第三十八話 赤髪のカイン
「ダークアロー!」
高速で放たれた漆黒の矢は簡単に避けられたが、紙一重でカインの左頬を掠めた。
「黒風・一矢」
相手も同じように黒い風で矢を創り出し、放った。こちらも避けようとしたが、左頬を掠めた。
「前とは違うって言ったろ」
「確かに、そうみたいだ」
お互いに不敵に笑いつつ、魔力を解放した。
暗黒を纏うラストと黒い風を纏うカインは周囲の木々にまで影響を及ぼした。強い魔力の奔流に巻き込まれ、木々の葉が枯れ、黒く染まった。鳥達が一斉に飛び立ち、果ては虫までもが地中の奥深くに潜り身を守った。
最早、カインの心の中に人質であるアクアの存在は無かった。単純に目の前にいる“敵”を倒すために全ての意識を注ぐ。
今、お互いの思いは一つとなった。
先に仕掛けたのはラストだった。
「闇魔法 影裏背針!」
「くっ!?」
「ちっ」
カインの影が突如として形を変えて、無数の鋭い針となって背後からカインを襲った。
しかし瞬時に察知したカインが黒い風で針を破壊して、空中に浮かんだ。
勘のいいやつだ。今の攻撃は敵が地面に入なければ発動できない、いわゆる初見殺しだ。ある程度の強さを持った敵には二度と効かないからな。
「黒風乱舞!」
「そんなの、また―――っ!?」
さっきよりも威力が上がってる!?
「あれが全力なわけがないだろう?」
ニヤリと笑うカイン。
確かにあれが全力とは言っていなかったなと思い出しつつ、黒い風に対抗した。
手加減していられるほど、時間はないらしい。
「なら、俺も本気を出そうか」
「何……?」
「闇魔法奥義“暗黒無双”」
先ほどまでと比べるまでもない暗黒の濁流が周囲を飲み込み、蓋をしておいた魔力が解放された。この闇はこれまで、長い年月をかけて溜めていたのだ。奥義とは単純な話、その溜めていた方に回していた闇の全てをたった一人に対して使う。
「闇魔法 黒纏跳躍」
「なっ!」
両足に闇を纏い、強化された身体能力で思い切り跳躍した。
それだけでカインの頭上を軽々と飛び越えた。
「大・黒・斬!」
「グアァ……ッ!?」
暗黒を纏った斬撃を放つ。たったの一太刀で黒風乱舞を破壊して、そのままカインの左胸を斬りつけた。
切り口からブシュッ、と血が噴き出るがその隙を俺は見逃さない。
「ダークアロー!」
「ぐうううううううううううううっ!?」
暗黒の魔力を費やし、百や二百を凌駕する無数の矢を放つ。一発一発が巨石をも砕く威力のダークアローだ。二、三発でも受ければまともな人間なら即死だ。雨の様に降り注ぐダークアローが砂埃を立たせて姿が見えなくなるが、一瞬も手を緩めない。
それからも無数のダークアローを撃ち続け、暗黒無双の溜めた魔力が切れてようやく手を止めた。
「やったか……?」
砂埃が晴れる。
そして、そこには誰も居なかった。
「さっきからどこを撃っていたんだい?」
「――――は?」
気が付くとカインは俺の背後に立っていた。
あのダークアローの闇をかいくぐり、無傷で立っているなんてありえない。
そんな事が出来るのは爺ちゃんやクレア姉さん達、タキオス家の―――――。
「黒風・突破」
「ぐあぁああああっ!」
黒い風が一点に収束し放たれた突風は、俺を上空から地面に打ち付けられ木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた。
腹に途轍もない痛みを感じた。すると――――。
「ゴボッ……!?」
今ので内臓がどこかやられたのか、吐血した。痛みで気を失いそうになるが、まだ気を失うわけにはいかない。
舌を噛んで何とか意識を保ち、上空から降り立つカインの姿を見た。
カインの見た目は変わっていた。全身に赤黒い風の模様の入れ墨が広がり、背中には漆黒の風で形作られた翼が生えていた。頭には三本の螺旋状の角が生え、鋭く爪が尖り、そして先ほどまで短く切り揃えられた赤髪が膝下まで届くほど長髪になっていた。
その見た目はまさしく、伝承に聞く悪魔の様だった。
「まさかこれを出す事になるとは思わなかったよ」
