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野外演習へ




 涙を流した班決めから1週間。とうとう野外演習当日がやってきた。


 いつもより早めに家を出た俺は、クソ重い背嚢を背負って集合場所である王都の街門まで来ていた。あまりにも重い背嚢のせいで、野外演習は始まってすらいないのに既に疲労困憊だ。


 到着したのは集合時間より30分ほど早かったが、すでに何人かの生徒が集まっていた。その服装は、学院の制服の上にローブを纏った実習仕様だ。

 知っている顔はいないので、多分他のクラスの連中だろう。


 特にやることもなく暇なので、地べたにおろした背嚢に座って魔導書をパラパラと眺めていると。


「よお、早いなアルベール」


 なんだか偉そうな声がかけられる。顔を上げると、そこには少し小柄なこと以外特筆するようなこともない、平凡な男子生徒がいた。

 

「……えーと、どなた?」

「ジョシュアだよっ! ま、まさか同じ班なのに忘れちゃったの……?」

「冗談です」

「冗談にしてもひどすぎないかなぁ……」

 割と冗談じゃなかったり……はしない。いつものお約束みたいなものだ。ジョシュアも級友とのユーモアとウィットに富んだ会話を楽しんでいることだろう……きっと。


 話は変わるが、あの班決めの結果、俺の班は、俺、ユリアーナ、モルガン、ジョシュアという構成になった。ユリアーナまでは──あいつもぼっちなので──わかるが、モルガンとジョシュアが班に加わるには、複雑で嫉妬を禁じ得ない経緯があったのだ。


 俺とユリアーナが班決めであぶれていた頃、クラスではモルガンをどの班が取るか問題が発生していた。優秀で有名で家柄も良くって人当たりもいいモルガンは、どの班からも引くてあまただったのだ。何度も話し合うも妥協点は見つからず、俺たちあぶれ組をどの班に入れるか問題などそっちのけで、延々と話し続けていた。

 そこで困った優等生モルガンくんはこう考えたのだ。

「あ、あそこに話し合いに参加していないぼっちどもがいるじゃないか。あいつらと組めば八方丸く収まるぜ」と。

 結果、俺たちは不本意ながら、本当に不本意ながらモルガンと班を組むことになり、ついでにモルガンのおまけとしてジョシュアも班に加わったのだ。

 

 なんとも羨ま……けしからん理由である。そのせいで俺は貴族連中からやっかみのこもった視線を散々向けられたのだから。


「やぁ、おはよう」


 噂をすればなんとやら、というやつだろうか。向こうのほうからモルガンが手を振りながら歩いてきた。その若干斜め後ろには、ユリアーナが気まずげに付いてきている。

 モルガンは大きな水魔石のついた高そうな長杖を、ユリアーナは短杖(ワンド)をそれぞれ携えている。


 これでウチの班員はみんな揃ったわけだが、何分成り行きでできた班なので、話が特に盛り上がるとかそういうことはない。


 個々人で持ち物のチェックをしたり、ぼーっとしているだけの時間が過ぎてゆき、いつの間にか集合時間になっていた。


 生徒も皆揃っていたようなので、教師が前に出て説明を始める。


「皆さん、おはようございます。今日の行程は……」


 教師がぐちゃぐちゃと注意事項やらを説明したあと、すぐに出発することになった。


 ここから演習場まで、日が傾くまでぶっ通しの徒歩の旅だ。


「あぁ、嫌だなぁ……」

 ユリアーナが背嚢をよっこらせと背負いながらぼやく。これから何十キロも歩くのだから、その反応も当然だろう。

「そうですかね。僕は割と楽しみなのですが」

 長距離を歩くと分かった日から、準備は進めていた。なるべく楽ちんに歩くための準備だ。

 結論、身体強化術を使えば体力の消費をかなり抑えることができると分かった。走るとか跳ぶとかそういう激しい運動をするなら別だが、ただ歩くだけならば魔力の消費もそれほど多くはない。1日中使いっぱなしでも十分保つ程度だ。

 ズルをしているようで少し気まずいが、元々の体力が圧倒的に少ないので見逃して欲しいところ。

 腰に巻いた自作ホルスターから魔導書を取り出し、身体強化術の頁を開く。

 今回はかなり変則的な使い方だ。身体強度強化はほとんどかけず、身体能力強化も下半身と胴体のみに限定、出力も少し弱めで魔力の消費を減らす。

 

 魔法陣に魔力を流すと、ほのかに魔法陣が輝き、身体の周りを魔力回路が奔った。


「何したの?」

 俺が魔導書を使うのを授業でさんざん見てきたので、その用途も理解しているであろうユリアーナが不思議そうに聞いてくる。

「まあ、ちょっとした術を。……よっと」


 背嚢を背負ったことで、身体強化術の効果をはっきりと感じた。何せ、重みがない。何も背負っていない時と同じ力加減で普通に立っていられる。

 少し歩いてみると分かるが、足取りもいつもより軽く感じられた。


「わ、力持ちだねー」

 ユリアーナが関心したような声音で言った。一瞬、コイツバカにしてやがんのかと思ったが、そういうわけでもなく、純粋に驚いているだけのようだ。

「それ、私のと同じくらいの重さでしょう? 私でも結構重いのに……」

「まあ、ここまでも持って来れましたしね。さっきの術(ドーピング)もありますし」

「へー……。でも、物を軽くする術なんて聞いたことないけどなぁ……」

 物を軽くする術ではないのだが、まあそう勘違いするのも仕方がないのかもしれない。

「僕も聞いたことはないよ。もしかして、研究の成果ってやつかな?」

 未知の術に興味を持ったのか、モルガンが口を挟んでくる。

「まあ、そんな感じです」

 曖昧に答えて話を切り上げる。

 コイツにあまり情報を与えたくはない。得てして天才というものは、一を聞いて十を知るとかいう事を普通にやってのける連中だ。ちょっとでも情報を与えたが最後、術の正体に気がついてしまうかもしれない。杞憂な気もするが、気をつけるに越したことはないだろう。


「……まあ、研究は秘密にする人も多いしね」

 そんな俺の思いを察したのか、モルガンもそう言ってそれ以上は話を続けなかった。


 会話が途切れ、班に気まずい沈黙が満ちる。


「……お、おい。そういえば今日、マティアス先生はいないんだな」

 そんな沈黙に耐えきれなくなったジョシュアが、どうでもいい世間話を振ってくる。

 ナイスだジョシュア。俺もちょっとこの沈黙はやだなぁとか思っていたところ。その原因の一端は俺にあるような気もするし。

 案外このメンバーの中で一番空気が読めるのはコイツかもしれない。

「ああ、確か急用だとか言ってたっけ……」

 モルガンが先程の教師の話を思い出しながら言う。

「や、歩くのだるかったからブッチしただけだと思いますけど」

「まさか。そんなわけないでしょ」

 そんなユリアーナの言葉に、他2人もうんうんと同意する。


 そうだろうか。俺はむしろ急用なんかよりそっちの方がマティアスらしいと思うのだが。まあ、みんなはあの爽やか教師なマティアスしか知らないわけだし、印象が違うのもしょうがないのかもしれない。




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