とある男の戦い
前回更新から2週間ちょいです。大変遅れまして申し訳ございません。
場面が前回と全く違いますが、それぞれ独立した話ですので、特に繋がりはございません。
気がつくと、森にいた。
周りを見渡しても木、木、木。視界は緑で埋め尽くされ、暖かい光が木の葉の隙間をすり抜けて降り注いでいる。
完全に森である。
だが何かおかしい。何かがおかしい。
その違和感の原因は分からない。だが、一つだけ言えることがある。
ここは、森であること。
それも、故郷の村の森であることだ。
木も、草も、木の虚の形さえも、全て見覚えがある。
なぜここに居るのかは分からない。直前まで何をしていたのかさえ定かでない。
「一体、何だってんだ……」
本当に、何なのだろう。
まあ、ここであれこれ考えていても仕方がない。今の時間は分からないが、暗くなる前に村に行こう。
◇◆◇
「……ん?」
何か、微かな音が聞こえた気がした。
葉擦れと、鳥の囁き以外に音がない森においては、明らかに異質な音だった。
こう、硬質なもの同士が、ぶつかり合うような……。
村に近づくにつれ、だんだんとはっきりとしてくる。
「……! ……っ!!」
風に乗って、怒号も聞こえてくる。
尋常じゃない声音だ。
明らかに、何かが起こっている。
あの平和な村で、一体何が。
家は無事だろうか。
焦りからだんだんと早足になり、しまいには駆け出していた。
木の根やら下草やらで足元は悪い。時折つまずいて転びそうになるが、速度は落とさない。木々の隙間から村の家がのぞく。もうすぐだ。
「あ、れ……?」
森を抜けると、目の前には長閑な田園風景が広がる。金色に実った麦の穂、藁葺きの家々の屋根……。見慣れた風景だ。もう麦の刈り取りが始まっていてもおかしく無い時期だが、畑に農作業をする人の影はない。
すぐ近くには、領都へと向かう道。この道を反対に行くと、隣国へと繋がる。
どうも、音が聞こえてくるのはここから見て村の反対側──隣国寄りの場所からのようだ。
少し考えて、森と比べると格段に走りやすい畦道を走りだす。もちろん、隣国の方──音のする方へ向かってだ。
さっきから『音』と誤魔化してはいるが、ここまで近づくと流石に何の音かは見当がつく。おそらくこれは、戦闘音だ。武器同士がぶつかり合う硬質な音。
果たしてその相手は盗賊か、それとも違うのか。どちらにせよこの村に害を及ぼすものであろう。
どうせ行っても何もできまい、むしろ邪魔になるだけだと分かってはいるが、何故だか行かなければならないような気がする。
◇◆◇
「行ったか……」
振り続けていた手を下ろし、息をひとつ吐いて背を向ける。眼前には、いまだ混沌に包まれている村。俺が守るべき村だ。
俺はこの村の駐在衛士。家族はもう領都に逃したが、全ての村人が避難するまでここを守らなければならない。それが仕事だからだ。今まで何もせずに給料を貰っていたのだ、そのくらいはしないと罰が当たる。
さて、早く家族と合流したいし、ゴネてる連中を説得するか。
◇◆◇
「分かった分かった、逃げりゃあいいんじゃろ……」
「じゃ、ジイさん早く逃げるぞ」
「待て待て、まだ荷造りが……」
「もうオレがやったから」
「……そうかい」
「じゃあ、ヴァルターさんありがとうございました。どうぞご無事で」
「おう、じゃあな」
最後までゴネ続けた老人も1時間かかってやっとこさ折れ、村から人の気配が消える。ガタガタと荷車の音が遠ざかってゆく。
