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戦火を逃れて・続き

ごめんなさい、一日遅れました。

 領都までの道程は極めて順調だった。

 風景は以前と変わらず長閑で、森の木々はところどころ紅葉していた。

 戦の気配を感じることはない。


 本当に戦いは起こるのだろうか、あの早馬は何かの間違いだったのではないかという疑問が浮かんでは消えてゆく。

 そんな疑問が跡形もなく消し飛んだのは、ちょうど領都の城壁が見えて来た頃だった。


「煙……?」

 御者台に座っているクリスが訝しげにつぶやく。

 見ると、確かに街からドス黒い煙が一筋、空へと立ち昇っているのが見えた。

「火事、ですかね」

 今は冬も近づき、空気が乾燥している。火事が起こっても不思議ではない。

「さぁ、どうだろう……」

 

 少し気になったが、その間にも馬車はゴロゴロと街へ近づいて行く。


 そして、街門がはっきりと見えて来た頃──。


「何ですかね、あれ」

 街門が大きく開かれ、そこに百数人程だろうか、物々しい様子の一団がゾロゾロと入って行くのが見えた。


「うん? ……中央からの援軍にしては早すぎるし、おおかた男爵家の斥候が帰って来たんじゃないかな。それにしてもあんな大きく開く必要はない筈だけど……。んん……?」


 クリスが何かを確かめるように目を凝らす。


 と、例の一団がこちらに気がついた様子で、こちらを指差し、何事かを言っている。そして1人が城壁の中へと駆け込んだかと思うと、3、4騎程がこちらへ駆けてきた。


「あれは、まさか? いや、でも早すぎる……?」


 クリスが珍しく狼狽した様子でブツブツと言った。そして、ゆっくりと馬車を方向転換させたかと思うと、馬に鞭を入れて馬車を全速力で走らせ始めた。

 ゆっくり走っている時でもかなり揺れたのだ、速度を上げた馬車はガタガタと壊れそうなほどに揺れた。


「うっ、わっ! ちょ、クリスど、してっ!?」


「きゃあっ!」

 同乗しているレイチェルたちも口々に悲鳴をあげる。

「敵だよっ、イクステンの兵!」

「ええっ!?」

 じゃ、じゃあもう領都は陥ちたってことか? 

 そんな馬鹿な。第一、敵が動き始めたのは数時間前って話じゃ……。

 それに、陥ちたってんなら、領主──男爵達は?

 

 よく見ようともう一度後ろを振り返る。


「増えてるっ?」

 

 なんと4騎が8騎に増えていた。


 もちろん荷物を満載した馬車が、訓練を受けた軍馬より速いはずもなく、どんどん距離が詰まってゆく。


 ダメだ、追いつかれる。

 もし追いつかれたら……?

 

 捕虜だろうか? それとも民間人だからお咎めなし? …………いや、これは前世(地球)の話。

 ここは国際法なんてありゃしない異世界だ。まともな戦時国際法があるはずもない。仮にあったとしても、それが末端の兵士まで行き届いているかは怪しい。

 なんせ、前世でも強盗やら強姦やら暴行やらをする軍隊は存在するのだ。


 どちらにしろ、捕まったら(ろく)なことにならないことは確か。


 どうするか? 


 クリスは御者、ミーティアは近接だけ。そもそも5歳児には酷な話だ。

 ほかに戦える者はいない。


 視線を落として手元の(まどうしょ)を見る。


 やるしか、ないのか?


 このスピードだ。たとえ非殺傷──妨害系の術を使ったとしても、落馬すれば痛いじゃ済まない。


 俺に、できるのか?


 震えそうな手を押さえつけ、クリスを見やる。 

 硬い表情で手綱を握るクリスの碧眼が、俺の視線に気付いたのかこちらを一瞥した。


 一瞬その表情が緩んだようにみえて──直ぐにその表情は引き締まる。


「カティ、御者変わってっ!」

 クリスが鋭い声で言い、カティに手綱を渡すと荷台へするりと入ってきた。


「……残念だけど、ヴァルトとの約束は守れないな」

 そうクリスは淡々と言って、俺に紙切れを押し付けた。

「君たちは、王都まで行くんだ。路銀は十分足りるはずさ。僕はここで連中を足止めする。

王都に行ったら、そこの紙に書いてあるところを訪ねるといい。

 紹介状の代わりになるから、それを見せれば、僕らの代わりに剣と術を教えてくれるはずさ。いいね?

 …………じゃあ、ね」


 そう早口で言い残して身を翻し、長杖を携え、高速で走る馬車から身を躍らせようとするが。


「いやだぁっ! いやっ! お父様、いかないでよぉ……。わたし、わだじぃっ!」


 その身体を引き留めるように、ミーティアが抱きつく。


「……ミーティア、良いかい。これは君を、君達を守る為なんだ」

 クリスがミーティアの頭に手を置いて言う。

「ぐすっ、……うん」

 ミーティアは服の袖で涙を拭う。

「それが嫌だと言うのなら、もっと強くなりなさい。大切なものを守れるほどに」

「わたしっ!……強いもん。みんな、守れるもんっ」

 ミーティアの悲鳴のような声に、クリスは厳しい顔をして言う。

「いいや、無理だ。見てみなさい。君ではあの騎士の中の1人にも勝てやしない」

「そ、そんなことないもん! わだし、勝てるもんっ! …………ぐすっ、うっ、うわぁぁぁああああん! いやだぁぁぁぁああああ! いかないでよぉぉおお! うわぁぁあああ!!」


 口ではそう言っているが、今の自分が無力であると理解しているのだろう。それ以上は何も言えず、とうとう泣き出してしまった。


「……すまないね、アルベール君。じゃあ、ミーティアを頼んだよ」


 クリスとしてもこのような事は不本意なのだろう。苦しそうな表情をしたまま、ミーティアに背を向けた。


 ──これで、本当に良いのだろうか。こんな別れ方で。


「──()()っ!」

 俺は無意識に、そう呼びかけていた。


「っ! ……何かな?」

 一瞬肩をビクリと震わせ、振り向く事なく応えた。


「──絶対に、戻って来てくださいよ?

 でないと、悪い狼がミーティアを食べちゃうかも、知れませんねぇ……」


「ふふっ、もちろんさ。……あと、ミーティアに手ェ出したら、承知しないからね?」

 凍りつくような声でそんなことを言った。


 おお、こわっ!


 そして、今度こそ立ち止まることなく馬車の外に身を躍らせた。


 それを見て、ミーティアの泣き声がより一層大きくなる。

 

 背後から、爆音と怒号が風に乗って聞こえてくる。

 

 馬車は変わらず壊れそうなほどに揺れ、乗っている人間をかき混ぜた。



 そして、一週間──


 

 ゾキア領は、陥落した。


これで第一章は終わりです。長ってぇ準備期間も終わり、やっと色々始まります。ただ、二章開始までは時間を頂きたいです。まだ一文字も書けてないので。

 プロットが固まり次第、次章予告的な何かを載せる予定です。

 大量のストックと、4000字/日の執筆速度を抱えて帰ってくる(予定)なので、少しお待ちください。

 

 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


 次は、毎日更新できたら良いなぁ……。


 追伸:クリスマスには帰れるさ!

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