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ふたつめの出会い

遅くなりました、ごめんなさい。


 三夜にわたる命名会議の結果、仔犬の名前は、カール──カールトンに決まった。


 ラブラドールレトリバーに似た垂れ耳のカールは、ついこのあいだ目が開いたばかり。まだ視力もさほど良い訳では無いようで、歩き回ったりもせず、食っちゃ寝の生活を満喫しているようだ。

 全く羨ましいことで。

 こっちは糞の処理やらご飯やらで大変だというのにグースカ寝やがって。…………まあ、可愛いから許すけど。

 

 とまあ学院とカールの世話の両立は大変だったが、カティたちの助けもあり、どうにかやっていくことができた。

 そして学院は待ちに待った夏休みに入り、生活には随分と余裕ができた……はずだ。


「アル、お湯作ってだって!」


 ……もっとも、今日に限っては忙しいのだけれども。


「ほい」

 ミーティアが抱えて持ってきたタライに、術で作ったお湯を入れてやる。

「ありがとっ」

 よいしょっ、と、水が満杯になったタライを軽々と持ち上げる。

 スゲ、多分4、5Lは入ってるはずなのに……。


 とはいえ、水が波立つせいか歩くと少しふらつき気味だ。そんなミーティアが部屋から出て行くのを見届けて、再びカールに目を戻す。


「あ、忘れてた!」

 そんな声と共に、ミーティアが後ろ歩きで部屋に戻ってくる。

 とっと、と少しタタラを踏んで。


「もうすぐ産まれるって!」


 そうか、産まれるのかぁ……。

「って、なんでそれを先に言わない!?」

 1番大事なとこだろ!


「忘れてた」

「もぉ……。とにかく、行くよ」

 向かうのは、レイチェルの寝室。

 ミーティアが走って近所の産婆さんを呼びに行ってから、かれこれ数時間経つ。忙しそうにしているカティたちとは違い、俺はすることもなかったのでずっと暇を持て余していたのだが、とうとう産まれるらしい。

 弟だか妹だかが産まれるのは人生で2回目だ。とはいえ、前世で弟が生まれた時、俺はまだ3歳。記憶にも残っていない。


 妹だったらいいなぁ……。弟は嫌だ。




 

 ◇◆◇




 

 オワタ。

 俺の異世界生活マジおわた。


 赤ん坊の産声をBGMに、俺は軽く絶望していた。

 

 ちょっと気絶しそう。ショックとかなんかで。しないけども。

 だがまぁ、それくらい衝撃的というか絶望的なのは事実だ。うん。

 半分の確率でこうなることは分かってはいたのだけれども、ちょっと俺ってば運がなかったのかもしれない。転生した時に幸運を全て消費しちゃったのかもしれない。もうこの人生もおしまいだぁ…………。

 

 新しい家族が生まれるというめでたい日なのに、なぜ俺がこんなに落胆しているのかというと。


 理由は簡単、生まれたのが弟だったからだ。

 ただそれだけ。

 でも俺にとってはそれこそが重要で。

 まあ、しょうもない前世の嫉妬とかトラウマとかによるものなのだが。


 端的に言うと、弟アレルギー的な何か。生まれてきたのが妹だったら何も問題はなかったのだけども。

 

 もう一度、産婆さんの手によって沐浴をしている我が弟(仮)の体をじっくりと見る。


 『赤ん坊』という言葉通りの真っ赤な肌、くしゃくしゃの顔、すでに生えている髪、そして……。


 どこをどう見ても生物学的オスにしか見えない。

 うん、諦めよう。今更足掻いてもしょうがない。こうなるのはもう9ヶ月前から決まっていたのだ。


「ヒィっ!」

 急に産婆さんが変な声をあげた。


 え、なに? 我が弟が粗相でもした? そりゃいい、将来はきっと織田信長的な大物になれるぞマジ嫉妬。


「た、《太陽の忌子》!!」


 何その強そうな名前。生まれながらにして二つ名持ちってか? 俺なんて、俺なんて…………!


「ちょっと、あなた!?」


 俺が新生児相手に大人気ない嫉妬をぶつけていると、カティが突如声を荒らげる。


 え、バレた?


 見ると、産婆が赤ん坊を放り出して、いとも恐ろしいものを見てしまったと言わんばかりの表情であとじさっていた。

 

「ちょ……!」


 あぶなっ! 


