試金石2
手前ェ、これで死んだら化けて出てやるかんなッッ!
転げるようにして茂みから飛び出した直後、さっきまでいた茂みに棍棒が叩き落とされた。
ボンッという鈍い音と共に、砂埃の混じった突風が背後から襲ってきた。木々はざわざわと音を立てて揺れ、枯れ葉を散らす。
背後を振り返ると、茂みは木っ端微塵に消し飛び、小さなクレーターができているのが見えた。
おっかねぇー!
なんだアレ、当たったら即死じゃんか。
そんな環境破壊を引き起こしたトロルは、当たったと思った攻撃が掠ってすらいないことに今更気がついたようで、獲物の姿を探して辺りをキョロキョロと見回している。
見た感じ、おつむが弱そうな感じだ。
そして、しばらくそうした後ようやくスタコラ逃げる俺たちを見つけ、贅肉をブルンブルンと震わせて走り出す。かなりの鈍足であるが、その重量感あふれる足音のせいで迫力満点だ。
この分なら、このまま逃げられそうだ。
起動しておいた身体強化に魔力を回し、前を走るジョシュアたちに遅れないようついて行く。
◇◆◇
「ハッ、ハッ、ハッ……」
すでにトロルとの距離はかなり開いており、その巨躯も木々の向こうに小さく見えるだけだ。ただ、ドシンドシンという足音と地面の振動だけが、追いかけてくる存在を知らせている。
「このまま、野営地まで、逃げ切るぞ……!」
獣道に飛び出た木の根を避けながら、ジョシュアがみんなを鼓舞する。
俺は身体強化に頼りきりなのでまだ余裕があるのだが、一番体力を消耗しているのはユリアーナだろう。さっきからゼェゼェと息を吐きながら走っている。
速度も見るからに落ちていた。トロルが鈍足なおかげでどうにか持っている状況だ。
まあ、野営地まではそう距離もないだろう。とりあえずそこまで逃げ切れば、教師連中がなんとかしてくれるはず──。
「んぁ?」
なんだか、魔力の流れが変わった。
さっきまでは無秩序にふわふわと漂っていただけだった魔力が、後ろの方へと吸い寄せられていく。
背筋に悪寒が走った。
ナニカが視界の端を一瞬で通り過ぎる。
突然、前方の木の幹が爆散し、木屑があたりに飛び散った。少し遅れて爆音。
そして木がゆっくりと獣道に倒れる。
「な……!」
突如巻き起こった暴力的な破壊に、逃げていた全員の足が止まる。
まさか──
「術……?」
いやちょっと待て。あのなりで術? あんな知性のかけらもなさそうなナリで?
うん、ありえない。なんか急に隕石でも落ちてきたのかな。
──バキャッ
また岩が飛んできて、近くの木を爆散させた。
……と、現実逃避はもうここまでにしておこう。
──いや、聞いてねぇよ!? トロルが術使えるなんて。学院でもトロルは脳筋だって習ったし、実際、あれはどこからどう見たって脳筋だ。
近接も強い上に、遠距離攻撃持ち?
ということはつまり……前提条件が崩れるのでは?
この逃亡の。
勝てないし、逃げ切れるから逃げる。接近されなければ問題ない。
だったのが。
勝てないから逃げる。ちなみに逃走中は後ろから術をバンバン撃たれます。当たったら? あの威力じゃ即死でしょ。
つまり、逃げたところで逃げ切れるかわからない。むしろ、飛んでくる術に対処できないので、もっと危険かもしれない。あのトロルの術の下手くそさに命をかけるしかないわけだ。
じゃあどうするべきか。
「……ユリアーナ。お前、先に野営地まで戻って先生達を呼んできてくれ」
ジョシュアがポツリと言った。
「えっ」
ユリアーナがショックを受けたような声を上げる。
うん。やはりそれが最適解だろうか。1人に援軍を呼んできてもらい、それまで残り3人がトロルを引きつける。まあ、勝てはしないだろうが、受けに徹すれば死にはしないだろう。
「で、でもみんなは……?」
「トロルの注意を引く」
「そ、そんな……。でも、トロルに見つかったのは私のせいだし……!」
「ああ、あれは確かに間抜けでしたね」
「アルベールくん……! 一番小さいんだから、君が……」
「やだなあ、ユリアーナさん。これでも僕、次席ですからね。貴女よりも強いんですよ?」
「そうだ。お前が一番雑魚いんだから、逃げろよ」
「ほらユリアーナさん、ジョシュアが珍しく男前なことを言ってるんだから……」
傍観に徹していたモルガンも援護射撃をする。
「珍しくって余計じゃね……?」
「まあ、ほら、早くしないと追いつかれちゃいますよー……」
「ううぅ……。す、すぐ戻ってくるから! 絶対だからね!!」
余計な荷物にしかならない背嚢を地面に下ろし、短杖と最低限の荷物だけを持つと、こちらを振り返るそぶりも見せず、野営地の方向絵と一心不乱に駆けて行った。
「いってらっしゃーい……」
木々に紛れていく背中にそう声をかけ、トロルがやってくる方向に身体を向ける。
「──さて、と。やりましょうか」
「……ああ」
各々が武器を構えたとき、トロルが奥の木陰から姿を現す。
散々獲物に逃げられたためか、気が立っているようで、逃げることなく立っている俺たちを見て「にちゃぁ……」と嗜虐的な笑みを浮かべた。
観念したとでも思ったのか、手に提げた棍棒を構えることすらせず、隙だらけの格好でゆっくりと近づいてくる。
最初に動いたのは、他の誰でもない────俺だった。




