第三十五話 狂戦士
たった二人の戦闘によって、そこは戦塵が舞っていた。
風属性vs風属性の対決は、まったく別の戦いとなっていた。
「うおおお! 嵐爪牙!」
狼の獣人であるウルフの爪は鋭く、鋼鉄にすら爪痕を残すほどの切れ味を誇っている。
それを魔法で、爪に風を纏わせる事でさらに鋭く、そして強靭に変える。それが嵐爪牙だ。
それに加えて、獣人の中でも特別な自慢の脚力でファンブルの周囲を駆けまわり、翻弄する。
最後にスピードの乗った重たい一撃で倒す。それが、今までのウルフの必勝戦法だった。
だが―――
「ほう。まあまあの速度ですね」
この男には通用しなかった。
ウルフの動きに翻弄されるどころか、目で追えている。
そして四方から襲い掛かる、渾身の攻撃すらも紙一重で避けている。
戦いの相手にすらなっていない。
まだファンブルは剣すら振るっていなかった。
「ハァハァ……ッ!」
体力が尽き、ウルフはいったん立ち止まった。
肩で息をしているほどに消耗しているのは、ファンブルが余裕で避け続けたせいである。
余裕な表情で避けられて、ウルフのプライドが傷つけられた。
激情に駆られてウルフが攻撃して、さらにかわされる。
そんな事が続けば嫌でも体力は消耗するだろう。
「……もう、おしまいの様ですね」
肩で息をするウルフの姿を見て、退屈そうにため息を吐いた。
眼鏡を外して埃を拭き終わると腰に差したレイピアを構えた。
ウルフも何かが来ると身構えた。
「ファンブル流剣術 刺突五貫」
「――――は?」
だが、攻撃が来ると分かっていても避けられなかった。
「グッ、アアアアアアァァ!!!」
一瞬にして両手両足そして胸、五か所に穴が空いたのだ。
レイピアの先端に風を収束し、刺突による貫通力を上げたのだろう。
だが、それにしても……速過ぎる。
どうすれば勝てる?
どうやったら勝つことができる?
どうしたら…………。
――――アニキっ!!
「…………十秒だ」
「はい?」
「今のオレがこれをやるのは、十秒が限界…………」
意識を保てよ、オレ。
オレの部族は一種の戦闘民族で、同じ獣人であっても近づくのを嫌がるほどだった。たった百人程度の規模だが、女子供であっても傭兵として働いていた。
それは当然、俺も同じだった。
部族一番の腕利きである、サンダーソン一族の息子であるオレも何度も戦場に駆り出された。
強さこそが正義。
戦場こそが帰る場所。
父に教えられたのは戦い方。
母に教えらえたのは戦いの心構え。
英雄ガンドルフから英雄学園に勧誘された時は驚いたが、自分の腕を磨き、強さを誇示するのにはちょうどいい場所だと思った。
属性がすべてと言われるこの世界で、同じクラスには闇属性がいた。
そいつは闇属性でありながら、王女といつも共にいた。
王女は闇属性を友達と呼んでいたが、汚い手を使って王女に取り入ったのであろう。
オレの一番嫌いなタイプだ。
だから決闘を申し込んだ。
闇属性の無能さを露見させるために、学園中から生徒を集めた。もちろん、王女も呼び寄せた。
オレにそいつを倒せば王女様も目を覚ますはずだ。
そしてついでにオレの力も学園中に誇示する事ができる。
違った。間違っていた。
その方は強かった。誰よりも、何よりも。
かなりの速度を誇るオレを簡単に捉えられ、頬に一撃を食らった。
その一撃は今までで一番痛くて、一番重かった。
その方は策略などせずに、真正面から立ち向かった。
途方もない努力をしたのだろう。
途方もない苦しみと絶望も味わっただろう。
それでもその方はその度に立ち上がったのだ。
オレはその方のために命を懸けると決めた。
一族の掟に乗っ取って、一生の忠誠を捧げると決めた。
そんな方が負けた。
そんな方が涙を流していた。
そんな方が「力を貸してくれ」と言った。
ならば、このウルフが命を懸けるのにそれ以上の理由は必要ないだろう。
アニキの役に立つ男になりたい。
だからこの一族の奥義を練習していた。
「耐えてくれよ、オレの心臓」
右手を鋭く胸の中央に打ち込んだ。
痛みが尋常ではなく、気絶しそうになるがなんとか耐える。
「ふん。一体何をする気なのかは分かりませんが、所詮は――――」
そして、そのまま心臓を握った。
「グゥウウウウッ!」
何度も。何度も。何度も。何度も。
そしてウルフの心臓の鼓動が頂点に達した瞬間、思い切り叫んだ。
そして――――。
「グラアアアアアアアアアァァァ!!!」
――――すでにウルフの意識は無かった。
無理やり鼓動を加速させた事で、皮膚が異様に赤く変色していた。
四足歩行になり、唸り声を上げると風が毛の様に逆立った。
もはや全く別の生物だ。
「ガルルル……ッ!」
「な、何を……一体何をしたんですか!?」
その異様な姿を見て、冷静さが売りのファンブルも流石に少し焦って叫んだ。
(コイツは、危険だ――――!)
ファンブルは一瞬でそう判断し、ウルフを殺すために動いた。
「ファンブル流剣術 刺突百貫!」
レイピアによる、百を超える刺突だ。
しかも音をも切り裂く剣技。
普通なら避けきれない。
「ガル……」
「何で、そこに……!」
だが、ウルフは簡単に避けた。
百の刺突が掠りすらしていない。
(さっきよりも早くなっている? 意識も無いようですし、おそらくは諸刃の剣的な技だろう。ならば、必ずデメリットがあるはず)
そう考えたファンブルはレイピアを構えた。
周囲の全ての風が剣先に収束している。
まるで台風の目の様に。
そして一気に放った。
「ファンブル流剣術 刺突千貫ッ!」
千を超える刺突の嵐がウルフを襲った。
流石に線を超える刺突を躱し切れずにウルフは身体中に傷を負ってしまった。
だが、それでもウルフはほとんどの刺突を避けていた。
五百を超える頃には目が慣れたのか、刺突全てをかわせるようになっていた。
「この、化け物が!」
ファンブルをもってしても、ウルフの速度に追いつく事が出来なかった。
そして、千の刺突が止んだ。その瞬間。
――――――旋風脚。
ウルフはファンブルの背後に回り込み、後頭部を蹴っ飛ばした。
「速過ぎ、ます、よ…………ッ!」
ニヤッ、と笑ってファンブルは意識を手放した。
最後に何を思って笑ったのか。
もしかするとファンブルはウルフとの戦闘を楽しめたのかもしれない。
「…………俺の、勝ちだ…………ッ……」
そこでウルフもまた、気を失った。
何はともあれ、風属性対決はウルフの勝利で終わった。
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