っかけにくくなった……」と騎士がぼやくようになった。


 勇者と騎士、魔法使いの三馬鹿は魔王討伐の旅を一体何だと思っているのか。

 じっとりとした目を向ければ口をつぐんだ。だから諦めたのだと思っていたが、やはり女の子に飢えていたらしい。


 そこで聖女役として若い女の子をスカウトしてくるとは、まさに下衆の所業である。

 一瞬で私の思考は『つやつや肌羨ましい……』から『この子を色魔達の手から救うこと』へと切り替えた。


「若さの指摘をするのであれば今すぐ魔王を討伐して、姫様を嫁にとってください」

「ゔっ……」


 毎晩のように遊び回っている勇者は旅に出る前、王様と一つの約束をしているのだ。


 褒美として姫様を妻とする、と。


 まだ旅を出てから数ヶ月しか経っていないだとか、もしくは魔王討伐に苦戦していれば私だって文句は言わない。

 あくまで姫様との結婚は褒美だという国側の体裁を大事にしたい。


 だが勇者が遊び惚けて早八年。

 旅に出る前に約束してしまったため、王家側から一方的に破棄することは出来ない。姫様の婚期は遅れるばかりだ。


 同時に勇者パーティの聖女兼監視役である私の任務もまた、一向に終わる兆しが見えない。


「私が二十四歳で出会いすらなく、肌がガサガサなのはあなたが一向に魔王討伐をしないからです。旅に出てから八年ですよ、八年。力だってついたんですからサクッと倒してください」

「そ、それは……」

「この国の平和よりも遊び歩くことを優先するなら、さっさと勇者の座から降りてください。あなたの代わりなら唸るほどいます。真面目で努力家で若い子だって探せばいるんですよ」


 目の前の男が勇者に選ばれた最大の理由は顔だ。

 先代勇者は視線で人を殺せるのではないか・魔王もひと睨みで倒したのではないかと言われるほどの極悪人顔だったことを考慮しての結果だった。


 それに今回は魔王が誕生してまだ日が浅いうちに気づくことが出来た。

 生まれたばかりの魔王ならまだ力が固定化されていない。大体二、三年で討伐できる予定だった。


 だから顔がほどほどに良く、ほどほどに強い--平凡よりもやや上の、平和の象徴にぴったりな男が選ばれたのだ。


 だがこの勇者、今までモテたことがなかったらしい。


 非モテを拗らせた男が勇者様勇者様と期待の眼差しを向けられ、モテていると勘違いをした。結果、いろんな場所に立ち寄って簡単な依頼を受けては女の子と遊び呆ける事態となってしまった。


 王宮騎士と王宮魔法使いも、初めのうちは私と共に勇者を止めていたのだ。

 けれどすぐに勇者側にシフトした。


 この場所にいない彼らも私を厄介に思っている。

 すでに新しい聖女に変更する話も耳にしていることだろう。


 勇者にも自分達にも代わりなんていないと、本気で信じている。

 なんともおめでたい頭をしているものだ。だが代わるとしたら私ではなく、まともに仕事をしていない勇者と騎士と魔法使いだ。


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