あとは、俺が出るだけか……。荷物は全て馬車に積み込んだはずだし、特に持っていかなければならないものもない。強いて言えば、この身体だろうか。
ああいや、道中の食糧くらいは持っていかないとな。馬ももういないし、領都までは歩きで行かなければならない。おそらく半日程度で到着すると思われるが、今は戦時中だ。不測の事態に備えて、予備を持っていくのは必要だろう。
そう考えて、家へと歩き出す。
「…………ぁ?」
強烈な違和感。
「チッ……」
畦道を駆けながら思わず舌打ちをする。久しぶりの感覚だ。冒険者を辞めてこの村に住み着いてからは、荒事にはとんと縁が無く、久しくこの感覚も忘れていた。
景色が高速で後ろへと流れてゆく。
「チィッ……」
再び舌打ち。鈍色の鎧を着込んだ兵士が、家へと押し入っているのが見えた。
あそこは、誰の家だったか。まあそれも最早関係ないか。
鞘から剣を抜き放つ。
取り敢えず…………斬るのみだ。
◇◆◇
「あれか……?」
ようやく、戦闘音の発信源を見つけた。遠目でよく分からないが、1人の男が大勢の兵士らしき鎧姿の連中相手に大立ち回りをしているのはわかる。
かなりの腕前だ。俺では1秒も経たずにやられてしまうだろう。現に、兵士たちを鎧袖一触といった様子で倒している。
状況がよく分からない。あの兵士たちは敵なのか、それとも味方なのか。
だが、この村に兵士なんてものはいないし、ならば彼らは余所者だ。
対して、兵士たちを蹴散らしている剣士はと言うと……。
どこかで見たような気もするが、わからない。
もう少し、近づいてみようか……?
「隊長!!」
なっ!?
背後の森からガサガサと音がしたかと思ったら、兵士が1人、飛び出して来た。辺りをキョロキョロと見回し、俺の方を見ると、眉を顰める。
マズイ、見つかった。
と、焦ったのも束の間。
兵士は剣を抜き、すわ斬られるかと目を閉じるも、そのまま未だ戦いの続く方へと走って行った。
見逃された、のか……?
◇◆◇
剣を斬り払って、刃にこびりついた血を払う。俺の足元には、男の死体が転がっていた。
「まず、1人……」
果たして、この村にあと何人敵が居るのだろう。
別に、殲滅せずとも足止めさえできればいい。あの爺さんと孫が逃げられるだけの時間を、稼げれば。
ならば、俺に注意を向けさせて、先に通さないようにするべきか。敵の指揮官が単純な奴だったら良いが……。
「何だ、貴様はッ!」
俺の思索を遮り、怒号が耳に入る。
新手が来たようだ。今回はさっきのように一撃で終わらせず、できるだけ騒いで他の連中も集めるとしよう。別に、この程度のヤツらが何人集まろうと俺の敵ではない。
振り下ろされた刃に、そっと剣を添えて剣線を逸らす。全体重をかけた攻撃がいとも簡単に受け流され、兵士に致命的な隙が生まれる。
が、その隙は突かない。
いたぶるようで、あまり好きではない戦い方だが、しょうがない。
さぁ、もっと騒いで敵を集めてくれ……!
そんな俺の思いが通じたのかどうかは知らないが、兵士がバックステップを踏んでいったん下がった。
先ほどの一合で力量差を察したのだろうか。だとするならば、兵士の質としてはまずまず、と言ったところだろう。腕前はおそらく中級程度だろうが、その状況判断は悪くない。
と思ったが、兵士は剣を捨て、俺に背を向けて駆け出して行った。俺に後ろから斬られるとは考え無かったのだろうか。
まぁ、良い。あれだけ騒いでも増援が来なかったのを見るに、連中はおそらく斥候であったのだろう。ならば、俺がいることを知られたのは悪手だったか……?
