火種
昨日は間に合いませんでした。ごめんなさい。
え、えっと状況を整理しよう。
俺が5歳になったので、領主の家臣扱いのヴァルターは俺を連れて領主に挨拶に行かなければならない。と、言うことで俺の三半規管とケツに継続ダメージを与えながら領主の館にやってきた。しかし領主の屋敷は幽霊屋敷だった。←イマココ。
い、いやもう一度屋敷をよぅく見てみよう。
壁に絡まってもはや壁が見えない蔦はインテリアかもしれないし、所々屋根の瓦が剥がれて草が生えてるのは屋上庭園かもしれない。
そして草がぼうぼうな庭は、自然の草原をイメージした高尚な庭園なのかもしれない。
き、きっとそうに違いない。貴族様の屋敷が幽霊屋敷だなんてあり得ない。きっとこれは俺の理解が及ばないパリコレの服みたいな高度なデザインの家なんだきっとそうだそうにちがいないっ!
「皆さま、ようこそおいで下さいました……」
うわっ! 幽霊かと思った。
いつのまにか俺たちの前に1人の初老の男がいた。執事服(?)を着ている。リアル執事だろうか。
「あら、セバスタン。久しぶりね」
セバスたん、だとっ!
「えぇ、はい。お嬢様も御壮健そうで何よりです。…………こちらが、ご子息様で?」
こちらを一瞥。
「ええ、そうよ」
「お初にお目にかかります。私、カーフェン男爵家で家令を務めさせていただいております、セバスタンと申します」
カレーのセバスたん?
と、冗談はさておき。領主さんはカーフェン男爵というらしい。
男爵というと、公侯伯子男の男、つまり貴族の中で一番下っ端の爵位だ。
まぁ下っ端とは言え貴族、それなりに偉いのだろう。
「では、ご案内させていただきます。こちらへ……」
セバスタンに案内され、2階の奥まった所にある部屋の前にやってきた。
「旦那様、お客さま方をお連れしました」
どうもこの扉の奥に男爵とやらがいるようだ。どんな人だろうか。かなり緊張する。
ブクブク太ったラノベの典型的ブタ貴族みたいなヤツでないといいのだが……。
「入れ」
なかなかダンディな声だ。これなら…………いや、まだ安心するのは早い。もしかしたら、ダンディクソブタ貴族という可能性もあるし。
果たして、部屋の中にいたのは……。
二人の男だった。一人は40代くらいで、白髪混じりの髪をしている。なかなかにダンディなおじさんぶり。ダンディなおじさん。略してダンおじ。
もう一人は20代くらいで、こちらは俺にとって馴染み深い黒髪だ。どちらもスラリとした長身。とりあえずブタじゃなくてよかった。が、気になるのはどちらも険しい顔をしていることだ。若い方は背を向けているのでなんとなくの雰囲気だが。
ダンおじ(仮)と目が合う。目が、目が怖いっ!
と、ダンおじは息をつき顔を綻ばせた。
「ゾレク、人も来たことだし、一旦やめにしようか」
若いのはゾレクというらしい。
「……ええ、解りました」
ゾレクは渋々と言った様子で、執務机から離れる。
それを確認して、ダンおじが息を吐いた。
「とりあえず、よく来てくれたね。ヴァルト君、レイチェル……と、アルベール君、だったかな?」
「ええそうです、ハイノさん」
ダンおじはハイノというようだ。一番偉そうにしてるので、この人が男爵だろう。隣に立って控えているゾレクは息子だろうか。
「やだなヴァルト君。『お義父さん』と呼んでおくれよ」
隣のゾレクの眉がピクリと動く。
「いやそれは……」
「ま、とりあえず座ってくれ。ほら、ゾレクも」
ソファに座る。硬いな、このソファ。貴族の家だからもっと柔らかくて良いのを使っているかと思った。
「初めまして、アルベール君。私はハイノ・カーフェン。ここゾキア領を治めるカーフェン男爵家当主にして、君の──」
ここで溜める。
なんだ? あんた俺の一体何なんだ?
