幼馴染
翌日──
「寝坊したっ! ……ああいや、今日からないんだっけ」
二年続いた、クリスとの魔術の授業は昨日をもって終了した。
なので、朝もゆっくりとしていられる。
「なんだか、気が抜けるなぁ……」
そんなことをぼやきながら、食堂に向かう。
朝食を終えて、少し経った頃──
──コン、コン──
ドアノッカーの音が聞こえた。
誰だろう。
「はーい!」
レイチェルが洗い物の手を止め、タオルで手を拭きながら玄関へ向かう。
「……・………」
「…………・……」
色々話し声が聞こえて、その声が段々と近づいてきた。
そして。
いけめんがあらわれた。
デジャヴ。
めっちゃデジャヴ。
「やぁ、アルベール君。来たよ」
来たよじゃねーよ。
「何で来たんですか?」
「何で来たって、ひどくない?」
自分の扱いの酷さに、そうぼやいた後。
「いやぁ、君面白いからさ、成長を見たくなったんだよね。まぁ、特に用もないのにそばにいるってのもアレだから、今度は勉強教えることにしたんだ。あ、ウチの娘も一緒に教えるからよろしく」
よろしくじゃねーよ。
「ほらミーティア、出てきなさい」
クリスが後ろを振り返り、優しく声をかける。
娘の名前はミーティアというらしい。
そして、クリスの陰から。
びようじょがあらわれた。
父親によく似たサラサラの金髪、クリッとしたつぶらな瞳は、好奇心を持ってこちらを見つめている。
父親のクリスからは落ち着いた印象を受けるが、こちらは活発な印象を受ける。
やべぇ、クリストフファミリーエグい。
パネェ、マジパネェ。
顔面偏差値高すぎる。
「こんにちは! わたし、ミーティア! 3歳!」
元気いっぱいな挨拶をしてくれた。
同い年だったっぽい。中身も含めるとかなり違うが。
「えーと、ご丁寧にどーも。アルベール・グリモワル、3歳です」
何で年齢も言うんだろ。
「アリュ……?」
上手く発音できないようで、首を傾げる。
可愛い。
……べ、別にロリコンじゃないんだからねっ! ……いやマジで。
「……アルでいいです」
「アル! あそぼ!」
手を取られ、案外強い力で引っ張られる。
「えっ、ちょ、勉強するんじゃ──」
外に引っ張られていく。
そんな俺に、クリストフが声をかけてくる。
「いやぁ、ごめんね? アル君。この子箱入りでさぁ、友達とかいなかったんだよね。だから興奮してるみたい。今日は親睦を深めるってことで、遊んでていいよー」
me too.
そうか、ボッチだったのか。なんだか急に親近感が湧いてきた。
よし、三十路のおっさんが相手してやろう!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「何して遊ぶー?」
そんなことを聞かれましても。
こちとら前世も今世もボッチ。
この世界の遊びなんて知らない。
「何しましょうか」
「なんかへんな喋り方ー! あははっ!」
唐突に笑われました。
この脈絡の無さが、子供っぽさを感じさせる。
「あはは……。そうですか」
この口調も、やめた方がいいのかな? 一応同い年だし。
「何しようかなー」
この様子だと、ミーティアの方も遊びを知らないらしい。
流石ボッチ。
ここは前世の遊びを披露して、尊敬を得るチャンス!
……幼児向けの二人遊びってなんかあったっけ。
じゃんけん? あやとり? 将棋?
二人遊びといえば、そのくらいしか知らない。
俺の経験値の低さが窺える。
「えーと、何しようか」
大変気まずいというか、手持ち無沙汰というか……。
「あ、そういえば父様が言ってたよ! アル君はすごい術師だーって!」
実際は違うのだろうが、頑張って話題を作り出そうとした感が強い。
「そうなの? 少し照れるね」
「ねえねえ、少し見せてよ!」
どうやら魔術に興味津々のようだ。
しかし、あのクリスを父親に持っているのに、魔術を見たことがないのだろうか。
「お父さんに見せてもらったこと、ないの?」
「うん! 危ないからって!」
元気いっぱいにそう答える。
あいつ、俺の前じゃ初対面で火術使ったくせに……! 許せん!
