力試し
「──よし、ここらでいいだろ。じゃあ嬢ちゃん、よく見とけよ」
「はい!」
「え、ちょ、ここでやるんですか? 普通に街の外なんですけど」
ゲルハルトに連れてこられたのは、王都の壁の外、つまりただの平原だ。どうもここで戦うらしい。まあ、街中で術をぶっ放すなんてそんなデンジャラスなことはできないので、正しい判断ではあるのだろうが、戦闘音やら何やらで魔物が寄ってきたりしないだろうか。それが心配だ。
「大丈夫だ。この辺りに魔物はいねぇよ。ま、いたとしてもDランクも行かない雑魚だろうから瞬殺できるぜ?」
さいですか。随分な自信ですこと。そんな言葉とは裏腹に、めっちゃ猫背なのが気になる。
というか、ゲルハルトに瞬殺されさえしなければ、俺はDランクの魔物に勝てるということか。冒険者換算でE〜Dランク程度の実力と言うことになる。いや、ソロで勝てると言うことだから、もうちょい上になるのだろうか。まあ最低ランクがFなので、すごく強いかと言われたらそうでもないのだろうけど。
「いつでも始めていいぜ」
一足一刀ほど離れた場所に立ったゲルハルトが言った。剣を構えもせず、どこか余裕ありげな雰囲気だ。
「え、この距離で始めるんですか?」
バリバリ剣士の間合いなのだが。少し踏み込まれたら避けられずに1発でおわる。術を使う暇さえないだろう。
ゲルハルトの腕前は知らないが、それなりの剣士ならそのくらいはできる。
この距離では絶対に勝てない。
「ああ、そうだったな……」
ゲルハルトがこちらに背を向けて、さらに10歩ほど下がる。
今、後ろから術を撃てば勝てるかもしれない。さっき『いつでもいいぞ』と言った手前、文句は言えないはずだ。
ミーティアがおらず、2人だけだったらそれもいいかも知れない。しかし、幼馴染の前でそんな卑怯な手を使いたくはない。軽蔑されるかも知れないし、落胆されるかも知れない。考えすぎだとはわかっているのだが、どうしてもそんな懸念が拭えない。
「──甘ェよ」
「はい?」
「や、なんでもない。……それより、かかってこないのか?」
これは挑発だろうか。いや、表情を見るに純然たる疑問だったのかも知れない。俺が見る限り、ゲルハルトは隙だらけなものだから。
ここまで言われて何もしないのは男が廃る。戦うことになったのは仕方がないのだから、いい加減腹を決めよう。
まぁ……、とりあえず。
魔導書を開き、魔力を軽く込めて手のひらに陣を転写、腕をまっすぐゲルハルトへと伸ばしさらに魔力を込める。手のひらから広がるように真っ赤に輝く魔法陣が展開され、数瞬の間を開けて煌々と燃え盛る火の玉が出現した。
──【炎球】
ゲルハルトは動かない。予想外の出来事に動けないだけなのか、動く必要さえないとたかを括っているのか。どちらにせよ、これはチャンスだ。
術が完成する。即座に魔力を解放、炎球を撃ち放つ。と同時に、バックステップ。
最初の配置からは随分と離れたとはいえ、一瞬で詰められてしまう程度の距離。剣の間合いに入った時点で即座に詰んでしまう。
撃ち放った炎球は、二者の間を瞬く間に駆け抜け、ゲルハルトまで後少しというところまで迫る。
当たった。
俺がそう確信した時、ゲルハルトの剣がようやく動く。
左下から右上へ、逆袈裟に斬り上げる。それは炎球の速度に比べたら、ひどく緩慢なもので──仮に防御が間に合ったとしても、所詮は木剣。一瞬で燃え尽きるはずだ。
「ほっ」
が、そんな俺の予想とは裏腹に、木剣が炎球に触れた瞬間、炎球がポスンと気の抜けたような音を立てて霧散する。
「へっ?」
一体何が。
目の前で起こった理解できない現象に、頭が一瞬真っ白になる。
「っ!」
こちらに迫るゲルハルトを見てようやく再起動。その頃にはせっかく稼いだ距離もほぼ半減していた。とにかく足止めをしないと。
さらに魔導書をめくり、魔法陣を展開。
【掘削】
ゲルハルトの足元の地面が崩れ、穴が空いた。
しかし、一瞬で重心を載せ替え、穴を回避する。
もう後一歩も踏み込まれれば、剣の間合いだ。剣を振りかぶったのが見える。横薙ぎの構え。
ええと、次の手は…………ああくそっ、間に合わない!