いや、それだけでここを避けて進むという決断を下すとは考えにくい。この村を迂回しようとすれば、森の中を行軍することになるだろうし、村からの略奪によって物資を補給することも必要だ。この村を通る以外に選択肢はないだろう。たとえ、そこに敵がいたとしても、たった1人。数で押し潰せるとでも考えるだろう。むしろ、それだけかと油断を誘えるかも知れない、というのは都合が良すぎだろうか。
さて、本隊の到着までは時間もあるだろうし、腹拵えでもするとしよう。
◇◆◇
なぜだか、俺は透明になっているらしい。いや、透明になっているかどうかは知らないが、取り敢えず人から見えなくなっているらしいことは確かだ。なぜかは知らない。この世界は、魔力とかいう謎物質があるせいで、色々と不思議なことが起こるようで、これもその一つなのだろう。
しかし、魔力が関わっているなら、俺に視えるはずだが……。まぁ、気にしないことにしよう。あの戦いを観察するのに丁度いいし。だが、見えなくても実体はある、という可能性もあるので、流れ弾には気をつけなければ。
ゆっくりと近づいていく。
男の周りには、十数人の兵士が倒れ伏しているが、いまだワラワラと兵士が湧いてくる。
なんだこいつら数多すぎだろ、Gかよ。
「うわっ!?」
俺の脇を兵士がすっ飛んで行き、汚い音を立てて地面に落ちた。地面に血の染みが広がっていく。関節は変な方向に捻じ曲がり、虚な眼球が空を見つめている。
死んでる。
「おぅぇ……」
思わず口元を抑える。吐き気がしてきた。グロいものを見たせいだろう。
壊れたオモチャみたいな兵士が、その虚な瞳で俺を見ているような気がして、耐えきれず目を逸らす。
どうやったら、人の手でヒトをここまでぐちゃぐちゃにできようか。
いまだ戦闘を続けている剣士に目を向ける。
相変わらず、凄まじい戦いぶりだ。もう何人も斬り伏せているだろうに、疲労の色は見せず、剣筋も鋭い。
茶色の短髪からのぞく瞳には、野生の光が隠れている。鈍色の無骨な長剣が閃く度に血飛沫が舞い、兵士が一人二人と倒れていく。
何という、怪物。俺は、三十数年の人生で、これほどの人間を見た事が────無い?
いや待て。あの無駄に鋭い眼光を消して、微妙に上がっている口角を下げて、眉をハの字気味にして、こう、全体的に苦労人っぽくして、剣を鞘に納め空いた手でこめかみを押さえれば…………?
やはり。
あの剣士は────
◇◆◇
家の倉庫に辛うじて残っていたカッチカチのパンを齧りながら、本隊の到着を待つ。
おせぇな。遅すぎる。
斥候がスタコラサッサと逃げて行ってから、はや30分と少し。いまだ敵さんが来ない。
兵は拙速を尊ぶってのを知らないのか。
そりゃまあ、ウン百人が一斉に移動するのだからそれなりに時間はかかるだろうが。俺は早く領都に行きたいってのに。
顔も名前も知らない敵指揮官に苛立ちを募らせる。
それにしても、かってぇなこのパン。まあ冒険者時代はいつもこんな感じの食事だったが、それも何年も前の話。結婚してからはいつもレイチェルの美味い手料理を──
──おっと、惚気てる場合じゃあないな。
「──よォ」
硬いパンの残りを全て口に突っ込んでから立ち上がる。
「ふぉふんらのへんはくしはふはふ。ひはふふひっほはいてふぉふひひひへはへふか、」
ゴクン、とパンを無理やり飲み込んで、眼前の鎧の群れに告げる。
「ここで俺に殺されるか、だ」
剣を腰から抜き放つ。
目の前に長剣がぶら下げられたことで、兵士たちに緊張が走った。中には剣に手を掛けている者もいる。
しつけがなってねぇな。
そんな兵士たちを手で制して、騎乗した指揮官らしき人物が出てきた。
「貴様は、自殺志願者なのか?」
「いんや? 勝てると知ってるから言ってるのさ。……で、どうするのかな?」
「ハッ、とんだ自身家だ」
嘲るように吐き捨て、指揮官は後ろに下がって行った。
「総員、抜剣!!」
姿は見えないが、先ほどの指揮官の声だ。
なんだ、結局そうなるのか。
「多対一は、俺じゃなくてクリスの方が得意なんだけどなぁ……」
