図書館
遅くなってごめんなさい。
学院長のありがたい(笑)話を延々と聞かされるだけの入学式もすでに終わり、その後は教室で少し明日の話をしてから、すぐに解散となった。
とは言っても、教室に残ってクラスメイト達と談笑しているのが殆どだ。直ぐに教室を出る連中の方がむしろ少ない。
もちろん俺は直ぐに出る方だが。この後は少し予定があるのだ。前にもらったパンフレットで見て、入学したらすぐに行こうと思っていた場所、それは──
「ねぇ、どこ行くの?」
教室の扉を潜る俺の背中に声がかけられる。
これは無視するに限る。別に誰に言っているとかは明確では無いわけだから、無視してもなんら問題は無い!
「ちょっと。なんで無視するの、アルベール君?」
スルーしてさっさと立ち去ろうとした俺の肩を掴み、強制的に立ち止まらせる。チッ、逃げられなかった。
「ごぉめんなさい、気づきませんでした。……で、何か用ですか──ユリアーナさん」
俺を呼び止めたのは、はしばみ色の髪の少女、ユリアーナ・ヒルデマン。実家の爵位は公爵、このクラスでは最高位の爵位だ。
実は、入試の日に俺の財布を拾ってくれたブルジョワさんはこの人だったりする。
「別に用という用は無いんだけど、急いで帰るみたいだからどうしたのかなぁって」
どうしたのかなぁ……って。
「そっちも帰るみたいだけど」
「私? 私は……ねぇ?」
言わんとすることはよーく分かった。
つまり、この人はここに居ても喋る相手もいないし、むしろ気まずいだけだから早く帰ろうとしているわけだ。しっかりとした目的意識のある俺とは違う、情けない理由である。
公爵令嬢なら取り巻きの10人や20人は居そうなものだが、なぜか居ないらしい。多分そこには、貴族的なドロドロした事情が存在しているのだろう。
つまるところ、ユリアーナもボッチというわけだ。金はあるのに友はない。悲しい人だ。
「……そうでしたね」
「ちょっと、憐れむような目で見ないでよぉ! ……というか、君も同じようなものでしょ?」
「違います。ユリボッチさんと同じにしないでください。失礼ですよ?」
「そ、そこまで言う……?」
ユリボッ……ユリアーナは少し涙目だ。少し言い過ぎたかな……?
「ま、まぁ僕もボッチという点では同じような──」
「だよねぇ!!」
食い気味で同意するなし。少しイラッと来た。
「……あの、もういいですか? 用事があるので」
「あ、そういえばそうだったね。……で、どんな用事なの? おねいさんに教えてほしいな!」
「ちょっとした野暮用ですよ」
「ふぅん。じゃ、私もついて行っちゃおうかな」
「え゛」
何故にそうなる。若いもんの思考回路はよう分からんな、婆さんや。
「そんな嫌そうな顔しないでよ。いいでしょ、別に。綺麗なおねいさんとデートできるんだから」
デートて。5歳と15歳の組み合わせならただの幼児の引率だろうが。そして33歳と15歳の組み合わせだったら援こ……ゲフンゲフン。これはまずい。
「……別に、デートで行くような場所でもないんですがね」
「いいからいいから」
こういう推しの強いところが少し苦手なのだ。
……まぁ、ついてくるならそれでも別に良い。特に問題もないわけだし。
むしろ、ここで押し問答している方が時間の無駄だ。それならばさっさと行ってしまおう。
◇◆◇
「あれ、どこ行くの? 校門はこっちだよ?」
「誰も学校の外に行くだなんて言ってませんよ」
校門の方を見ながらの問いかけにそっけなく答え、学院の敷地をずんずんと歩く。
「そっちには特に何もないはずだけど……」
そんなことはない。俺的学院最重要施設の一角がこの先にあるのだ。
似たような造りの建物をいくつも通り過ぎ、開けた広場に出た。その中心には、巨大な建物がどっしりと聳え立っていた。
「……なんだ、図書館ね」
なんだとはなんだ!! 失礼な!
