初めての授業
1限目は第3術練場とやらでやるらしいので、筆記用具と魔導書を持って移動した。場所はまったく知らなかったので、適当な生徒の後についていったらいつのまにか到着していた。
みんな杖とかを持ってきているので、多分術を使う授業なのだろう。
「やあ、早かったね!」
第3術練場では、我らが担任、マティアス・シュタイベルトが胡散臭い笑顔を顔面に貼り付けて待ち構えていた。手には杖を持ち、ローブを着込んだ完全装備だ。
「みんな集まったかな? じゃあ、授業を始めよう」
マティアスの指示で生徒たちが2列横隊に並ぶ。
「今日は、みんなの実力を見てみようと思う。順番に呼ぶから、全力の術を僕に叩き込んでくれ。遠慮はいらないからね」
学生程度の術なら問題ないから、と続ける。
途端、生徒たちが殺気だった。
無駄に高いプライドを装備している貴族の子女だから、挑発はよく効くのだろう。緊張と遠慮を解くにはいい手段だ。
マティアスはそんな様子を確認して、結界を張る。
「すごい……。あれ、上級の結界術じゃない?」
いつのまにか、ユリアーナが隣に来ていた。
「そうですね。確か名前は……【高等結界】」
上級の中くらいまでの術と、それなりに強い物理攻撃を防げる便利な結界だ。これがあったからあんな挑発をしたのだろう。学生レベルの術では到底突破できない。
今回は試験の時とは違い、杖などの補助具は使ってもいいらしい。それはつまり、魔導書も使っていいということだ!(拡大解釈)
存分にイケメンへの嫉妬をぶつけてやろう。
俺がイケメンに何を使ってやろうかと思案しているうちに、順番が回ってきた。
「……それは?」
少し距離を開けて立った俺の手元を指差す。
「これは、まぁ……本の形をした杖、みたいな迷宮発掘品です」
クリスに言われた通りの嘘をつく。
「へぇ。……じゃあ、始めよう。いつでもいいよ」
マティアスは余裕綽々の様子で突っ立っている。その顔が焦りと驚愕に染まるのが楽しみだぜぇ……!
ページをパラパラと捲り、目的のページに辿り着く。改造手袋をはめた右手をかざして、魔力を流し込む。そしてその手をまっすぐマティアスに向けて──
「喰らえっ! 【嫉妬の炎ぉぉおお】!!」
さらに魔力を込めた! 赤く輝く魔法陣が一瞬で展開され、マティアスの足元から火と風が迸る。
「ぅえっ!? ……チィッ!」
マティアスの表情が驚きに歪み、焦りから舌打ちがこぼれる。
そして詠唱する間もなく、その身体は炎に覆い隠されてしまった。
「きゃあぁぁ!」
そんな悲鳴をあげなくとも。人位級がこの程度で死ぬはずもなかろうに……多分。
炎は未だ勢いを保ち、むしろその火勢を強めている。火柱は建物の2階ほどの高さまで立ち上っている。
マティアスが術を突破して出てくる気配はまったく感じられない。
え、もしかして、
「やったか……?」
やりすぎた……かな?
軽く打ち払うとでも思ったのだが。
少しビビらせたろとかそんなノリだったのだが。
え? やりすぎた?
出てくる様子のないマティアスに、俺がちょっと焦っていると。
ぶわっ。
突如、炎が風に散らされた。
「──ケホッ、ェホッ……」
マティアスは健在だった。結界を解除して、少し咳き込んでいる。が、身体には傷一つ付いていない。俺の術は結界を突破できなかったのだろうか。
いや、そんなはずはない。あの術はもともと、上級の下くらいの術だが、色々改良した結果上級の上くらいにはなっていたはず。あの【高等結界】を破れないはずがない。
「術の選択が、悪かったね」
マティアスだ。薄ら笑いを浮かべて、こちらを見ている。
「……どういうことですか?」
俺の使える最高火力の術を使ったはずだ。
「火傷する火竜はいないってことさ」
分からん。
ええと……? つまり、火の扱いに長けたやつに火は通じない、ということかな?
転じて、熟練の火術師に火術は効かない、と。
毒薬を作る時に、解毒薬もセットで作るとかいうのと同じだろうか。術を覚えるのと同時に、その対処法も覚えるみたいな。
なるほど確かに効果的ではある。
「ま、クリストフはそんなこと教えてないのかもしれないけど」
え?
「師匠を知ってるんですか!?」
「ああ、兄弟子だよ。元、ね」
あっけらかんとした表情で言った。
なるほど、兄弟子…………って、元?
「元って、どういう……」
「破門されたのさ、あの人は……って、これ言っちゃいけないんだっけか。ま、忘れてくれ」
さ、戻った戻った。
いつもと違うフランクな態度で俺を追い払う。
生徒の列に戻ってからも、俺はマティアスの発言の裏にあるものを考えていた。
今のところ分かっているのは、クリスがマティアスの元兄弟子で、その後破門されたこと。
マティアスが嘘をついている可能性は除外する。いくら胡散臭くても、わざわざあんな嘘をつく必要性がない。
マティアスは人位級火術師なので、クリストフもおそらく火術の流派に弟子入りしていたのだろう。その後、何らかの理由で破門された、と。
しかし、破門だなんて余程のことがない限りしないと思うのだが。クリスは一体何をやらかしたのか。そしてなぜマティアスはクリスの破門について口止めされているのか。それを命じているのは誰なのか。
マティアスの上にいるのは、火術流派のお偉いさん。
仮に今の職場である学院の上層部に口止めされているとしても、まったく意味がない。クリスが破門されたことを知っている術師は学院以外にもいるだろうから。
ならば、その情報の大元──つまり、火術流派自体が口止めを命じているのではないか。
しかし、なぜそんなことをするのか。ただの平の弟子が破門されただけならば、別に口止めする必要などかけらもない。不祥事ではあるだろうが、流派全体に関わるわけではないのだから。
ならば、クリスには流派全体に影響する何かがあったに違いない。
それが何か。まったくわからない。
「ねえアル君、何を考えてるの?」
自分の番が終わって戻ってきたユリアーナが話しかけてきた。
「ん、ああ……。先生はどうやって僕の術を防いだんだろうなってのを」
咄嗟にそれっぽい嘘をつく。マティアスが口止めをされていることを、ベラベラ喋るわけにはいかない。
「へぇ、真面目だね。……そういえば、私の術は見てた? 結構上手くできた気がするのだけど」
「ええと……、ごめんなさい、見てませんでした」
「そ。まぁ、君はあんなすごい上級術も使えちゃうんだもんね。私の中級なんて、見る価値もないか…………」
「ああいや、そういうわけじゃなくて……」
「ふふっ、冗談よ、じょーだん。もう、可愛いなぁ」
ひょいと後ろから抱き上げられて、髪をわしゃわしゃされる。
背中にミーティアにはない柔らかな感触が当たるが、特にこれといった気持ちは抱かない。
というかこの人、ショタコンの気でもあるのではないだろうか。初日からやけについてくるし、スキンシップもすごい。
怪しいな……。




