美味しい誘い
めっちゃ遅くなってごめんなさい。ちょっといろいろ思うところもありまして、遅くなりました。
「──きみきみ、ちょっと話があるのだが」
講堂から校舎へと向かう道を歩いていると、後ろからそんな声がかけられた。
「ええと、僕ですか?」
振り返って見れば、声をかけてきたのは白髪混じりの淡い金髪をした、40代前後と思われる男性だった。服の仕立てから推測するに、中位貴族かちょっとした大商人、と言ったところだろうか。もちろん、面識はない。
「きみ、さっき発表していた魔法陣研究会の子だろう?」
少し背をかがめ、目線を合わせてそう問いかけてくる。
「ええと……?」
「……ああ、これは失礼。私はユリアン、ちょっとした商人みたいなものだ。きみは、魔法陣研究会の会長、で合っているかな?」
俺の戸惑いを察したのか、男は少し佇まいを正し、再び問いかける。
「まあ、そうです」
少し訝しく思いながらも、一応返事をする。
「うん。少し話がしたくてね、声をかけさせてもらった。このあと、少し時間いいかな?」
「大丈夫ですが……」
俺の承諾を得たことを確認すると、ユリアンは満足そうに頷き、ついてきてくれ、と言って歩き出す。
話とは一体なんだろうか。いやまぁ、先程の質問から大体は察しがつくのだが。とはいえ、あまり実りのある話にはならないだろう。
◇◆◇
ユリアンが学院の職員と二言三言話し、学院の応接室を使わせてもらえることになった。
なんだか高価そうなソファに恐る恐る腰を下ろし、いつの間にか用意されていた紅茶をこぼさないよう震える手で一口のみ、そして一息ついてから、口を開く。
「ええと、無駄に時間をとらせてしまうのも申し訳ないので先に言わせてもらいますが、魔導具の購入、仕入れについて僕ができるのは、提携先のトマス魔導具工房との仲介くらいですよ? さっきの発表でも言いましたけども」
あまり実のある話にはならないだろうと言ったのは、このためだ。
トマス魔導具工房における俺の立場は相変わらずバイトのままで、ただのバイトには商談など任せられない。ただ、魔導具の共同開発についてはまた別の契約であり、その販売についてはトマスに任せてある。俺は、その売り上げから何割かの分前をもらえるようになっているのだ。
つまり、俺ができるのは共同開発者としての仲介だけ。さっきユリアーナとの話を後回しにしたのも、このためだった。
「うん。それは理解しているとも。まあ、件の着火器については、後日工房を訪ねて話をしようと思っている。それよりも、今回の私の用事はむしろ、アルベールくん、きみ自身だよ」
「へっ?」
お、俺っ!? まさかこのおじさん、そっちのケが?? 多様性は大事ってのは知ってるが、あいにく俺はノンケなので……。
「何も驚くことはないだろう? 目敏い者なら、皆注目しているさ」
「はぁ……」
なんのことを言っているのかさっぱり分からない。よもや、俺の魅力に今更気づいたなんてことはあるまいし……。
…………なーんて、馬鹿なことを考えて誤魔化していると。
「ハッハッハ、まさか、分からないなんてことはないだろう?」
こりゃ面白い冗談だとばかりに笑う。が、普通にわからんです。
ここで知ったかぶりをして話が進んでいってしまうのも問題なので、ここは一つ素直になって聞いてみる。
「すみません何のことかさっぱり……」
「……きみは、少し謙遜がすぎるようだね」
ユリアンは急に真顔になり、諭すような口調になって言った。
本当のことを言っただけなのに……。
謙遜なんかではなく、ただユリアンが主語を省いてしまうから、なんのことを言っているのかわからないだけだ。
「もちろん、魔法陣──というより、その応用に関しての、きみの成果のことだよ」
………………そっちか。
普通に思いつかなかった。思ってみれば、この人は最初から俺の研究発表の内容について話していた。どうも、俺の察しが悪すぎただけらしい。
だがしかし、本当にそれほど注目されているのだろうか。研究発表の時も、聴衆の反応はそれほどでも無かったし……。というようなことを、それとなーく聞いてみると。
「それは、あそこにいる人間の大多数が貴族だからだよ。彼らのほとんどは術やら魔導具やらなんてチンプンカンプンだからね。その証拠に、魔導具ギルド長なんかは熱心に質問していただろう? それに、商売人ならその価値に絶対気がつくはずさ」
なるほど。
というか、七面倒な質問をしてくれた魔導具ギルドの人、そこのトップだったのか。これは割と、ギルドに目をつけられてしまったかもしれない。
「と、これで事情は理解してくれたかな?」
「まぁ、一応は」
「よし。やっと本題に入れるよ、やっと、ね」
やけにネチネチ言ってくるな、この人。
「……私としては、きみのような将来有望な若者を支援したいと考えている」
……あー、はいはい、そう言うこと。
つまりは、金出してやるから俺のために研究しろよと。そう言っているわけだ、この腹黒商人は。
いい話には裏があると言うし、この時点で、俺のユリアンに対する警戒度はMAXに上がった。金を出してくれるのはいいが、それでやりたく無い研究ばかりやらされるのは面白くない。
「いや、何もこちらが指示した研究をしろと言っている訳じゃない。あくまでもきみは自由に研究をして、その中から利用できそうなものを我々が使わせていただく。そう言う感じだ」
そんな俺の警戒が顔に出ていたのか、ユリアンは付け足すようにして言った。
「まあ、それなら、いや、でもなぁ……」
あちらが強制しないにしても、金をもらうと言うことは少なからず縛られてしまうと言うこと。「金にならんから支援打ち切りまーす」と言われないためには、それなりに商売に貢献する必要がある。
そもそも、俺は自分の研究をあまり広めたくはないのだ。今回の着火器だって、必要だったからやっただけ。
「これでも足りないと言うのなら、そうだね、魔導具ギルドを抑えるだとか、その他諸々の面倒な折衝などは、全てこちらで引き受けよう。どうせそのうち、魔法陣式の魔導具の製法を提供しろとか言ってくるだろうしね。さらに、我々の商会を通じて、希少な材料なども希望に応じて取り寄せよう。……これでどうかな?」
まあ、条件としては破格な気がする。俺は魔導具ギルドに所属していないとはいえ、なんらかのアプローチはあるだろう。ギルドに所属しているトマスは言わずもがなだ。
そのような交渉は面倒だし、何より疲れる。それをユリアンが矢面に立って突っぱねてくれると言うのはありがたい。
希少素材については、願っても無いことだ。今までは雑魚魔石しか使っていなかったのを、AランクとかBランクのものに変えたらどうなるかも調べてみたいし、魔物素材も試してみたい。
これは、乗るしか無いんじゃなかろうか。この、いい話に!!
「じゃ、じゃあ、ありがたく受けさせていただこうかな、なーんて──」
美味しすぎる条件に釣られて、俺が承諾の声を上げかけた時。
「──だめっ!」




