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研究会




「──研究会?」

「うん。どうするのかなぁって」


 ユリアーナからそんな話を聞いたのは、入学から何週間かが経った頃だった。


 何でも、学院には『研究会』なるシステムがあり、最低でも1年生の間はそれに所属しなければならないらしい。

 研究会とはその名の如く、自分の興味のある分野を専門的に研究する会、とのことだ。ゼミみたいなやつだろう。学期ごとに発表する研究成果の内容によって、その会に配分される研究費の額が変わるらしい。そのため、この時期はそれぞれが優秀な新入生を引き込もうと、勧誘に躍起になっているそうだ。

 しかも、それで結果を残せば卒業後の宮廷術師の地位が確約されるとか。

 そういえば昨日の下校時も、1年にやたら話しかけてる上級生がいた気がする。その時はナンパかなとか思っていたが、そういうことだったらしい。俺は全く話しかけられなかったが。これでも次席入学なんだがなぁ……。

 

「研究会ですか……」

 せっかく他人の金で研究ができるのなら、自分が1番したい研究がいい。最近は金欠で、自分では研究ができないし。

「どんなのがあるんですか?」

「ええと、『火術研究会』とか『極超高速詠唱研究会』とか……。まあ、色々ね」

「魔法陣研究会は?」

「魔法陣ね……。そんなマイナーなのはないんじゃないかなぁ」

 魔法陣は世間一般じゃマイナー分野らしい。便利なのに。

 じゃあどうするかな。

「ちなみにユリアーナさんは?」

「私は……どうしようかな」

 少し考えてそう答えた。

「勧誘されたりしないんですか? 一応1組にいるんだから」

「一応って何よ。……勧誘はされないかな、多分」

「……ふーん」

 そういうものか。俺もされたことないし。天才くん──モルガン・モーリアックという名らしい──レベルになると違うのかもしれないが。

「ところで、研究会って自分で作れるんですかね」

「どうだろ。作れるんじゃない? 先生に聞いてみれば?」

 マジで参考にならない。この人、いつもこんな適当に会話してるから友達いないんじゃないの?

「じゃあ後で聞いてみます」

 面倒な手続きとかがなければいいが。


 ◇◆◇



「研究会を作りたい、と」

「ええ、まあ」

 放課後。生徒たちがあらかたいなくなった教室で、マティアスに相談をする。

「……素晴らしいね! 意欲があるのは結構なことさ!」

 ウゼェ。ずっとこのテンションで話すのはやめてほしい。イライラするから。

「はぁ、どうも」


「先生、さようなら」

「さようなら!」

 最後に教室に残っていた生徒が帰っていった。


「……はぁ。……んで、何だっけ?」

 マティアスは椅子にどっかりと腰を下ろし、気の抜けたような顔で聞く。

「研究会の作り方ですよ」

 相変わらず切り替えが酷い。貴族相手には猫被ってるくせして、平民の俺にはこの態度。

「ああ、そうだっけ。……また七面倒なことを。テキトーなのに入っときゃいいんじゃなーい?」

 教卓に肘をついてかったるそうに応える。

 もうやだこの不良教師。さっきのエセ爽やか系もウザいが、これはこれでムカつく。

「とにかく、作り方を教えてください」

「分かった分かった。……じゃ、この紙を書いて提出してね」

 唐突に書類を1枚渡される。マティアスはそれで仕事は済んだとばかりに、教室を出ていった。

「ちょ、これはっ?」

 あいつ、何の説明も無しに……。


 とりあえず、渡された書類を見てみる。

 どうやら研究会を作るための申請書のようだ。この紙を全部埋めて提出すれば、研究会が作れるのだろうか。もしかしたらその後に審議とかがあるかもしれないが、魔法陣という超真面目な研究テーマなのだから、きっと通るだろう。


研究会名:魔法陣研究会

研究内容:魔法陣

活動場所:

研究会長:アルベール・グリモワル

 会員 :

 顧問 :


