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到着

遅くなりました。






「疲れたよぅ、アルベールくん……。……背負って」

 うめくようにユリアーナが言った。

 腰を折り曲げ、脚を地面に擦りながら歩くその姿は、まるで老婆の如きだ。

「そんな、情けない……。5歳に背負われる15歳ってどうなんですか?」

「あ、無理とは言わないんだ」

「無理です」

「そんなぁ……」


 王都を出てからはや8時間。日もかなり山際に近づき、西の空はほんのり橙に染まっている。

「まあ、ユリアーナさん。そろそろ着くと思うから、もう少し頑張ろう」

 そう優等生らしい慰めの声をかけるモルガンはというと、割とお疲れの様子。表情から疲労感が滲み出ている。

 やはり御曹司なだけあって体力はそれほどないようだ。完璧超人の弱点を見つけられたようで少し嬉しい。

「ハッ、オレはまだまだ余裕だけどな」

 自称・武門の出なジョシュアは強がっているが、どうせコイツもへとへとなのだろう。

「あれ、でもさっき疲れたとか言ってなかったっけ」

「い、言ってないし?」

 ホラ。

 

 ちなみに俺はまだまだ余裕だ。まさに身体強化術様様って感じ。


「…………あれ?」

 急に列の歩みが止まった。

「やっと着いたの……?」

「いや、流石にこんな森じゃあないと思いますけど……」

 本当にただの森だ。周りには木しか無い。確かに、少し開けた広場はあるが……。まさかこんなところで野営をするのだろうか。


「皆さん、お疲れ様です。ようやく到着しましたが、ここが野営場所です。各班ごと、事前の手順通りに天幕を張ってください」


 そのまさかだったらしい。


 教師の指示に従って、生徒たちが背嚢をドスンとおろし、わちゃわちゃしながらテントを組み立て始める。


「じゃあ、天幕を張ろう。どの辺りが良いかな?」

「どこでも良いんじゃね。とりあえず腹減った」

「右に同じです」

「疲れた」


 班員揃って見事に適当な返しだ。これにはモルガンも「あはは……」と苦笑気味。

「えーと、端の方にしとこうか」

「疲れた」

 人が少ない広場の端の方へ歩き出したモルガンの後を、ゾロゾロとついていく。


「ここら辺でいいかな」

 モルガンは背嚢を下ろすと、その中から天幕の部品を取り出し始める。

 それに倣い、俺たちも荷物を下ろして天幕を組み立てる準備を始めるが……。


「疲れたぁもおぉ動けないぃぃ……」

 背負っていた背嚢を地面に降ろすやいなや、そう叫んで地べたに座り込んだ困った人がいた。

 

 もちろん、ユリアーナだ。


「ユリアーナさん……。疲れてるのはみんな同じなんですよ?」

 まあ、俺は術のおかげでそんなに疲れていないが……。


 座り込んだっきり動かないユリアーナを尻目に、俺たちは天幕を組み立てていく。

 大きな帆布をいくつかの棒で支えるだけの簡素なものだ。とはいえ、現代のポップアップテントと比べると組み立てるのには手間がかかる。


 野郎3人で苦戦すること10分。ようやく天幕が組み上がった。

 ちなみに武門なジョシュアはいつも従者に建てさせていたので不慣れだった模様。

 役に立たん。


「よし、できたね……。次は夕食の準備か」 

 夕食といってもどうせクソ不味い保存食だろう。あーあ、家のご飯が恋しいぜ。


「ちょっとー、私の天幕はぁ?」

 そう言ったのは、背嚢を枕にぐでーっと寝転がった誰かさん(ユリアーナ)

 天幕は流石に男女別なのだ。一応貴族令嬢であるし。

「自分でやりなさいよ」

 もう十分休んだのだから、それくらいできるだろうに。

「うぅぅ…………いぢわる」

 どうもやってくれなさそうだと察したユリアーナは、渋々と起き上がって天幕の準備を始めた。

 それを横目に、俺たちは食事の準備をする。

 

 まあ、持ってきた小さめの鍋に術で作った水とよく分からん塩漬けやら干物やらをブチ込んで煮るとかいうものだが。あとは、カッチコチのパン。

 別に今日くらいは普通の食品でもいいと思うのだが、おそらくはこれも訓練なのだろう。

 クソ不味い陣中食に慣れるための訓練……嫌すぎる。

 

 美味しい美味しいレイチェルの手料理の数々を思い浮かべて現実逃避している間に、鍋がグツグツと煮立った。


 完成である。


「……おぉう」

 蓋を開けてみると、ろくに切られてもいない保存食の面々がぷかぷかと浮かんでいた。お世辞にも美味しそうとは思えない。誰だよこんなレシピ考えた奴。


「……えーと、その、なかなかな見た目をしてるね」

 モルガンでさえこの感想しか出ない。

「おい、さっさ盛り付けようぜ。腹減った」

 あのビジュを見て一気に食欲が失せた俺だったが、ジョシュアの早くしろコールに押されてノロノロと盛り付けを始める。


 うわっ、これ干物の頭? ひっついてるのは……ザワークラウトもどきか。

 その後もいろんなものが出るわ出るわ。

 なにこの闇鍋。


「はい」

「お、ありが…………」

 よそられた器を前にして、流石のジョシュアも絶句している。まさか、ここまでとは思っていなかったのだろう。

「……え、これっていじめ? いじめだよね? だって僕、いじめだって思ったもん。その人がいじめって思ったらいじめなんだって誰かがいってた」

 と、思ったら、何事かをぶつぶつと唱え始めた。あまりのひどい料理に、頭がどっか逝っちゃったのだろうか。それは困る。今夜は、班が持ち回りで見張りをしなければならないのだ。


「あ、もう出来たの? 一つもらうね」

 ようやっと自分の天幕を建て終えたらしいユリアーナが、こちらへ来て俺の手からよそっている最中の器を奪う。

「あ」

 そして、制止する間もなくそのままごくごくと飲み干してしまった。

「…………」

 そしてしばしの硬直。

「きゅうぅ……」


 1人ダウン。やはりあのスープはヤバかった。


 気絶したユリアーナは、モルガンが天幕へと運び込んだ。


 それにしても、今日のユリアーナは一段と残念さが際立っていた気がする。いつもはあんなのじゃないのだ。

 もっとこう、ちゃんとお嬢様ムーブをかましているのだ。きっと今日は疲れたので、その化けの皮が剥がれてしまったのだろう。


 まあ、寝心地の悪い野営で、一瞬のうちに寝ることができたことは良かったのかもしれない。


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