「だから野暮用だって言ったじゃないですか……」
「勉強でもするの? 真面目だねー」
「趣味です」
「え?」
「図書館通いは、僕の趣味です」
「へ、へぇ」
生前の俺は、読書は好きだったが、何分金がなかったので週一くらいで図書館に通ったものだ。
タダでたくさん本を読むことができるのだから、利用しない手はない。
まあ、今回に関しては趣味というより実益を求めている。
具体的には、術関係の何か役に立つ本を探したい。あとは、できれば人位級以上の詠唱が載っている本があると良いのだが。
さらにできればラノベがあると良いのだが。……あるはず無いか。
まだ見ぬ書籍の数々に心を躍らせながら、図書館の重い扉を押し開k──って、重っ!!
図書館の重厚な扉は、若干5歳が開くには重過ぎたのだ。
「ふぬぅー!」
腰を落とし、身体全体で力一杯押してやっと少し動くくらい。
「君、力弱いねー」
ユリアーナが後ろで笑う。
うるせえやい。五歳児に腕力を求めるな。
すると、ユリアーナが近づいてくる気配がした。
「……よい、しょっ」
扉に華奢な手が添えられ、一気に手応えが軽くなる。手伝ってくれたらしい。
あれほど苦戦したのが冗談だったかのように、あっさりと扉が開かれた。中からは少し甘ったるい感じの、古いものの香りが漂ってくる。入り口から見える範囲の壁は一面本棚に覆われ、手前の閲覧席の奥には背の高い本棚がずらりと並び、迷路を形作っている。天井は高く、吹き抜けからは美しいアーチが覗いていた。年度の始めなせいか、見たところ利用者はおらず、静寂が漂っている。
「ようこそ、王立術科学院附属王立蔵書院へ」
図書館の大きさに圧倒されていると、入り口のすぐ脇にあるカウンターからそんな声がかかった。司書さんだろうか、眼鏡をかけた長身の女性が無表情でこちらを見ている。
「あ……、こんにちは」
「こんにちは」
司書さんはまたも無表情で返すと、俺たちへの興味を失ったように手元の本へと目を落とした。
クールな人だなぁ……。
「で、どんな本を探すのかな?」
「そうですね、術関係の本と、あとは冒険ものとか」
「なんだ、結局勉強じゃない。…………じゃ、探しに行こうか」
「あ、ちょっと待って」
早速手近な本棚に向かおうとするユリアーナを呼び止める。
「こういうのにはですね、セオリーと言うものがあるんですよ」
「へー」
ユリアーナは割とどうでも良さそうだ。
「この量の本から目的のものを探すのは時間がかかるでしょう? だから、ジャンル別の本の配置が書かれた案内板を見るんです。特に初めて来た時は」
「ほー」
ユリアーナは本当にどうでも良さそうだ。
「ほら、こういうやつです。……まぁ、当てもなく本棚をさまようのも、思いがけない出会いがあって良いものですが、目的がはっきりしている時はこういうのを見た方が良いです」
案内板によると、術関連の書物は奥の方にあるらしい。
本棚が乱立する中を歩く。2メートルほどの本棚に挟まれると、圧迫感がすごい。
これ、地震が起きたら本棚に潰されて即死だよな……。まぁ、転生してきてからこの方、地震が起きた記憶はないので、多分地震の少ない土地なのだろう。
「すごい本だね……」
ユリアーナが誰にともなく呟いた。まぁ、そこらの高校の図書室だと大体3万冊、公共図書館でも50万あるかないかくらいのところが多い。その公共図書館よりも建物としては大きいだろうから、蔵書数もかなりのものだろう。個人的にはとても嬉しい。村の家には数十冊くらいしか本が無かったものだから、本に飢えていたのだ。惜しむらくはラノベの類がないことだが、それはしょうがない。逆に、術関連の本や、世界の文化についての本なんかを読むと、ラノベの設定集を読んでいるようで面白い。
ほら、あそこにある本なんて、『火術及び結界術の複合についての考察-擬似的な衝撃波の発生- 著:ジュール=アンリ・フランメ』だって! いわゆる『爆発』のことを言っているのだろう。
この世界は科学は全く進んでいないが、先人達の試行錯誤のおかげで、術の組み合わせによって科学的な現象を引き起こす手法はいくつか確立されているのだ。
それより、いつの間にか術関連の棚にたどり着いていたらしい。そこら中の棚に、小難しそうな文言が並んでいる。やはり術科学院の図書館だけあって、その量はかなりのものだ。他のジャンルよりも充実している印象を受ける。
これなら、一冊くらいは人位級以上についての本が見つかるだろう。




