第二十九話 襲撃と油断
大通りに面していて、クラスでも話題になっていた場所で夕食を食べた後、俺とアクアは寮に戻るために帰路に着いていた。
「はははっ! まさか、アクアがあんなに食べれるとは思いもしなかったよ!」
「わ、笑わないでください、恥ずかしいので……!」
その店はいわゆる大衆向けで安くて量が食べれる学生の味方!と言うキャッチコピーで繁盛している店で、どの料理も大盛りばかりだった。
俺も食べる方なので、そこそこの量を注文したんだが、その間にアクアは俺の三倍の量を注文していた。
机の上に収まりきらないほどの料理をぺろっ、と完食してさらにおかわりを注文した時は俺も驚いて苦笑いをしながらアクアが食べる様子を眺めていた。
その事を思い出したのか、アクアは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「もう! 怒りますよ!」
「ごめんって」
「沢山食べる女の子は、嫌いですか……?」
「いや、幸せそうでいいなーって思ったよ。俺、いっぱい食べる女の子好きだし」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だよ。学園でもあのくらい食べればいいのに」
「それは、その……まだ恥ずかしいです」
どうやら恥ずかしいらしい。
まあ、普通の女の子なら沢山食べるのは人に見られたく無いと思うのも当然の事だ。
ただ、美味しいものを口いっぱいに頬張って幸せそうに食べるアクアは本当に可愛らしかった。
俺は今日一日で色んなアクアを知った。
楽しそうにスキップするアクア。
貝殻の首飾りを喜ぶアクア。
本屋さんで好きな本を見つけたアクア。
美味しいものを沢山頬張るアクア。
「ふふっ」
「あっ、何笑ってるんですか!?」
アクアの事を思うと自然と笑みが溢れてしまう。
胸のあたりがポカポカと暖かくなって来て、自然と力が湧いてくる。
胸を手を当てて考える。
この感情は何なんだ?
その時、俺達は異変に気付いた。
「っ、人がいない……?」
「そういえば……」
いつの間には周囲には誰一人として人がいなかった。
ここは大通りから離れた道とは言え、さっき通った時には沢山の人が歩いていたはずだ。まだ時刻も人が出歩く時間帯だ。
何かがおかしい。
何だ、何が起こっているんだ?
産毛がざわつく。
これは危機、今俺に危機が迫っている。
「バハハハッ! 炎魔法 爆拳!」
声が聞こえた方に咄嗟に上を見ると筋肉質なおっさんが燃える拳を構えていた。
明らかに俺を狙っている。
「っ、闇魔法 黒腕!」
俺は黒腕で真正面から拳をぶつける。
「馬鹿が!」
「なっ!?」
瞬間、爆発。
拳と拳が触れ合った瞬間におっさんの拳が爆発したのだ。
鉄の強度を誇る黒腕だが、爆発に耐え切れずに皮膚がボロボロになって血が飛び散ってしまった。
「グウッ……!」
「ラストさん!!」
アクアがすぐに水を出して、腕を冷やしてくれる。
だが敵は待ってくれない。
「風魔法 疾貫突風」
「ッ!!」
突然の攻撃を予測してアクアを抱えて避けたが、左足を意図も簡単に貫かれてしまう。血が噴き出て、痛みで立つ事すらままならない。
そいつは手に細剣を持っていた。おそらくはあの剣に風を纏わせて突いたのだろう。
「ほう。この魔法を避けますか。流石は王女の護衛ですね」
「バハハハッ!」
二人が目の前に降り立った。筋肉だるまのおっさんと眼鏡掛けた冷静そうな男。
アクアを守ろうと間に立つ。
「まあ待て、お前達。アクア王女がいるのだ。手荒にはするな」
だが、その声は後ろから聞こえて来た。
いつの間にか、その男は俺のアクアの間に立っていた。
「え?」
アクアは呆けた顔をして動きを止める。
それも仕方が無い事で俺たちは、その男の気配を声を聞くまで感じ取れなかった。
いや、その男は早過ぎたのだーーーー。
「闇魔法 大黒ーーーー!!」
「風魔法 黒風」
「ゴブ……ッ!?」
腹に衝撃を感じ、吹き飛んだ。
吐血して吹き飛びながら、その男を見た。
真っ赤な髪に生え散らかした髭面の男だった。
「ほう。耐えるか」
「ラストさんーー!!?」
「風魔法 黒風の檻」
「っ!?」
アクアが風の檻に捕らえられた。しかもただの風ではなく、黒い風だ。おそらくは禁術と呼ばれる類の物。
「こんなもの、海魔法――――!」
「ほ〜ら、眠っちゃいな〜っ!」
アクアは海魔法で檻を破壊しようとする。
だが、突然アクアを後ろから何者かが抱き付いた。
「眠り香〜」
「い、や……! 助けて、ラストーーーー! すぅ……」
その女はサキュバスだった。
紫髪のサキュバスはピンク色の空気をアクアに嗅がせて、強制的に眠らせてしまった。
「捕獲完了だな」
「依頼主、怒る、から」
「ああ。彼等は傷物の商品を嫌うからな」
さらにもう一人、目に正気を感じられない緑髪の女が現れた。
だが、そんな事はどうでもいい。
捕獲? 商品? 彼等?
コイツらの依頼主はアクアを商品として捕獲を依頼したのか?
何のために?
実験のためか? 研究のためか? 国王への人質のためか?
それともーーーー奴隷?
最悪が頭を過ぎり、何度もその姿を想像してしまう。
「ふざ、けるなっ!!」
身体の痛みに耐えながら、立ち上がり駆ける。
「闇魔法 黒剣!」
闇から剣を生み出す。
「大黒斬!」
「風魔法 突風」
闇を剣に纏って飛ばす技だが、眼鏡の男の風魔法のせいで黒剣が砕け散り、何十mも吹き飛ばされる。
「精神が安定してないですよ、そんな魔法では傷一つ付けられない」
「うるせぇ!!」
腕に闇を纏う。さっきよりも硬く、何にも負けない様に!
「闇魔法 黒腕!!」
「バハハハッ!」
今度は殺すつもりで思い切り、腹にぶち込んだ。
だが、またも爆発した。
「グ、アアアアッ!!!」
腕が爆ぜ、焼けた。肉が裂け、骨が見える。
痛みで膝を突いてしまった。
「さて、そろそろ行こうか」
「待てッ!!」
「待たないさ」
「空間魔法 異次元への扉」
フードで顔までは見えないが、空間魔法の使い手が扉を開いた。黒い渦の様に見えるそれは別の空間に繋がる扉だ。
「さらばだ。そこで己の弱さを恥じていればいい」
そう捨て台詞を残して彼らは眠ったアクアを抱えて、黒い渦の先に消えていった。
その場に残されたのはアクアにプレゼントした、貝殻の首飾りだけだった。
「くそ、クソガアアアアアアアアァァ!!!!」
裏路地に響く悲鳴にも似た叫び声が木霊して、表通りにまで届いた。
しかし、通りの近くを歩いていた歩行者の皆が異様な叫び声に怖がって近付かなかったのは幸いだったかもしれない。
完膚なきまでに敗北し、女の子を目の前で攫われた哀れな敗北者の姿を見られる事が無かったのだから。
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