「なら、だめ。俺が怒られちゃうからね」
「えー、いいじゃん」
拗ねたように唇を尖らせる。
「ダメなものはダメ。どうしてもって言うなら、お父さんに頼みなよ」
「どうせ父様もダメって言うもん。ねぇほんとにダメ? 内緒にするからさ!」
そう言って顔を近づけてくる。幼いながらも整った顔立ちに、不覚にもどきっとしてしまう。
「うぐっ……。しょうがないなぁ、そんなに言うなら。でも、本当に少しだけだからね? 絶対に内緒だからね?」
「うん!」
なんだか精神年齢が幼くなってる気がする。
ずっと三歳児のミーティアにリードされているからだろうか。
「どんなのが良い?」
「うー……、かっこいいのが良い!」
「かっこいいのかぁ……」
一番安全な下級は全滅だな。アレは地味なのしか無い。
となると中級以上だが……。
見た目が良くて安全なのってなんかあったっけ。
火術は論外だから……。
というか、中級だと規模が大きすぎる。
いや、詠唱を弄れば規模は小さくできるか。
『竜巻』なんかどうだろうか。
風の上級。見た目も結構派手だし、ちょうどいいだろう。
あとは規模と威力を弱めれば……。
元の詠唱はこれ。
《遍く風の精よ 我が力を贄として 我が定めし今、我が定めし此処に 天へと昇る風龍の、破壊の烈風をもたらせ》
これの威力を弱めれば良いわけだ。
まず、使う魔力量を減らすので、二節目『我が力を贄として』を『我が喚び声に応えよ』に変える。
これだけでは、術式に対して魔力が足りず、術が発動できないので、全体の必要魔力を減らす。
具体的には、効果範囲、威力、制御力を弱める。
一節目『遍く風の精よ』を『大いなる風よ』に変え、効果範囲を狭める。
三節目『我が定めし今、我が定めし此処に』を『今此処に』に変え、制御力を弱める。
一番難しいのが、四節目。効果を変えずに威力を落とすのが案外難しいのだ。
どうするかな……。
『天へと昇る』は、形状指定に必須なので弄れない。
『風龍』『破壊』『烈風』の三つを変えれば良いだろうか。
起こしたいのは、小さな竜巻だから、龍も小さくして『幼風龍』。語呂が悪いがしょうがない。
目的は『破壊』ではなく、少しだけものを舞い上げることなので、『飛揚』。
『烈風』は強すぎるので、『疾風』。
改変後の詠唱はこれ。
《大いなる風よ 我が喚び声に応えよ 今此処に 天へと昇る幼風龍の、飛揚の疾風をもたらせ》
限界まで弱体化させたと言っていいだろう。
術名はシンプルに【小竜巻】。
ここ二年の集大成。一人でコソコソと実験を繰り返した成果だ。
「よし……。じゃあ、やるよ。ちょっと離れてて」
「うん!」
ミーティアは期待と好奇心に満ちた瞳でこちらを見つめてくる。
なるべく見た目が派手になるように、落ち葉の集まっているところを狙う。
「《大いなる風よ 我が喚び声に応えよ 今此処に 天へと昇る幼風龍の、飛揚の疾風をもたらせ》【小竜巻】」
上級と比べると、ほんの少しの魔力が放出されるのを感じる。
そして、その魔力が渦を巻き、段々と加速しながら回転していく。
術名を唱えると、魔力が『風』として形を持ち、小さな、本当に小さな竜巻が現れ、落ち葉を高く舞い上げる。
「おお〜!!」
背後から拍手と歓声が聞こえてくる。
どうやらお気に召したようだ。
おっさんも頑張った甲斐があるってもんよ!
「ねぇね、もっと見せてよ!」
「もうダメ。疲れちゃったよ」
「じゃあしょうがないか……。おうち帰る?」
そう言って、俺を心配してくる。
少し強引なところはあるが、根は素直で優しい子のようだ。
「うん、そうだね」
「じゃ、かえろー!」
家に帰ってきた。
大人三人は、居間で雑談をしていたようだ。
「おお、おかえり」
最初にこちらに気付いたのは、ヴァルターだった。
「父さん、ただいま」
「おじ様、ただいま!」
「おじ様……」
おじさん扱いにショックを受けているようだ。
「楽しかったかい? ミーティア」
「うん! とっても! 父様父様、アルすごかったの! 葉っぱがばさーって! 風がびゅ──むぐっ」
「内緒だって言ったでしょ?」
危うくミーティアが漏らしそうになったので、慌てて口を塞ぎ、小声で言う。
「風が?」
そのやりとりを不審に思ったのか、クリスが聞き返す。
「んとね、内緒!」
「そうかー、内緒か」
クリスが意味深にこちらを見てくる。口角が上がっているのが見える。
多分バレてる。
まぁ、何も言ってこないあたり、こうなるのを予期していたのかもしれない。
ともかく、かわいい幼馴染、ゲットだぜ!!
苦節二ヶ月とすこし。
やっとヒロインを出せました。