恐ろしいほどの魔力を振り撒きながら、カインは微笑んだ。
その笑顔が妙にある人達と重なって、全身を悪寒が包んだ。
「その赤髪、まさかとは思うけど、君はタキオスの人間かい?」
「だから、どうした……!」
頼む。頼むから、どうか間違いであってくれ。
そう心で願っても、現実は残酷に突き刺さった。
「奇遇だね。僕もタキオスの人間、フルネームはカイン・タキオスさ」
何故? どうして? その疑問が頭の中で重複する。
その考えを見抜いたのか、優しくカインは微笑んだ。
「そうか。君の中ではタキオスは良い家なんだね……」
そして悲しく呟く。
その妙に悲観した表情が腹の底から怒りが湧いてくる。
「どういう、どういう事だ! どうしてお前がタキオスの血を――――!」
「……少し、昔話をしようか」
昔々、ある所に一人の少年がいました。
名家の分家に産まれたが、優しい両親とともに幸せに暮らしていました。
ですがある日、本家から分家は解体との命を受けて潰されてしまいました。
何の説明もなく家の物や金品も全て押収され、瞬く間に没落貴族となってしまいました。
父は金を求めて冒険者として働きに出たが、三回目の依頼で死んでしまいました。同じパーティの人間に陥れられたという事は、父の葬式の後に知りました。
母は借金を返済するために昼は市場で働き、夜も働きに出ていました。ですが無理がたたったのか病気になって倒れてしまいました。
少年は本家に助けを求めましたが、門前払いをされてしまいました。
そして、病気で亡くなる母のその姿を見届けてました。
絶望し、本家を恨みました。
そうしている内に借金の方に奴隷落ちになり、奴隷商人に連れていかれてしまいました。
そんな少年はたまたま、奴隷商人から逃れると本当の家族が欲しくて自分と同じような“はみ出し者”を探し出した。
若くして軍国の将軍として任命されたが、戦闘狂で毎度の特攻で多数の死者を出して指名手配された、アベル。
しがない町医者の身だったが、致死率の高い新種の感染症を流行らせないためにも妻子を含む町人、三十八人を殺してまで止めたというのに国際的に指名手配されたファンブル。
淫魔の里で眠り香や催淫香を放ち、過度な悪戯で追放されたサキュバスのラース。
希少な空間魔法の使い手でありながら、孤児院では怪物と呼ばれ迫害されて来たホロム。
しかしある日、本家から指名手配されてしまい、家族諸共、国中から狙われる様になりました。
許さない。絶対に許さない。
この平穏と家族を奪おうとする本家を、この国を、クロノスを絶対に許さない。
「どうだい? 君はこの話を聞いても、まだタキオスを信じられるのかい?」
話が終わるとそう問いかけて来た。
タキオスの本家というのはきっと、爺ちゃん達の事だ。
けど、あの優しい爺ちゃんが分家の取り潰しはまだしも、幼いカインを見捨てるなんて事はありえない。
それとも俺が知っている爺ちゃんが偽物って事か?
いや、それこそありえない。
爺ちゃんとは四年間、一緒にいたが厳しい事はあっても、見捨てられた事は一度も無かった。
だからと言って、カインのいう事はないがしろに出来ない。
でも俺には何が正解かなんて、分からないんだ。
全身の力を振り絞って、血を吐きながら立ち上がる。
だから俺に出来る事は――――
「シヴァ、起きろ」
――――カインを倒す事だった。
『あー?』
俺の中にいるシヴァから怠そうな返答が聞こえた。
ずっと使ってなかったから拗ねてるな……。
まあ、いい。これで機嫌も治すだろう。
「一つ、解放るぞ」
『ギヒッ! 待ってたぜぇええええええ!!』
俺がそう言うと、シヴァは嬉しそうに叫ぶと同時に魔力を解放した。
俺は普段、シヴァの力を数段階に分けて封印していた。
理由としては強すぎる神の力は周囲にも影響を及ぼしかねないのと、単純に手加減することが難しいからだ。
「1strelease 破壊神剣トリシューラ」
アクア空気……。
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