第四話
そして俺達はもう一度、フォシオル家の屋敷に戻って来た。
正直、怖い。とても怖い。でも……。
「大丈夫ですよ、ラスト」
「ワシ達が付いておる」
両隣に二人がついていてくれる。
それだけで安心してこの門を通る事が出来た。
「テメェ、どこ行ってやがったんだ! ラスト!」
間の悪い事にアダムと出会してしまった。
どうやら俺がいない事に気付いたらしい。
「あ? 誰だよ、その女」
そこでようやく、隣にいるクレアさんに気付いたようだ。
クレアさんの頭の先から指の先まで、ジロジロと値踏みするように見る。
「へえ、良い女じゃないか。よし、決めた! お姉さん、僕の女になりなよ!」
あ、やばい。
恐る恐るクレアさんの表情を覗いたら笑顔だった。笑顔なんだけど、多分めっちゃ怒ってる。
そのままの笑顔で言った。
「残念だけど坊ちゃん、そうなりたいんならラストくらい良い男にならないと無理ですよ?」
ぎゅっ、と俺に抱き付くクレアさん。
それを見てアダムはカーッ、と頭に血が登ったように真っ赤になった。
「き、貴様! 僕はこのフォシオル家の後継だぞ! どうなるか分かっているのか!!」
「へえ、面白いですね。どうしてくれるんですか?」
「ぐ、ぐぬぅぅうううううっ!!」
まるっきり子供をあしらっている大人だな。
アダムは素直に命令を聞かれる事が多かったから、こうやって反感されるのに慣れてないんだろう。
「はあ、話にならんな。おい坊主、さっさとダニエルを呼んでこい」
「なっ、父上を呼び捨てにするなんて貴様、不敬罪だぞ!」
「分かった分かった、ほれ、さっさと呼んで来んか」
クロノスさんも完全にアダムを舐め切っている。というか、おちょくってる。
「き、貴様っ!」
アダムが怒りの形相で腰の剣に手を掛けた。
このままでは、抜く。
その時だった。
「クロノス様! 息子の無礼をどうかお許し下さい!」
「私共の教育が行き届いていないばかりに不快な思いをさせてしだい、申し訳ありません!」
突然、現れたダニエルとパトリシアが頭を地面に付ける勢いで頭を下げた。膝まで突いて平伏している。
そんな両親がしている事にアダムの理解は追いついておらず、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
「父上、母上……? なぜこのような老人に頭を……」
「馬鹿者め! この方はあのタキオス家の当主にして、【無敵】と呼ばれるほどの大英雄なんだぞ! お前も頭を下げんか!」
無理矢理アダムの頭を掴んで跪かせるダニエル。
土下座の姿勢だ。俺は良くやらされていたが、自分はやるのは初めてだったんだろう。
何が起こっているのかよくわかっていない表情だ。
「何卒、何卒お許し下さい」
「まあ、そんな事は良い。それよりも話がある」
「かしこまりました。ではこちらに」
そのまま両親は低姿勢でクロノスさんと俺達を応接間に案内した。
何だか、クロノスさんはそんなに凄い人だったんだなんて思いもしなかった。
アダムが恨めしそうにこちらを睨んでいた事に気付かなかった。
応接室に通された。
一度も入った事がない部屋だったが、俺は二人の間に挟まれて、応接される側として座った。
その光景にダニエルは眉をピクリと動かすが、表情を変えずに
少ししてメイドが紅茶を持って来た。
クロノスが紅茶を啜ってから口を開いた。
「単刀直入に言おうか。ラストを貰いに来た」
「は?」
単刀直入過ぎる。
アダムが驚きのあまり口から
「そ、それはどう言う事でしょうか?」
「そのままの意味じゃよ。ラストを我がタキオス家で迎え入れるも言う事じゃ」
「それはーーーー」
「な、何故だ! おかしいだろ! 何故、こんなゴミをタキオス家で迎え入れるのですか! 闇属性ですよ!」
「おい、やめなさい、アダム!」
父の静止をまるで聞かずにアダムはクロノスに啖呵を切った。
本来ならクロノスに対してこのような事を言えば不敬罪になるのだが、ここは本来の公共の場ではない。
「ふむ。闇属性だから、か……」
「そ、そうだ! ラストは闇属性だ! だから」
「なあ、小僧」
「な、何だよ……」
「そんなものがどうかしたのか?」
クロノスは何でも無さそうにあっけらかんと答えた。
「え、は?」
その返答は予想していなかったらしく、アダムも狼狽えている。
「闇属性だから何なのだ?」
「それは、だから」
「闇属性だからラストは魔物を率いたのか?」
「それは」
「闇属性だから人を殺して悪虐を尽くしたのか?」
「っ」
「何もしてないであろう?」
当然の事だ。闇属性は何かをやった証拠にはならない。
当然の事なのにここまで言ってくれる、クロノスさんに感謝する。
「そもそも、ラストはワシの孫じゃ。誰が何と言おうともワシが手に入れる。そう決めたからな」
もう言い切った。
きっと、クロノスさんは俺をこの家から助けてくれる。
どんな手を使っても、必ずそうしてくれると言う確信があった。
「だが、ラストはフォシオル家の長男だぞ! それを勝手にタキオス家のものになど出来るわけがない!」
「ふうむ。まあ、そうじゃな」
ちらり、とクレアさんに目配せをするとそれを察して書類を取り出した。
「私は王国第三騎士団団長のクレア・タキオスです。独自に調査して、これらの証拠を集めました」
ダニエルがその書類を受け取って目を通すと、驚愕の表情を浮かべた、顔面蒼白になって、奥歯をカチカチと鳴らす。
「それは私が個人的に集めた証拠で、私自身も大ごとにはしたくありません」
「つ、つまり……?」
「もうお分かりでしょう?」
にこりと微笑むクレア。
クレアが集めたのはダニエルが犯した悪行の数々で合った。これだけの悪行の積み重ねであれば、一発で貴族の地位から引き摺り落として、どん底に突き落とすことも可能である。
その事を理解しているからこそ、ダニエルの判断は早かった。
「…………ラストをお返しします」
全てを諦めた顔でそう言った。
「な、なぜですか、父上! そんな書類が何だと言うのですか! ラストは我が家のサンドバッーーー」
「良い加減に黙れ、アダムっ!! お前の言動がフォシオル家の立場を危うくしている事に気付かんのか!!」
父によって自分が受ける初めての激昂。
その衝撃でアダムは呆然と立ち尽くすしかなかった。
それから王国騎士団団長であるクレア立ち会いの元、ダニエルとクロノスの正式な書類の手続きによって、俺は完全にフォシオル家からタキオス家の一員となった。
今日で《ラスト・フォシオル》は死に《ラスト・タキオス》が誕生した。
いや、タキオスに戻ったのだ。
「今までお世話になりました、父さん、母さん、それからアダム。…………さようなら」
最後に三人は鬼のような形相で奥歯を噛み締めていたが、どうでも良い話だ。
もう関係の無い人達だから。
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