 赤ん坊の顔が水に浸かってしまう前に、どうにか抱き起こす。

 危ない、もう少しで溺れてしまうところだった……。

 でも、なんだってこんな真似を? 産婆なのだから、それが危ないということくらい分かっているはずなのに。

 

 しかし、張本人である産婆は部屋の外に消え、しばらくして憤慨した様子のカティだけが戻ってきた。


「本当にもう、失礼ねぇ……」

「どうしたんですか?」

 赤ん坊の首を支えながら訊く。

「いいのいいの、気にしないで」


 カティはそう言って、俺の手から半ば強引に赤ん坊を抱き上げ、軽く布で拭いてやってからおくるみに包む。

 すでに生え揃っているその髪の毛は、少し濡れていてもなお、穢れなき純白だった。

 

「ほら、レイチェルさん」

「ええ、ありがとう……」

 カティから赤ん坊を受け取り、愛おしそうに抱く。

 疲労からか顔色は良くないが、表情はとても幸せそうで、どこか安堵しているようにも感じられた。

 



 その姿が前世の記憶と重なり、スゥっと思考が冷えていく。

 ミーティアのはしゃぐ声が、周りの音が、段々と遠のいていくような感覚に陥る。

 

 何だか、自分だけ孤立しているような感覚。あの4人(あっち)と、俺との間には、大きな隔たりがあって。それは俺が勝手に作っているもので。その理由もとんだクズみたいなものだし。

 あの輪の中に入ってガキをチヤホヤしたいとも思わないし、けれども自分だけ1人なのは嫌だ。



 アイツさえ居なければ。



 ──考えることが本当にクズすぎて自分が嫌になってくる。

 どうせ俺なんて、たまたま転生して、前世の記憶があるからって調子乗ってるだけのクズなのだ。

 俺みたいな気味の悪いクソガキなんかより、無垢な赤ん坊の方がチヤホヤされて当然だ。

 いっそのこと、異物()はもうフェードアウトしてしまおうか。居ても邪魔なだけだろうから。

 そうだ、それがいい。大体、俺が居なければ学費も払う必要がなくなって生活は楽になるだろうし、レイチェルの負担も減るだろう。

 やはり、俺など居ない方が良かったのだ。あの時、トラックに轢かれた時に、大人しく死んでおけば良かったのだ。



「──アル」



 顔を上げる。



「ほら、おいで?」


 俺の内心を知ってか知らずか、レイチェルが少し微笑んで、俺を手招きする。

 

 ま、まあ、そんなに来て欲しいって言うなら、行ってあげなくもないけど?


 緩みそうな表情をなんとか取り繕いながら、さも不承不承といった体でレイチェルの横たわるベッドの枕元に近づく。


「ほら、抱っこしてあげて」

 レイチェルがこちらに赤ん坊をよこしてくる。

「や、別にいいよ。落としちゃったりしたら怖いし」

 普通に遠慮させていただきたい。なぜ俺が抱っこなぞせんとならんのだ。

「大丈夫よ。ほら、こうやって首を支えてあげて……」


 しかし断ったのにも関わらず、レイチェルはなおも抱っこさせようとしてくる。

 しまいには俺が押し負けて、抱っこするすることになってしまった。


「──ほら、大丈夫でしょう?」

 

 レイチェルの言葉への返答はない。俺は、もっと別のことに気を取られていたからだ。



 赤ん坊を抱っこするなんていったい何年ぶりだろう。おそらく、前世の弟を小さい頃に抱っこしたのが最後だろうから──30年近く前のことだろうか。ちなみにその時のことは全く記憶にない。


 それにしても、重い。赤ん坊の体重はだいたい3kg前後というが、体感ではもっと重いようにも感じられる。何故だろう。

 もちろん、首さえ座っておらず、全身が弛緩しているからというのもあるだろう。しかしこの重さの理由は、それだけではないようにも思われた。

 

 と、赤ん坊そっちのけで考えていると、そのぷっくりとした身体をよじらせて、赤ん坊がむずがり始めた。


 なぜ。

 レイチェルとかカティとかが抱いている時は大人しくしていたくせに。そんなに俺のことが嫌いか。


 まあ、弟に嫌われたってわりかしどうでもいいし、と、負け惜しみ染みたことを心の中で言っているうちに、赤ん坊が本格的に泣き出してしまった。

 

 ミーティアが横目で、やってんなコイツとかいった視線を寄越して来る。


 別に俺のせいじゃないし。なんか勝手に泣き出しただけだし。


「あら……。どうしたのかしら」


 甲高い声で泣き叫ぶ赤ん坊に辟易していると、ようやくレイチェルが赤ん坊を受け取ってくれた。



 これで一安心だ。



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