気付き
少し遅れました。ごめんなさい。
「いやだぁッッ! 行きたくないいぃぃ!!」
「もぉー、早くいくよ!」
玄関の扉にしがみついて駄々をこねる俺を見て、ミーティアがため息をつく。そんな、残念な子を見るような目を向けないでほしい。だって、しょうがないじゃないか。そんな毎度毎度ボコボコに痛めつけられたら、そりゃ心も折れるって。
別に俺のメンタルがザコい訳ではない。決して、ザコい訳ではないのだ。
俺は悪くない。ミーティアとゲルハルトが手加減をしてくれないのが悪いんだ。痛みに慣れるためとか称して、結界術さえ使わせてくれないし。そもそも剣士の間合いで剣士とやり合ってる時点でおかしいのだ。
もっとも、この1月半で、自分が進歩していることは分かる。動きは格段に良くなったし、ミーティアたちが打ち合っているのを見るだけでも勉強になる。
というのは、そもそも術師は後衛であるので、前衛の動きを見て適切な場所に適切なタイミングで適切な術を撃ち込む必要がある。つまり、前衛の動きを知るということは、より迅速な支援ができるようになるということと同義なのだ。
と、ここまでは普通の術師の場合。
俺の場合はそこにもう1つ理由が加わる。
ゲルハルトが俺に、近接格闘をやらせようとしてやがるからだ。遠距離はこれまで通りで問題ないので、中、近距離を鍛えるのだとか。
術師に近接戦をやらせようってぇ時点で頭がおかしいのだが、さらに剣術下級の俺にさせようとしてる辺り、あいつのオツムの残念さが窺い知れる。
だけども不思議なことにうまくいっているのだ。まじで不可解。案外近接格闘の才能があるのかも……とか思ったこともあったのだが、直後にミーティアにボコされてそんなものは木っ端微塵に消し飛びましたとも、ええ。
これまでのゲルハルトの教えから想像される新武術は、なんというか、名前は忘れたのだが、拳銃を使った近接格闘を銃ではなく術に置き換えた感じのイメージだ。剣術というよりは、格闘技の動きに近い。
攻撃をかわしながら敵の懐に入り、手のひらに展開した陣を起動、回避不可能な距離から術をぶっ放すというもの。普通の術師ならそもそもの第一段階『攻撃を躱しながら懐に入る』時点で不可能だが、俺には【身体強化】がある。あと必要なのは避けるための技能だけ。
言うだけなら簡単なことだが、実際にやるとなると難しい。【身体強化】といえど、反射速度まで上がるわけではないのだ。敵のフェイントを全て見抜き、【身体強化】のシビアな魔力コントロールをしながら避けなければならない。
ミーティアだと、ただ猪突猛進に打ち込んでくるだけなのでどうにか避けられるが、ゲルハルトはダメだ。あいつ、性格悪い。
と言うわけで、この一月半の間中ずっと、ちょこまかと避けるカカシ役をやらされてきた。
もう辞めたい。でも、ここで投げ出したりしたら流石にダメだろう。そこまで落ちぶれるつもりはない。
今こうやって駄々を捏ねているのも、ささやかな抵抗だ。本気で嫌がっているわけではない。ミーティアにあと二言三言言われてから行く事にしよう。
「もぉ……。置いてっちゃうよ?」
おっと、そろそろやめた方がいいかも。ミーティアの我慢の限界が近づいている。
「ちょいと待って、もう行──」
「──きゃぁぁっ!?」
俺が扉から体を離し、ミーティアの方に向かおうとした時、家の中から甲高い悲鳴が聞こえた。
この声は……。
「お母様!?」
カティの声だ。ミーティアが俺を押し退けて家の中へと駆け込む。俺も少し遅れて、その背中を追う。
一体なにが起こったのか。
俺たちが家を出た時、レイチェルは食堂にいて、カティは台所で洗い物をしていたはずだ。
これで台所にGが出たとかいう話だったら良いのだが……。
しかし、そんな俺の希望はいともあっさりと裏切られた。
台所よりも手前にある食堂。
青白い顔でぐったりとしているレイチェル。
それをカティが抱えている。
床には食器が散乱し、割れているものもある。
状況がうまく理解できない。
「か、母さん……?」
ぴくりとも反応しない。
「ミーティアちゃん!? ちょっと、薬師の先生呼んできて!」
普段のおっとりとしたカティからは想像できないような、緊迫した声だ。
「っ、うん!」
ミーティアが食堂から駆け出していく。
そんなミーティアを横目に、俺はずっと突っ立っているだけだった。
◇◆◇
ただの過労だったらしい。医者曰く、疲れとか、ストレスとか、そういうのが祟っただけだそうだ。命に関わるようなことはないが、何分妊婦なので、安静にしておけと言われた。
まだ目は覚ましていないが、その話を聞いて少しは安心した。
レイチェルはスヤスヤと眠っているが、時々うなされたように身じろぎをする。それを枕元の椅子に座った俺が眺めているというのが、今の状態だ。
ミーティアは予定通りゲルハルトのところに行った。本人は心配だから家に居たいと主張していたが、誰も行かないようではゲルハルトが心配するだろう。俺がいけない事情の説明も兼ねて、どうにか行ってもらった。
カティはいつもの家事をしている。レイチェルが受け持っていた分もやることになるので、その負担はかなりのものになっているはずだ。俺も手伝いを申し出たのだが、お前はレイチェルに付いてろという主旨のことを言われ、追っ払われてしまった。
自分が役立たずすぎて本当に嫌になってくる。
レイチェルに付いていてもなにができるわけでもなく、ただこうやって眺めているだけ。
俺は無力だ。
「うぅ……ん」
寝返りをうち、亜麻色の髪が一筋、はらりとこぼれ落ちる。
──ヴァル、ト……。
微かに唇がそう動いたような気がした。
……ああ。この人も、不安だったんだ。
そんな当たり前のことに今更気がつく。
そりゃあそうだ。故郷は戦乱で滅び、夫は行方知れず。実の父親の生存は絶望的だし、義弟も同じ。慣れない王都に、積み重なる出費。
レイチェルがそんなそぶりを見せなかったので強い女性だなと思っていたが、内心では、こうやって倒れるほどに不安だったのだ。
俺たち子供には見せない苦労があっただろう。金の工面にも苦心したはずだ。どれだけの人間に、返すアテのない借りを作ったのだろうか。
しかし、それでも、子供を不安にはさせまいと、無理してあんなに明るく振る舞っていたのだ。
俺がそんな気を遣わせてどうする。俺の方がレイチェルよりも年長で、ならば俺がレイチェルに気を遣わせないようにしなければならなかったのだ。
俺は子供じゃあないんだ。守ってもらうだけではいけない。レイチェルが倒れたなら尚更、俺が守らないと。
「子供がそんな心配、しなくていいのよ……」
そのか細い声に、ハッと顔を上げる。見ると、レイチェルが薄く目を開けてこちらに微笑んでいた。
が、ただの寝言だったようで、すぐに目を閉じてスースーと寝息を立ててしまった。
「ハハ……」
本当に、この人たちには敵わない。心の広さというか、思いやりというか……。
そういうものが、ただの嫉妬しいの俺とは全く桁が違う。
だが不思議と劣等感は感じられない。むしろ尊敬の念が湧いてくる。
この人の息子に生まれて本当によかった。
そんな人だから、俺がいらない心配をしすぎると逆に心配してしまうのかもしれない。
これからは、子供のできる範囲で、精一杯手伝いをしよう。
それがレイチェルのためにできる、唯一の手助けだと信じて。