「君の、お祖父ちゃんだ」
そんなことを言っていたずらっぽく笑う。
「えっ」
まじすか。
唐突に登場した祖父の存在に動揺する。
何方の祖父だ? ……いや、レイチェルの方か。セバスたんがさっき『お嬢様』って呼んでたし。
「そしてこっちは私の息子──つまり君の叔父のゾレクだ」
ゾレクが無言で会釈するので、色々な事実に動揺しながらも会釈を返す。
と、ちょうど顔を上げたところでふと目が合う。この世界に来てから初めて見るかもしれない、黒目だった。
「──っっ!!」
その黒曜の瞳を目一杯見開き、驚いたような表情でこちらを見つめている。
なぜそんなに驚いているのかが全く分からない。俺の顔に何か付いていたのだろうか。
一体何なんだ。
「どうかしたか、ゾレク?」
「──っ? いや、何も……?」
ゾレクは、はっとしたように口元を押さえ、動揺した様子だ。
「アレは一体……?」
「オホン!」
おかしくなった場の空気を正すように、ハイノがわざとらしく咳をする。
「アルベール君。君のことは手紙でよく聞いているよ。なかなか優秀なんだってね──」
その後もいろいろ談笑したが、ゾレクは終始動揺した様子で、挙動が不審だった。
あと、会話から推測するに、ゾレクはレイチェルの弟らしい。それほど仲が良さそうには見えなかったが。なんだかゾレクの方が一歩引いている感じがした。
「──さて、仕事もあることだしこの辺で終わりにしておこうか。セバス! 応接間へお連れしなさい」
「かしこまりました」
セバスタンに促され、ソファから立ち上がる。
「ああ、ヴァルト君は残ってくれ」
「……わかりました」
なんだろう。大人の話でもするのだろうか。それとも仕事関係? どちらにしろ、俺にはあまり関係のない話だろう。
そんなことを考える俺の目の前で、執務室のドアは閉じられた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜ヴァルター〜
「さて、もう行ったかな?」
その言葉の示すところを察し、扉の向こうの気配を探る。
「ええ、もう行ったようですね」
「そうか。…………君に残ってもらったのは、他でもないイクステン王国についてだ」
イクステン王国──ここ、トラディツィオ王国の西に位置する大国だ。あまり仲はよろしくないらしい。
「──戦争、ですか」
「ああ、察しが良くて助かるよ。
あちらさんが南部の国境付近に軍を集めているらしい。中央によるとその数、数万。うちの領地なんて、一瞬で踏み潰されてお終いだ。そうでなくとも、ガッセを封鎖されたら終わりだ……」
男爵は頭を抱えている。そうなる気持ちもよくわかる。俺もそうしたい。なんせ、この領地は位置が悪すぎるのだ。
トラディツィオ王国南部から半島のように飛び出ていて、本国と繋がるのはガッセと呼ばれる細い土地のみ。三方は今回の相手であるイクステン王国に囲まれ、退路はガッセだけ。そこを封鎖されれば、いずれ物資が尽きる。
守るのには難し過ぎるのだ。
「……時間を稼ぎながら中央の援軍を待つしかないでしょうね」
「やはりそれしかないか……」
「ま、給料分の働きはしますよ」
「……すまんな。動きがあったら、早馬で伝えよう」
「…………」
先程から沈黙を貫いているゾレクを見やる。アルと話した時から様子がおかしかったが、何かあったのだろうか。
これから大変な時期になるので、少し心配だ。ハイノに何かあった時、この領地を継ぐのは彼なのだから……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜アルベール〜
【悲報】メイドさんはいなかった。
執事がいるならメイドもいるだろうと思い、セバスに聞いてみたのだが、この屋敷に侍女はいないらしい。
金がないので、セバスを雇うだけで限界なのだそうだ。なんとも世知辛い。
と、応接間のドアを開けてヴァルターが顔を出す。
「もう用事は済んだから帰るぞ。夜になっちまう」
「はぁい…………あああああっっ!!」
帰る=馬車に乗る=酔う! 苦行は終わっていなかったのだっ!
「やだっ! 馬車乗りたくない!」
無駄だろうが、せめてもの抗議として駄々をこねてやる。
「そんなこと言ってもな……。乗らないとかえれないんだぞ……っと」
「ああぁぁぁぁあああーー!!」
ヴァルターに抱えられ、馬車に詰め込まれる。
おまわりさん、ここです! ここに人攫いがいます!
そんな俺たちから少し離れたところで、優雅な雰囲気を醸し出しながらレイチェルとセバスタンが話している。
「なんであんなに嫌がっているのです?」
「そうね、あんなアルは初めて見るけれど、車酔いが嫌なんじゃないかしら」
「成程。……そういえば、ご子息様は術が使えるのでしたよね」
「ええ。でもなんで知っているの?」
「ふふっ、いえ。当主様が手紙が届くたびにご自慢するものでして」
「そう……。ふふっ、お父様らしいわね」
「寡聞ながら、車酔いには治癒術が効くと聞いたことがあります」
「あら、そうなの? アルに伝えておくわ。ありがとう」
「いえ、お気になさらず。……では、お健やかにお過ごしくださいませ」
「ええ、セバスもね」
レイチェルが初老の執事に軽く手を振り、背を向けて馬車に乗り込む。
セバスタンが、深く深くお辞儀をしている。今日の感謝も込めて、その白髪に手を振った。……でも、車酔いの対処法についてはもっと早く教えてほしかったかな。
また、この街に来た時には、会うことだろう。この幽霊屋敷の、住人たちに。
↓参考にしてください。字ィ汚くてごめんなさい。