剣を抜き放ち襲いかかってくる兵士の群れを尻目にぼやく。
一応、忠告はしたからな。そう心の中で呟き、剣を握り直す。
ゆらり、と上体を傾け、倒れる直前にだん、と踏み込み一瞬で加速する。
兵士たちは誰も俺の動きを追えていない。隙だらけの土手っ腹に剣を叩き込む。鎧がスパッと切り裂かれ、血飛沫が舞う。
まず一人。
返す刀で血を払い、速度を殺さずもう一人。
ようやく兵士たちが俺に気付いたようだ。俺を囲んで、剣を構え直す。
中段の構え。
最も基本的で、対応がしやすい型。
だが、遅い。
剣を横薙ぎに振り回し、兵士の構える剣ごと喉元を切り飛ばす。
5人。
「アアァァアッッ!」
叫び声と共に放たれた兵士のやけっぱちの斬撃を躱し、その勢いのまま足を払い身体が浮いたところを一閃。6人。
「キリがねぇな……」
斬っても斬っても後続がどんどん押し寄せてくる。普通、仲間がこれだけ一方的にやられたら必ず臆す者が現れるはずだが……。
「クソッ」
後ろから放たれた一撃を力尽くで弾き、振り返った勢いを乗せて当て身。後ろの兵士にぶつけて押し倒す。
剣技はともかく、なかなか訓練された兵だ。この分では、いくら倒しても意味がない。いや、そもそも目的は殲滅ではなく足止め、あわよくば撤退させること。皆殺ししようと思えばできるが、それなりに時間も掛かる。人類の限界に立ったとはいえ、まだ俺は人間の範疇だ。神のように一瞬で全て消し飛ばすなんて真似はできない。それができるのは、地位級以上の人外連中だけ。
早く家族と合流したいし、その安否も気になる。クリスがついているから大丈夫だとは思うが、全ての敵兵がこの練度なら男爵軍もかなり苦戦するだろう。すでに領都が占領されているという可能性も……。いや、それは流石にないか。
ともかく、こんなところでグズグズしている暇はない。頭を抑えるとしよう。
足に気を纏わせ、兵士たちの間を縫うようにして走る。雑兵には構わず攻撃は最低限。まるで鎌鼬に斬られたかの如く、気ついた時にはすでに身体から血が吹き出ている。
兜の鈍色の平原の向こうに、騎乗した指揮官が見えた。
「──よう」
その眼前に剣の切先を突きつけてご挨拶。先方からは、剣が急に現れたように見えたことだろう。
「う、ワアァアア!」
少し豪華な鎧に身を包んだ指揮官が、情けない声をあげて馬上から転げ落ちた。騎乗者の怯えに反応して、馬が暴れ出そうとしたのを抑える。コイツは俺の大切な足だ。
闖入者に気づいた兵士たちが、俺と指揮官を包囲する。
「貴様、何者だ!」
少し冷静になったのか、先ほどの情けない声がなかったかのように堂々と俺に問いかける。
「軍を退け。さもなくば皆殺しだ」
わざわざ答えてやる必要もあるまい。場の主導権は俺が握っている。
「ワタシの辞書に撤退の二文字はない!! 者ども、やれッ、やるんだッッ!!!」
呆れた。なんという脳筋。なんという短気。なんという馬鹿。
こんな状況分析もまともにできないやつに部隊を任せるだなんて、お隣さんは何をしているのだろう。まぁいい。敵が無能ならこちらとしても楽だ。
無能な指揮官の命令に愚直に従い、こちらに襲いかかってきた兵たちを一刀の元に──
「──父さん!?」
なっ!?
聞こえるはずのない、ここにいるはずのない甲高い子供の声が聞こえ、思わず意識を取られる。果たして、そこに居たのは──
◇◆◇
「父さん!?」
魔力的現象で透明になっているのだ、聞こえるはずもない────のだが、まるで俺の声が聞こえたかのようにヴァルターが目を見開いてこちらを凝視する。
マズイ!!
気を抜かれたようにポカンと突っ立っているヴァルターの身体に、何十本もの剣が降り注ぐ。
その身体はすぐに兵士の奔流に飲み込まれてしまった。
目の前が真っ白になり、意識が希薄になってゆく。最後に脳裏に残ったのは、阿呆のように突っ立っているヴァルターの間抜け面だった。
コロコロ視点が変わって読みにくかったからごめんなさい。あと、一部ルビが読みにくいかもです。




