VS.森のヤンキー
めっちゃ遅くなりました。
翌朝。
今日は朝っぱらから魔物退治だ。
すでに天幕は引き払い、班ごとに分かれて森へと分け入っている。
今回の魔物討伐は、班ごとに討伐対象が指定され、それを規定数討伐する必要がある。要するに、冒険者の真似事をするわけだ。その討伐対象はどうも班の実力によって決められているらしく、モルガンがいるこの班にはEランクの魔物が指定されている。
事前の説明によると、この森には最高でDランクまでの魔物しかいないらしい。その魔物がいるのも、森の奥地のあたりで、ここのような浅い場所にはいないそうだ。
そのため、森の奥地には行かない、野営地から離れすぎないということを厳命されている。
「全然いないじゃない」
下草を踏み分けて歩きながらユリアーナがそう言葉をこぼした。
確かに、野営地を出てからすでに1時間ほど経っているが、EランクはおろかFランクの魔物さえ現れていない。しかし、そこらのRPGみたくフィールドにモンスターがウロウロしているわけではないのだ。遭遇率はそれほど高くないのだろう。
逆に、1時間の間に何度も魔物に遭うのは、それはそれで問題があるだろう。
しかし、課題というものを考えるとそろそろ出てきて欲しいところ。
そんな思考がフラグになったのだろうか、突然ジョシュアが足を止めて言った。
「ちょっと待て。……ほら、そこ」
今歩いている獣道から少し離れたあたりの地面を指差した。
「あの沼かい?」
確かに、その辺りは草が禿げていて少しぬかるんでいるように見える。
「ああ。牙猪のヌタ場だ」
ジョシュアは確信を持ってそう言った。
ヌタ場。昔テレビとかで聞いたことがある。野生動物が泥浴びをする場所だったはずだ。
……ああ、そういうことか。
そう俺の合点がいったのと同時に、モルガンも理解したようで。
「なるほど。じゃあ、牙猪はこの辺りに居るってことだね」
「ああ、多分」
牙猪。今回の討伐対象だ。
学院の『魔物学』の授業で習った内容によると、ランクはE、その名の通り大きな牙が特徴の猪型の魔物らしい。
主な生息地は温暖な気候の森や山。気性は荒く、目の合ったものには突進する習性があるらしい。どこのヤンキーだよ。
ランクEとはいえその危険度は高く、普通の猪より一回りほど大柄な体躯と相待って、突進をまともに喰らうとほぼ100%死ぬ。
事実、山間の村ではかなりの被害が出ているとかいないとか。
で、今回はこれを5体討伐する必要がある。少ないのか多いのかはわからないが、ここまでのペースを考えるとそれなりに時間はかかるだろう。日が沈んでからも森を徘徊するのは流石に遠慮したい。
「というか、ここでくっちゃべってていいんですか? ここがヌタ場なら、牙猪とかと鉢合わせちゃう、か、も…………」
知れませんよ、と続けようとした声は、掠れて音にならなかった。
向こうの茂みの暗がりに、獰猛に赤く輝く一対の光が見えた。
がさりと音を立て、草木の陰からソレが全貌を現した。
大柄なその体躯は焦茶色の剛毛に覆われ、脚は太く短い。鼻先では太く鋭い牙が、鈍く輝きを発していた。
Eランク指定魔獣、牙猪。
「──っ、不味い! 散開しろっ!」
予期せぬ邂逅のショックからいち早く立ち直ったジョシュアがそう叫ぶ。
赤い瞳と眼が合った。
ブルルっと荒く息を吐き、蹄で地面を引っ掻く。
不味い、突進が来る。
考えるよりも先に身体が動いた。
「《撃ち抜け》【魔弾】」
咄嗟に牙猪の額へと手のひらを向け、出来るだけの魔力を集め、そして魔力の弾を撃ち放つ。
着弾。
高速で飛来した魔弾は、内包する魔力を余すことなく衝撃へと変換し、牙猪の額にどでかい風穴を開けた。
雷に打たれたかのような、一瞬の硬直。
結局、牙猪はその脚に溜めたエネルギーを解放することなく、どうっと音を立てて地面へと頽れた。
風圧を受けて、周りの草がさわさわと音を立てた。
「やったか……?」
牙猪はピクリとも動かない。
どうやら無事倒せたようだ。
うん、よかったよかった。ゲルハルトの教えが光ったな。
ちゃんちゃん……というわけには行かないらしく。
「……え? 倒、したのか……?」
しばし絶句した後、おずおずとジョシュアが訊ねてきた。
「え、多分」
逆に、これで倒していないとでもいうのかね君は。
「ええぇぇぇ……」
いまだにショックを隠しきれない様子。
「そんな驚くことですかね。これでも一応、上級術師なんですけど。上級って言ったら、冒険者でCとかBランクくらいでしょう?」
「いや、そう単純に換算出来るものでもないんだけどなぁ……」
ジョシュアはいまだぐちぐち言っているが。
「ま、倒せたんだからいいんじゃないんですか? ……それより早くほら、討伐証明部位とかを取らないと」
「うーん……」
いまいち納得がいかないという顔をしつつも、解体をするために牙猪の方へと向かうのだった。
あと少しで2章も終わります。




