天才
連れて来られたのは、校舎を出て少し歩いたところにある塀で囲まれた広場だった。
中には、弓道場や射撃場のような具合に的が並んでいる。
「これから、実技試験を行います。受験番号が呼ばれますので、呼ばれたところに行ってください。詳しい説明はそこで行います。
分かっているとは思いますが、杖などの補助魔導具の使用は禁止ですので」
杖が使えないのは、その性能差で結果が変わってしまうからだろう。当たり前の事だ。
そういえば、クリスも杖を持っていた。俺は魔導書があるので使ったことはないが、やはり結構効果があるのだろうか。
「653番の人!」
「は、はい!」
次々と番号が呼ばれていく。見た感じ、使われているのは大体下級レベルの術だ。属性はまちまちだが、得意なのを使っているのだろうか。
「き、961番の方……」
「ふむ……?」
貴族と言ってもやはり子供、ビクビク緊張しているのがほとんどだが、何だか偉そうなヤツが現れた。13、4歳くらいだろうか、くすんだ金髪の、イケメン野郎だ。
悠然とした態度で、偉そうにノロノロと歩いてゆく。
しゃっしゃ歩けや。
「あれが、辺境伯家の……」
「《辺境の天才》モルガン・モーリアックだ……」
どうもどうも説明ありがとう周りの方々。
なんか天才とか呼ばれてる、辺境伯家のおぼっちゃまらしい。なるほど、辺境伯家だからあんな偉そうにしてやがるのか。それより上なんて、侯爵か公爵か王族しか居ないもんな。
……へん! 金持ちかつイケメンかつ頭いいとか……、爆発しちまえ!!
……おっと落ち着け……。また妬心に囚われてしまうとこだったぜ。危なかった。
アイツより俺の方が恵まれてる……。だってそうだろ? 美形な両親、可愛い幼馴染、オタな師匠……。そう、恵まれてるさ。狭っ苦しい貴族家なんかより、家のほうがよっぽど良い。そうだだから嫉妬なんてする必要はない。
ここは天才くんとやらの実力を見てやろうじゃないの。
まーここまでの流れだと使ってもせーぜー中級くらいかな!
そんなことを考えていたら。
虚空に蒼い線が走った。
「……魔力?」
一体誰が? 今は試験中だぞ。
周りを見回すが、誰も呪文を唱えている様子はない。みんな、天才くんの方を見つめている。
その間にも魔力の線は走り続け、空中に巨大な図形を描き出す。
それは、あまりにも大きい魔力回路だった。俺の知っている最大のもの──上級の、数倍ではきかない大きさだ。
これはやはり、あの天才がやっているのだろうか。
まさか、いや。あの歳で、人位級に届いているヤツなんて、いるはずが無い。そんなヤツは、居てはならない。
……だって、俺が年下(中身含めて)に術で負けているなんて、誰が許しても、この俺が許せない!!
くっそぉ! 顔も家柄も良くて金もあって実力も申し分ないとかズルすぎるだろっ!
…………我ながら、小っせぇヤツだな。
本当に、この性格は前世から変わらない。変えようと思っても、変えられない。
前世で、テレビに映る子役に嫉妬していた時と全く変わっていない。
ああ、気が滅入ってくる。
全てはあの天才くんのせいだ。そういうことにしておこう。俺の精神衛生上、そっちの方がいい。自分をうじうじ責めるより、他人に責任転嫁した方がずっと楽だ。
まぁ、それがクズの思考だってのは分かっているが。
俺がそんな事をウジウジと考えているうちにも魔力回路は着々と構築されていく。
やはり、発動までにはその巨大さに見合った時間が必要らしい。随分とゆっくりした速さだ。
それにしても、人位級以上の術か……。
少し、いやかなり妬ましいが、どんな術なのかは気になる。魔力の色を見れば水属性であることは分かるが。
地上付近をあらかた埋め尽くした魔力回路は、今度はぐんぐんと上空に伸びてゆく。
まだ続くのか。本当に長いな。
正直なところ、魔力回路の展開速度についてはよく分かっていない。人によってまちまちだからだ。
たとえば、俺とクリスが同時に同じ速さで同じ呪文を詠唱したとしても、術が発動するのはクリスの方が早い。何故かは分からないが、もしかしたら熟練度的な何かがあるのかもしれない。
一つ確実なのは、早く詠唱すれば展開も速くなるし、ゆっくりと詠唱すれば展開速度も遅くなることだ。
そもそも、魔力回路は詠唱と同時に展開されていくものだから、これは当然とも言える。
だが、それも限度があるようで、めっちゃ速く詠唱をしても、ある一定の詠唱速度を超えると展開速度はそれ以上早くはならない。
逆に、めっちゃ遅く詠唱するとそもそも魔力回路が展開されない。
これは、呪文が文としての意味を失い、ただの途切れ途切れの『音』となってしまっているからだろう。
まあ、俺にはあまり関係のない話だ。詠唱をメインで使わないので。
ちなみに、魔法陣は処理の効率を上げれば展開速度も上がる。つまり、陣の形をなるべく簡単にし、そして使う魔石の質を上げれば良いわけだ。
魔力回路は、先がもう見えないほどまで伸びていた。上空で、一体どのような回路が展開されているかは見ることができない。
件の天才くんは、少し俯いて一心不乱に呪文を唱えている。
そして。
「【豪雨】!」
──ぽつ。
ぽつ、ぽつ。
ぽつ、ぽ……ザーー!
唐突に太陽が雲に隠され、辺り一帯にバケツをひっくり返したような大雨が降り始めた。
「雨を降らせる術か……」
濡れるのは嫌なので、短縮詠唱で【対物結界】を張って雨を防ぐ。この術は、傘がわりにちょうどいい。体全体を覆えるので絶対に濡れることは無いし、風に煽られることも無い。強度は低くても問題ないので、少量の魔力で発動できる。
雨を降らせる術なら、上級水術に【降雨】という術がある。が、仮にも人位級なのだ、ただ雨を降らせるだけではない何かがあるのだろう。
見た感じ、空は全部鈍色の雲に覆われている。効果範囲はかなり広いようだ。
段々と雨脚は強くなっている。
遠くの方からゴロゴロと雷の音が聞こえる。
数秒もすれば、水嵩はすでに足首に達していた。
…………え? というかこれいつまで降るの?
もう人位級を使えたんだから試験としては十分だと思うのだが。
というかこれ以上続けたら、街にかなりの被害が……。
あ、天才くん倒れた。
魔力切れだろうか。
そりゃこんな広範囲に雨ぶち撒けてたらすぐ切れるわな。
……ま、俺なら1時間くらい余裕で持つけどね? 勝った!!