 会員数に関しては特に規定がないので、多分1人でも大丈夫なのだろう。問題は活動場所と顧問だが……。

 マティアスは多分やってくれないだろう。作り方を聞いただけであんなにダルそうにしていたし。

 とりあえず、職員室でやってくれる先生を探すか。



 ◇◆◇



 まさかの全滅。

 この学院の研究会はずいぶん多いらしく、結構な数の先生がすでに顧問をやっていた。もちろんやってない人もいたことにはいたが、そんな人たちはみんな面倒なことがお嫌いなようで、平民の頼みなんぞ聞いてはくれなかった。

 こちとら一応男爵様の孫なんだぞ!

 

 まあ、文句を言っても仕方がない。職員室にはいなかった先生を当たってみよう。どこにいるのかな…………っと。

「っと、すみません」

 角を曲がろうとした時に、向こうから来た人とぶつかりそうになった。幸い直前で避けられたので、軽く会釈してさっさと立ち去る。

「──ちょっと待ちたまえ。それは?」

 後ろから呼び止められた。振り返ると、そこには白く輝く片眼鏡が!

 も、も、も……。

教頭先生(モノクル)!?」

 術科学院教頭、ゲオルグ・グリミンガー。

 1番会いたくない人に会ってしまった。今日は厄日確定だ。

 平民のくせにどうたらこうたらとか言われたくないので、書類を後ろ手に隠す。

「その紙をみせてくれたまえ、アルベール君」

 名前覚えられてるぅぅうー!?

 何でこの人がワタクシの如き量産型木端平民の名前なんぞ覚えてるんでございますです⁉︎ 年相応にボケたその頭で、3歩歩いて忘れてくれればよかったのに!

「ええとその、この紙はただの自由帳でして、そのぉ、恥ずかしいポエムとか下手くそな落書きとかが書いてあるんで、人にはちょっと……」

「いいから、見せてみなさい」

 聞き分けの悪い子供を嗜めるような口調で言われてしまう。

「…………はい」

 もう誤魔化しはきかないと諦め、書類を手渡す。

「ふむ、魔法陣か……」

 書類を片手に、思案するように顎を撫でる。

「──察するに、顧問となる教師がいない、といったところかね?」

 ⁉︎

「そうですが……」

 何で分かった?

「なに、簡単な推理だよ。君の歩いてきた方向と、書類の空欄から簡単に推測できる」

「へー」

「ところで、なぜ魔法陣の研究をしたいと思ったのかね? あまり主要でない分野だが」

「それは──」

 質問の意図が読めない。

 平民の分際で、と蔑みたいならすぐにそうすればいい。何故わざわざそんなことを聞くのかが分からない。

 ここは正直に答えておこう。

「便利だからです」

「ほう、便利? 詠唱の方が便利ではないかね? 魔法陣は、紙に描くという手間がかかる」

「いや、そうでもないんです。魔法陣はしっかりと描けば何回でも繰り返し使えるでしょう? それに対して詠唱は、使う度に毎回呪文を唱えなければならない。事前に備えられるという点では、魔法陣の方が圧倒的に有利なんです」

 専門分野の説明で、少し熱が入ってしまった。

 ゲオルグはうっすらと口元を歪ませて、考え込んでいる。

「成程。…………良い。私が顧問をしてあげよう。どうかね?」

「へ?」

 ……ええと、なぜ? ただ質問に答えただけなのに。

 そりゃまあ顧問をしてくれるのは願ってもないことなのだが、この人がそれを言うと、何か企んでるんじゃないかと疑ってしまう。日頃の行いってやつだ。


「それはまた、何故です?」

「困っているのだろう?」

 ゲオルグは何故そんなことを訊くのかとばかりに、きょとんとした顔をしていった。

 何ら含むところはなさそうに見える。

 もしかして、案外良い人……?

「…………じゃあ、お願いします」




 

 こうして、魔法陣研究会は無事発足した──かのように思えた。

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