試金石
とっっっっっても遅くなりました。ごめんなさい。
「そっち、行ったよ!」
「了解っ!」
ユリアーナの土壁に誘導された牙猪がこちらへと突進してくる。
即座に魔法陣へと魔力を流す。
掘削。
唐突に空いた穴に反応することができず、重心を崩して激しく転倒。
『【炎球】』
そこにすかさず、ジョシュアとモルガンが術を浴びせた。
火達磨となった牙猪が苦悶の声をあげて地面を転げ回る。
術に込められた魔力が無くなり、炎が消えた頃には牙猪はピクリとも動かなくなっていた。
ジョシュアが慎重に近づき、完全に死んだことを確認すると、空気が一気に弛緩する。
「課題完了、だね」
どことなく疲労を感じさせる口ぶりでモルガンが言った。
背負った背嚢には、牙猪の討伐を完了した証である大ぶりな牙が4つ、括り付けられている。
これに今狩った1頭を足して5頭。課題は完了だ。あとは、野営地まで戻るだけ。最初は時間内に終わるか心配だったが、案外早く終わってよかった。木々に遮られて太陽の高さはわからないが、おそらく午後4時くらいだろうか。
野営地に戻るころには、もう日は沈みかけているだろう。
◇◆◇
夕日も木々に遮られ、だんだんと闇が濃くなってきた。
日本の森だったら鈴虫やら何やらの声が聞こえてきそうなものであるが、そういう類の虫はいないのか、沈黙が満ちている。音が全くしないというのは、どこか不気味な感じだ。
いや、不気味というか、こう不安になるような……。あれだ、RPGとかで急にBGMがなくなった時みたいな感じ。
「変だな、こうも獣の音がしないなんて……」
ジョシュアが言った。
「やっぱり、こんなに静かなのは珍しいんですか?」
「あぁ……。普通は鳥の声とかが聞こえてくるものだけど」
ですよね。ネサンス村の森もそうだった。
そして、こういうふうに生き物の気配がしない時は、大抵、何か異変が起きている時で──
森に満ちた沈黙を振り払うかのように、バサバサっと鳥が飛び立つ音が聞こえた。
同時に、辺りにうっすらと薄紫の靄のようなものが立ち込める。
一瞬霧だろうかと思ったが、このあたりは霧が発生する条件をかけらも満たしていない。
これは──
──魔力だ。
しかし、魔力がこんなに空間に拡散するだなんて、見たことがない。確かに大規模な術を使う時はこれに近い状態になるが、それもすぐに収束する。
これでは無秩序ではないか。およそ術を発動させられるようなものではない。
まるで──魔力をそのまま垂れ流しているかのような。
「なんか、おかしくないですか? こう、なんとなく……?」
原因はよくわからないが、魔力が発せられているということは、それを発しているナニカがあるということ。
それが何にせよ、異常であることには間違いない。
「そうかな? ……まあ、暗くなってきたしちょっと急ごうか」
そうモルガンが言って、一行がほんの少し足を早める。
◇◆◇
心なしか、魔力がだんだんと濃くなっているように感じる。もはや靄ではなく、霧のような状態だ。
魔力の発生源に近づいているということだろうか。何があるのかわからないので、あまり近づきたくはない。が、こっちが野営地の方向なのだし、普通は目に見えない魔力が云々とか言ったってどうせ与太話だと笑われるのがオチだ。
あーだこーだ言ったところでどうにもならないだろう。
何もなければそれでいいし、何かあったらその時はその時だ。
「──ね、アルベールくん?」
「……ん? ああ……」
脳内でそんな投げやりな結論を出していると、ユリアーナに声をかけられた。
やべ、前後の話全く聞いてなかった。
「ごめんなさい、なんでしたか?」
「牙猪の素材全部捨ててきちゃったけど、勿体無かったなぁっていう話をしていたのだけれど……もしかして、聞いてなかった?」
金持ちのくせしてケチ臭えこといってんなぁ……。所詮Eランクの素材なのだから、そんな高く売れるわけでもないだろうに。
「ちょっとボーッとしてました」
「そう、大丈夫? ……で、やっぱり勿体無いと思うよね?」
心配もなおざりに、重ねて質問をしてくる。
「まぁ、僕みたいな貧乏人からしたら勿体無いとは思いますけど。
でも、ユリアーナさんはお金持ちじゃないスカ。そんなケチいこと考えなくてもいいんじゃないっすか?」
若干金持ちへの僻みが混じった感は否めない。
「けちくないよ、全然。銅貨一枚を笑うものは銅貨一枚に泣くんだからね!」
ふふんっと、いいこと言ってやったぜ的な顔をしているのが微妙にムカつく。
「さいですか」
「あ、適当に返事してるでしょ!」