この距離では欠片も役に立たない魔導書を投げ捨て、手袋に仕込んだ陣に魔力を込める。起動するのは、最後の防御網。
黄土色に輝く魔法陣が展開される。ゆっくりと土塊が生成され……遅い!
術が完成するまでの少しの間さえもどかしい。たった今生成されたばかりの棒を引っ掴み、剣を受け止める構えに入る。
魔法陣は強引な座標変更にも忠実に追従し、着々と術を完成させていく。
そうして、ゲルハルトの踏み出した脚が地面についた時に丁度、術は完成した。
【土槍】改め───【土剣】
「そりゃ…………ないだろ」
ゲルハルトは、そう短くこぼすと同時に低い姿勢から剣を一閃。
バシィッという音と共に、俺の手からあっさりと土剣が弾き飛ばされた。
◇◆◇
「…………負けました」
負けた。
完膚なきまでに叩きのめされた。
肉体的には全く傷はないが、その事実が俺の自尊心をさらに傷つける。手加減されたのが丸わかりだ。
言い訳はできた。
距離が近すぎる、年齢も、経験も違う。負けて当然の相手だ。
だが、それは言いたくなかった。ミーティアはたとえ俺に負けても負け惜しみなんて言わなかったし、もちろんヴァルターに対してもそうだった。
そんなミーティアの前でそれを言うのは流石に情けない。
何より、あれだけ大口叩いてからの瞬殺。それが1番情けない。いっそのこと、寸止めなんかせずに気絶させてくれれば良かった。
穴があったら入りたいとは、まさにこのことだろう。
まじで恥ずかしい。
「──ボウズ、その……迷宮発掘品、か? それ、使いこなせてねぇだろ」
ゲルハルトが木剣を下ろして言う。
「そう……ですね」
認めるのは悔しいが、俺がこの魔導書を使いこなせていないのは事実だ。それは、これを作った俺が1番理解している。そもそも今まで存在していなかった物だから、参考にできるような前例もない。正直言って、武術なんて欠片も分からない俺が新しい武術なんて創れるはずもない。
「まぁなに、気に病むこたぁねぇよ。その年じゃよくできてる方だ」
ゲルハルトがポリポリと頬を掻きながら言う。
「…………ミーティアとは?」
「んー……嬢ちゃんかな」
「…………ホラ」
まあ……はい。知ってたけどね、うん。だってウチのミーティアちゃん天才だもの。
「いや、ボウズはまだまだ初心者だからな」
しょ、初心者、だと…………!
「僕、これでも1歳の時から術使ってるんですが」
一応、術を世界最年少で習得したという自負があるので、初心者呼ばわりは流石にやめていただきたい。
「そういう意味じゃなくてだな……。まだ戦いの初心者だって言う意味だ」
う。
確かに、初心者っちゃ初心者だ。一応ヴァルターに剣術は習っていたものの、ミーティアと違ってお遊び程度のものだったし、鍛錬も結構サボっていた。結果、全く上達しなかった。
じゃあ術はどうなのかと言うと、こちらは戦い方を教わると言うより、術そのものの研究ばかりしていたので、クリスにはそこら辺の戦い方は教わっていない。
思ってみれば、俺って普通に初心者だった。
「まぁ、すぐに上達するさ。なんせ、オレが教えてやるんだからな」
そうそう、ゲルハルトが教えてくれるなら──って、いつの間にそうなった!?
「元々そういう話だったろ?」
まあ、それは確かにそうなのだが。
「じゃあ、問題なく教えられると?」
「そう言うわけだ。じゃあ、早速明日からな。サボんじゃねぇぞ。サボったら
……いいよな、嬢ちゃん」
言外の意を視線に込めて、ミーティアを見やる。
そんなゲルハルトの意図を正確に読み取ったらしく、大きく頷いてミーティアが言う。
「わかった! 引き摺ってでも連れてくるね!」
ヒィッ! なんて恐ろしい……! あの目は絶対にヤる目だぞ……。
まあ、サボるなんてことはしないと思う。多分、このチャンスを逃したら教えてくれる人なんていないだろうし、サボったら今度こそミーティアに幻滅されそうだし。
なんだか始まってからずっと、負けイベしかないような気が……。




