試験当日
あの後、家に帰って母さんに諸々を話した。
「そう……。やっぱり」
「やっぱりって、母さんはこうなる事分かってたの?」
「まぁ、そうね。平民の子供が紹介状で入学できた、なんて話は聞かないもの」
だそうだ。じゃあなんであの金髪は、あんな自信満々に紹介状を渡してきやがったのだろう。
あの片眼鏡が言っていた『フランメ』とか言う姓が絡んでいるのだろうか。
「まぁ、大丈夫でしょう? 試験を受けることになっても。だって、私の息子だもの」
お、おう。唐突な親バカ発言。少し照れくさい。
「ん。まあ、クリスに教えて貰ってたからね……。でも、お金は大丈夫なの? 受験料金貨1枚に、学費が年間金貨50枚って言ってたけど」
ここが一番の懸念どころ。正直言うと、試験なんてどうにでもなるし。
「なんか昔より高くなってるわね……。ま、大丈夫よ! 私がどうにかするから」
どうにかって……。金でも借りるのか? 本当に大丈夫だろうか。
「えと、僕も働こうか?」
「いいのよ、子供がお金の心配なんてしなくて。でも……そうね。学院に入ったら、何かして貰おうかしら。学院生って肩書があると仕事の幅も広がるのよ? 今度、知り合いに頼んでおくわね」
そう言ってレイチェルは俺の頭をわしわしと撫でた。
なんだか頼もしい。元貴族令嬢だからって舐めててごめんなさい。というか、元貴族の人脈凄いな。この家もそうだし、仕事の件だってそう。繋がりが広い。案外、コネとかで入学できてしまうのではないだろうか。
まあ、裏口入学はなんか嫌だからしないけども。
「ただいまっ」
玄関の方から、ミーティアの声が聞こえてきた。
「あら、帰ってきたみたいね。よいしょっと……」
レイチェルはゆっくりと立ち上がり、ミーティアたちを出迎えに行った。
レイチェルの妊娠発覚からはや5ヶ月と少し。お腹もぱっと見てそうと分かるほどに膨らんできていた。
最近では、家事はカティに任せ、レイチェルは座ってできる仕事をしているらしい。
2人の仲は良好なようだ。
バタバタバタバタ……。
がちゃっ。
「剣の鍛錬しよっ!」
「やだ」
リビングに飛び込んできたミーティアの誘いを、俺が一蹴する。
良い加減このやり取りにも慣れてきたところだ。開戦の日、馬車の中でクリスに言われたことが相当応えたのか、彼女は暇さえあれば剣を振っている。その剣への情熱は、傍から見ていて異常なほどだ。よく飽きないなと本気で思う。
「なんで!?」
「だって、道場行ってきたんじゃないの?」
彼女は今日、クリスに貰った紙切れに書かれていた、俺とは別の場所──剣術道場に行ったはずだった。でも、こんなに早く帰ってくるとは、俺と同じように何か問題があったのだろうか。
「……居なかった」
ミーティアは拗ねたように口を尖らせて言った。
「え?」
何が?
「だれもっ、居なかったの! 道場に」
ミーティアの話によると、道場の建物自体はあったし、古ぼけてはいたが一応看板も出ていたらしい。ただ、人が居なかったらしい。1人も。
おかしな話だ。俺のイメージによると、道場といえば師範的な厳ついオッサンが偉そうに腕組んでて、その前で沢山の門下生たちが汗と怒号を飛ばしながら毎日毎日木刀で殴りあってる……というのを想像していたのだが。
人っ子1人いないとは。んじゃ、師範の濃い眉のオッサン(イメージ)はどこ行ったんだ?
まぁよく分からんが、一応近所の人に伝言を頼んでおいたらしいので、また明日行ってみるらしい。多分明日には道場主に会えるだろう、との事だった。
明日といえば……、俺のテストだ。んーと、ひい、ふう、……。ざっと15年ぶりの試験、頑張りますか!
◇◆◇
試験当日。
俺は再び学院にやって来ていた。大金を持って。
学院の門を昨日よりも大勢の人がくぐって行く。
みんな俺と同じ受験生なのだろうが、おそらく10〜15歳の少年少女が大半で、貴族なのだろう、仕立ての良い服を身にまとっている。やはり平民の姿は見当たらない。
そして、昨日の守衛のオッサンも見当たらない。今日は休みなのか、それとも詰め所で休憩してるのか。どちらにせよ、関係のないことだ。
ひとまず、ここまで無事に来れて良かった。何せ、金貨1枚──10万円を持っているのだ。前世でも、こんな大金を持ち歩いたことはなかった。強盗やらスリやらに合わなくてよかったと思う。まぁ、犯罪者の方々も5歳児がそんな大金を持っているとは思わないだろうが。
さ、行くか。
学院の門をくぐると、塀に隠されていて見えなかったその全容が明らかになった。
「でっか……」
とにかくデカかった。校舎もでかいし、庭もでかい。日本の高校なんて比じゃないくらいだ。なんせ、敷地の終わりが見えないのだ。
流石異世界、スケールがでかい。
──ドン!
「ふべっ」
俺が門の前で立ち止まっていたからだろう、後ろから誰かにぶつかられてしまった。5歳児の俺と10歳以上の誰かさんの体格差もあってか、かなり派手に転んでしまう。
「チッ、邪魔だな……ガキが」
ガラ悪っ! 俺を転ばせてくれやがった誰かさんは、顔を見る間も無く人混みの中に姿を消した。
「いっつつ……」
ああ、ズボン破けてるし……。レイチェルが仕立ててくれた俺の一張羅が……。
取り敢えず怪我は治癒術で治したが破けてしまったズボンまでは治らない。このまま試験に臨むしかないか……。
それにしても失礼な奴だ。そりゃ門の前で立ち止まってた俺も悪いが、謝りもせず悪態をついて去るなんて、テメェ何様だっつーの。
……あ、お貴族サマか。本当に貴族ってヤな奴しかいないな。
まぁ良い。気を取り直してさあ行こう。
幸いにして、膝とズボン以外に被害は無いようだし……?
「…………」
ポケットと言うポケットを手で叩く。
……ない。金貨がない。