「うわっ、ちょ、やめっ」
キレたユリアーナにこめかみをグリグリされた。この世界にもコレってあったんだな。
それより、こちとらまだ骨が柔らかい幼児だぞ。頭の形が歪んだらどうしてくれる。
「ちょっと、あんまり騒ぐなよ。魔物が寄ってくるぞ」
流石に見かねたのか、ジョシュアが注意する。
もっともな事で。
「はい……」
ユリアーナもバツの悪そうな顔で軽く頭を下げた。
そうして、一行が再び歩き始めた時。
薄暗い森の中に、木がメキメキと悲鳴を上げながら倒れる音が響いた。
それほど近い音でもなかったが、静かな森の中でその異音ははっきりと聞こえた。
「うん……?」
モルガンが訝しげに眉を顰めながら辺りを見回す。
「木が倒れたんですかね」
「そうなんじゃない……?」
まあ、腐った木が倒れることなどそう珍しくもない。
そんな結論に三人が落ち着こうとした時。
「……いや。──これはおそらく、魔物だ」
おそらく、とついてはいるが、半ば確信を得たような口調でジョシュアが言った。
なぜ、と問いかける間もなく、矢継ぎ早に言う。
「木を倒せるってことは、大型の魔物だ。おそらくはDランク。隠れないと」
この森にいるDランクというと、豚鬼か森熊か……。
どちらにしろ、今の状態で戦うのは無理がある。
「逃げないの?」
「音で気が付かれる。隠れてやり過ごすべきだ」
というジョシュアの発言により、全員がなるべく音を立てないように近くの茂みに隠れる。
これはある意味賭けでもあった。悪いことに、豚鬼も森熊もかなり鼻が利く。
「……」
全員が息を潜めて、魔物が通り過ぎるのを待つ。
その足音がだんだん大きくなってきた。どしーん、どしーんといった感じの、重量感を感じさせる音だ。
「……──っ」
木がまた一本倒れた、のが見えた。薄暗い森に、俄かに一筋の光が差し込み、その魔物の姿を露わにした。
短く太い、裸足の足。だらしない贅肉に覆われた身体には薄汚れた毛皮をまとい、片手には木を粗く削っただけの棍棒を引っ提げている。
そして、その周りには紫色のモヤが渦を巻いていた。
「──と、醜鬼……?」
ジョシュアが呆然とした様子でそう呟く。
「トロル? この森にはいなんじゃ──?」
「その、はず……。でも、あれはどう見たってトロルだ」
確かに、俄かには信じ難いが学院の授業で習った特徴と一致する。しかし、トロルなんてこの森はおろか、この国にはいないはずなのに。
それに、魔力の様子を見るにあのトロルがその発生源だろう。少なくとも、今まで見た魔物はあんなふうに魔力を発していたりなどしなかった。
ランクが高いからなのか、それともあのトロルが特殊なだけなのか。
魔物を見た経験が豊富なわけではない俺には、その判断はつかなかった。
「……っ」
ジョシュアとのやり取りの後、会話は自然と消え、俺たちはいっそう息を堪えていた。
それもしょうがないことだ。
何せ、トロルのランクはC。学院からEランク程度と判断されている俺たちからすれば、とんでもない格上。戦ってもまず勝ち目はない。
どうにかやり過ごすしか生き残る道はない。
そんな認識が、俺たちの間で自然と共有されていた。
「グルルル……」
トロルは黄色く濁った目をギョロリと巡らせ、辺りを睥睨する。豚鬼や森熊なんかと違って、鼻はそれほど良いわけでもないはずだが、何か違和感を感じているのかもしれない。
早く、早く通り過ぎろ……! 俺は早く帰って寝たいのだ。そろそろマジで眠い。
「……」
ゆっくりと辺りを注意深く見回した後、何もないと思ったのか踵を返してその場を去ろうとする。
俺たちの間にホッとした空気が流れた。
その時。
ぐうぅぅう〜。
「……!」
「……」
「……」
「……」
ユリアーナがボンっと赤面したのが暗がりの中でも分かった。
お、お前ぇぇえ……!! まじ良い加減にしろやっ。
この緊張した場面で……! お腹のなる音で! トロルに! 気が付かれたりしたらっ! とんだ間抜け、じゃ、ない、か……。
………………。
「グルルルゥ……!」
思いっきし見てた。
トロルが。
こっちを。
「うーん。ちょっとこれは、勘弁してほしいかなぁ」
モルガンが微かに引き攣った笑顔でつぶやいた。
トロルが棍棒を高く振り上げる。
「──っ、逃げろっ!」
ジョシュアの声と共に茂みから飛び出すと同時に、ユリアーナへの恨み言を一つ。
手前ェ、これで死んだら化けて出てやるかんなッッ!
次回は1週間以内には載せられると思います。調子も戻ってきましたので。
改めて、よろしくお願いします。




